産業衛生学雑誌
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調査報告
メンタルヘルス不調者の出社継続率を91.6%に改善した復職支援プログラムの効果
難波 克行
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電子付録

2012 年 54 巻 6 号 p. 276-285

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Abstract

目的:メンタルヘルス不調者の復職支援の効果を定量的に評価するために,異なる復職支援プログラムにおける復職後の出社継続率と費用対効果を比較調査した.方法:ある企業においてメンタルヘルス不調者に対する新旧2つの復職支援プログラムを実施し,旧プログラムで復職した142例,新プログラムで復職した54例,計196例を対象に分析を行った.新プログラムには,(1) 生活記録表を用いた復職判定,(2) 6ヶ月間の段階的な復職プラン,(3) 定期的な産業医面談,(4) 全社復職プラン検討会などを盛り込んだ.結果:新プログラムの休業期間は中央値で60日ほど長かったが,復職1年後の出社継続率は54.2%から91.6%へと改善し,復職後1年間の生産性も6,226,192万円から8,418,514円へと改善した.復職支援にかかった費用は65,945円から300,898円と増加した.経営者の視点から費用便益分析を実施したところ,本取り組みの投資収益率(ROI)は933%であった.結論:復職後の再発を予防するためには新しい復職支援プログラムが効果的であることが示唆された.

I. 取り組みの背景

近年,企業におけるメンタルヘルス不調者は増加傾向にあり,労働力の損失や他の従業員への業務負担などが問題となっている1,2).多くの企業で復職支援の取り組みを行っているが,復職可否の判断や職場の環境調整など難しい課題も多い2).中でも,復職後の再発・再燃が多いことが問題となっており,その原因としては,十分に回復しないまま職場復帰することや,適切な業務上の配慮やサポートが難しいことなどが指摘されている3)

また,復職後の再発・再燃を防ぐためには,管理監督者と産業保健スタッフが連携して対応方針を共有すること,十分な情報収集や評価を行った上で復職プランを作成すること,復職後も専門家によるフォローアップを続けること,その他,事業所内の産業保健スタッフや人事担当者が定期的に面接を行うことや,休業中から復職支援を行うことが重要であると報告されている3,4,5)

しかし,これまで,メンタルヘルス不調者の復職支援の取り組みの効果や費用を,定量的に分析した論文は少ない3).今回,ある企業でメンタルヘルス不調者の復職支援プログラムの改善の取り組みを行い,新旧2つの復職プログラムの効果や費用に関する比較分析を実施したので,これを報告する.

II. 方  法

1. 対象企業および対象者

本研究を実施したのは医薬品の研究開発,製造,販売を行う企業である.この企業の従業員数は合計4,700名である.従業員数が約1,600名の本社事業所,従業員数200–900名の工場や研究所,従業員数100–200名の営業系事業所など,全国に17事業所が点在している.

事業所内の産業保健スタッフとしては,本社事業所に常勤産業医が1名おり,他の事業所には非常勤産業医が1–2名ずついる.また本社,研究所,工場には常勤の産業看護職が1–2名ずついるが,営業系事業所には産業看護職はいない.

この企業において,メンタルヘルス不調の診断書を会社に提出して休業した事例のうち,2005年1月から2011年4月までに復職したすべての事例(196件)を調査対象とした.

2. 倫理的な手続き

本調査研究にあたっては,調査対象となった企業の個人情報管理規定,健康情報管理規定に従って情報の入手・管理・利用を行った.また,論文発表や学会発表を行うことについては,当該企業に対して情報の公開に関する申請を行い,承認された.

3. 調査内容

メンタルヘルス不調による休業者のうち,2005年1月から2010年7月までに従来の復職支援プログラムにて復職した142例を旧プログラム群,2008年6月から2011年4月までに新しい復職支援プログラムにて復職した54例を新プログラム群とした.

それぞれの群で復職時の年齢,性別,所属事業所,診断書病名,休業開始日,復職日,休業から復職までの期間,復職後の転帰(再休業または退職の有無)について調べた.職種・職位に関するデータは得られなかったが,所属事業所については「本社事業所,営業系事業所,工場・研究所」のいずれかに分類した.本人が提出した診断書の病名を「うつ病,うつ状態,自律神経失調症,適応障害,心因反応,不安障害,双極性障害,睡眠障害,物質関連障害,その他」のいずれかで集計した.

4. 従来の復職支援のプログラム

この企業における従来の復職支援のプログラムは,厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」を元にしたもので,Fig. 1(A) に示す通りである.

Fig. 1.

  新旧の復職支援プログラム.

従業員が病気で会社を14日以上休業する際には,診断書の提出を求めている.休業期間中も,上司が月に1度ほど従業員と連絡をとって状況を確認する.

従業員が復職を希望した場合,主治医の「復職の診断書」を会社に提出する.28日以上休業している場合には,復職前に産業医面談を実施し,復職の可否や復職後の就業制限などに関する産業医の意見を入手する.さらに復職判定委員会を行い,復職後の業務内容や復職日などを決定する.

復職に先がけて,必要に応じて試し出勤を実施する.この企業の試し出勤は,コアタイム勤務1週間,フルタイム勤務1週間の計2週間で実施される.試し出勤の終了時にも産業医面談を行い,体調や出社状況に問題が無いことを確認する.その後,必要に応じて行われる全社復職判定委員会を経て,正式な復職となる.

復職後は「1ヶ月程度の残業禁止・出張禁止」の措置が実施されることが多く,復職2–3ヶ月目からは,ほとんどのケースで就業制限を解除している.また,復職後の産業医面談などは実施していないことが多い.

5. 新しい復職支援のプログラム

従来の復職プログラムに以下の(1)–(4)の工夫や改善を加え,Fig. 1 (B)のような新しい復職プログラムを作成した.新しい復職支援プログラムの内容は,復職支援の手引きに書かれている「休業中の生活状況などの評価」,「段階的な職場復帰支援プランの作成」,「休業期間中からの労働者への関わり」について,より丁寧に具体的にしたものである.新しい復職プログラムの詳細は,文献6に詳しく記載されている6)

(1) 生活記録表を用いた復職判定

復職の判定基準を「出社を模した生活を最低でも2週間以上,安定して続けられること」と定め,付録1のような生活記録表を用いて復職可否の判断に用いる.生活記録表には24時間×14日間の記入欄が設けられており,おおよその症状が回復し,復職にむけた意欲が回復してきた頃から,休業者が起床・就寝・外出などの様子を記入する.人事担当者が生活記録表の記入を本人に指示する際には,産業医または主治医に事前に確認を取ることとする.

(2) 6ヶ月間の復職プランの策定

復職後6ヶ月間は業務負荷を段階的に調整することとし,その期間の具体的な業務内容などの復職プランを作成する.復職プランは事業所の人事担当者が,職場の管理監督者や産業保健スタッフと共同で作成し,付録2のような用紙に記入する.段階的な業務負荷の目安としては「復職後3ヶ月間は残業禁止,復職後4–6ヶ月目は残業1日1時間未満」とし,「復職当初は,高度な判断・折衝・調整を必要とする業務は避け,自分のペースで進められる業務」を行い,「復職6ヶ月後に元の担当業務の7割程度になるよう」にする.ただし,病状や経過,職場の状況などから,従前の業務を担当することが難しい場合には,業務の変更などを検討することがある.

(3) 休業中~復職後の毎月の産業医面談の実施

休業開始時から復職後まで,毎月1度の産業医面談を継続して実施し,回復状況や治療状況,職場への適応状況を確認する.遠方で療養している場合や,体調が悪く外出が困難な場合には,産業医が電話で状況を確認する.面談の後には,必ず産業医と人事担当者とのミーティングを行い,本人の回復状況や職場の状況,今後の対応方針について情報共有を行う.また,人事担当者から職場の管理監督者に,面談結果や今後の対応について連絡する.

(4) 全社復職プラン検討会の実施

復職に先だって,本社人事部の担当者,本社産業医,事業所の人事担当者,事業所の産業保健スタッフ,事業所の管理監督者が参加する会議を行う.1事例に1時間ほどかけて,事例の背景,疾病の特徴,治療経過,職場の特性,復職の可否などを再検討し,復職プランの内容を調整する.

6. 分析方法

旧プログラム群と新プログラム群の比較を行うため,復職時の年齢,休業期間については t 検定,性別と所属事業所についてはカイ二乗検定,診断書病名についてはフィッシャーの正確確率検定を用いた検定を実施した.なお,本研究のすべての解析には統計解析ソフトR version 2.14.0を用いた.

復職支援の効果判定については,Kaplan-Meier法による生存分析を行い,再休業せずに出社を継続している事例の割合(出社継続率)を求めた.Kaplan-Meier法は,対象となるデータが少数で観察期間にばらつきがある場合でも,復職日,再休職日(あるいは退職日)を得るだけで分析できるため,復職支援プログラムの効果を見るには適していると考えられる.

Kaplan-Meier法による生存分析は以下のように行った.(1) 復職後に病気の悪化によって再休業(または退職)した事例については,復職から再休業(または退職)までの日数を観察期間とした.(2) 解析時点(2011年4月)まで出社が続いている事例と,それ以外の理由で退職した事例とを打ち切り群とし,復職から解析時点までの日数,または退職までの日数を観察期間とした.(3) 生存分析の結果についてはログ・ランク検定を行い,復職支援プログラムの効果を比較した.

7. 費用便益分析の方法

新旧の復職支援プログラムについて,復職後の生産性と復職支援のコストを次の方法で求め,経営者の視点からの費用便益分析を行った.

(1) 復職後1年間の生産性の算出

従業員が1年間勤務したときの勤務率を1.00とし,その期間の生産性を年間給与に等しいとした.復職者の平均勤務率は,出社継続率を表すグラフの0–365日の区間の面積から,0.00–1.00の範囲で求めた.その値に年間給与を掛けることで復職後1年間の生産性を算出した.従業員の年間給与は,職位,職種,年齢ごとに求めることが困難であったため,2010年の有価証券報告書から得た平均年収を用い,一律に8,769,285円とした.

(2) 復職支援に関わるコストの算出

復職支援プログラムに関する人件費と,休業者の休業中のコストの2つを算出した.

人件費については,一般的な復職支援事例の作業工数について人事担当者にヒアリング調査を行い,それぞれの人件費を求めた.担当者の人件費は,職位や職種に関わらず上記の平均年収を用いて計算し,非常勤嘱託産業医の人件費は1時間あたり20,000円とした.

休業者の休業中のコストは,休業期間中の賃金や傷病手当金の支払い,または労働力の損失などを考慮して,新旧の復職支援プログラムの休業期間の中央値に従業員の年間給与を掛け合わせて算出した.

(3) 投資収益率の算出

本取り組みの投資対効果を計るために投資収益率(ROI)を求めた.ROIは「得られた利益 ÷ 投入した投資額 × 100」で求められ,ROIが100%を超える場合には有利な投資案件であると判断される.本取り組みにおいては,ROIを「新旧復職プログラムの復職者の生産性の差 ÷ 新旧復職支援プログラムのコストの差 × 100」で算出した.

III. 結  果

1. 調査対象者の属性の比較

旧プログラム群142件と新プログラム群54例において性別・復職時の年齢・所属事業所・診断書病名を比較した(Table 1).性別についてカイ二乗検定を用いて検定した結果,有意差は認められなかった(p=0.84).復職時の年齢について対応のない t 検定を用いて検定した結果,有意差は認められなかった(p=0.46).診断書病名についてフィッシャーの正確確率検定を用いて検定したところ,有意差は認められなかった(p=0.24).所属事業所についてカイ二乗検定を用いて検定したところ,有意差が認められた(p<0.01).

Table 1. 新旧復職支援プログラムの性,復職時年齢,所属事業所,診断書病名の分布,休業日数の比較*
旧プログラム新プログラムp
事例数n = 142n = 54
性別0.84
 男性96 (67.6%)38 (70.4%)
 女性46 (32.4%)16 (29.6%)
復職時の年齢36.1±8.3 (23–55)37.0±9.5 (22–57)0.46
所属事業所< 0.01
 本社事業所31 (21.8%)24 (44.4%)
 営業系事業所49 (34.5%)16 (29.6%)
 工場・研究所62 (43.7%)14 (25.9%)
診断書病名0.24
 うつ状態56 (39.4%)20 (37.0%)
 うつ病54 (38.0%)15 (27.8%)
 自律神経失調症10 (7.0%)3 (5.6%)
 適応障害7 (4.9%)5 (9.3%)
 心因反応3 (2.1%)4 (7.4%)
 不安障害4 (2.8%)4 (7.4%)
 双極性障害1 (0.7%)2 (3.7%)
 睡眠障害1 (0.7%)0 (0.0%)
 物質関連障害4 (2.8%)1 (1.9%)
 その他2 (1.4%)0 (0.0%)
休業日数168.1±176.1 (1–950)251.6±231.1 (14–1,142)< 0.01
中央値107.5167

*復職時の年齢と休業期間は t 検定を用いて検定を行った.性別と所属事業所はカイ二乗検定を,診断書病名はフィッシャーの正確確率検定を用いて検定を行った.

旧プログラム群の休業期間の平均値は168.1日,標準偏差176.1日,最小値1日,最大値950日,中央値107.5日であった.新プログラム群では 平均値は251.6日,標準偏差231.1日,最小値14日,最大値1,142日,中央値167日であった(Table 1).休業期間について対応の無い t 検定で検定を行ったところ,有意差が認められた(p<0.01).

旧プログラム群には,休業期間が1–7日と極端に短い例が少数含まれていた.それらは復職直後に勤怠が不安定になり,数日単位で休職・復職を繰り返した事例などであった.

2. 復職後の出社継続率の比較

復職後の出社継続率について,Kaplan-Meyer法で生存分析を行い,復職後の経過日数と出社継続率を表す生存曲線を作成した(Fig. 2).

Fig. 2.

  新旧復職支援プログラムの出社継続率の比較*.

*ログ・ランク検定を用いて検定したところ有意差が認められた(p<0.01).

旧プログラムでは,復職1ヶ月後の出社継続率は92.3%,復職3ヶ月後では83.0%,6ヶ月後では67.9%,1年後では54.2%,2年後では47.2%,3年後では42.5%であった.

新プログラムでは,復職6ヶ月後の出社継続率は96.3%,1年後では91.6%,2年後では87.6%であった.生存分析の結果についてログ・ランク検定を用いて検定を行ったところ,有意差が認められた(p<0.01).

3. 新旧の復職支援の便益の比較

新旧の復職支援の復職後1年間の平均勤務率を求めたところ,旧プログラムでは0.71,新プログラムでは0.96であった.これに年間給与を掛け合わせ,復職後1年間の生産性を金額として求めた.旧プログラムでは6,226,192円,新プログラムでは8,418,514円であった.

4. 新旧の復職支援のコストの比較

新旧の復職支援に必要な作業工数と人件費を調べた(Table 2 (A) (B)).復職事例1件あたりの人件費は,旧プログラムでは65,945円,新プログラムでは300,898円であった.また,休業期間の中央値から休業中のコストを求めたところ,旧プログラムでは2,582,735円,新プログラムでは4,012,248万円であった(Table 2 (C)).復職支援の人件費と休業中のコストの合計は,旧プログラムでは2,648,680円,新プログラムでは4,313,146円となった.

Table 2.  新旧復職支援プログラムのコストの比較
旧プログラムの人件費時間回数・人数人件費
産業医の人件費
 産業医面談20分2回¥13,332
 面談後の人事担当者との打ち合わせ10分2回¥6,666
人事担当者の人件費
 回復の状況を月に1度確認する30分3回¥7,353
 産業医面談の手配15分2回¥2,451
 産業医面談後の産業医との打ち合わせ10分2回¥1,634
 休職開始時の社内調整など120分1回¥9,804
 復職時の社内調整など120分1回¥9,804
復職判定委員会の人件費
 産業医30分1人¥9,999
 人事担当者30分1人¥2,451
 上司30分1人¥2,451
合計¥65,945
新プログラムの人件費時間回数・人数人件費
産業医の人件費
 産業医面談30分12回¥119,988
 面談後の人事担当者との打ち合わせ15分12回¥59,994
人事担当者の人件費
 産業医面談の手配15分12回¥14,706
 産業医面談後の産業医との打ち合わせ15分12回¥14,706
 休職開始時の社内調整など120分1回¥9,804
 復職時の社内調整など180分1回¥14,706
全社復職プラン検討会の人件費
 本社産業医100分1人¥8,170
 本社人事部の担当者60分3人¥14,706
 事業所の人事担当者60分1人¥4,902
 事業所の管理監督者60分1人¥4,902
 事業所の産業看護職60分1人¥4,902
 事業所の担当者の移動時間(往復)120分3人¥29,412
合計¥300,898
休業期間中のコスト休業期間の中央値休業コスト
 旧プログラム107.5日¥2,582,735
 新プログラム167日¥4,012,248

5. 新旧の復職支援の費用便益分析

メンタルヘルス不調者の復職支援プログラムの改善の取り組みについて,経営者の視点から費用便益分析を行った.新旧の復職支援プログラムを比較すると,復職後1年間の生産性は2,192,321円増加していた.復職支援のコストは,人件費のみで234,953円増加し,人件費と休業コストを合計した場合は1,664,467円増加していた.これらの値から投資収益率(ROI)を計算したところ,人件費をコストとした場合の ROIは 933% (= 2,192,321÷234,953)となり,人件費と休業コストを合計した場合のROIは 132% (= 2,192,321÷1,664,457)となった.

IV. 考  察

1. 調査対象者の属性の比較

新旧プログラムの対象者において,復職時年齢,性別,診断書病名に有意差は認められなかった.しかし,事業所ごとの人数には有意差が認められた(Table 1).これは,新プログラムの導入時期が事業所ごとに異なっていた影響と考えられる.新プログラムは,まず本社事業所に導入し,その後,しばらくしてから他事業所に順次展開したため,新プログラム群では本社事業所の割合が多くなっている.

復職支援に関連する他の要因として,メンタルヘルスに関する教育研修の実施などについては,新旧プログラムの実施期間中に特に差は無かった.

2. 従来の復職支援プログラムの評価

新旧プログラムの復職後の出社継続率を比較したところ,旧プログラムでは,復職直後から1–3年後までのさまざまな時期に再発・再燃している様子が見られる(Fig. 2).こうした事例のいくつかの経過を確認したところ,次のような特徴が見られた.

まず,復職直後~30日以内に全体の7.7%の事例が再休業している.おそらく復職開始の判断が早すぎたために,十分に回復していないうちに出社を開始してしまい,早期に体調が悪化したケースであったと考えられる.

復職後31–120日の期間にも14.3%の事例が再休業している.復職後の業務軽減が不十分だったために,業務負荷による疲労が蓄積して体調が悪化したものと考えられる.

さらに,復職後121–540日の期間にも26.2%の事例が再休業している.復職後いったんは職場に適応したものの,その後体調や職場環境が変化した際に,適切な治療的対応や職場環境の調整などが行われず,結果として体調が悪化したケースと考えられる.

3. 新しい復職支援プログラムの評価

新プログラム群では,復職1年後の出社継続率は91.6%,復職2年後では87.6%と有意に改善していた.以下の工夫や改善点が効果的に機能したと考えられる.

(1) 生活記録表を用いた復職判定

メンタルヘルス不調者の復職支援において難しい問題のひとつが,回復状況の把握と復職可否の判断である2).病状が十分に回復しないうちに復職すると,業務上の負担が大きくなり,病状の回復が妨げられ,病状が悪化することがある3)

しかし,主治医の診断書だけで出社可否の判断を行うことは難しい.主治医は一般的に,病状が回復して自宅での日常生活が安定して行える「日常生活レベルの回復」を目安とするが,一方で会社は,毎日決められた時間に出社してフルタイム勤務を安定して継続できる「出社レベルの回復」を求めるためである.

そこで新プログラムでは,復職可否の判断基準を生活リズムを基準に用いて明確に定義し,「生活記録表」を用いて休業中の生活リズムを確認するようにした.その結果,復職を希望する従業員が「出社レベルの回復」に至っているかどうか,適切に確認できるようになった.

(2) 6ヶ月間の復職プランの策定

メンタルヘルス不調者の復職を行う際には,業務負荷を軽減し,段階的に負荷を調整しながら経過を見るよう「職場復帰支援の手引き」にも記載されている.その際には,治療状況,業務上の配慮,職場の人間関係,職場の理解,仕事の適性,本人の性格傾向など,さまざまな要因を考慮した調整を行わねばならない3).しかし,実際の場面では,復職後の業務をどう調整すればよいかわからず,職場の環境調整に難航することも多い2)

新プログラムでは復職後6ヶ月間の軽減勤務を行うよう定め,6ヶ月間の具体的な業務プランを,関係者が共同で作成するようにした.その結果,本人の回復状況を考慮した職場環境調整や復職後のフォローアップなどについて,事前に準備できるようになった.

(3) 休業中~復職後の毎月の産業医面談の実施

「職場復帰支援の手引き」には,休業期間中においても,産業保健スタッフが本人と接触することが,労働者の安心感の醸成のために望ましい結果をもたらすことがあると記載されている.その他の文献でも,休業中からの定期的な面接が職場復帰支援に効果的であったという報告がある5,7,8)

そこで,新プログラムでは休業中から復職後まで定期的に産業医との面談を行い,その後,関係者間で回復状況や今後の対応方針などの共有を図るようにした.その結果,休業中から復職後まで,社内スタッフによる一貫した対応を行えるようになり,休業者の安心感の醸成に役立った.また,復職後も面談を継続することで,体調や勤怠の変化を早めに把握できるようになり,必要に応じて,業務量の調整などの環境調整や,主治医への病状についての情報提供などを行えるようになった.メンタルヘルス不調では復職後の回復が長引くケースもあり,そのような場合は,業務の軽減などの就業上の措置と定期的な産業医面談を継続している.

(4) 全社復職プラン検討会の実施

本取り組みを実施した企業は,事業所の規模によって産業保健スタッフの配置が異なっているため,事業所ごとの活動内容のばらつきが常に課題となっていた.そこで,新プログラムの展開にあたっては「全社復職プラン検討会」という仕組みを設けた.

全社復職プラン検討会では,復職支援の各プログラムが確実に実施されているかどうかをチェックし,生活記録Table を用いた復職判定の行い方や,復職後の具体的な業務プラン作りなどについて専門家を交えて協議することで,各事例の復職支援に役立った.また,職種別・事業所別の復職プランを全社で蓄積・共有することで,対応の標準化やレベルの向上にもつながった.

4. 休業期間の増加に関する評価

新旧のプログラムを比較すると,復職後の出社継続率は大幅に改善しているが,休業開始から復職までの休業日数は中央値で約60日も長くなっている(Table 1).

休業期間の延長の背景には,出社可能な生活リズムへの回復が生活記録表を用いて確認できるまで,しっかりと休業させるようになったことや,復職プランの作成や職場の調整などの準備作業を時間をかけてきちんと行うようになったことが影響していると考えられる.

休業期間が延長することは,休業中の労働力の損失や,他の従業員への業務負担などが増加するという問題がある.しかし,十分に回復しないまま,あるいは,適切な職場の調整を行わないまま復職すると,再発や再休業のリスクが高まる.メンタルヘルス不調の代表的な疾患であるうつ病は,再発することによって,職場への適応がいっそう難しくなり,さらに再発しやすくなることも知られている9).さらに,再休業となった場合の職場内の調整コストも無視できない.

つまり,メンタルヘルス不調者の復職支援においては,1回の休業できちんと復職できるよう時間をかけて準備を行うほうが,たとえ休業期間が延長したとしても全体としてのメリットは大きいと考えられる.

5. 費用便益分析の結果

これまで,国内において,メンタルヘルス不調者の企業内の復職支援の取り組みについて費用便益分析を行った報告はない.海外では,オランダの事例についての報告があるが,企業レベルでの費用対効果は見られなかった7)

今回は,分析方法に限界はあるが,復職プログラムの改善により復職後の再発が減少し,出社継続率が改善したことの費用便益的な効果を示すことができた.投資収益率(ROI)は100%を超えており,メンタルヘルス不調者の復職支援の取り組みが,経営者の視点からも投資価値があると示せたことは有意義である.

6. 本復職支援プログラムの応用可能性

新しい復職支援プログラムの実施により,全社を通じて復職後の出社継続率を改善する効果が得られている.新プログラムにおけるいくつかの改善点は,他の企業で実施している復職支援プログラムへの導入なども可能であると考えられる.特に,常勤の産業医がいる大規模事業所では応用が容易であろう.

また,複数の事業所を抱える大企業においては,全社統一のシステムを構築し,産業保健スタッフや人事担当者の知識・技術の向上や平準化を図ることが重要となる.そのためには,本社などが中心となって各事業所を支援する仕組みを構築することが,復職支援プログラムの効果を高めるために効果的であると考えられる.

一方で,中小規模の事業所においては,事業所内に専門スタッフが少なく,大規模事業所と同じような対策はとりにくいことが知られている5,8,10).中小規模事業所向けには,本復職支援プログラムを使用する際には,休業中の毎月の体調確認を行う方法や,生活記録表や復職プランについて主治医と連携する仕組みなどを検討することが必要であると思われる.

7. 本調査の限界

本調査は,ある企業において,メンタルヘルス不調者の復職支援のプログラム改善を実施し,その前後で復職者の出社継続率を調べたものである.ランダム化比較試験(RCT)ではないため,厳密な効果評価は行えていない.また,本取り組みの内容を他の企業へ一般化できない可能性もある.

費用便益分析においては,休業開始時・復職開始時の職場調整に関するコスト,再発事例における職場調整に関するコストなどを計上していない.復職後の生産性についても,一時的に生産性が低下していることを考慮した調整を行っていない.そのため,再発回数の減少,復職後の業務遂行力の低下などに関する経済的評価を適切に行えていない可能性がある.

V. 結  論

ある企業において実施したメンタルヘルス不調者の復職支援プログラムの改善の取り組みについて,復職後の出社継続率や費用便益の評価などを実施した.新復職プログラムにおいては,復職後の出社継続率の改善(再発率の減少)の効果があることを定量的に示せた.また,復職支援プログラムの改善を行うことが,経営者の視点からの費用便益的なメリットがあることを示せた.

メンタルヘルス不調者の復職支援においては,(1) 復職判定に生活記録表を用いて,出社できる生活リズムに回復しているかどうかきちんと確認すること,(2) 復職後6ヶ月間の復職プランをあらかじめ作成しておくこと,(3) 休業中から定期的な産業医面談を続けることの3点を改善することで,復職支援の効果が高まることが示唆された.また,複数の事業場を抱える企業においては,(4) 復職支援の経験のある担当者や専門家が,それぞれの事業所の復職支援の取り組みを支援する仕組み作りが重要であることが示唆された.

References
 
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