従来のイブン・アラビー(一二四〇年没)思想研究では、彼が後代に与えた影響の大きさが強調されるのに対し、前代の思想伝統と彼の思想の関係性についての考察は遅れており、とくに彼が他説を積極的に批判した事例は注目されることが少ない。イブン・アラビーはしばしば人間の理性(‘aql)の能力を神秘主義的文脈の中で否定的に論じることで、これに立脚した哲学者や神学者の方法論を批判し、彼らの知的営為から自説を差異化した。彼のこの議論はこれまで、その焦点や根拠、意図が十分に考察されることなく聖法や神秘体験と理性の単純な対立関係の中で理解され、彼の思想の中で消極的に位置づけられてきた。本稿ではイブン・アラビーの「理性」論の論理展開の構造分析に基づき、彼の神秘主義的霊魂論におけるその不可欠の役割を明らかにすることで、異なる思想潮流に対する彼の批判的応答が彼自身の思想形成の動因にもなっていることを示す。