抄録
【はじめに,目的】
頚椎症性脊髄症(CSM)患者に対する手術療法はバランス能力を
改善させる.しかし,術後に躓きやふらつき等のバランス障害が残
存する症例を多く経験する.バランス障害に対して,近年多方向ト
レッドミルトレーニング(MDTT)の効果が散見され,日常動作に
おける後方や側方へのステップ動作において有効性が示されてい
る.今回,CSM術後患者に対しMDTTを実施し,バランス能力
の改善を認めたため報告する.
【症例紹介,評価,リーズニング】
本症例は,CSMに対して椎弓形成術を施行された70歳代男性で
ある.術後1ヶ月で回復期に入棟し,病棟内ADLはシルバーカー
自立であった.BBSは49点であったが,ふらつきと小刻み歩行を
呈し TUGが13.9秒と転倒のカットオフ値を上回っていた.評価結
果から,動的バランス能力の改善が必要であると考えた.
【倫理的配慮,説明と同意】
本症例検討は,ヘルシンキ宣言に基づき事前に十分な説明を行い,
同意を得た上で実施した.
【介入内容と結果】
介入デザインはAB法とした.A期は通常理学療法を実施し,B期
はA期に加えMDTTを毎日1週間実施した.MDTTは,トレッドミ
ル上を前後左右4方向に歩行する.歩行速度は快適速度とし,前
後方向各3分30秒間,左右方向各2分30秒間行った.評価時期は,
介入前(A’ ),A期終了時(A),B期終了期(B)とした.評価項目は,
TUG,BBS,10m歩行,3m後方歩行,ロンブステスト(RBT)と
した.RBTは前後左右のステップ長を繋ぎ面積を算出し変数とし
た.TUG,10m歩行は臨床的最小重要効果変化量(MCID),3m
後方歩行は最小可検変化量(MDC),BBSとRBTは記述的統計量
を用いて効果判定を行った.
結果,TUG[秒](A’ →A→B)(13. 9→13. 2→11. 5),3m後方歩行[秒]
(8.23→8.0→5.31),10m歩行[m/s](0.91→0.97→1.07)はB期
にMCID,MDCを上回る改善を認めた.BBS[点](49→50→55)
は,各期で改善し.RBT[cm2](750→900→4000)はB期で改
善した.
【考察】
本症例に対してMDTTを行うことでバランス能力が改善した.
MDTTは多方向へのステップ能力が改善するため,前方に加え後
方や左右への重心移動を必要とするTUGやRBTで改善が得られた
と考える.また,トレッドミルによる規則的な歩行パターン練習に
より,ストライド長が改善して歩行速度が向上したと考える.今回
の結果は,短期間であったが,MDTTがCSM術後患者のバランス
能力の改善に有効であることが示された.