産業衛生学雑誌
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原著
定期健康診断における心血管危険因子の有所見率の10年間の推移
須賀 万智 三輪 祐一小野 良樹柳澤 裕之
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2013 年 55 巻 1 号 p. 1-10

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Abstract

目的:東京都内の健診機関のデータベースを用いて,心血管危険因子の有所見率の10年間の推移を検討した.方法:公益財団法人東京都予防医学協会が管理するデータベースから,2001–2011年度の定期健康診断の結果を分析した.各年度の事業所数は平均1,159ヶ所,各年度の受診者数は平均119,956人(男性73,842人,女性46,114人)であった.心血管危険因子として知られる1)肥満,2)高血圧,3)高コレステロール血症,4)糖尿病,5)喫煙について,各年度の有所見率を受診者全体と5歳年齢階級別に計算した.結果:男性において,2001年度の有所見率(粗率)は肥満26.9%,高血圧19.0%,高コレステロール血症22.7%,糖尿病6.9%,喫煙49.4%,2011年度の有所見率(粗率)は肥満28.5%,高血圧19.9%,高コレステロール血症26.6%,糖尿病5.9%,喫煙34.4%であった.年齢調整率で高コレステロール血症の上昇傾向を認め,年齢階級別にみると,50歳以上の高年齢層で肥満,高血圧,高コレステロール血症,糖尿病の有所見率が上昇した.女性において,2001年度の有所見率(粗率)は肥満10.4%,高血圧7.1%,高コレステロール血症19.1%,糖尿病1.7%,喫煙11.6%,2011年度の有所見率(粗率)は肥満11.6%,高血圧7.4%,高コレステロール血症16.7%,糖尿病1.7%,喫煙10.3%であった.年齢調整率で高コレステロール血症の低下傾向を認め,年齢階級別にみると,40–59歳で高コレステロール血症の有所見率が低下した.喫煙の有所見率は男女とも漸次的に低下した.考察:心血管危険因子の有所見率は総じて横ばいで推移しており,粗率・年齢調整率とも上昇したのは男性の高コレステロール血症のみであった.年齢階級別にみると,男性の50歳以上の高年齢層は心血管危険因子の有所見率が上昇しており,問題あるサブグループとして認められた.

I.諸 言

厚生労働省から毎年発表される定期健康診断結果報告1)によれば,定期健康診断の有所見率は2008年に50%を超えて,それ以降も上昇を続けている.この調査は日本の労働者の健康状態を継続的に把握し,重要な情報源となっているが,調査の対象が常勤労働者50人以上の事業所に限られること,有所見の判定基準が統一されていないこと,労働者の年齢構成の変化を含んだ数値(年齢調整されていない粗率)であること,年齢別の傾向を把握できないことなどが限界として挙げられる.有所見率の経年変化を調べることは健康保持増進対策の効果評価につながり,今後の対策のあり方を考える基礎資料となる.粗率による評価は対象集団における問題の大きさ(絶対的評価)を表わし,高リスクで積極的に介入すべき労働者がどのくらい存在するかを見極めるのに有用である.しかし,労働者の健康状態の変化(相対的評価)を捉えるには,労働者の年齢構成の変化を前提とした年齢調整率による評価が望ましい.また,年齢別に傾向を分析することも,問題あるサブグループを見極めるのに有用である.

有所見率の経年変化に関する分析はこれまでにもいくつか試みられ,近年の有所見率の上昇は労働者の高齢化が一因であることなどが報告されている2, 3).しかし,個人単位の健診結果のデータを分析して,年齢調整率や年齢別の傾向を検討したものは見当たらない.有所見の判定基準は健診機関が独自に定め,学会のガイドラインの改定や法令の改正で変更されるため,有所見率の経年変化を分析する際には,一定の基準で有所見を判定することも重要である.

本研究では,東京都内の健診機関のデータベースを用いて,心血管危険因子の有所見率の10年間の推移を検討した.有所見の判定は最新の学会のガイドラインにしたがい,全年度を統一的に見直した.有所見率は受診者全体および5歳年齢階級別に傾向を分析し,受診者全体の有所見率については年齢調整率を計算して,粗率での傾向と比較した.

II.方 法

公益財団法人東京都予防医学協会は,首都圏にある事業所・健保組合から委託され,毎年約15万人の定期健康診断を実施している.定期健康診断の集計結果は年報にまとめ,冊子体とホームページ(http://www.yobouigaku-tokyo.or.jp/nenpo/index.html)で公表している.本研究では,同協会が管理するデータベースから,電子データとして得られた2001–2011年度の定期健康診断の結果を分析した.研究の実施にあたり,疫学研究に関する倫理指針に従い,同協会の倫理審査委員会の承認を受けた.

分析の対象は定期健康診断を同協会で受診した全労働者である.心血管危険因子として知られる1)肥満,2)高血圧,3)高コレステロール血症,4)糖尿病,5)喫煙について,各検査の測定値と問診から有所見を判定し,各年度の各項目の有所見率を計算した.本研究の目的は有所見率の経年変化を分析することにあり,各年度の受診者の属性が大きく変わると,正しい評価を得られないおそれがある.そこで,事前の検討で,2001–2011年度の定期健康診断を連続して受診した425事業所に限定して分析したところ,連続して受診した事業所に限定した場合としなかった場合で,結果に差異を認めなかった.対象集団の変化(分析の対象に含まれる事業所が年度間で異なる)が有所見率の評価にほとんど影響しないと考えられたことから,本研究では,あえて事業所を限定せずに分析した.

肥満は身長(0.1 cm単位)と体重(0.1 kg単位)から計算したBody Mass Index 25.0以上と定義した4).身長と体重は靴を脱ぎ,軽装で測定した.高血圧は収縮期140 mmHg以上または拡張期90 mmHg以上または服薬ありと定義した5).血圧は5分以上の安静後に座位で測定し,高い値を示した場合には再測定した.測定には自動血圧計を使用した.高コレステロール血症はLDLコレステロール140 mg/dl以上または服薬ありと定義した6).LDLコレステロールは直接法で測定するか,Friedewaldの式で計算した.糖尿病は空腹時血糖126 mg/dl以上または随時血糖200 mg/dl以上またはHbA1c(JDS値)6.1%以上または服薬ありと定義した7).血糖は酵素法(ヘキソキナーゼ法)で測定した.HbA1cは2001–2003年度はHPLC法,2004–2011年度は免疫法で測定した.喫煙歴は問診票から把握され,喫煙は健診受診時点でたばこを吸っている場合と定義した.

同協会は内部精度管理を定期的に実施しており,外部精度管理は日本医師会の臨床検査精度管理調査と全国労働衛生団体連合会の総合精度管理事業に参加している.観察期間中に測定方法を変更したのはHbA1cのみである.HbA1cの測定方法をHPLC法から免疫法に移行する際には,同一検体(n=64)を両法で測定し,測定値の相関がγz=0.97(p<0.001)と良好であることを確認した.さらに,念のため,本研究のデータに回帰式(免疫法の値=HPLC法の値×0.983–0.03)をあてはめ,HbA1c値を補正したうえで2001–2011年度の糖尿病の有所見率を再計算すると,補正の有無に関わらず有所見率はほぼ同じ値となった.測定方法の変化が有所見率の評価にほとんど影響しないと考えられたことから,本研究では,あえて測定方法間で補正せずに分析した.

各年度の各項目の有所見率は男女別に粗率と年齢調整率(間接法)を計算した.年齢調整の基準集団は2001年度の定期健康診断の受診者として,年齢調整には5歳年齢階級別の有所見率を用いた.有所見率の経年変化はCochran-Armitage検定で傾向性を評価した.有意水準は5%とした.統計学的解析にはSAS version 9.2(SAS Institute Inc., Cary, NC, USA)を使用した.

III.結 果

Table 1に2001–2011年度の定期健康診断の受診状況を示した.各年度の事業所数は平均1,159ヶ所で,そのうち受診者数50人未満の事業所が73–76%を占めた.各年度の受診者数は平均119,956人で,そのうち女性が35–41%を占めた.受診者の平均年齢は男女とも10年間で約2歳上昇し,年齢階級別の構成割合(Fig. 1)でみると,40歳以上の割合は,男性で2001年度48.8%から2011年度55.0%へ,女性で2001年度39.2%から2011年度44.1%へ,いずれも増加した.

Table 1. Participants in annual health examinations, 2001–2011
Year Worksites Examinees Male Female
n Age (y) n Age (y)
2001 1,200 117,102 73,406 40.7 ± 12.4 43,696 36.9 ± 13.1
2002 1,253 133,110 86,450 41.0 ± 12.2 46,660 36.2 ± 13.0
2003 1,198 121,272 73,092 40.7 ± 12.4 48,180 36.3 ± 13.0
2004 1,152 121,412 71,817 41.0 ± 12.5 49,595 36.5 ± 13.0
2005 1,174 115,813 71,210 41.1 ± 12.6 44,603 36.9 ± 13.1
2006 1,266 118,747 72,876 42.3 ± 12.6 45,871 37.8 ± 13.3
2007 1,201 120,432 72,933 41.6 ± 12.6 47,499 37.6 ± 13.3
2008 1,139 117,778 73,228 42.6 ± 12.4 44,550 39.0 ± 12.9
2009 1,119 122,133 75,953 42.8 ± 12.6 46,180 39.0 ± 12.8
2010 1,053 114,776 69,746 42.4 ± 12.5 45,030 39.1 ± 12.6
2011 999 116,944 71,548 42.2 ± 12.2 45,396 39.4 ± 12.4
Fig. 1.

Age distributions of (A) male and (B) female workers, 2001–2011.

Table 2に2001–2011年度の5項目の有所見率を示した.肥満は,男女とも粗率で有意な上昇(p<0.001)を認めたが,年齢調整率は明らかな変化を認めなかった.高血圧は,男女とも粗率で有意な上昇(p<0.001)を認めたが,年齢調整率は横ばいないし低下した.高コレステロール血症は,男性では粗率で有意な上昇(p<0.001)を認め,年齢調整率も上昇したが,女性では粗率で有意な低下(p<0.001)を認め,年齢調整率も低下した.糖尿病は,男性では粗率で有意な傾向を認めず(p=0.073),女性では粗率で有意な上昇(p<0.001)を認めたが,年齢調整率は明らかな変化を認めなかった.喫煙は,男女とも粗率で有意な低下(p<0.001)を認め,年齢調整率も低下した.5項目の傾向をまとめると,粗率で上昇する傾向を認めたのは男性の肥満,高血圧,高コレステロール血症,女性の肥満,高血圧,糖尿病,そのうち年齢調整率でも上昇したのは男性の高コレステロール血症のみであった.一方,女性の高コレステロール血症ならびに喫煙は粗率・年齢調整率とも低下する傾向を認めた.

Table 2. Prevalence rates of risk factors, 2001–2011
Year Male Female
Crude Age-adjusted Crude Age-adjusted
Obesity 2001 26.9% 26.9% 10.4% 10.4%
2002 28.0% 27.7% 10.3% 10.5%
2003 27.9% 27.7% 10.6% 10.9%
2004 27.9% 27.7% 10.4% 10.5%
2005 28.1% 28.0% 10.5% 10.4%
2006 28.5% 28.0% 10.8% 10.3%
2007 28.2% 28.0% 10.7% 10.2%
2008 28.1% 27.5% 10.6% 9.8%
2009 28.0% 27.5% 10.7% 10.0%
2010 28.5% 27.7% 11.1% 10.2%
2011 28.5% 27.7% 11.6% 10.7%
Hypertension 2001 19.0% 19.0% 7.1% 7.1%
2002 19.0% 18.9% 6.6% 6.9%
2003 18.7% 18.7% 6.8% 7.1%
2004 18.5% 18.3% 6.6% 6.8%
2005 19.4% 18.9% 7.0% 7.0%
2006 19.7% 18.3% 7.1% 6.6%
2007 19.0% 18.1% 7.2% 6.7%
2008 19.9% 18.3% 7.6% 6.6%
2009 20.2% 18.3% 7.4% 6.5%
2010 19.9% 18.3% 7.5% 6.6%
2011 19.9% 18.7% 7.4% 6.5%
Hypercholesterolemia 2001 22.7% 22.7% 19.1% 19.1%
2002 27.5% 27.0% 21.5% 22.1%
2003 26.6% 26.7% 21.4% 22.1%
2004 25.1% 25.1% 19.9% 20.6%
2005 24.2% 24.0% 18.9% 18.9%
2006 28.1% 27.4% 21.4% 20.6%
2007 25.7% 25.8% 19.4% 19.2%
2008 28.1% 28.8% 17.5% 19.4%
2009 29.6% 30.1% 18.1% 20.2%
2010 26.4% 27.0% 16.3% 18.3%
2011 26.6% 27.2% 16.7% 18.7%
Diabetes 2001 6.9% 6.9% 1.7% 1.7%
2002 6.0% 6.0% 1.6% 1.6%
2003 6.3% 6.5% 1.6% 1.7%
2004 6.3% 6.6% 1.6% 1.6%
2005 6.4% 6.5% 1.7% 1.7%
2006 6.5% 6.4% 1.7% 1.6%
2007 6.5% 6.9% 1.8% 1.7%
2008 6.2% 6.6% 1.7% 1.6%
2009 6.4% 6.7% 1.9% 1.8%
2010 6.5% 6.9% 1.8% 1.8%
2011 5.9% 6.4% 1.7% 1.7%
Smoking habits 2001 49.4% 49.4% 16.6% 16.6%
2002 49.2% 49.4% 16.7% 16.8%
2003 47.5% 47.5% 18.1% 18.1%
2004 46.3% 46.5% 18.1% 18.1%
2005 44.5% 45.0% 15.4% 15.6%
2006 42.8% 43.5% 14.3% 15.0%
2007 42.2% 42.5% 13.7% 14.3%
2008 40.2% 41.0% 13.1% 13.6%
2009 38.6% 39.6% 12.4% 13.0%
2010 35.9% 36.6% 10.9% 11.5%
2011 34.4% 34.6% 10.3% 11.0%

Figure 2に男性の5歳年齢階級別の有所見率を示した.肥満は,25–29歳,30–34歳で有意な低下,15–19歳,20–24歳,50–54歳,55–59歳,60–64歳で有意な上昇を認めた.高血圧は,49歳以下の年齢階級(15–19歳を除く)で有意な低下,50歳以上の年齢階級で有意な上昇を認めた.高コレステロール血症は20–24歳,35歳以上の年齢階級で有意な上昇を認めた.糖尿病は,25–29歳,30–34歳,45–49歳,50–54歳で有意な低下,55歳以上の年齢階級で有意な上昇を認めた.喫煙は,すべての年齢階級で有意な低下を認めた.5項目を横断的にみると,50歳以上の高年齢層は肥満,高血圧,高コレステロール血症,糖尿病の有所見率が低下し,全般的に悪化する方向にあった.

Fig. 2.

Prevalence rates of risk factors in male workers, 2001–2011.

(A) obesity, (B) hypertension, (C) hypercholesterolemia, (D) diabetes, (E) smoking habits.

Figure 3に女性の5歳年齢階級別の有所見率を示した.肥満は,20–24歳,35–39歳で有意な上昇を認め,45–49歳,55–59歳,60–64歳,65歳以上で有意な低下を認めた.高血圧は,40–44歳,45–49歳,50–54歳,55–59歳で有意な低下を認めた.高コレステロール血症は,25–29歳,30–34歳,45–49歳,50–54歳,55–59歳で有意な低下を認めた.糖尿病は,65歳以上で有意な上昇を認めた.喫煙は,59歳以下の年齢階級で有意な低下,65歳以上で有意な上昇を認めた.5項目を横断的にみると,45–59歳の更年期の年齢層は肥満,高血圧,高コレステロール血症の有所見率が低下し,全般的に改善する方向にあった.

Fig. 3.

Prevalence rates of risk factors in female workers, 2001–2011.

(A) obesity, (B) hypertension, (C) hypercholesterolemia, (D) diabetes, (E) smoking habits.

IV.考 察

東京都内の健診機関のデータベースを用いて,心血管危険因子の有所見率の10年間の推移を検討した.本研究のデータは首都圏の事業所に限られるが,常勤労働者50人未満の事業所を多く含む.また,先行研究には見られない分析の特徴として,有所見の判定は最新の学会のガイドラインにしたがい,全年度を統一的に見直した.有所見率は受診者全体および5歳年齢階級別に傾向を分析し,受診者全体の有所見率については年齢調整率を計算して,粗率での傾向と比較した.本研究結果の一般化は慎重にすべきであるが,今後の検討に向けて重要な示唆を与えると考えられる.

粗率は対象集団における問題の大きさを表わし,この値が高い項目ほど問題を持つ者が多く,対象集団に与える負担が大きいと判断される.2001年度は,高い順に,男性では喫煙49.4%,肥満26.9%,高コレステロール血症22.7%,高血圧19.0%,糖尿病6.9%,女性では高コレステロール血症19.1%,喫煙11.6%,肥満10.4%,高血圧7.1%,糖尿病1.7%であった.10年後の2011年度は,男性では2001年度と同じ順で,喫煙34.4%,肥満28.5%,高コレステロール血症26.6%,高血圧19.9%,糖尿病5.9%,女性では肥満と喫煙が入れ替わり,高コレステロール血症16.7%,肥満11.6%,喫煙10.3%,高血圧7.4%,糖尿病1.7%であった.傾向性の検定において,男性では肥満,高血圧,高コレステロール血症,女性では肥満,高血圧,糖尿病に有意な上昇を認めた.年齢調整率でみると,男性の高コレステロール血症を除いて,明らかな上昇を認めなかったことから,粗率の上昇はおもに受診者の平均年齢の上昇(Fig. 1)によると考えられる.一方,喫煙は男女とも有意な低下を認め,年齢調整率でみても低下した.健康増進法の施行(2003年5月),たばこ規制枠組条約の発効(2005年2月),各種ガイドラインの策定などを受けて,各職場においても喫煙対策の取り組みが進められ,着実に効果を上げていることがうかがえる.

年齢調整率は,粗率と比べ,年齢構成の変化に影響されず健康状態の変化を評価できる.単年度ごとに比較すると,粗率と年齢調整率の差はおおむね±1%以内におさまり,値が高い項目の順序はほぼ一致した.しかし,経年変化は粗率と年齢調整率で異なり,男女とも肥満と高血圧で乖離した.肥満と高血圧は平均年齢を挟んで上下の傾向が逆転しており,このことが乖離の原因と考えられる.労働者の健康状態の変化を捉える場合には年齢調整率が必要で,粗率を用いると,正しい評価を得られないおそれがある.粗率と年齢調整率は分析の目的に応じて使い分けることが肝要である.

粗率・年齢調整率とも上昇したのは男性の高コレステロール血症のみであった.年齢階級別にみると,男性の50歳以上の高年齢層は肥満,高血圧,高コレステロール血症,糖尿病の有所見率が上昇し,全般的に悪化する方向にあった.有所見率がもともと高いうえに,さらに上昇していたことから,問題あるサブグループとして早急に対策を講じることが求められる.この年齢層が10年間で経年的に悪化した原因は明らかでない.対象集団の選択バイアスの可能性(後述)を考慮して検討すべきであるが,一般的には労働環境の変化や労働条件の変化などが関係していると考えられる.また,近年,非婚化が進んでおり,生涯未婚率(50歳時の未婚率)は1980年2.6%から2010年20.1%まで上昇した8).未婚者は既婚者に比べ,不健康な生活習慣が多くみられ,血圧,コレステロール,血糖が高く,心血管危険因子の重複保有者が多いと報告されており9),非婚化が有所見率の上昇に関係しているかもしれない.コホート研究において,男性の体重は低年齢層で毎年増加し,肥満の形成につながっていること10, 11),また,体重の増加が高血圧,高コレステロール血症,糖尿病を引きおこす要因となること12, 13)が明らかにされている.健康保持増進対策は定期健康診断を中心に進められ,40歳から手厚くなされているが,このように中壮年期に健康障害を発見して対応する対策のみでは十分とは言えない.健康診断の受診率の向上と事後指導の徹底に努めると共に,より低年齢層から積極的に介入し,健康的な食生活と運動を心がけ,適切な体重を維持するよう指導するなど,一次予防を強化することが高年齢層の健康障害の減少につながると期待される.生活習慣病のもとになる肥満は25歳以下の低年齢層で有意な上昇を認め,将来の生活習慣病の増加が危惧される.就職を契機に生活リズムが変わり,食事,運動,睡眠などの生活習慣が崩れやすい時期であり14),この年齢層を標的とした教育プログラムを構築することも検討すべきかもしれない.

男性と対照的に,女性の高コレステロール血症は粗率・年齢調整率とも低下した.年齢階級別にみると,45–59歳の更年期の年齢層は肥満,高血圧,高コレステロール血症の有所見率が低下し,全般的に改善する方向にあった.国民健康・栄養調査からも,女性の40歳代・50歳代で,肥満者,高血圧症有病者,脂質異常症が疑われる者,糖尿病が強く疑われる者の割合がいずれも10年前より低下していると報告されており14),職業の有無に関わらずおそらく全国的にみられる傾向であろうと推察される.この年齢層には,生活習慣病の予防・改善のために生活習慣の改善に取組んでいる者が多くみられ14),結果として有所見率の低下につなげられたのかもしれない.健康保持増進対策は男女共通で進められていることが多いが,有所見率の推移は男女間で逆方向を示しており,今後の対策は男女別に検討しなおすことが求められる.

年齢調整率の分析結果から,労働者の高齢化の影響を除いた心血管危険因子の有所見率の変化が明らかになった.5歳年齢階級別の有所見率の分析結果から,受診者全体の有所見率で感知できない各年齢層の特徴が明らかになった.継続的な精度管理に基づくデータを使用したことや,統一的に有所見を判定したことは,先行研究と比べ,分析結果の精度向上につながったと考えられ,本研究結果はこれまでの対策の評価と今後の対策の検討に有用な情報を提供すると期待される.その一方,本研究は以下の限界を含んでおり,結果の解釈を注意する必要がある.第1に,東京都内の健診機関のデータベースを用いており,大部分が事務系事業所で,ホワイトカラー職種である.総務省の労働力調査15)によれば,2010年の全国の就業者の年齢構成(括弧内は本研究の対象集団における割合を示す)は,男性では15–24歳6.9%(6.0%),25–34歳19.7%(25.0%),35–44歳23.8%(27.2%),45–54歳20.0%(21.1%),55–64歳20.0%(17.7%),65歳以上9.7%(2.5%),女性では15–24歳9.6%(10.2%),25–34歳19.9%(34.2%),35–44歳22.4%(22.5%),45–54歳21.1%(17.9%),55–64歳18.6%(13.1%),65歳以上8.4%(2.0%)であり,本研究の対象集団の年齢構成は全国集計値よりも低年齢側に偏っている.本研究結果は首都圏の事務系勤労者の状況を表わし,全国の就業者を代表するとは言い難い.第2に,分析の対象に含まれる事業所は年度間で異なる.この問題については,方法の項で述べたとおり,事前の検討で,有所見率の評価にほとんど影響しないことを確認した.ただ,定期健康診断の有所見率を対象集団の健康状態の指標として分析する場合には,定期健康診断を受診した者としなかった者が同等と言えるかが問題になる.定期健康診断の受診率はおそらく事業所間や年度間で異なるだろうと推察されるが,本研究では,各事業所の定期健康診断の受診率を把握しておらず,実際に影響を評価することは困難である.第3に,定期健康診断の項目別実施割合は,40歳以上では9割前後に達するが,39歳以下では労働安全衛生法で省略可能とされる項目(血中脂質検査,血糖検査)で7割前後に留まる.このことによって選択バイアスを生じた可能性がありうる.厚生労働省の定期健康結果報告1)によれば,2010年度の定期健康診断の有所見率(括弧内は本研究の対象集団における男女計・粗率を示す)は,血圧14.3%(15.0%),心電図9.7%(8.4%)であり,本研究の対象集団の有所見率は,実施割合100%(39歳以下100%,40歳以上100%)の血圧でも,実施割合65%(39歳以下40%,40歳以上85%)の心電図でも,全国集計値と概ね同じ値であった.本研究結果への影響はおそらく否定的である.第4に,2008年4月から特定健康診査・保健指導が開始され,定期健康診断も血中脂質検査が血清総コレステロールからLDLコレステロールに変更された.また,血糖検査は以前よりHbA1cでの代替を認められているが,健診項目にHbA1cを含める事業所が増加した.このような検査方法の変化が有所見率の評価に影響した可能性がありうる.本研究のデータにおいて各検査方法の変化の影響について検討した.高コレステロール血症はLDLコレステロールで定義したが,2007年度以前は測定者の98%がFriedewald式で計算したのに対して,2008年度以後は測定者の96%が直接法で測定した.2008年度に両法で測定した41,956名についてFriedewald式で計算した値と直接法で測定した値を比較した結果,測定値の相関がγ=0.97(p<0.001)と良好であることを確認した.さらに,念のため,本研究のデータに回帰式(直接法の値=Friedewald式の値×0.957+6.052)をあてはめ,LDLコレステロール値を補正したうえで2001–2011年度の高コレステロール血症の有所見率を再計算すると,補正の有無に関わらず有所見率はほぼ同じ値になった.血中脂質検査の検査方法の変化が高コレステロール血症の有所見率に影響した可能性はおそらく否定的である.糖尿病は血糖またはHbA1cで定義したが,血糖を測定した割合は2007年度以前83–85%,2008年度以後78–80%と減少した一方,HbA1cを測定した割合は2001年度45%から2011年度80%まで増加した.各年度で糖尿病と判定された者のうち約半数が治療中であり,45–52%が血糖で有所見に該当,55–72%がHbA1cで有所見に該当,これら割合には経年変化を認めなかった.血糖検査の検査方法の変化が糖尿病の有所見率に影響した可能性はおそらく否定的である.

最近,LDLコレステロールの直接法の精度が問題視されており16),測定試薬間のバラつき17)や高トリグリセリド血症にともなう誤差18)が指摘されている.本研究では,測定施設が1ヶ所で,測定試薬が共通であること,また,男女間や年齢間で異なる傾向を認めることから,測定試薬による影響は否定されるが,高トリグリセリド血症にともなう誤差は否定できない.この問題については今後さらに追及する必要があるだろう.

本研究結果より,年齢調整率の意義と年齢別の分析の重要性があらためて示された.本研究結果を踏まえ,さらに事業所規模別や業種別に比較検討すること,また,首都圏以外の地域においても有所見率の推移を検討することが課題である.そして,将来的には,労働者の健康状態の変化を全国規模で継続的に評価するような体制を整備することが健康保持増進対策の推進向上に貢献すると期待される.

V.結 論

東京都内の健診機関のデータベースを用いて,心血管危険因子として知られる5項目について有所見率の10年間の推移を検討した.心血管危険因子の有所見率は総じて横ばいで推移しており,粗率・年齢調整率とも上昇したのは男性の高コレステロール血症のみであった.年齢階級別にみると,男性の50歳以上の高年齢層は肥満,高血圧,高コレステロール血症,糖尿病が増加しており,問題あるサブグループとして認められた.健康診断の受診率の向上と事後指導の徹底に努めると共に,より低年齢層から積極的に介入し,一次予防を強化することが求められる.

Acknowledgment

謝辞:公益財団法人東京都予防医学協会の定期健康診断を支えるスタッフの皆様に感謝いたします.

著者COI開示:本論文の発表内容に関連して申告すべきものはない.

References
 
© 2013 日本産業衛生学会
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