抄録
【はじめに,目的】
関節弛緩性(JL:Joint Laxity)はメディカルチェックの項目として
一般的であるが,スポーツ傷害との関係については否定的な報告
も散見される(北堀.2019;河原.2010).見解が分かれる一要
因として,身体の部位や損傷組織を踏まえた検討がなされていな
い点がある.
そこで, 本研究ではJLとスポーツ傷害の既往歴(PH:Past
History)との関係を部位別・損傷組織別に明らかにすることを目
的とした.
【方法】
対象は一般的な大学生399名(平均年齢19.8±1.4歳:男性181名・
女性218名)であった.
JLは東大式JLテスト(中嶋.1984)で評価した.手・肘・肩・膝・
足は左右各0.5点,脊柱・股は1点とし,合計点をJLスコアとした.
PHは過去5年間にスポーツ中に受傷したものをアンケートで収集
した.姫野の報告(2016)を基に損傷組織別(骨・関節・筋・その他)
に分類し,各回数を求めた(PH回数).
JLスコアとPH回数は部位別(上肢・下肢・体幹)でも集計し,相関
分析と群間比較を行った(有意水準5%).
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究はヘルシンキ宣言に従い,研究機関の倫理委員会の承認後
(No. 2022-26)に実施した.対象者には研究内容の説明後,書
面で同意を得た.
【結果】
JLスコアは男性より女性で高かったが(男:1.8±1.4 /女:2.7±1.5
点),部位別では下肢のみ有意な性差がなかった.PHは対象者全
体で延べ799件(Mdn=1,IQR=3)あり,足関節捻挫(270件)が
最多だった.
年齢・性別を制御したJLスコアとPH回数の偏相関分析の結果,
いずれの項目にも明らかな相関を認めなかった(|r|≒0.1).
JL有無・年代・性別を要因としたPH回数の3元配置分散分析の
結果,骨損傷はJL無し群で多く(無:0.3±0.7/有:0.1±0.5件),
体幹の骨損傷は男性で多かった.
【考察】
JLが男性より女性で高いことは多くの先行研究(Quatman.
2008)を追認したが,下肢には明らかな性差がないことは新知見
であった.PHの発生状況は大学スポーツ協会の報告(2022)と概
ね一致した.
JLスコアとPH回数の相関はいずれの部位・組織でも認めなかった
ものの,骨損傷はJL無し群で多かった.このことから,JLが低い
と骨に力学的負荷が集中しやすい可能性は無視できないが,因果
関係や体幹損傷の性差は受傷機転を踏まえた慎重な議論が必要
である.また,JLに筋タイトネスが併存することを問題視する報
告もあるため(菊池.2024),今後より多角的な検討が期待される.