SANGYO EISEIGAKU ZASSHI
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Field Study
Worker Heat Disorders at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant
Masayoshi Tsuji Takeyasu KakamuTakehito HayakawaTomohiro KumagaiTomoo HidakaHideyuki KandaTetsuhito Fukushima
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2013 Volume 55 Issue 2 Pages 53-58

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Abstract

目的:福島原発事故発生以降,毎日約3,000人の作業員が事故収束のために従事している.通気性の悪い防護服を着用した作業員に熱中症の頻発が懸念された.今後の福島原発事故収束作業員における熱中症予防対策の一資料とすべく,福島原発事故以降に発生した熱中症について分析を行った.対象と方法:福島労働局で把握した福島原発事故収束作業員の2011年3月22日から9月16日までに発生した熱中症事案43例を対象とした.熱中症発生数を年齢,発生月,発生時刻,気温,湿度毎に検討し,また熱中症の重症度の検討も実施した.重症度をI度とII度以上の2群に分け,年齢,気温,湿度に対してMann-Whitney U検定を行い,さらに,年齢(<40歳, 40歳≤),気温(<28°C, 28°C≤),湿度(<75%, 75%≤),クールベスト着用の有無に対してχ2検定およびロジスティック回帰分析を行った.検定は両側検定,有意水準5%とし,統計ソフトはSPSS statistics 17.0を用いた.結果:熱中症が最も多く発生した年齢は40代(30.2%),次いで30代(25.6%)であり,発生月は7月(46.5%),発生時刻は7時から12時(69.8%),気温は25°C以上(76.7%),湿度は70%から80%(39.5%)であった.重症度II度以上の者は10例,内5例が6月に発生していた.統計解析の結果,全因子において重症度の違いに有意差は認められなかった.考察:一般労働者の熱中症の好発年齢は45歳から60歳であるが,福島原発事故収束作業員では30・40代に相当数が認められており,比較的若年齢層においても熱中症予防対策が重要であることが示唆された.また,厚生労働省により夏季の午後は原則作業を中止する措置がとられたが,福島原発事故収束作業員の熱中症の好発時刻は午前中に集中しているため午前中の予防対策も必要である.重症度II度以上が10例中5例も6月に集中していることから,6月から熱中症予防対策を実施すべきであると考える.今回,発生因子において重症度の違いに有意差が認められなかったのは,他の要因が関与している可能性,あるいは例数が少なかったためと考える.本研究結果の特徴を踏まえ,今後,福島原発事故収束作業員の熱中症予防対策を実施することが必要である.

I.はじめに

福島第一原子力発電所事故(以下,福島原発事故)収束のため従事している作業員は,通気性の悪い防護服を着用し作業に従事している.日本では,暑熱環境で働く労働者に熱中症が頻発すると報告されており,予防対策が整備されてきている1).福島原発事故後,暑熱環境で働く福島原発事故収束作業員の熱中症の頻発の懸念がより高まってきている2).しかし,その予防対策は不十分であるため,その整備が急務である.

2011年3月に福島原発事故が発生し,これまで空間放射線量の把握3)や放射線に対する教育4)など市民に対する対策がなされてきた.一方で,福島原発事故は産業界に大きな被害をもたらしており5,6,7),労働者の健康管理が必要である.特に,福島原発事故の収束作業に従事している労働者は,過酷な労働環境で働いている8)ため,健康管理は急務である.

福島原発事故発生以降,連日3,000人以上の作業員がこれらの現場作業に従事している状況である9).炉心溶融し高熱を放つ原子炉に,最悪の事態を回避するべく大量の水を連続放水しており,建屋内は猛烈な高温多湿環境となっている10).その中で福島原発事故収束作業員は通気性の悪い防護服に身を包み,不慣れな作業を過緊張の下で実施している.さらに,収束作業に従事するほとんどが身体負荷のある作業経験の少ない者である.そのため,福島原発事故収束作業員に熱中症が頻発することが懸念される.

熱中症とは,「高温多湿な環境下において,体温を維持するために発汗などにより,体内の水分および塩分の平衡状態が崩れ,体温が上昇し,脳機能等に障害を生じる状態の総称」としている11).熱中症は早期発見に特異的な症状がないため,温熱環境,身体強度,服装,体調などに注意して予防することが極めて重要である.熱中症の予防として,熱の発生源を除去すること,高温多湿な職場環境で作業をしないこと,全労働者の既往歴を把握することなどが重要であると報告されている1, 12, 13).しかし,福島原発事故収束作業員に当てはめると困難な項目も多い.そこで,我々は今後の原発事故収束作業における熱中症予防のため,事故収束作業員の熱中症の特徴を知ることが必要と考えた.福島労働局が把握した熱中症事案43例の検討を行い,福島原発事故収束作業員における熱中症予防対策の一資料とすることを目的とした.

II.対象と方法

福島労働局で把握した福島原発事故収束作業員の2011年3月22日から9月16日までに発生した熱中症事案43例を対象とした.福島労働局から資料「東京電力福島第一原子力発電所 熱中症事案一覧」を匿名化された状態のエクセルデータで提供を受けた.なお,福島労働局からデータの公表の承諾を得ている.資料は,年齢,発生月日,曜日,発生時刻,作業内容,発生状況(症状),現状(経過),対策・措置の項目に分類されている.

この資料より,検討要因として,熱中症発生数を年齢,発生月,発生時刻ごとに検討した.また気象庁のホームページ14)より,発生月日の福島県浪江町の気温(5°Cごとに区分)と福島県浜通り(福島県いわき市小名浜エリア)の湿度(10%ごとに区分)を確認し検討要因に加えた.ただし,4月14日までに発生した2例の気温は,測器の故障により浪江町のデータを得ることができなかったため,福島県広野町のデータを採用した.作業内容は多岐にわたっており,屋内外の区別も困難であったため,検討要因から除外した.重症度,外部医療機関への搬送の有無,クールベスト着用の有無も検討した.重症度は日本救急医学会の提唱する重症度分類を参考にした15, 16).発生状況(症状)に,めまい,筋肉の痙攣,大量の発汗などが見られる場合を「I度」,頭痛,嘔吐,虚脱感などが見られる場合を「II度」,意識障害,運動障害などが見られる場合を「III度」と分類した.現状(経過)より,外部医療機関への搬送と東京電力管理の医務室(以下,医務室)での処置の2群に区分した.クールベストの着用に関しては対策・措置の項目より読み取った.

統計解析として,重症度をI度とII度以上の2群に分け,年齢,気温,湿度に対してMann-Whitney U検定を行った.また,基本統計量の中央値を参考に,年齢(<40歳, 40歳≤),気温(<28°C, 28°C≤),湿度(<75%, 75%≤)を2群に区分し,これらに加えて,クールベスト着用の有無のそれぞれに対して重症度とχ2検定を行った.その後,すべての要因を説明変数として,重症度に対するロジスティック回帰分析を行った.検定は両側検定,有意水準5%とし,統計ソフトはSPSS statistics 17.0を用いた.

なお,本研究は福島県立医科大学倫理委員会(承認番号1418)において承認され実施した.

III.結 果

年齢別に見た熱中症発生数をFig. 1に示した.熱中症発生は40代が最も多く13例(30.2%),次いで30代で11例(25.6%)であった.発生月別にみた熱中症発生数をFig. 2に示した.熱中症発生は7月が最も多く,20例(46.5%)と約半数を占めていた.発生時刻別にみた熱中症発生数をFig. 3に示した.熱中症発生は7時から12時が最も多く30例(69.8%)と半数以上を占めていた.気温別にみた熱中症発生数をFig. 4に示した.熱中症発生は25°C以上が33例(76.7%)と全体の3/4を占めていた.湿度別にみた熱中症発生数をFig. 5に示した.熱中症発生は70から80%が最も多く17例(39.5%)であった.重症度別の熱中症発生の結果をFig. 6に示した.32例(74.4%)がI度であった.また,重症度II度以上10例中5例が6月に発生していた.外部機関への搬送の有無別の熱中症発生数をFig. 7に示した.37例(86.0%)が医療室による処置であった.クールベストの着用の有無別の熱中症発生数をFig. 8に示した.18例(41.9%)がクールベストを着用しており,14例(32.5%)が着用していなかった.また,着用の記載がなかったものが11例(25.6%)であった.

Fig. 1.

 年齢別にみた熱中症発生数.

実数は発生例数,( )内は割合.

Fig. 2.

 発生月別にみた熱中症発生数.

実数は発生例数,( )内は割合.

Fig. 3.

 発生時刻別にみた熱中症発生数.

実数は発生例数,( )内は割合.

Fig. 4.

 気温別にみた熱中症発生数.

実数は発生例数,( )内は割合.

Fig. 5.

 湿度別にみた熱中症発生数.

実数は発生例数,( )内は割合.

Fig. 6.

 重症度別の熱中症発生数.

実数は発生例数,( )内は割合.

Fig. 7.

外部医療機関への搬送別の熱中症発生数.

実数は発生例数,( )内は割合.

Fig. 8.

クールベストの着用別の熱中症発生数.

実数は発生例数,( )内は割合.

重症度の違いに対して,Mann-Whitney U検定において,年齢(p = 0.152),気温(p = 0.403),湿度(p = 0.964)のどれも有意な差を示さなかった.また,χ2検定において,年齢(p = 0.305),気温(p = 1.000),湿度(p = 0.719),クールベスト着用の有無(p = 1.000),すべてで有意な関連を示さなかった.ロジスティック回帰分析において,重症度は,年齢(CI: 0.11–3.82),気温(CI: 0.29–10.57),湿度(CI: 0.52–16.78),クールベスト着用の有無(CI: 0.13–4.29),すべてで有意な関連がみられなかった.

IV.考 察

通気性の悪い防護服などを着用し,不慣れな作業に従事している福島原発事故収束作業員に熱中症の頻発が懸念されたため,我々は福島原発事故収束作業員における熱中症の特徴を検討した.その結果,熱中症好発期は,30・40代,7月,午前中,気温25°C以上,湿度70%以上であり,一般労働者の好発期との違いが明らかとなった.これらの特徴を踏まえて,熱中症予防対策を講じることが望まれる.

厚生労働省は一般労働者の熱中症による死亡災害発生状況を報告している17).この報告によると,平成21年から23年の発生状況から月別の好発期は,7月に31名,8月33名であり,全体の約9割が集中していた.また,平成21年から23年の発生状況から時間帯別の好発期は,13時から18時の間に約8割が発生し,特に15時から17時に全体の約4割が発生していた.また,熱中症に関する疫学的検討から,熱中症発生の特徴は男性に多い,高齢者に多く,労働者では45歳から60歳に頻発,気温36°C以上で増加,身体活動時では気温が25°C程度でも湿度が70%以上だと発生するなどが報告されている10, 18, 19).一方,本研究における福島原発事故収束作業員の熱中症好発期は,30代から40代,7月,午前中,気温25°C以上,湿度70%以上であった.福島原発事故収束作業員における熱中症に死亡は含まれておらず,外部医療機関への搬送の有無別の熱中症発生数の86.0%は医務室での処置であったことからわかるように,軽症の事例が多くあったため,死亡災害事例と単純に比較することは難しい.しかし,死亡災害に繋がる前段階として予防医学的視点から比較検討することは意義深いと考える.

福島原発事故収束作業に従事している労働者の正確な母数は明確ではないが,30代から50代が多く,かつ20代が少ないことが知られている.そのため,熱中症の好発年齢が30代から40代という結果は妥当と考える.しかし,就労人数を考慮すると20代の発生率が高いことが推察され,比較的若年齢層から熱中症の予防対策が必要であることが示唆された.また,気温は福島原発事故収束作業員の方が,低い気温から熱中症が発生していた.通気性の悪い保護服などを着用して作業に従事しているため,一般労働者よりも低い気温から予防対策が必要であると考える.保護服により放射線から身を守りながら実施できる予防対策として,クールベストの着用の徹底がなされていなかったことから,クールベストなど熱中症保護衣の着用の徹底が重要と考える.本研究で重症度とクールベスト着用の有無に有意差がなかった要因として,着用不明者が多いこと,熱中症を発生していない者との比較ができなかったことが挙げられ,これらの詳細情報も把握しておく必要がある.また,福島原発事故収束作業員の熱中症発生が午後に少なかったのは,厚生労働省による6月27日から8月31日の14から17時の作業を原則行わないという措置8, 20)が有効であったことを示唆している.しかし,本研究結果では,午前中に熱中症が頻発していたことから,午前中の作業への予防対策も必要であると考える.さらに,この措置の効果と考えられる結果として,重症度II度以上の熱中症発生が7月以降減少していることが挙げられる.一方で,重症度II度以上の熱中症が10例中5例も6月に集中していた.6月は梅雨時期であり,建屋内以外の場所も高温多湿環境下にあることが予想される.そのため,熱中症予防の対策は6月から実施すべきであると考える.また,厚生労働省による措置期間における原則として作業中止の時間帯に発生した熱中症が28例中3例あった.これら事例は,休憩中や作業終了後に中継基地に移動する際に発生したものであり,重症度はすべてIであった.人間の体温は,「代謝によって産生する熱」と「外部環境との熱交換」のバランスによって決定する19).代謝によって産生された熱が,防護服と体表の間に停留し,外部との熱交換がうまく機能しなかったために,作業中止の時間帯にも熱中症が発生したと考える.また,熱けいれんは労作休止時に発生する傾向がある19)ことから,軽度の熱中症予防は作業後も必要であるといえる.さらに,休憩,作業終了による気の緩みから水分補給を怠った可能性もある.休憩所での水分補給の徹底,また作業終了後に中継基地までの移動車中にも水分を常備しておくなどの対応が必要であると考える.

その他考えられる対策として,林業従事者において従事期間が短いことが熱中症発生の一要因であるとの報告21)や,平成21年から23年における作業開始からの一般労働者の熱中症死亡の日数別発生状況をみると,全体の約5割が作業開始から7日以内に発生しているという厚生労働省の報告17)から,暑熱作業の経験の少ない作業員に対する熱順化期間の設定が重要であると考える.

すべての統計解析において,発生因子に対して重症度の違いに有意差が認められなかったのは,個人の既往歴や生活習慣の情報(寝不足,前日多量飲酒など)の不足,あるいは例数が少なかったためと考える.今後,情報収集および長期的に特徴を見ることが必要である.また,調査期間の3月から9月で作業員が何度も入れ替わっており,その期間に従事していた労働者の母数の決定が困難という問題もある.

今回,我々は今後の福島原発事故収束作業員の熱中症の特徴を検討した.一般労働者の熱中症の特徴と比較すると異なる要因が示された.熱中症の予防対策にはWet-Bulb Globe Temperature (WBGT)値を活用することが重要だとする報告がいくつもある1, 11, 18, 21).WBGT値の活用を含む作業環境管理をはじめとし,日本産業衛生学会が策定した「東日本大震災に関連した作業における労働者の熱中症予防対策について」22)に記載されている3管理を基盤とし,本研究結果の特徴を踏まえた原発事故収束作業員の熱中症予防対策を実施することが望まれる.また,平成23年10月に厚生労働省が定めた「東京電力福島第一原子力発電所における緊急作業従事者等の健康の保持増進のための指針」23)に沿って,作業様態や生活習慣などの把握を行い,熱中症のリスクマネジメントを進めることも重要である.

Acknowledgment

謝辞:本英文抄録を校正してくださったJennifer Monma氏(L. L. English School)に感謝いたします.

References
 
© 2013 by the Japan Society for Occupational Health
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