産業衛生学雑誌
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労働衛生学分野への「時間毒性学」の導入 ─労働衛生学と時間生物学─
三浦 伸彦大谷 勝己
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2015 年 57 巻 1 号 p. 21-25

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I.はじめに

夜間勤務を伴う交代勤務は現代社会において欠くことのできない勤務形態である.我が国における夜間勤務者および夜勤を伴う交代勤務者の割合は,平成19年には10年前より約1.4倍増加した27.3%と報告され,就労者のおよそ1/4–1/3に相当する.この割合は製造業ではさらに高く,特に鉄鋼業界においては夜勤・交代勤務を採用する企業の割合は64.3%と報告されている1).すなわち,実に約7割に達する労働者が,一日のうちで様々な時刻に職場有害因子のばく露を受けることを示す.

ところで,ヒトをはじめとした多くの生物には生体リズムが存在する.生命の根幹である睡眠や摂食タイミングは一日の中で生じる生体リズム(=日内リズム)の代表格である2).一方で,生体防御系にも日内リズムが観察され,ばく露因子が与える生体影響は昼間と夜間では大きく異なり,有害物質にばく露されるタイミングによっては生体影響(毒性)が強く発現することがある3,4,5).実際,交代勤務労働者において,夜勤時のばく露の方が日勤時ばく露よりも有害物質に対して脆弱になるとの懸念が報告されている6).交代勤務従事者は就労する時間帯が変動するため,ばく露時刻が異なることになる.従って生体防御機能が低下した時刻に有害物質のばく露を受けた場合には,毒性が強く生じることが考えられる.

労働衛生学において,労働者の健康確保を考える上で毒性学は重要な位置を占める.本稿では,生体リズムを考慮した毒性学,すなわち「時間毒性学」の概念を労働衛生学に導入する意義について,我々の知見5)を交えながら解説する.

II.臨床における時間生物学

地球上のほぼ全ての生物に存在すると考えられている生体リズムは幅広く,ミリ秒単位から年単位にまで及ぶ.約一日を周期として変動するリズムを概日リズム(サーカディアンリズム) というが,この概日リズムは生体の恒常性維持に必須であり,睡眠や摂食のタイミングをはじめとして様々な生命活動イベントに関わる.概日リズムの長さはヒトやラットでは24時間より長いのに対し(ヒト:約25時間7);ラット:約24.4時間8, 9)),マウスでは24時間より短く(約23.4時間10)),生物種によって個々の概日リズムを有することがわかる.この概日リズムは,例えば暗闇などの外的光条件の無い状態で観察される自由継続状態(フリーラン)であるが,一方で太陽光を浴びて生活している場合や,24時間周期の人工光による明暗サイクル環境下での生体リズムは24時間周期となることから,日内リズム(日周リズム)と言われる.通常の生活を送っている場合,光環境の無い状態は考えられないことから,本稿では日内リズムを中心に考えることとする.

病気の発症には日内リズムがあり,「病気の時刻表」があることが知られている.一日のうちで病気が発生し易い時刻を経験的に捉えたもので,例えば喘息の発作回数は日中から宵の口ではほとんど皆無であるのに対し,明け方(3時から4時ころ) に劇的に増加する(Fig. 111).就寝時に生じる喘息発作は喘息患者の生活の質(quality of life: QOL) を大幅に下げる.早朝の喘息発作を抑えるために気管支拡張剤(テオフィリンやβ2-刺激薬)が処方されるが,これら薬剤は徐放性製剤とし夕方に服用・処方と指示される.これは明け方に薬の血中濃度を高め発作を抑えるための工夫である.また,肺がん治療に欠くことのできないシスプラチンの副作用として重篤な腎障害が知られているが,正常細胞の増殖は朝~昼に活発で夕~夜に沈静するのに対し,多くのがん細胞の増殖は逆に夜間に活発で昼に沈静することが知られている12, 13).そのためシスプラチンを夕刻投与して夜間に血中濃度を高め,増殖が盛んながん細胞を叩く一方,沈静状態にある正常細胞への影響を少なくすることで,副作用である腎毒性の発現を低下させることができる13)

Fig. 1.

 喘息発作回数の日内変動

縦軸は1時間当たりの喘息発作回数を,横軸は時刻を示す.文献(11)を改変.

これまでに,制がん剤や抗血管新生薬,抗喘息薬,降圧剤など多くの医薬品が24時間周期の生体反応を示すことが明らかにされてきた.これら服用された薬物は,肝臓に多く存在する代謝酵素チトクロム(CYP) P450群により代謝され生物学的に活性化あるいは不活性化される.ヒトにおける主要な代謝酵素であるCYP3A4 やCYP2E1の酵素活性には日内変動が知られ,そのため薬物の効果に日内変動を与えると考えられる14, 15).さらに,薬物代謝に関わる酵素群の遺伝子発現が日内リズムを示すとの報告もある16).これらの事実は,投薬時刻によって薬の効き方や副作用(毒性)の発現強度が大きく異なることを示す.この視点は上述のようにすでに臨床応用され,従来は患者に対して薬を朝昼夜と均等な時刻に投薬(服薬)するよう説明してきたが,生体リズムを考慮に入れることで症状や目的に応じた時刻に投薬(服薬)する指導に変わりつつある.このように薬を飲む時刻を考慮した投与法を研究する学問を「時間薬理学」17)といい,臨床では「時間薬理治療」や「時間化学療法」として注目されている(Table 1).

Table 1.  時間薬物治療,時間化学治療の例
疾患例 疾患の特性・考えられる原因 適用薬物(効能) 服薬(予薬)方法・目的
気管支喘息 朝方4時頃に発作のピーク
 夜間に副交感神経の緊張
 夜間にアドレナリン低下
 明け方の室温低下
テオフィリン
 β2-刺激薬(気管支拡張)
徐放性製剤を就寝前服薬
→ 早朝の血中濃度増加
消化性潰瘍 夜中(0時頃)に発症
 夜間に胃酸分泌上昇
H2ブロッカー(胃酸分泌抑制) 夕刻服薬
→ 胃酸分泌の抑制
高血圧症状 夕方(16時頃)に発症
 午後に血圧上昇
 午後にアドレナリン上昇
フロセミド(利尿薬) 夕刻服薬
→ 利尿効果増大による降圧
がん 正常細胞の増殖:朝~昼に活発,夜沈静
癌細胞:夜活発,昼沈静が多い
シスプラチン(制がん剤) 夕刻投与
→ 腎毒性低下

III.時間毒性学の必要性

上述のように臨床分野ではすでに生体リズムを考慮した時間生物学的概念の導入が行われているが,毒性学分野ではその導入が立ち遅れている.生体防御能に日内リズムが存在し,医薬品に対する生体応答が日内変動するのであれば,毒物に対する感受性も日内変動するものと考えられる.我々は毒性学に時間生物学を導入した「時間毒性学」を展開し,新たな分野を提唱している.

化学物質のばく露による感受性時刻差は,上述の代謝酵素CYP群の活性日内変動である程度予測されるが,我々が従来から追っている金属毒性の発現にはCYPは関与しないことから,金属が示す感受性の日内変動に関する情報は皆無に等しい.実際,2011年の研究開始当時は,マウスにおけるカドミウム(Cd)の感受性時刻差が1983年にフランス語の論文として18),またゾウリムシを用いたCdの感受性時刻差が2010年に報告4)されているのみであった.

Cdは顔料(カドミウムイエロー)やニッカド電池の電極,合金成分など様々な工業製品に利用され,さらには中性子を吸収する性質から,原子炉の制御棒にも使われている.Cdには発がん性が認められ,国際がん研究機関(IARC)による分類はグループ1(ヒトに対する発がん性が認められる)19, 20),また日本産業衛生学会も第1群(人間に対して発がん性がある物質)21)として分類している.Cdの使用量や製品への活用は,Restriction of Hazardous Substances(RoHS2(2011/65/EU):「電子・電気機器における特定有害物質の使用制限についての欧州連合による指令」)をはじめとした複数の法的制御から大幅に減じているものの,現在もなお多くの工業製品として利用され,また亜鉛精製過程における副産物として産生されている22).本稿では,マウスを用いてCdに対する感受性時刻差を調べた我々の結果5)を簡潔に紹介する.

マウスはC57BL/6Jマウス(5週齢,雄)を用い,2週間馴化飼育後に実験に使用した.まず6.4 mg/kgの塩化カドミウム(CdCl2)を腹腔内に単回投与し,投与14日後までの生存数を調べた.投与は投与当日の10:00から4時間おきに時刻をずらして行い,投与時刻の異なる6群について行った(Fig. 2).その結果,10:00に投与した群では投与14日後までに全てのマウスが死亡したのに対し,驚くことに2:00に投与した群は全てのマウスが生存した(Table 2).これら生き残ったマウスは体重も対照(生理食塩水投与)群レベルにまで増え,また体毛にも艶がありCdのダメージから回復していると思われた.次に,致死を示さない量のCdCl2(4.5 mg/kg)を投与し,Cd急性毒性の標的臓器である肝臓への障害を調べた.投与は14:00または2:00に行い,投与24時間後に肝障害指標である血漿中アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)活性を測定して評価した.その結果,14:00投与群のALT値は1,000 IU/lを超え劇症肝炎を引き起こしていると考えられたが,2:00投与群(=全く死亡が認められない時刻)ではALT値は対照レベルであり,肝障害を指標とした場合でも暗期(2:00)の投与は毒性を全く示さないことが確認された(Fig. 3).この顕著な感受性時刻差はどの様な機構によるものか.我々は詳細に解析し,①Cdの肝臓蓄積量・蓄積速度は両投与時刻で同様でありCd量の違いではないこと,②Cdに対する生体防御因子メタロチオネインの誘導量・誘導速度も共に同様でありメタロチオネインが感受性時刻差に起因する因子ではないこと,最終的に,③Cdに対する生体防御因子グルタチオン(GSH)が感受性規定因子の一つであることを報告した5).③のGSHの関与については,定常状態(Cd非投与)で肝GSH量の日内変動は観察されるものの,2:00と14:00では同レベルであり上記の著しい感受性の違いを説明できないが,Cd投与後の肝GSH量が14:00群(Cdに対し高感受性)で有意に低下したため,GSH合成阻害剤で肝臓中GSH量を低下させてからCdを投与したところ感受性時刻差が消失したことから類推している.なお,感受性時刻差は他の系統のマウスでも確認しており23),さらに肝障害のみならず精巣障害にも感受性時刻差は観察されること24),また未投稿ではあるが,ニッケルおよび六価クロムなど,Cd以外の幾つかの金属にも感受性時刻差を認めている25)

Fig. 2.

 Cd感受性時刻差の実験スケジュール

生存率はマウスを6群に分け,4時間づつずらしてCdを単回腹腔内投与し,投与14日後までのマウス生存数から算出した.肝障害はCdの投与量を下げて14時または2時に単回腹腔内投与し,投与24時間後のALT値を測定して評価した.

Table 2.  Cd感受性時刻差(生存率)
投与時刻 生存率(%) 平均生存日数
10時 0 2.2
14時 20 4.6
18時 20 4.6
22時 40 7.4
2時 100 14.0
6時 20 5.2

C57BL/6Jマウス (n=5)にCdCl2(6.4 mg/kg)を単回腹腔内投与し,投与14日後までの生存率および,平均生存日数を算出した.文献(5)を改変.

Fig. 3.

 Cd感受性時刻差(肝障害)

C57BL/6Jマウス(n=5)にCdCl2(4.5 mg/kg)を14時または2時に単回腹腔内投与し,投与24時間後の血漿中ALT値を測定し肝障害の指標とした.対照群にはCdの溶媒である生理食塩水を投与した.文献(5)を改変.##:対照群との有意差(p<0.01),**:2時投与群との有意差(p<0.01).

現在までに生体リズムを考慮した毒物の生体影響解析に関する情報は乏しい.しかし職場有害因子に対して防御的に働く多くの生体内因子(特に酸化ストレス応答系)の日内変動が報告されてきており16),生体防御系が低下した時刻にばく露を受けた場合,我々の結果が示すように,ばく露された職場有害因子の毒性が増強される可能性がある.

IV.労働衛生学分野への「時間毒性学」の導入

労働衛生学とは労働者の職業病を解明・予防して,労働者の健康を維持増進するための学問である.従って,ばく露された職場有害因子の労働者への生体影響を把握するためには,毒性学的な視点が必須となる.

上述のように鉄鋼業界においては,約7割に達する労働者が夜勤・交代勤務により様々な時刻に職場有害因子のばく露を受けていることになる.通常時には規制値を遵守した状態での作業となるが,漏れ事故や機械の故障,あるいは爆発事故などが生じた場合,突発的に多量のばく露を受ける可能性を考慮に入れるべきであろう.その時,生体影響すなわち毒性発現の強さは一日のうちで同程度なのだろうか.労働の時刻(=ばく露の時刻)によって,生体影響がどのように変わるのか,これを検証することは夜勤・交代勤務者の健康を確保する上で重要であると我々は考えている.第III項で述べたように,我々は生体防御能の日内リズムに着目し,一日のうちで少なくとも金属化合物に対する感受性が顕著に異なる結果を得ている5).またRutenfranzらは交代勤務労働者において,夜勤時のばく露の方が日勤時ばく露よりも有害物質に対して脆弱である可能性を報告している6).このように生体防御機能が低下した時刻に職場有害因子のばく露を受けた場合には,毒性が強く生じると考えられる.そこで我々は毒性発現と生体リズム(時間生物学)を考慮した「時間毒性学」を提唱し,この視点を労働衛生学分野へ導入すべきと考えている.

ヒトにおいて,例えばCdに感受性の高い時刻帯が明らかになれば,1)その時刻帯の作業・使用は避ける,2)その時刻帯の使用量を極力減らす,あるいは,3)その時刻帯は保護具の着用を一層喚起(あるいは義務化)するなど,従来のリスクマネジメントを発展させることが可能となる.特に保護具については,健康を損なう可能性のある時刻帯が存在することを理解・教育した上での着用喚起であることから,漫然と着用を喚起するより労働者の意識が高まり健康保持に有用となる.このように,労働衛生学分野に「時間毒性学」の考えを導入することにより,科学的見地に基づいた精度の高いリスクマネジメントを提供可能になると考えている.職場有害因子は化学物質をはじめ,紫外線やX線などの物理学的因子,細菌やウイルスなどの生物学的因子など様々である.それぞれの事業所で危険性の高い因子について,日内感受性を把握しておくことで対応が可能となる.

また労働者の健康を守るために設定されている労働現場の許容濃度は,NOAELやLOAEL等の基準値を参考に算出されるが,これらの基準値は動物実験結果を参考にすることが少なくない.しかし現行の基準値は実験者の生活リズムに合わせるため,かつ再現性を考慮するため,ほぼ同一の時刻や明暗条件で投与(ばく露)した結果から求められているのが実情である.現行の基準値算出に,ばく露時刻という「時間毒性学」的視点を導入することで,より精度の高い評価が可能となるのではないだろうか.

V.まとめ

生体リズムを考慮した毒物の生体影響解析は,1980年代に若干の注目を浴び,吸収・代謝・排泄などの基礎的な生理作用も日内変動を示すことが明らかにされている2).ばく露物質(およびその代謝物)の尿中排泄量に関する日内変動の報告は散見されるが26, 27),その生体影響についての情報は乏しい.そしてその後は発展せず,停滞した状態である.その間に時間薬理学は急速な発展を遂げ,臨床応用に至る多くの例がある.これは,薬物の薬理効果はヒトで確認できるものの,有害物質の純粋な毒性についてはヒトを用いるわけにはいかず立ち遅れたことが原因かもしれない.ヒトでの知見を得るには,事故等で偶発的に生じた事例を解析して情報を得るしかなく28),従って動物実験を主体とした基礎実験からの情報獲得は,時間毒性学を含むある種の労働衛生学を推進する上では必須となる.

一方で,マウス実験の結果を現段階ではシンプルにヒトに外挿することはできない.外挿するには詳細なメカニズム解析を行い,感受性を規定する因子を確認した上でヒトとの違いを考慮し進める必要がある.そのため現時点では,「時間毒性学」に興味を持った研究者が,研究対象とする物質・因子について日内感受性時刻差の有無を明確にし,基礎的知見を集積することが必要と考える.

生体リズムの存在によって薬物の感受性が異なることは明白であり,従って毒物(毒性因子)の発現強度にも日内変動が存在することは容易に予測できる.そのため我々は,金属の毒性発現強度が一日の中で顕著に異なることを報告し5),生体リズムを考慮した毒性学(「時間毒性学」)を展開すると共に,「時間毒性学」の労働衛生学への導入を提唱してきている.労働現場において,ばく露される職場有害因子から労働者の健康を衛ることは,労働衛生学の本来の目的であり,そのためには予防医学的な視点も重要であろう.予防医学とは,疾病の発生・経過をはじめとした原因を解明し病気を未然に防ぐ学問であり,我々の提唱する「時間毒性学」は,従来の視点にない予防労働衛生学とも言えよう.以上のように本稿では,労働衛生学の骨格を担う毒性学にこの「時間毒性学」を導入する意義を解説したが,科学的見地に基づいた精度の高いリスクマネジメント構築を考慮するための題材提供となれば幸いである.

References
 
© 2015 公益社団法人 日本産業衛生学会
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