産業衛生学雑誌
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事例
持続的陽圧呼吸療法にて著明に改善しためまいを主訴とする睡眠時無呼吸症候群の一例
田中 完井奈波 良一波多野 直美
著者情報
キーワード: CPAP, Dizziness, Sleep apnea syndrome
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2015 年 57 巻 1 号 p. 19-20

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はじめに

睡眠時無呼吸症候群(SAS)は,高血圧症・糖尿病の発症ならびに虚血性心疾患の発症のリスクを高めるとされ,頭痛,不安,抑うつなど多彩な症状が出ることも知られている健康管理上注意を要す疾患である1).また,昼間の眠気症状による能率の低下や産業事故の原因にもなるため産業衛生の上でも重要な疾患である.

最近になり,睡眠時無呼吸症候群の症状にめまいが含まれる症例が報告され1, 2),睡眠障害(睡眠時無呼吸・低呼吸)とメニエール氏病が関連するとする事例も報告された3).その中で,薬物治療に抵抗を示すめまい症に対し睡眠時無呼吸症候群の治療を行ってめまい症状の改善がみられた症例も報告された3, 4).主訴として昼間に眠気があることが広く認識されている睡眠時無呼吸症候群であるが,めまい症状についてもこれを念頭に置き診察する必要があり,その典型例を経験したので報告する.

事 例

30歳,男性.

主訴:浮動性のめまい(X–1年2月~),頭痛(X–1年5月~),中途覚醒(X–1年9月~).耳鳴(–),アレルギー性鼻炎(–).

生活歴:飲酒:機会飲酒,タバコ:20本/日 10年間

Table 1.  健康診断結果
X–3年10月 (雇入健診) X–2年2月 X–2年9月 X–1年2月 X–1年7月~X年3月
休職
X年4月
身長(cm) 178.0 177.6 177.5 177.3 178.0
体重(kg) 82.8 85.2 83.1 86.7 87.8
BMI 26.1 27.0 26.4 27.6 27.7
体脂肪率(%) 26.4 27.0 26.5 30.0 33.0

現病歴:

X–2年9月,定期健診にて体重83.1 kg,体脂肪率26.5%,BMI 26.4.自覚症状の調査票にいびき,勤務中眠くなる,寝つきが悪い,睡眠時間5時間など記載あり.

X–1年2月頃より機械運転作業中に揺れるようなめまいを感じるようになり,近医耳鼻咽喉科受診した.眼振検査,聴力検査を実施したが異常なしといわれ,紹介により脳神経外科紹介受診した.脳神経外科でも画像・脳波所見問題なく,突発性のめまい症と診断され,薬物治療が開始された.しかし症状改善せず,めまい症状と症状への不安から時々,欠勤するようになった.

X–1年3月定期健診.体重86.7 kg,体脂肪率30%,BMI 27.6(Table 1).健診時の自覚症状の調査票にてめまい,頭重感,いびきのほか,不安な気持ち,意欲の低下,自分が悪いなどの精神面の悪化の記載,勤務中眠くなる,寝つきが悪い,睡眠時間5時間など睡眠状態の悪化の記載あり.

X–1年5月,内服加療を継続するも症状が悪化(頻度増加)してきたため,セカンドオピニオンを求め他院耳鼻咽喉科を受診し内服薬の変更があったが,症状は改善しなかった.

X–1年7月,産業医に職場からめまいを理由に欠勤を繰り返している社員がいると相談があり本人と面談をした.めまいが主訴であり,内服の効果なく,一日中めまい症状に襲われていたため病気休養を指示し,一方で,高卒の工場採用で同職場を継続しなければならなかったが,職場内にキャリアアップの一環として機械操作以外の業務があったため,先にその業務を経験するような体制を検討し,病気休養後もしばらくは機械操作に携わらず,体調に配慮しながら勤務できるよう上司と業務を検討した.時間外勤務は45時間/月以下であり,家族の関係,家族の健康問題,金銭問題など精神的なストレスを抱える事項については産業医面談では聴取されなかった.その頃受診中の耳鼻咽喉科からA大学病院への紹介がなされ,8月に検査入院となった.

X–1年9月,中途覚醒が出現し,受診中の耳鼻咽喉科から睡眠導入剤を処方されたが改善は見られなかった.面談時「復帰できるのか」「業務を継続できるのか」といった不安を訴えるようになったため,産業医が傾聴などケアを実施した.このころ,ポリソムノグラフィー検査(PSG)が終了し,軽度の睡眠時無呼吸症候群の診断となった.無呼吸・低呼吸指数(AHI)が17回であったためAHIが20回以上で適用される持続的陽圧呼吸療法(CPAP)ではなく5),マウスピースによる加療となり,歯科へ転科し耳鼻咽喉科は終診となった.

X–1年10月,マウスピースの着用をしたが,口が痛くなって長時間着用できず,めまい・頭痛症状が継続していた.

X–1年12月,本人の希望により別の日本耳鼻咽喉科学会認定耳鼻咽喉科専門医に紹介受診した.

X年1月,耳鼻咽喉科医よりB大学病院にて2回目の検査入院となりポリソムノグラフィー検査を実施,AHI 27.1でありCPAPにて加療することとなった.

X年2月3日より,CPAP治療開始された.治療開始12日目の2月15日の面談にてめまいの消失,睡眠の改善(中途覚醒含め5時間程度から,中途覚醒無く6時間持続睡眠へ),昼間の眠気の消失(X–2年9月頃より),不安症状の消失がみられた.CPAP装着にてAHI4.3に改善した.

X年3月,1ヶ月の経過観察期間の後も症状の再発なく,経過良好のため職場復帰となった.

考 察

本症例は元々肥満傾向でいびきが存在していたところ,入社後から生活スタイルの変化により急激に体重が増加し,それに伴って睡眠時無呼吸が悪化し,めまいを主訴とした症状が出現した.しかし,めまいの内服治療開始されるも効果なく,就労ができない状態となり約8ヶ月間病気休養をした(6ヶ月間は病気休養,その後は休職).休養中,入眠困難・中途覚醒などの睡眠障害や,抑うつ・不安・意欲の減退など抑うつ症状も出現するなど多彩な症状を呈したが,CPAP導入後速やかにめまいやその他諸症状も著明に改善した.

睡眠時無呼吸症候群とめまい症状については,国内では土屋ら(2002)6)や宮崎ら(2011)1)による症例報告がある.S. GALLINAらによる海外文献(2010)2)によると,OSAS(AHI 10-30)45例中4例(8.8%)にめまい症状(dizziness)を認めたとの報告もある.宮崎らによると,体平衡は表在・深部知覚系,視覚系,前庭系からの入力が前庭中枢において統合されることで保たれているため,睡眠障害(睡眠の質的・量的低下)が生じた場合には,脳の知覚統合機能が低下し,結果としてめまい症状が表れるとしている1).したがって,めまい症状の原因には,睡眠時無呼吸症候群があることを念頭に置く必要がある.その際はめまい症状に対し内服療法のほかにCPAP療法も検討する必要がある.

結 語

昼間の眠気の他に,めまい症状が前面に出てくる睡眠時無呼吸症候群があり,CPAP療法により著明にめまい症状が改善することから,めまい症状の原因疾患には,睡眠時無呼吸症候群も念頭において慎重に診断あるいは対応する必要がある.産業医としては健診結果や面談により,体重の変化(増加)やいびき症状の有無などを把握した場合はその情報も主治医に提供することも有効と思われる.

Acknowledgment

謝辞:本事例の加療ならびに治療方法,知見等についてご助言賜り,ご指導いただいた名古屋市立大学病院耳鼻咽喉科の中山明峰先生に感謝の意を表します.

References
 
© 2015 公益社団法人 日本産業衛生学会
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