2013 年 55 巻 2 号 p. 59-61
国内の労働現場における一酸化炭素中毒事故は,例年,化学物質による中毒災害の中で首位を占めており,この数年は全体数の約30–40%が一酸化炭素中毒によるものである.その一酸化炭素中毒の事故原因について近年の内訳をみると,建設・工事現場等における内燃機関の不適切な使用1,2)と並び,業務用厨房におけるガス調理器具の不完全燃焼が原因となった事故が目立つ傾向にある.この様な状況を受け,厚生労働省からは通達「業務用厨房施設における一酸化炭素中毒による労働災害防止について」(平成21年12月4日,基安化発1204第1号)が,経済産業省からは「食品工場及び業務用厨房施設における一酸化炭素中毒事故の防止について(要請)」(平成24年8月24日,20120810原院第7号)などが発出され,関係省庁やガス事業者を通じて,使用者に対し一酸化炭素への注意喚起が行われている.
また,ガス調理器具の使用時には,一酸化炭素だけでなく,頭痛・嘔吐・気管支炎などを引き起こす二酸化窒素も同時に発生することが判っている.国内では未だ厨房での二酸化窒素ばく露に起因した労災の発生事例は聞かないが,ガス厨房機器を使用する家庭内で中央公害対策審議会の指針値を超える二酸化窒素濃度が計測されたという報告(1991年)3)や,英国の大学研究グループによる,一般住宅内で滞留するガスコンロ起源の二酸化窒素の濃度が幹線道路沿いで観測される濃度の3倍に達したという実験結果(2012年)4)などから推して,業務用厨房における二酸化窒素ばく露の潜在的な危険性は多分に存在すると考えられる.
そこで当研究では,厨房における中毒事故の低減・防止に資するべく,未だデータが乏しい開放式ガス燃焼調理器具(以下,ガス調理具)から発生する主要な汚染質(一酸化炭素,二酸化窒素および二酸化炭素)の発生速度を,市販のガス調理具を用いた実験により求めた.また,これらの汚染質による中毒を防止する為に必要な換気量をそれぞれの発生速度から算出し,現行の法定換気量との比較も行った.
当研究では,供試ガス調理具として燃料ガスに応じた以下の三種のガスレンジを用い,それぞれの燃焼時に発生する廃ガス(燃焼ガス)をフードで捕集して,同ガス中に含まれる一酸化炭素(以下,CO)および二酸化窒素(以下,NO2)の濃度を測定した.
・ 都市ガス(13A)用ガスレンジ:Rinnai KGS-10BA
・ ブタンガス(ノルマル)用ガスレンジ:IWATANI CB-AH-35(カセットボンベ式)
・ プロパンガス用ガスレンジ:Rinnai RTS-1ND8
また,実験装置の基本的な構成はISO15011-2(Health and safety in welding and allied processes—Laboratory method for sampling fume and gases Part 2;Second edition 2009-10-15)に倣った(Fig. 1).なお,いずれのガス調理具も,JIS S 2093(家庭用ガス燃焼機器の試験方法;平成22年11月22日改正)に準じ,燃料ガスの時間当たり消費量が最も多くなる状態にして試験を行っている.
General view of the experimental setup.
試験に際しての燃料ガスの消費量は,都市ガスの場合は(株)シナガワ製 乾式ガスメーターDC-2による計測,ブタンガスとプロパンガスの場合には試験前後でのガスボンベの重量減少分から求めた.CO濃度の測定には,新コスモス電機(株)製 定電位電解式一酸化炭素計XC-2200を,NO2濃度の測定には,新コスモス電機(株)製 2電極式ゲルセンサ・ガス検知器COMPUR Monitox plus Nを使用し,共に廃ガスが安定する着火後3–4分後の濃度値を記録した.両濃度の測定位置は,廃ガスが排気ダクト内で十分に混合し均一化すると考えられる下流位置5)とした.廃ガスの流量は,(株)芝田技研製 整流機能付き多孔ピトー管風量計AMA 100DAによって測定した.こうして得られた濃度値に廃ガスの流量を乗じることで,COおよびNO2の発生速度(単位時間当たりの発生量)を求めた.また参考のため,COおよびNO2の他に,二酸化炭素(以下,CO2)の発生速度も,各燃料ガスの組成および時間当たり消費量から計算によって求めた.なお,廃ガスの流量は常に1.5–2.0 m3/min程度を保つようファンの出力を調整し,いずれのガス調理具においても理論空気量を十分に上回る空気の供給下で試験を行った.
各燃料ガスの理論廃ガス量は0.93 m3/kWh,発熱量はそれぞれ都市ガス:46 MJ/m3,ブタンガス:42.8 kJ/g,プロパンガス:50.5 kJ/gとした.
CO,NO2およびCO2に対する基本必要換気量は以下の式から算出した6).ただし,COとCO2の基準濃度には共に(社)日本産業衛生学会の許容濃度7)(CO:50 ppm,CO2:5,000 ppm)を,NO2の基準濃度には,現在許容濃度の設定が無いため,米国ACGIHのTLV(0.2 ppm;2012年)を採った.
Q = G / (Ci-Co) ………(1)
Q: 基本必要換気量 [m3/min]
G: 汚染質の単位時間当たりの発生量 [ml/min]
Ci: 汚染質の基準濃度 [ppm]
Co:汚染質の外気中の濃度 [ppm]
(CO:0 ppm,NO2:0 ppm, CO2:390 ppm)
都市ガス,ブタンガスおよびプロパンガス用のガス調理具から発生するCO,NO2およびCO2の発生速度をTable 1に示す.いずれの発生速度も,室温25°Cにおける単位工率当たり(1 kW当たり)の値に換算して記載した.なお,CO2の発生速度は完全燃焼を仮定したものである.実験の結果,COおよびNO2の発生速度はプロパンガスを燃料とした場合に最も高く(それぞれ毎分3.15 mlおよび0.30 ml),CO2の発生速度はブタンガスを燃料とした場合に最も高くなる(毎分2.36 l)ことが明かされた.都市ガス燃焼時のCO発生速度が,3種の燃料ガス中では最低となった.また,各燃料ガスについて,CO,NO2およびCO2を汚染指標として求めた基本必要換気量も併せてTable 1に示す.これより,どのガスを燃料に使用した場合でも,NO2の発生速度から算出した換気量が最も大きくなることが判明した.一方,COの発生速度から算出される換気量は,どのガスを燃料とした場合でも最低となることが示された.
Fuel gas | Generation rate [ml/min/kW] | Ventilation requirement [m3/min/kW] | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
CO *1 | NO2 *1 | CO2 | CO | NO2 | CO2 | |
Town gas (13A) *2 | 1.78 ± 0.21 | 0.19 ± 0.04 | 1,512 | 0.036 | 0.963 | 0.328 |
Butane (normal) gas | 3.12 ± 0.38 | 0.19 ± 0.03 | 2,360 | 0.062 | 0.948 | 0.512 |
Propane gas | 3.15 ± 0.25 | 0.30 ± 0.03 | 1,976 | 0.063 | 1.517 | 0.429 |
*1 Values are the mean ± S.D. (n=10). *2 Town gas (13A); CH4 89.6%,CH3CH3 5.62%,CH3CH2CH3 3.43%, C4H10 1.35%.
なお,ガス燃焼時の空気比の違いがNO2の発生速度に影響を及ぼすことも考えられるので,その確認実験を別途行った(Fig. 2).この実験では空気比18–210におけるプロパンガス燃焼時のNO2の発生速度を調べたが,空気比70以上では発生速度と空気比との間に明確な相関は見られなかった.
The relationship between excess air ratio and NO2 generation rate.
ガス調理具から発生するCOの発生速度は1 kW当たり毎分1.78–3.15 ml 程度であり,木炭の燃焼時6)などと比べれば格段に少なく,火源に十分な酸素が供給される限りCO中毒の恐れは少ないと言える.建築基準法施行令第20条の3「火を使用する室に設けなければならない換気設備等」では,その酸素濃度を基にして,厨房で全体換気を行う際に必要な換気量を「理論廃ガス量の40倍」と定めており,本研究で取り上げた3種の燃料ガスに対する法定換気量は何れも0.62 m3/min/kWとなるが,これとTable 1に記したCOおよびCO2の発生速度から求めた必要換気量とを比べると法定換気量が常に上回っており,COおよびCO2に対しては,同施行令によって十分な換気量が与えられることが示される.一方,法定換気量とNO2の発生速度から求めた必要換気量とを比べると,法定換気量が35–59%ほど下回っているため,厨房におけるNO2ばく露による健康障害防止の観点からすれば,局所排気装置が設置されていない場合,現行の法定換気量では不十分なことが示唆される.
一般に,ある空間内での最終的な基本必要換気量を決定する際は,まずそこで発生する全ての汚染質に対してそれぞれの必要換気量を求め,その中の最大値を採るのが通例である.今回の実験により,NO2の発生速度に基づく必要換気量が最大になることが判明したので,ガス調理具を使用する厨房での換気量を算定する際はNO2を汚染指標として決定するのが,より安全側にも立ち,望ましいものと考える.
なお,実験ではブタンガス燃焼時においてCO2発生速度が最大となったが,その理由の一つとして,ブタンの炭素数がプロパンや都市ガスの主成分であるメタンよりも多く,CO2の生成量が比較的多いことが考えられる.
また,空気比の影響について調べたところ,空気比70未満ではNO2発生速度はおおむね0.3 m3/min/kW 前後となり,Table 1に示した値とほぼ一致したのに対し,70以上では大きな変動が見られた.これは,空気比70以上の状態では火源付近の気流速度が0.6–0.8 m/s以上に達するため,火炎の安定が妨げられたことが原因と考えられる.しかし,実在する厨房においてコンロの火を妨げる気流が常時存在するとは考え難いことから,燃焼時の空気比の違いが及ぼす影響は,ここでは特段顧慮する必要がないものと考える.
屋内汚染質ばく露による中毒災害の防止には,十分な換気量の確保だけでなく,警報センサーの利用も有効である.現在,内燃機関およびガス機器等によるCO中毒の防止に際しては,換気の重要性について周知徹底を図ると共に,「COセンサー着用による災害防止事例を参考に」して推進することが呼びかけられている8).同様に,厨房におけるNO2ばく露に関しても,携帯型の警報センサー等を積極的に導入・活用し,健康障害の予防に役立てることが期待される.