2013 年 55 巻 2 号 p. 69-72
有機ガス用の呼吸保護具吸収缶や作業環境測定用捕集管には,その内部に吸着材として活性炭が封入されている.これらの活性炭層の利用可能時間やガス吸着容量1,2,3,4,5,6)は,材料層の入口のガス濃度に対する出口のガス濃度の時間変化を表した破過(はか)状態(Fig. 1)により,破過時間・破過濃度という定義によって多く議論がなされている.活性炭層での有機ガス破過状態は,これまでに産業衛生分野と理工学分野の双方で実測による把握の努力が多く行われてきており,現在ではさまざまな破過データを見ることができる.しかし,後述するように破過状態に影響を与える要素はとても多いことから,あらゆる破過状態を実測により把握することは依然として難しい.そのために以前より,活性炭層の利用における数式モデルによる破過状態の予測に対する期待も存在している1,2,3).
Schematic overview of organic vapor breakthrough in activated carbon bed4).
活性炭層での破過状態を簡明に表した代表的な数式モデルとしては,吸着速度論と確率論に基づいて導かれたWheeler-Jonas式4,5,6)が現在知られている.同式は,次のように表される(Fig. 2).
Schematic overview of breakthrough curve calculated by Wheeler-Jonas equation4) (a, b=const.).
tb = 破過時間 [min]
We = 活性炭の単位重量あたりの有機ガス吸着容量 [g/g]
W = 活性炭層の重量 [g]
C0 = 入口ガス濃度 [g/cm3]
Q = ガス流量 [cm3/min]
ρB = 活性炭層のかさ密度 [g/cm3]
k0 = 吸着速度定数 [min-1]
C = 破過濃度(出口ガス濃度) [g/cm3]
同式は最初に報告がなされてから久しく5,6),日本国内でも過去に紹介がなされている3).しかし,現在までにその内容の普及と具体的な応用の広がりは,特に日本国内ではほとんど見られていない.同式の問題としては,活性炭層内でのガス吸着が均等な確率で発生することを前提とした理論式である4,5,6)ことが挙げられる.つまり,活性炭は結晶性の物質ではなく,ひとつひとつの粒子も完全に均質ではないことから,この不均一性が同式により表される曲線と,実際の破過曲線との不一致として影響する可能性も指摘される.また,同式では実測データを元にして,上記のうち We,k0 の2つの値の決定が破過時間の推算のために必要である一方,測定条件から決定される定数が多くある.そのため同式では,一定とする条件をどのように取るかによってさまざまな利用のかたちが考えられる.たとえば,活性炭層の諸条件と有機ガスの濃度・流量に関する条件を一定とした場合には,有機ガスの種類による物質依存性の議論や予測を同式により行うことができる.また,活性炭層の諸条件と有機ガスの種類と流量を一定とした場合には,入口・出口ガス濃度を変えた場合の破過時間の変化の予測を行うことができる.さらに,異なる活性炭製品や他の吸着材料での性能の比較を行う際にも,同式の活用が考えられる.
ここで本稿では,以上を踏まえて式 (1) を単独で簡易な形に利用することを考え,直径として 数cm から 数mm 程度となる小型の円筒状活性炭層での,有機ガス破過に適用した場合の有効性について検討した結果を以下に示す.
日本国内での小型の活性炭カラムを用いた有機ガス破過測定の報告は,これまでに田中7),松村8)らにより多く行われている.今回はそれらのなかの測定データを利用して,式(1)による近似計算の検討を行った.それぞれの測定に使用された活性炭カラムの詳細と測定条件は Table 1 に示すとおりである.
Experimental data | Reference | Activated carbon product | Raw material of activated carbon | Weight of activated carbon bed | Bulk density |
A | 7 | KOKEN KGC-8(Gas filter) | Unknown | 22.5 g | 0.36 g/cm3(Inside diameter 7.8 cm, Bed thickness 1.3 cm) |
B | 8 | Calgon PittsburgPCB 12×30(12–30 mesh, 1,199 m2/g) | Coconut shell | 0.1 g | Unknown(Inside diameter 4 mm) |
Experimental data | Organic Vapor | Breakthrough concentration C / Challenge concentration C0 | Temperature | Relative humidity | Flow rate |
A | Carbon tetrachloride | C = 5 ppm, C0 = 100–900 ppm | 20°C | 50% | 30 l /min |
Ethyl acetate | |||||
Methyl acetate | |||||
Acetone | |||||
Dichloromethane | |||||
B | 17 types described in Fig. 4. | C / C0 = 0.01 | 25°C | 80% | 0.1 l /min |
Table 1 に示した田中らの測定では,呼吸保護具吸収缶に使用される大きさの活性炭層を対象としている.ここでの測定条件では,破過濃度はそれぞれの入口ガス濃度に対して一定であり,いずれも 5 ppm となっている.よって,式(1)は下記のようにあらためた上で各測定データでのフィッティングを行うことができる.
各測定データでの式(2)によるフィッティング(ここでは仮にWe,k0を入口ガス濃度によらず一定であると見なした.)においては,相関係数はいずれもおおよそ良好な結果を示した(Fig. 3).これより,田中らが用いた大きさの水準の活性炭カラムならびに測定条件では,さらに実測データで使用された以外の他の入口ガス濃度を適用した場合の破過時間の推算が,式(2)を用いた近似曲線によって可能であると示唆される.
Approximate calculation of breakthrough curves by Wheeler-Jonas equation (We, k0=const.) on experimental breakthrough data by Tanaka et al.7). R=correlation coefficient.
これに対し,Table 1に示した松村の測定での活性炭層は捕集管を模したものであり,活性炭の使用重量は 0.1 g と小さい.また,破過濃度はそれぞれの入口ガス濃度に対しての1%,つまりC / C0 = 0.01 との比率で決定されているため,式(1) は 式(3)のようにあらためられる.
(3)
ここで,式(1)での対数部分は定数(= ln 99)となり,同様に We,k0 が一定であると見なすと破過時間は入口ガス濃度 C0 に対して反比例に近い挙動を示すことが予想される.しかし,各測定結果では多くの場合にその傾向は見られず,入口ガス濃度の減少につれてさらなる破過時間の短縮の傾向が見受けられた(Fig. 4).
Change of breakthrough time with challenge concentration in experimental breakthrough data by Matsumura8).
この原因については,Table 1での比較からは田中らの測定条件に対して松村の測定条件における相対湿度が 80% とかなり高いこと9,10,11)や,活性炭の使用重量が小さいことが目を引くが,それらよりも We,k0 に関する仮定が成り立たないことが影響していると考えられる.特に,活性炭の単位重量あたりの有機ガス吸着容量 We は詳細には入口ガス濃度の値につれて変化する4,12,13)ものであり,松村の測定データではその影響がより明瞭に現れていると考えられる.そのため,We の決定に関してはより詳しい取り扱いが望まれる.ただし,式(3)によるフィッティングに関しては,松村の測定データのなかで比較的長い破過時間を示す有機ガスのうち,入口ガス濃度として400 ppmまでのデータを対象とした場合には,比較的見合った結果が得られた(Fig. 5).これより,有機ガスの種類によっては,入口ガス濃度や他の条件も含めた変化が小さい範囲であれば 式(1)の単独での利用による破過時間の予測が有効となる可能性も示唆される.
Approximate calculation of breakthrough curves by Wheeler-Jonas equation (We, k0=const.) on some of experimental breakthrough data by Matsumura8).
以上のように,実際の適用には詳しく検討を要する箇所も見られるものの,Wheeler-Jonas式による活性炭層での有機ガス破過状態の近似計算には,呼吸保護具吸収缶や排気設備・空気清浄機器における活性炭フィルターなどの使用可能時間の予測や,それに基づく製品の設計をはじめとして将来的な応用の可能性があると見られる.産業衛生分野においても,今後の同式の利用の発展に向けた取り組みが期待される.