産業衛生学雑誌
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NIOSH MultiVaporTMを用いた有機ガス破過時間の推算における活性炭平均粒径の効果と実用に向けた考察
安彦 泰進
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2014 年 56 巻 6 号 p. 275-285

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I.緒 言

有機ガス用の呼吸保護具吸収缶などに見られる活性炭層に関して,前稿1)において破過時間推算ソフトウェア NIOSH MultiVaporTM(以降はMultiVaporと記載する.)1,2,3,4)の紹介を行った.そこでは,日本国内での既報中の単一種類の有機ガスの破過データにMultiVaporを適用した場合の有効性の検討を示した.その結果,MultiVaporは不完全な部分を残しており,単一種類の有機ガスによる破過状態に対しても,そのままでの適用には,精度をはじめとしてまだ難しい点があることを指摘した.

ここでその後,MultiVaporの利用にあたり入力が必要となる項目のうち,活性炭の平均粒径(直径)の値を変えた場合には,前稿と大きく異なる結果が得られることがわかった.これはMultiVaporの持つ不完全さを解消するものではないが,推算結果に活性炭の平均粒径が与える影響は極めて大きいと考えられる.そこで本稿は,まず前稿での検討の不足を補うためにそれらの結果を報告する.さらに,MultiVaporの実用に向けた考察の一環として,同ソフトウェアによる推算値に,呼吸保護具吸収缶製品に添付されている破過曲線図のデータを組み合わせることで,それらの製品での有機ガス破過時間を予測する方法の検討を続けて記す.

II.対象と方法

はじめに,前稿1)と同様のかたちで田中らによる既報5, 6)のなかの実測データを利用して,MultiVapor 2.2.3による推算結果との比較検討を活性炭の平均粒径の値を変えて行った.また,それらに加えて,後述する田中ら7)および筆者ら8)による別の実測データにも新たに適用を試みた.その後のMultiVaporの実用に向けた考察には,日本国内で販売される有機ガス用の直結式小型吸収缶製品に添付されている破過曲線図(試験ガス:シクロヘキサン,四塩化炭素)でのデータを利用した.

III.結果と考察

1. 活性炭層における破過時間実測データへの適用

前稿1)に記したように,MultiVapor 2.2.3での破過時間推算の実行には

(1) 活性炭層の物性値

(2) 有機ガスの性質に関するデータ

(3) ガス流量・温度・相対湿度などの使用条件

の3事項のデータの入力が順に必要である.それらのうち,(1)活性炭層の物性値での入力項目と数値の例をTable 1にあらためて示す.前稿ではまず,おおよその破過時間の推算結果を得るために,ここでの活性炭層の重量以外のデータは,MultiVapor 2.2.3にあらかじめ登録されている代表的なデータ(TYPICAL OV CARTRIDGE)を参考にして数値を適用した.

Table 1.  Input conditions of cartridge or carbon bed data into MultiVapor 2.2.3, and the values used for estimation in Table 2, Table 4, Table 6, Fig. 1, Fig. 2 and Fig. 3
Input condition Value
Bed diameter / cm 8.0
Bed depth / cm 2.0
Carbon weight per cartridge or bed / g 22
Micropore volume / cm3 g–1 0.533
Preconditioned relative humidity / % 50
Carbon granule average diameter / cm 0.11
Adsorption potential (for Benzene) / kJ mol–1 18.666
Affinity coefficient for water / dimensionless number 0.06

ここで,呼吸保護具吸収缶内に用いられている活性炭の平均粒径(Carbon granule average diameter)に関しては,特に事情が無ければ吸収缶を破壊して内部の活性炭を取り出す必要はないこともあり,現在の各製品での公表データなどは特に見受けられない.そのため,筆者は過去に日本国内で流通する主要な吸収缶製品(有機ガス用,直結式小型)に使用される活性炭の平均粒径の値を調べている9).MultiVapor 2.2.3に代表的なデータ(TYPICAL OV CARTRIDGE)として登録されている0.11 cmという値は,国内製品での実際の値(0.2 cm前後)9)と比較すると,かなり小さな値である.そこで前稿では,筆者が過去に調べた結果9)を基に0.22 cmとの値を入力してそれぞれの破過時間の推算を行ったが,推算の最大値の場合に実測データといくらか見合った結果を得るにとどまった1)

そこで今回は,あえて0.11 cmとの値をそのまま用いた推算結果と実測データとの比較を試みた.これは実際の値には見合わない条件での計算であるが,前稿に記したように,MultiVapor 2.2.3の基となっているWoodによる破過時間推算モデル10,11,12)には彼らの経験的な要素も多く含まれていることから,確認のために行ったものである.なお,活性炭の平均粒径以外の入力条件に使用した数値は,前稿のものと同一とした.以降にまずその結果を報告する.

前稿(Table 41)にある,田中らによる実測データ5)との比較をあらためて計算しなおした結果をTable 2に示す.ただし,ここでは前稿では計算を行っていなかったIsobutyl alcoholおよびIsopentyl alcoholのデータも追加とし,36種類の有機ガスについての結果である.前稿の結果では,特に推算の最小値ではほとんどが0分になるなど,あまり有意な結果が得られなかったが,今回は明らかに異なる結果となっている.ここで,それぞれの推算値と実測データを比較した図をFig. 1に示す.いずれの場合も,前回の推算結果よりも改善が見られている.特に,通常の推算値と実測データとを比べた場合(Fig. 1a)には,ばらつきは見られるものの,全般により良い結果が得られている.

Table 2.  Experimental data of organic vapor breakthrough time of an activated carbon bed by Tanaka et al.5), and the results of estimation by MultiVapor 2.2.3
Organic vapor Measurement
breakthrough time
/ min
Ordinary estimation by
MultiVapor 2.2.3
/ min
Minimum estimation by
MultiVapor 2.2.3
/ min
Maximum estimation by
MultiVapor 2.2.3
/ min
Cyclohexane 124 130.6 105 157
Methanol 1.8 1.6 0 8
Dichloromethane 28.1 42.7 19 66
Acetone 63.5 55 30 80
Methyl acetate 78 65.8 43 89
Ethyl ether (Diethyl ether) 80.7 58.1 38 78
Chloroform 97 105.7 85 127
n-Hexane 109.7 102.8 82 123
Ethyl acetate 126.9 113.3 91 136
Carbon tetrachloride 131.4 136.6 109 164
Pentyl acetate 134.2 158.1 127 190
Isobutyl acetate 142 131 105 157
1,1,1-Trichloroethane 137.8 128.3 103 154
2-Propanol (Isopropyl alcohol) 142.3 143.7 115 172
Isopentyl acetate 145 153.3 123 184
2-Butanone (Methyl ethyl ketone) 145 113.6 91 136
Isopropyl acetate 145.9 128.7 103 154
1,1-Dichloroethane 154.1 91.4 73 110
Propyl acetate 158.6 148.3 119 178
Tetrahydrofuran 165 98.4 79 118
Butyl acetate 169.5 172.5 138 207
4-Methyl-2-pentanone (MIBK) 173.1 157.8 126 189
Toluene 175.8 181.1 145 217
Tetrachloroethylene 176.7 198.5 159 238
Trichloroethylene 184.9 157.7 126 189
1,1,2,2-Tetrachloroethane 191.3 225.3 180 270
Ethylene glycol monomethyl ether (Methyl cellosolve) 194 232.4 186 279
Isobutyl alcohol (Isobutanol) 195.8 197.2 158 237
2-Butanol 198.5 190.2 152 228
Isopentyl alcohol 202.1 219.7 176 264
Chlorobenzene 203.9 212.5 170 255
Styrene 208.5 205.5 164 247
Ethylene glycol monoethyl ether (Cellosolve) 212.1 265.4 212 318
Ethylene glycol monoethyl ether acetate (Cellosolve acetate) 219.4 181.7 145 218
Cyclohexanone 223 225.8 181 271
1-Butanol 224.8 232.4 186 279
Fig. 1.

 Comparison of the experimental organic vapor breakthrough times of an activated carbon bed by Tanaka et al.5) and the calculated breakthrough times by MultiVapor 2.2.3 described in Table 2. Q=average breathing air flow, T=temperature, RH=relative humidity, C0=vapor concentration, C=breakthrough concentration, dp=carbon granule average diameter, R=correlation coefficient.

以上では,前稿の場合とは活性炭の平均粒径の値が変わっただけであるため,当然ながら結果の違いはこの効果によるものと考えられる.Woodによる破過時間推算モデルでは,活性炭の平均粒径の値はWheeler-Jonas式1, 10,11,12,13,14,15)における吸着速度定数 k0 に相当する箇所の計算にのみ用いられている.その詳細は既報10,11,12, 16, 17)に譲るが,該当の式を以下に簡単に示す.

  

kv0.1% = 吸着速度定数 [min–1

(破過濃度0.1%(C = 0.001C0)の場合)

C = 破過濃度(出口ガス濃度) [g/cm3

C0 = 入口ガス濃度 [g/cm3

βOV = 活性炭の有機ガスに対する親和係数 [無次元数]

vL = 有機ガスの線流速 [cm/s]

dp = 活性炭の平均粒径 [cm]

We = 活性炭の単位重量あたりの有機ガス吸着容量 [g/g]

MW = 有機ガスの分子量 [g/mol]

ここで,活性炭の平均粒径として小さな値を用いることは,吸着速度定数をより大きく見積もることにつながる.前稿の推算結果では,実測データと比較して全般に破過時間が短く計算される傾向があり,この原因のひとつとして吸着速度定数 k0 に相当する箇所が実際よりも小さく見積もられていることを予想した.今回の推算結果の改善は,それに見合っている.式(1)について,活性炭の平均粒径としての適用範囲は特にWoodらによる原著論文10, 17)での明記が見られない.しかし,式(1)の基になっていると見られるLodewyckxらによる報告18)での実験では,平均粒径として0.10–0.34 cmの活性炭が使用されている.よって,同式の適用範囲もおおよそこの範囲にあると考えられる.また,このデータを詳しく見ると,0.10–0.19 cmの範囲のデータが多くを占めていることから(Table 3),この範囲の平均粒径での実験結果に式(1)が大きく依存していることの影響も予想される.

Table 3.  Average diameters of activated carbon granules used in experiments by Lodewyckx et al.18) contributing to the derivation of Equation 1
Carbon type SC II BPL−HA ASC−T R1 Extra RB1 C Granular BPL
Activated carbon granule average diameter / cm 0.10 0.10 0.12 0.15 0.19 0.20 0.34
Manufacturers Calgon Carbon Calgon Carbon Calgon Carbon Norit / Norit / Norit / Calgon Carbon
CABOT CABOT CABOT
Raw materials or Remarks Coconut shell, granular Bituminous coal, granular BPL carbon impregnated with copper, chromium, silver and triethylenediamine, granular Cylinder peat, extrudate Rod peat, extrudate Wood based broken type carbon produced by chemical activation using phosphoric acid process, granular Bituminous coal, granular

次に,前稿(Table 61)にある,一定の破過濃度に対して入口ガス濃度を変えた場合の破過時間の実測データ6)との比較をあらためて計算した結果をTable 4に示す.ここでも得られた結果は大きく変わっている.特に,前稿の推算結果ではアクリロニトリルに関しての破過時間がすべて0分とまったく効果を持たなかったが,今回はいずれの有機ガスに対してもより実測データに近い水準の値が得られている.Figure 2には,それぞれの有機ガスでの実測データに対して最も近い推算値(アセトン,トルエン:最大値,アクリロニトリル,四塩化炭素:通常の推算値)と,実測データとの比較の結果を示した.これらではそれぞれ異なる入口ガス濃度に対しても,より見合った結果となっている.

Table 4.  Experimental data of organic vapor breakthrough time of an activated carbon bed according to change of vapor concentration by Tanaka et al.6), and the results of estimation by MultiVapor 2.2.3
Organic vapor Vapor concentration / ppm Breakthrough concentration / ppm Measurement breakthrough time / min Ordinary estimation by MultiVapor 2.2.3 / min Minimum estimation by MultiVapor 2.2.3 / min Maximum estimation by MultiVapor 2.2.3 / min
Acetone 50 20 222 179.5 144 215
100 20 147 112.7 90 135
300 20 71 62.8 50 75
Acrylonitrile 50 2 173 180 66 294
100 2 120 138.8 68 210
300 2 65 84.4 55 114
Carbon tetrachloride 50 5 557 568 454 682
100 5 355 329.2 263 395
300 5 138 136.6 109 164
Toluene 50 5 1,198 887.6 710 1,065
100 5 624 482.4 386 579
300 5 220 181.1 145 217
Fig. 2.

 Comparison of the experimental organic vapor breakthrough times of an activated carbon bed by Tanaka et al.6) and the calculated breakthrough time by MultiVapor 2.2.3 described in Table 4.

ただし,Table 4での結果を詳しく見ると,アクリロニトリルでの推算結果の最小値は,入口ガス濃度が50 ppmの場合に66分,100 ppmの場合に68 分となっており,濃度が高い方の破過時間の推算値が長くなっている.一般的に破過時間は入口ガス濃度が高くなるにつれて短くなると考えられることから,この推算結果は妥当でない.本稿での実測データおよび推算値では,この箇所以外では入口ガス濃度が高くなるとともに破過時間は短くなっているが,この現象はMultiVapor 2.2.3の持つ問題のひとつとして指摘される.

次に,田中らによる既報中での別の実測データ7)に対して新たに適用を試みた.ここでは酢酸エチルとトルエンが対象であり,(3)ガス流量・温度・相対湿度などの使用条件に該当する数値をTable 5に示す.ここにおいて(1)活性炭層の物性値での条件,特に活性炭層の重量(22 g)はこれまでに適用した実測データでの場合と同様である.計算の結果をTable 6に示すとともに,酢酸エチルでの通常の推算値と最大値,トルエンでの最小値について実測データとグラフ上での比較をFig. 3に示す.ここでも実測データとかなり近い結果となっていることから,活性炭の平均粒径の値を0.11 cmと小さくおくことは効果を持つと考えられる.ここで,特に酢酸エチルでの結果においては,Fig. 3a, bを見ると全般的な一致としては推算の最大値が良いようにも思われる.しかし,Table 6からは入口ガス濃度が300から1,000 ppmまでの領域では通常の推算値のほうがむしろ良い一致を見ている.これは入口ガス濃度の変化の幅が大きいことも要因と考えられるが,ここでは3種類ある推算値のうち,どれが適切であるかの判断も必要となる.

Table 5.  Use conditions data of cartridge or carbon bed input into MultiVapor 2.2.3, and the values used for estimation in Table 6 and Fig. 3
Input condition Value
Temperature / °C 20
Atmospheric pressure / atm 1.00
Relative humidity / % 50
Number of cartridges on a respirator 1
Average breathing air flow / L min–1 30
Vapor concentration / ppm 100, 300, 500, 1,000
Breakthrough concentration / ppm 5
Table 6.  Experimental data of organic vapor breakthrough time of an activated carbon bed according to change of vapor concentration by Tanaka et al.7), and the results of estimation by MultiVapor 2.2.3
Organic vapor Vapor concentration / ppm Measurement breakthrough time / min Ordinary estimation by MultiVapor 2.2.3 / min Minimum estimation by MultiVapor 2.2.3 / min Maximum estimation by MultiVapor 2.2.3 / min
Ethyl acetate 100 303.9 254.7 204 306
300 117.2 113.3 91 136
500 78.8 76.6 61 92
1,000 41.8 44.2 35 53
Toluene 100 417.5 482.4 386 579
300 142.9 181.1 145 217
500 92.4 113.8 91 137
1,000 43.4 60 48 72
Fig. 3.

 Comparison of the experimental organic vapor breakthrough times of an activated carbon bed by Tanaka et al.7) and the calculated breakthrough times by MultiVapor 2.2.3 described in Table 6.

さらに,田中らが用いたものとは別の活性炭層による実測データとして,筆者らが過去に公表した破過時間データ8)に対する適用を試みた(Table 7, Table 8, Fig. 4).ここでは活性炭層の重量がこれまでの実測データよりもやや大きくなっている(35 g, Table 7)ほか,活性炭の平均粒径の値として0.11 cmと,実際の値である0.20 cmを採用して推算を行っている.それぞれの場合での,通常の推算値と実測データとの比較の結果をFig. 4に示した.ここでも,平均粒径を0.11 cmと入力したほうが多くの場合により好ましい推算結果が得られることがわかる.

Table 7.  Input conditions of cartridge or carbon bed data into MultiVapor 2.2.3, and the values used for estimation in Table 8 and Fig. 4.
Input condition Value
Bed diameter / cm 7.0
Bed depth / cm 2.5
Carbon weight per cartridge or bed / g 35
Micropore volume / cm3 g–1 0.533
Preconditioned relative humidity / % 4.6
Carbon granule average diameter / cm 0.11, 0.20
Adsorption potential (for Benzene) / kJ mol–1 18.666
Affinity coefficient for water / dimensionless number 0.06
Table 8.  Experimental data of organic vapor breakthrough time of an activated carbon bed by Abiko et al.8), and the results of estimation by MultiVapor 2.2.3
Organic vapor Measurement breakthrough time / min Ordinary estimation by MultiVapor 2.2.3 / min (dp= 0.20 cm) Minimum estimation by MultiVapor 2.2.3 / min (dp= 0.20 cm) Maximum estimation by MultiVapor 2.2.3 / min (dp= 0.20 cm) Ordinary estimation by MultiVapor 2.2.3 /min (dp= 0.11 cm) Minimum estimation by MultiVapor 2.2.3 / min (dp= 0.11 cm) Maximum estimation by MultiVapor 2.2.3 / min (dp= 0.11 cm)
Benzene 250 170.4 44 297 261.3 209 314
Cyclohexane 205 137.7 17 258 220.4 176 265
Acetone 108 28.9 0 105 96.1 72 121
Methyl acetate 151 43.1 0 137 113.4 91 136
n-Hexane 216 101.8 0 212 174.8 140 210
n-Heptane 222 133.2 24 242 209.4 167 251
Ethyl acetate 228 110.2 0 236 192.9 154 231
Carbon tetrachloride 214 144.8 21 269 230.3 184 276
2-Propanol (Isopropyl alcohol) 235 144.7 0 291 242.4 194 291
2-Butanone (Methyl ethyl ketone) 235 108.8 0 237 193.2 155 232
4-Methyl-2-pentanone (MIBK) 88 176 56 296 264.2 211 317
Toluene 288 209 90 328 302.3 242 363
Fig. 4.

 Comparison of the experimental organic vapor breakthrough times of an activated carbon bed by Abiko et al.8) and the calculated breakthrough times by MultiVapor 2.2.3 described in Table 8.

2. 吸収缶製品に添付される破過曲線図への適用と実用に向けた考察

日本国内では現在,有機ガス用の呼吸保護具吸収缶を購入すると,試験ガス19)(シクロヘキサン)による入口ガス濃度の変化に対する破過時間を表した破過曲線図が提供されている.これは製品本体と共に添付される取扱説明書などに印刷されるかたちで示されている.2000年代の製品9)に添付された破過曲線データの例をFig. 5に示す(ただし,図中の試料の記号は既報9)におけるものとは一致しない).これらはいずれも直結式小型吸収缶製品によるものである.筆者の手元には過去に試験ガスとして用いられていた四塩化炭素による破過曲線図も1種類だけ残っていたため,Fig. 5では参考までにこのデータも取り上げた.

Fig. 5.

 Breakthrough curves of gas filter products9) for Japanese respirators as reported in their instruction manuals printed in the 2000s.

実際の製品の取扱説明書では,この破過曲線図を参考に,作業環境に相当するガス濃度から読み取られる破過時間を吸収缶製品での有効時間と見なすことが示されている.ここでまず本稿では,各破過曲線から50, 100 ppm単位で区切りのよい幾つかのガス濃度に対して破過時間を読み取り,そのデータに対してMultiVapor 2.2.3 による推算値がどの程度まで有効な一致を示すかを確認することとした.

この推算で適用した(1) 活性炭層の物性値(3) ガス流量・温度・相対湿度などの使用条件に該当する数値をTable 9, Table 10に示す.破過曲線図には,測定にあたっての(3)の条件の記載が部分的なものから,まったく見られないものまでが見受けられた.そこで特に記載のないものについては,活性炭重量を除きいずれも日本工業規格 T8152防毒マスクに定められる除毒能力試験条件19)と同一と見なすこととした(ただし,Preconditioned relative humidity はいずれも50%とした).また,これまでの結果を踏まえて,活性炭の平均粒径はいずれも0.11 cmと入力した.以上の計算の結果をTable 11に示す.ここで得られた結果は,必ずしも一様ではないが,多くの場合に推算の最小値によっておおよその一致が見られている.それぞれの場合で,最も良い一致を示した推算値と実測データとの比較の結果をFig. 6に示した.図中の近似直線はいずれも比較的良い直線性を示していることから,今回採用した各データ点以外の破過曲線図上のデータも,ほぼこれらの直線上に載るものと予測される.

Table 9. Input conditions of cartridge or carbon bed data into MultiVapor 2.2.3, and the values used for estimation in Table 11 and Fig. 6
Input condition Value
Bed diameter / cm 8.0
Bed depth / cm 2.0
Carbon weight per cartridge or bed / g 22, 40
Micropore volume / cm3 g–1 0.533
Preconditioned relative humidity / % 50
Carbon granule average diameter / cm 0.11
Adsorption potential (for Benzene) / kJ mol–1 18.666
Affinity coefficient for water / dimensionless number 0.06
Table 10. Use conditions data of cartridge or carbon bed input into MultiVapor 2.2.3, and the values used for estimation in Table 111 and Fig. 6
Input condition Value
Temperature / °C 20, 30
Atmospheric pressure / atm 1.0
Relative humidity / % 50, 70
Number of cartridges on a respirator 1
Average breathing air flow / L min–1 30
Vapor concentration / ppm described in Table 11
Breakthrough concentration / ppm 5
Table 11. Experimental data of organic vapor breakthrough times of gas filters for Japanese respirators with change in vapor concentration according to their instruction manuals, and the results of estimation by MultiVapor 2.2.3
Gas filter Organic vapor Carbon weight per cartridge or bed / g Temperature / °C Relative humidity / % Vapor concentration / ppm Experimental breakthrough time / min Ordinary estimation by MultiVapor 2.2.3 / min Minimum estimation by MultiVapor 2.2.3 / min Maximum estimation by MultiVapor 2.2.3 / min
A Carbon tetrachloride 22 20 50 100 288.7 329.2 263 395
200 158.8 189.7 152 228
400 80.8 107.9 86 129
600 56.3 77 62 92
800 43.3 60.4 48 72
B Cyclohexane 22 20 50 150 121.2 232 186 278
300 50 130.6 105 157
500 30.3 84.8 68 102
750 21.2 59.9 48 72
1,000 18.2 46.6 37 56
C Cyclohexane 22 20 50 100 200 323.2 259 388
300 83.3 130.6 105 157
500 53 84.8 68 102
750 33.3 59.9 48 72
1,000 24.2 46.6 37 56
D Cyclohexane 22 20 50 200 149.4 183.1 146 220
300 98.9 130.6 105 157
400 73.6 102.5 82 123
500 59.8 84.8 68 102
600 50.6 72.6 58 87
700 43.7 63.5 51 76
800 36.8 56.6 45 68
900 34.5 51.1 41 61
1,000 32.2 46.6 37 56
E Cyclohexane 22 20 50 200 284.4 183.1 146 220
300 200 130.6 105 157
400 159.7 102.5 82 123
500 126.9 84.8 68 102
600 105 72.6 58 87
800 70 56.6 45 68
1,000 54.7 46.6 37 56
30 70 500 95 71.4 57 86
F Cyclohexane 22 20 50 200 149.2 183.1 146 220
300 95.2 130.6 105 157
400 63.5 102.5 82 123
600 39.7 72.6 58 87
800 30.2 56.6 45 68
1,000 25.4 46.6 37 56
30 70 500 47 71.4 57 86
G Cyclohexane 40 20 50 300 253 238.1 190 286
400 202.4 187.1 150 225
500 166.3 154.9 124 186
600 141 132.6 106 159
700 119.3 116.2 93 139
800 108.4 103.6 83 124
900 97.6 93.5 75 112
1,000 90.4 85.4 68 102
H Cyclohexane 40 20 50 100 500 587.6 470 705
300 233.1 238.1 190 286
500 139.8 154.9 124 186
750 93.2 109.5 88 131
1,000 72 85.4 68 102
I Cyclohexane 40 20 50 200 285.7 333.2 267 400
300 196.4 238.1 190 286
400 150 187.1 150 225
600 96.4 132.6 106 159
800 67.9 103.6 83 124
1,000 53.6 85.4 68 102
30 70 500 95 132.3 106 159
Fig. 6.

 Comparison of the experimental organic vapor breakthrough times of gas filters9) for Japanese respirators as reported in their instruction manuals and the calculated breakthrough times by MultiVapor 2.2.3 described in Table 11.

ここで,これまでの結果を基に,破過曲線図のデータにMultiVapor 2.2.3を組み合わせることで,各種条件での破過時間を予想する方法も考えられる.その手順を以下に記す.

(1)吸収缶製品に付属する破過曲線図より読み取りやすいデータ点を選び,各ガス濃度に対する破過時間の値を読み出す.

(2)Table 9, Table 10に示す入力条件(活性炭の平均粒径は0.11 cmとし,活性炭層重量は製品に応じて22 gまたは40 gとする.)とともに,MultiVapor 2.2.3により(1)でのデータ点のガス濃度に対する破過時間の推算値を計算する.

(3)3種類ある推算値のうち最小値を基準に取り,(1)でのデータ点との直線近似により次の相関式を求める.

  

x = 破過曲線図から読み取られる破過時間 [min]

y = MultiVapor 2.2.3により計算される破過時間 [min]

a0 = 定数 [min]

a1 = 定数 [無次元数]

(4)求められた式(2)を今度は補正式として利用する.目的の作業環境に相当する有機ガス濃度に対してMultiVapor 2.2.3により計算される破過時間(推算の最小値)を式(2)のyに代入し,補正された推算値としてのxを求める.ここで推算の最小値に基準を求めた意図は,破過時間推算値の精確さ以上に,より安全な予測を期したものである.

以上は,本稿での特にFig. 1, 2, 3までにおいて,各データ点のプロットが有機ガスの種類および入口ガス濃度によらずほぼ一直線上に載っていることを前提として筆者が行った,あくまでも予想である.実際にはそれらの有機ガスの種類による依存性をはじめとしてMultiVaporには検討を加える余地が多く,現実の応用に至るにはさらに充分な研究が必要であろう.

IV. 結論と今後の展望

MultiVaporの利用にあたっては,活性炭の平均粒径が推算結果に与える影響に注意が必要である.上記までの結果からは,実際の活性炭製品における正確な値の如何によらず,平均粒径としてはMultiVapor 2.2.3に代表的なデータ(TYPICAL OV CARTRIDGE)として登録されている値である0.11 cmをそのまま適用するべきであり,そのほうがより見合った推算結果が得られると判断される.また,本稿では呼吸保護具吸収缶製品に添付されている破過曲線図のデータを組み合わせることで,それらの製品における有機ガス破過時間を予測する方法の検討も示した.

もちろん,以上の結果をもってもMultiVaporには依然として課題が残る.実測データに見合った破過時間の推算が得られる可能性があることは良いが,この平均粒径をはじめ,活性炭層の物性値においてより精確な数値を入力するとかえって推算結果が合わなくなるとすれば,推算用ソフトウェアとしてはやはり大きな問題である.さらに上記の結果から,MultiVaporでは通常の推算値,最小値,最大値とあるうち,どの推算値がより見合ったものであるかの判断も必要となる.今後の同ソフトウェアの利用,改良にあたっては,前稿に加えて以上の点も留意されるべきものと考えられる.

有機ガス用呼吸保護具吸収缶は多くの作業現場で使用されているが,各種の有機ガスに対する破過時間が明瞭でないことから,作業者への適切な交換時期の指導が難しい.その結果,吸収缶が破過後にも使用され,作業者の有機溶剤中毒の発生につながることも懸念される.この問題に対応するため,吸収缶のメーカーにおいてもウェブサイト上での自社製品の破過時間の情報提供を行う試み20)が見られるが,その根拠の詳細は明らかでなく,日本語への対応などをはじめ取り組みとしてまだ初期の段階にあると思われる.吸収缶や活性炭層の破過時間の推算は産業衛生における大きな話題のひとつであるが,吸着化学,化学工学,材料科学,物理化学,人間工学などの多岐に渡る観点からの検討が求められる,きわめて総合的な技術課題と言える1, 3,4,5,6,7,8, 10,11,12, 15, 21,22,23).MultiVaporが今後,その研究の大きな発展の契機となり,作業現場での適切な吸収缶の使用に役立つことを筆者は期待し,検討を進めている.

Acknowledgment

謝辞:The author wishes to thank Dr. Peter Lodewyckx (Royal military academy, Kingdom of Belgium) for cooperation in preparation of Table 3. The author is also grateful to Yasuko Fujimoto (Japan Aerospace Exploration Agency (JAXA)) for helpful comments on the manuscript.

References
 
© 2014 公益社団法人 日本産業衛生学会
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