2004 年 78 巻 1 号 p. 45-69
本稿は、フランス第三共和政初期にジュール・フェリーの右腕として、ライックな道徳の規定と流通に大きな役割を果たしたフェルディナン・ビュイッソンの道徳概念と宗教概念を探ろうとするものである。彼はライックな道徳と宗教は理念的形態においては一致するとして、宗教的なライックな道徳という概念を打ち出している。このような規定の仕方に当時のライックな道徳の総体が還元されるわけではないだろうが、少なくともその一部を形作っている。彼の「ライックな道徳=宗教」は自由主義的なプロテスタンティズム、フランス革命の理念、カント哲学にそのルーツを持っていると言えるが、それじしんはキリスト教、ひいては宗教の臨界に位置しつつ、人類(ユマニテ)の観念と溶け合っている。ビュイッソンはその普遍性を確信しているが、こんにちの視点からその普遍主義の意味を問い返してみると、むしろその西欧性が浮き彫りになってくるように思われる。