産業衛生学雑誌
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事例
Happy Workplace Program─ タイ国健康促進財団が推進する職場健康づくりの取組み
大和 茂中村 好男
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2014 年 56 巻 3 号 p. 87-89

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はじめに

タイ国健康促進財団(タイヘルス)により開発された従業員の身体的・精神的健康増進を目的とした職場における健康づくりの取組み「Happy Workplace Program(HWP)」が,2,220の民間企業,官公庁,学校,寺院にて導入される等1),タイ国民の間で認知度を高めつつある.経済のグローバル化に伴い企業間競争が熾烈化する一方で,持続的な企業成長の観点から「健康的な職場」や「従業員の健康」への関心が高まる中,タイヘルスは,「従業員の健康や幸せ」が,企業成長の源泉であるとの立場に立ち,国家プロジェクトとしてHWPを推進している.しかしながら,タイヘルスやHWPに関する情報の多くはタイ語であるため,本報告では,タイヘルスの主要な取組みの一つとしてHWPの内容や事例を紹介すると同時に,在タイ日系企業2社における従業員の「欠勤率」と「職務満足度」を対象とした事例研究結果をHWPの効果として報告する.

1. Happy Workplace Programとは

「Happy Workplace Program(HWP)」は,タイ国健康促進財団(タイヘルス)のChanwit Wasanthanaratらにより開発された従業員の身体的・精神的健康促進を目的とした職場における健康促進プログラムの総称である.経済のグローバル化が進むにつれ企業間競争が熾烈化する一方で,世界保健機関(WHO)から「The Healthy Workplace Model」が提唱される等2),「健康的な職場」や「従業員の健康」への関心が世界的に高まりつつある.

タイヘルスは,タイ国の近代化が進む中で,タイ国民が直面する健康に関する様々な課題を解決するため,Health Promotion Act 2001に基づき2001年に設立されたタイ国首相を理事長とする政府系専門機関である.同財団の運営を行う理事会理事の半数は,外部有識者で構成されており,タバコと酒に課される2%の特別税を財源としている.

ビジョンとして「タイ国民の持続的な健康増進」を掲げ,喫煙や飲酒に関する施策に加え,タイ経済の発展と同時に増え続けている組織(企業や官公庁等)にて働くタイ国民の健康増進を重要課題と位置づけると同時に,「従業員の健康や幸せ」が,持続的な組織成長の源泉であるとの立場に立ち,国家プロジェクトとしてHWPを推進している.

HWPは,タイヘルスのHealthy Organization Promotion Sectionの主たる取り組みとして,様々な外部パートナーと共同で推進されている.タイヘルスは,HWPを法的拘束力等で浸透させるのではなく,企業経営者等が従業員や職員の健康や幸福の重要性を理解した上で,自発的にHWPを取り入れることを重要視しており,現時点で導入数等の定量的な目標数値を公表しているわけではないが,タイヘルスが主催するフォーラムで導入企業の表彰を行う等,前向きなインセンティブを用いた導入推進を行っている.

HWPは,「従業員個人の幸せ」,「家族の幸せ」,そして,「地域社会の幸せ」と言う3つのレベルでの幸福を大事にすることをコンセプトとして掲げている3).また,具体的なプログラムは,Table 1に示した「Happy8」と呼ばれる8つの項目から構成されており,それらの多面的なアプローチを通して,従業員各々が心身共に健康でかつ幸せになることを目指している3).Happy8を通して,ワークライフバランスを保つスキルを身につけ,仕事の効率性が高まるだけでなく,高い道徳心や倫理観を養い,職場の同僚や家族をいたわる,さらには,地域社会へ貢献できる人材育成につながると考えられている.

Table1.  Eight pillars of the Happy8
Individual Happiness
 1. Happy Body Enjoy good health in one’s body and mind
2. Happy Heart Show kindness and sympathy for oneself and others, and be generous
 3. Happy Relax Able to relieve stress from work and in daily life
 4. Happy Brain Improve one’s knowledge through learning
 5. Happy Soul Possess a good sense of moral
 6. Happy Money Manage personal finances well
Family’s Happiness
 7. Happy Family Create understanding and a stable environment in one’s family
Society’s Happiness
 8. Happy Society Support one’s community at work and home and promote social harmony

2. 導入事例

2013年11月末時点で,2,220の組織においてHWPが導入されている1).民間企業に加え,官公庁,学校,寺院等も含むため,正確な母集団を把握することは難しいが,参考値としては,タイ国商務省が発表した2012年2月時点の企業数501,749が挙げられる4).同プログラム導入済み企業の多くは,タイ企業であり,在タイ日系企業をはじめとする外資系企業では,多くのタイ人従業員が雇用されているにも関わらず,同プログラムの導入は,未だ限定的である.主な理由としては,同プログラムに関する情報の多くがタイ語で,在タイ外国人経営幹部向けの英語または日本語での情報が限られており,外国人幹部が正確に理解することが難しく,導入に関する判断に至らないことが挙げられる.しかしながら,在タイ日系企業においても,タイ人幹部と日本人幹部が従業員の健康づくりの重要性を共に認識し,組織活性化に向けて連携している場合は,同プログラムを推進している事例も存在する.

例えば,具体的な導入事例の一つに,現地におけるインタビュー調査を通して明らかになったThai Toshiba Electric Industries Co., Ltd.(タイ東芝電気工業社)の事例が挙げられる5).同社においては,Kanit Muangkrachang副社長のリーダーシップのもと,社内にHappy Workplace Program委員会(HWP委員会)を発足させ,Happy8の推進を早くから進めてきた.1997年アジア通貨危機等を機に優秀な人材の確保および会社と従業員間の信頼を高める施策の必要性を感じたことが動機づけとなった.HWP委員会では,経営幹部のみならず,自発的に会社をよりよい職場にしていきたいと考える従業員の参加を歓迎し,Happy8の具体的な活動内容を決定する.HWPの成功は,この自発的に参加する社員をいかに巻き込めるかにかかっている.具体的には,敷地内の運動施設整備に伴う身体的活動の促進(Happy Body),社員旅行や社内カラオケ大会の実施(Happy Relax),従業員の子供向け奨学金支給(Happy Family),定期的な献血や近隣の清掃活動(Happy Society),社内図書館の充実(Happy Brain)等,多面的かつ継続的に従業員満足度を上げる努力をすることで,従業員とのより良い関係構築を成功させている.

3. Happy Workplace Programの効果

HWPの導入効果としては,在タイ日系企業2社における従業員の「欠勤率」と「職務満足度」を調査対象とした事例研究がある6).同研究は,2011年2月末時点で社員1,025名のLion Corporation(Thailand) Ltd.(LION)と社員1,845名のNOK Precision Component(Thailand) Ltd.(NOK)の調査協力のもと,Happy BodyとHappy Relaxに参加している従業員と参加していない従業員を対象にアンケート調査を実施した.標本は,両社人事部担当者の協力のもと,自動生成された乱数に基づき社員一覧表から社員を選び,LIONから162名,NOKから200名の合計362名を無作為抽出した.質問票は,個人属性の他,欠勤率,職務満足度,Happy Body及びHappy Relaxへの参加頻度等から構成されており,欠勤率は,労働生産性の指標として用いられている The WHO Health and Work Performance Questionnaire(HPQ)7)を用いて身体的または精神的な健康の問題によって仕事を休んだ日のみを測定した.また,職務満足度は,Warrらによって開発された10問が7段階の回答選択肢で構成されるThe Warr-Cook-Wall scales8)を用いて測定した.

結果は,Table 2が示す通り,Happy BodyとHappy Relaxへの参加は共に,欠勤率に対してはマイナスの影響があり,両プログラムに参加している従業員の欠勤率は,低い傾向にある.また,職務満足度に関しては,両方ともプラスの係数であり,Happy BodyとHappy Relaxに参加している従業員の満足度はそうでない従業員よりも高い傾向にある.その他の変数では,年齢と給与は,欠勤率に対して,勤続年数は,職務満足度に対してそれぞれマイナスの影響を与えている.

Table 2. Effect of Happy Workplace Program on absenteeism and job satisfaction (n=362)

また,その他に期待されている効果としては,上述の欠勤率や職務満足度に加え,離職率や従業員個人の幸福度等の「個人レベル」と投資収益率(ROI)や健康的な職場環境整備等と言った「組織レベル」の両側面が考えられる.特に,同プログラムを通じて形成された経営幹部と従業員との信頼関係が離職率低下にも貢献していると考えられており,前述のThai Toshiba Electric Industries Co., Ltd.の自社調査では,正規雇用社員よりも離職率が高いとされる非正規雇用社員も含む調査の結果,2012年の離職率が6%未満に保たれている5).これはタイ国の平均離職率15%9)と比較しても大幅に低い数字となっている.平均勤続年数も多くの部門にて10年以上,管理職以上においては20年以上となっており,会社と従業員が共により良い職場環境を作り出している取り組みの成果だと考えられる.

4. 今後の展望

在タイ日系企業数は,6,226社に上り10),かつ100万人以上のタイ国民が雇用されている実態を踏まえ,在タイ日系企業をはじめとした在タイ外資系企業を対象に「HWP International Project」もタイヘルスの公式プロジェクトとして開始された.特に,在タイ日系中小企業(日系SME)においては,従業員数が限られていることもあり,健康管理や職場の環境整備を担当する人事労務責任者がいない場合も多く,日系SME向け導入支援の重要性が認識されている.日系SMEにおける日本人幹部とタイ人幹部が,職場健康づくりの意義に対して同じ認識を持ち,HWPが,主要な経営戦略の一つとして会社全体に浸透していくことが重要である.

また,HWP導入を推進して行く上で,客観的な効果を示すためにも評価指数は必要不可欠である.現時点では従業員個人の幸福度を測る「Happinometer」を筆頭に,組織の幸福度を測定する「Happy Workplace Index」や経済的効果を示す「Happy Workplace ROI」が存在するが,何れの指数もタイ語版であるため,今後,英語版や日本語版開発の必要性も高まりつつある.さらに2015年のASEAN共同体創設に向けて,評価指数を含めた同プログラムのASEAN各国における水平展開が,各国企業の従業員の質を高め,持続的な企業成長に貢献すると考えられている.

References
 
© 2014 公益社団法人 日本産業衛生学会
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