産業衛生学雑誌
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原著
働き盛り世代の男性における8年間の追跡からみた年代別虚血性心疾患の発症リスク
畑中 陽子玉腰 暁子津下 一代
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2015 年 57 巻 3 号 p. 67-76

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Abstract

目的:在職中の虚血性心疾患の発症を防ぐため,そのリスクを年齢群別に検討することを目的に,8年間の診療報酬明細書(レセプト)データに基づき,デンソー健康保険組合に加入する男性従業員を追跡したので報告する.対象と方法:2003年時点で30歳から55歳である男性従業員27,945人のうち,2003年の定期健診データが存在する19,742人(70.6%)について,レセプトデータの入院歴と資格喪失データから虚血性心疾患の発症リスクを年齢群別にCox比例ハザードモデルを用いて検証した.結果:多変量解析の結果,虚血性心疾患の発症リスクは30–39歳の群では,BMIが25.0 kg/m2未満の非肥満者に比べ,BMI 25.0–27.5 kg/m2未満の肥満者は2.21倍(95%CI : 1.01–4.84),LDLが120 mg/dl未満の者に比べ,160 mg/dl以上の者は3.85倍(95%CI : 1.62–9.14),空腹時血糖(以下FPG)が110 mg/dl未満者に比べ,160 mg/dl以上の者は6.43倍(95%CI : 1.02–40.63)であった.同様に比較すると,40–55歳の群では,LDLが160 mg/dl以上の者では1.95倍(95%CI : 1.28–2.98),140–159 mg/dlの者も1.97倍(95%CI : 1.34–2.90)と,有意なリスク上昇を示した.さらに,40–55歳の群では,高血圧および脂質異常症の治療者は,無治療者に比べ,それぞれ1.94倍(95%CI : 1.27–2.97),1.61倍(95%CI : 1.08–2.40)の有意なリスク上昇が認められた.喫煙歴については,非喫煙者に比べ,1日21本以上の喫煙者では,30–39歳の群で3.12倍(95%CI : 1.21–8.06),40–55歳の群で1.81倍(95%CI : 1.25–2.62)の有意なリスク上昇が認められた.各要因と年齢群との有意な交互作用は認められなかった.考察:虚血性心疾患の発症について,30–39歳の群はBMI,LDL,FPGの数値が高い者や21本以上の喫煙者でリスクが上昇し,40–55歳の群は高血圧や脂質異常症の治療者でリスクが上昇した.働き盛り世代の男性における虚血性心疾患の発症を予防するためには,若い時期から肥満予防や禁煙支援を行うとともに,高血圧,糖尿病,脂質異常症を発症しないよう長期的なリスク管理を行うことが重要である.

I.はじめに

日本人の死因の15.8%は心疾患が占めている.働き盛り世代の男性に着目すると,死因順位では,35–39歳から40歳代では第3位,50–54歳以降では第2位であり,死亡率(人口10万対)は,35–39歳で11.5人,40–44歳で19.5人,50–54歳で52.8人,60–64歳で126.0人と,年齢とともに増加する1).働き盛りの従業員が虚血性心疾患を発症することは,本人にとって生命の危険が高まるだけでなく,企業にとっては本人の就業制限や周囲の業務分担など職場全体の負担につながり,社会的にも大きな損失となる.したがって,虚血性心疾患の危険因子を検討し,在職中の発症を防ぐことは企業が取り組むべき大きな課題といえる.

虚血性心疾患の発症のリスクを検査値等との関連から検討した先行研究をみると,福岡県久山町で長年にわたり継続されている疫学調査(以下,久山町研究)2,3,4)では,健診を受診した40歳以上の住民を14年間観察した結果,メタボリックシンドローム(以下,MetS)なしの男性では,1,000人あたりの発症率が5.7人であったのに対し,MetSありの男性では9.2人であったと報告されている.同様にMetSとの関連を見た吹田研究5)においては,30歳から60歳未満の男性で日本基準MetSを用いた場合,非該当者に比べ該当者の心血管疾患発症ハザード比(以下,HR)は2.92であったと報告されている.また,45歳から64歳を対象にしたFINMONICA Study6)では糖尿病のない耐糖能異常(IGT:impaired glucose tolerance)の群は,正常値群に比べ, 冠性心疾患の発症リスクが1.49倍と報告されており,MetSや耐糖能異常を予防することの重要性が示されている.大規模コホート共同研究であるJALS研究7,8,9)では肥満や脂質異常症と心筋梗塞発症との関連について調査されているほか,EPOCH-JAPAN study10,11)においても総コレステロール,血圧と喫煙による循環器疾患の死亡リスクについて研究されている.さらに,茨城県の住民健診データを用いて循環器疾患の死亡予測ツールを構築する研究12)も行われているが,これらのコホート研究の多くは40歳以上の地域住民を対象にしている.吹田研究5)やNIPPON DATA13,14)については30歳以上の対象者が含まれているものの,年齢群別の解析はされておらず,職域の定期健診を用いて年齢群別,データ値別に虚血性心疾患の発症を調査した先行研究はない.働き盛り世代が在職中に虚血性心疾患を発症するリスクを明らかにするためには,職域のデータを用いた解析が必要と考えた.

私たちはこれまでに20歳代のBMIおよびその後の体重変化が20年後に及ぼす影響を検討し15),40歳代以降の高血圧や糖尿病を防ぐには,若い頃からの体重コントロールや生活習慣の改善が重要であることを示してきた.MetSなどの生活習慣病は40歳以上の中高年層で顕在化することが多いが,その要因のひとつは長期間に渡る生活習慣悪化の集積といえる.そこで本研究では,虚血性心疾患について在職中の発症リスクを明らかにすることで,年齢群ごとの効果的な予防対策を検討するため,特定健診・保健指導制度の対象である40歳以降のみならず,対象にならない40歳未満のデータと年齢群別に比較し,先行研究において虚血性心疾患と関連が示された項目を独立変数としてリスクの程度を検討した.具体的にはMetSの構成要素である肥満,高血圧,脂質異常症(高中性脂肪血症,低HDLコレステロール血症,高LDLコレステロール血症),糖尿病,および喫煙を主な対象としてリスクの程度を検討し,各年齢群で着目すべき重要な因子を探索した.

II.対象および方法

1. 対象

デンソー健康保険組合(以下,当健保組合)加入者のうち,2003年時点で30歳から55歳であった男性従業員(1948年1月1日~1973年12月31日生まれ)27,945人のうち2003年の定期健診データが欠損値なく存在する者25,837人(92.5%)から,採血が食後であった者(6,095人,21.8%)を除外し, 19,742人(70.6%)を本研究の対象とした.定期健診は社内診療所での受診データのみを使用した.エンドポイントは虚血性心疾患による入院または死亡とし,追跡期間中に海外の事業所へ出向した者,退職や虚血性心疾患以外の死亡などで資格喪失した者については,その時点で追跡を打ち切った.本研究の対象者19,742人の平均追跡期間は101ヶ月(8.3年),平均年齢は40.9歳(±6.5)で,最終追跡日である2011年12月31日まで在籍した者は19,046人(96.5%)であった.対象となる男性従業員は自動車関連部品の製造業に従事しており,人数比率は直接部門4割,間接部門6割である.

2.方法

当健保組合が保有する健診・医療情報統合データベースを用い,上記条件に該当する男性従業員について,2003年の健診データと2004年から2011年の合計8年間分のレセプト(診療報酬明細書)データを連結し,個人情報を消去した上で分析を行った.

(1)健診データ

2003年の定期健康診断データから,BMI(体重kg/身長m2),収縮期血圧(以下SBP),拡張期血圧(以下DBP),中性脂肪(以下TG),HDLコレステロール(以下HDL),LDLコレステロール(以下LDL),空腹時血糖(以下FPG),高血圧の服薬治療の有無,脂質異常症の服薬治療の有無,糖尿病の服薬治療の有無,飲酒習慣,喫煙習慣に関する情報を得た.血圧は「日本コーリン㈱健太郎」により測定し,血液検査は10時間以上の絶食後に採血したデータを用いた.空腹時血糖の測定は電位差法,脂質は可視吸光光度法を用い,LDLコレステロール(以下LDL)は中性脂肪が400 mg/dl以下の場合に計算(計算式:総コレステロール-HDLコレステロール-中性脂肪÷5)により算出した.高血圧,脂質異常症,糖尿病の服薬治療の有無,飲酒習慣(4区分:非飲酒[飲んだことはない・ほとんど飲まない],禁酒した,2合/日以下,3合以上/日[日本酒換算])および,喫煙習慣(3区分:非喫煙[吸ったことはない・禁煙して1ヶ月以上],喫煙1–20本/日,喫煙21本/日以上)は健診時の問診票から取得した.

(2)レセプトデータ

2004年1月から2011年12月まで8年間のレセプトデータから社会保険表章用疾病分類表で「虚血性心疾患」に該当する疾患名で入院した者をイベントありとした.さらに,抽出された対象者については,病名は確定病名であり,検査目的など疑い病名は含まれていないことをレセプト内容から確認した.

(3)資格喪失データ

当健保組合資格を死亡によって喪失した者について,埋葬料申請書を確認した.死亡理由が「虚血性心疾患」と判断される病名(急性心筋梗塞など)で死亡した者はイベントありとした.

3. 統計解析

レセプトデータ,資格喪失データより虚血性心疾患で入院または死亡した場合にエンドポイントの発生とした.2003年時の年齢で対象者を30–39歳の群と,40–55歳の群の二群に大別し,2003年の健診データの分布を検討した.さらに,2003年の健診データ,服薬治療の有無,喫煙・飲酒習慣ごとの,その後8年間の虚血性心疾患の発症リスクを年齢群別にCox比例ハザードモデルで推計した(年齢は連続量として調整した).用いた健診データの区分は各疾患の診断基準ならびに治療ガイドラインを参考に対象者の分布も勘案し,以下のとおりとした.BMIは25.0 kg/m2未満,25.0–27.5 kg/m2未満,27.5 kg/m2以上,血圧SBPは130 mmHg未満,130–139 mmHg,140–159 mmHg,160 mmHg以上,DBPは85 mmHg未満,85–89 mmHg,90–99 mmHg,100 mmHg以上,TGは150 mg/dl未満,150–199 mg/dl,200–299 mg/dl,300 mg/dl以上,HDLは40 mg/dl未満, 40 mg/dl以上,LDLは120 mg/dl未満,120–139 mg/dl,140–159 mg/dl,160 mg/dl以上,FPGは110 mg/dl未満,110–125 mg/dl,126–159 mg/dl,160 mg/dl以上に分類した.また,各年齢群で虚血性心疾患の発生に影響を及ぼす要因を検討するために,多重共線性を考慮して,MetS構成要素であるBMI,SBP,TG,LDL,FPG,服薬治療の有無,喫煙の項目ならびに年齢(連続量)を説明変数とする多変量解析を行った.さらに,年齢群と各要因との交互作用を検討する際には,全対象者で作成した各モデルに年齢群,年齢群と各要因の交互作用項を合わせて投入した.すべての統計ソフトはSPSS18を用い,p<0.05を有意と判定した.

4. 倫理面の配慮

当健保組合による健診・レセプトデータ分析については通常の保険者機能の一部として実施しており,当健保組合のホームページ上で加入者に公開し了解を得ている.今回の研究に際しては,文部科学省・厚生労働省の「疫学研究に関する倫理指針」に基づき,匿名化したデータセットを用いて当健保組合内で分析した.また,(公財)愛知県健康づくり振興事業団の倫理委員会の審査を受け,研究の実施について承認された.

III.結 果

(1) 年齢群別の検査値の分布

ベースラインの平均値をみると,30–39歳の群はBMI 23.3 kg/m2,血圧124/77 mmHg,TG 117.8 mg/dl,HDL 55.5 mg/dl,LDL 119.5 mg/dl,FPG 91.3 mg/dl,40–55歳の群はBMI 23.5 kg/m2,血圧126/79 mmHg,TG 130.0 mg/dl,HDL 56.1 mg/dl,LDL 126.3 mg/dl,FPG 96.5 mg/dlであり,HDLも含め検査値は年齢が上がると上昇する傾向にあった(Table 1).

Table 1.  Clinical characteristics of study population in 2003
Age (y) 30–39 40–55
Mean 34.9 (± 2.9) Mean 45.5 (± 4.2)
BMI SBP DBP TG HDL LDL FPG BMI SBP DBP TG HDL LDL FPG
Number of subjects 8,570 8,570 8,570 8,570 8,570 8,445 8,570 11,172 11,172 11,172 11,172 11,172 10,971 11,172
Mean 23.3 124 77 117.8 55.5 119.5 91.3 23.5 126 79 130.0 56.1 126.3 96.5
 SD 3.3 12.7 8.3 84.0 13.6 29.6 12.1 3.0 13.9 9.0 90.4 14.4 29.6 17.4
5th percentile 18.7 104 63 42 37 74 79 19.1 104 65 48 37 79 81
25th percentile 21.0 115 71 66 46 99 85 21.5 116 73 74 46 106 88
Median 22.9 124 77 95 54 118 90 23.3 126 80 107 54 126 94
75th percentile 25.2 133 83 142 63 139 95 25.3 135 85 156 64 146 100
95th percentile 29.3 145 89 262 80 170 105 28.6 148 95 286 82 175 119

BMI: Body mass index. SBP: Systolic blood pressure. DBP: Diastolic blood pressure. TG: Triglyceride. HDL: High-density lipoprotein cholesterol. LDL: Low-density lipoprotein cholesterol: exclusively for TG ≤400. FPG: Fasting plasma glucose.

(2) 年齢群別,健診項目別の虚血性心疾患の発症リスク

8年間の観察中に虚血性心疾患を発症した者は,ベースライン時に30–39歳の群では8,570人中38人(0.44%),40–55歳の群では11,172人中200人(1.79%)であった(Table 2).健診データ別に虚血性心疾患の発症HRを推計したところ,BMI,血圧,脂質,血糖のいずれの項目でも正常値群と比べて異常値群のリスク値は上昇し,特に30–39歳の群でその傾向が強くみられた.BMIについて30–39歳の群は25 kg/m2未満と比較して25.0–27.5 kg/m2未満は3.45倍(95%CI : 1.66–7.18),27.5 kg/m2以上は3.57倍(95%CI : 1.58–8.08)であるのに対し,40–55歳の群はBMI27.5 kg/m2以上で2.04倍(95%CI : 1.38–3.03)であった.血圧について30–39歳の群はSBPが130 mmHg未満の者と比較して,160 mmHg以上の者では12.31倍(95%CI : 2.84–53.29)であるのに対し,40–55歳の群はSBPが160 mmHg以上の者で3.16倍(95%CI : 1.46–6.82)であった.脂質について30–39歳の群はLDLが120 mg/dl未満の者と比較して,160 mg/dl以上の者で6.04倍(95%CI : 2.69–13.52),40–55歳の群では2.21倍(95%CI : 1.46–3.34)であった.FPGは110 mg/dl未満の者を基準にすると30–39歳の群は110–126 mg/dl未満,40–55歳の群は126–160 mg/dl未満からリスク上昇がみられた.年齢群との交互作用を検討したところ,LDL(p=0.04)およびFPG(p=0.01)において,年齢群との有意な交互作用が認められた.服薬治療の有無別では,高血圧について治療を受けていない者と比較すると治療を受けている者は,30–39歳の群は6.46倍(95%CI : 2.28–18.36),40–55歳の群は2.66倍(95%CI : 1.85–3.84)であったほか,脂質異常症,糖尿病においても治療者のリスク値は上昇した.また,喫煙者は非喫煙者と比較して,30–39歳の群では1–20本の喫煙者で2.09倍(95%CI : 1.02–4.31),21本以上の喫煙者で3.62倍(95%CI : 1.43–9.19)のリスク上昇を示した.40–55歳の群でもリスクの上昇は認めたが,30–39歳の群に比べて値は小さく,21本以上の喫煙者で1.89倍(95%CI : 1.32–2.71)であった.飲酒歴については,いずれの年齢群でも有意な差はみられなかった.

Table 2. The risk of ischemic heart disease by a univariate analysis

(3)年齢群別多変量解析による虚血性心疾患の発症リスク

BMI,SBP,TG,LDL,FPG,服薬治療の有無,喫煙の項目を同時にモデルに投入したところ,30–39歳の群ではFPGが160 mg/dl以上の者は110 mg/dl未満に比べて6.43倍(95%CI : 1.02–40.63),LDLが160 mg/dl以上の者は120 mg/dl未満に比べて3.85倍(95%CI : 1.62– 9.14),21本以上の喫煙者は非喫煙者に比べて3.12倍(95%CI : 1.21–8.06)と,有意なリスク上昇を示したほか,BMIが25–27.5 kg/m2未満の肥満者でも有意な関連がみられた(Table 3).40–55歳の群では,TGが300 mg/dl以上の者は150 mg/dl未満に比べて2.13倍(95%CI : 1.12–4.05),LDLが140–159 mg/dlの者は120 mg/dl未満に比べて1.97倍(95%CI : 1.34–2.90),160 mg/dl以上の者は1.95倍(95%CI : 1.28–2.98),21本以上の喫煙者は非喫煙者に比べて1.81倍(95%CI : 1.25–2.62)であったほか,高血圧の治療者では無治療者に比べて1.94倍(95%CI : 1.27–2.97),脂質異常症の治療者では1.61倍(95%CI : 1.08–2.40)と,治療者においても有意な関連を認めた.多変量解析では年齢群と各要因との有意な交互作用は認められなかった.

Table 3.  The risk of ischemic heart disease by a multivariate analysis
Age group (y) 30–39 40–55
HR 95%CI HR 95%CI
BMI
 <25 1.00 1.00
 <27.5 2.21 1.01 4.84 1.08 0.75 1.54
 ≥27.5 1.47 0.57 3.77 1.28 0.83 1.98
SBP
 <130 1.00 1.00
 <140 1.09 0.48 2.48 1.17 0.82 1.68
 <160 1.69 0.72 4.00 1.36 0.92 2.02
 ≥160 3.52 0.53 23.53 1.32 0.51 3.41
TG
 <150 1.00 1.00
 <200 1.33 0.57 3.12 1.26 0.86 1.84
 <300 1.83 0.75 4.46 1.24 0.80 1.92
 ≥300 1.19 0.15 9.55 2.13 1.12 4.05
LDL
 <120 1.00 1.00
 <140 1.35 0.53 3.39 1.34 0.91 1.97
 <160 1.26 0.45 3.49 1.97 1.34 2.90
 ≥160 3.85 1.62 9.14 1.95 1.28 2.98
FPG
 <110 1.00 1.00
 <126 3.23 0.74 14.19 0.57 0.26 1.22
 <160 1.06 0.12 9.07 1.70 0.91 3.15
 ≥160 6.43 1.02 40.63 2.18 0.86 5.56
Hypertension under medication
 No 1.00 1.00
 Yes 2.32 0.67 8.04 1.94 1.27 2.97
Hyperlipemia under medication
 No 1.00 1.00
 Yes 1.87 0.69 5.08 1.61 1.08 2.40
Diabetes under medication
 No 1.00 1.00
 Yes 0.87 0.08 9.11 1.10 0.46 2.59
Smoking
 Non-smoker 1.00 1.00
 1–20 cigarettes/day 1.94 0.93 4.07 1.15 0.83 1.59
 ≥21 cigarettes/day 3.12 1.21 8.06 1.81 1.25 2.62

Adjusted for age at 2003 (continuous quantity). BMI: Body mass index. SBP: Systolic blood pressure. TG: Triglyceride. LDL: Low-density lipoprotein cholesterol: exclusively for TG ≤400. FPG: Fasting plasma glucose. HR: Hazard ratio. 95% CI: 95% Confidence interval.

IV.考 察

企業での予防対策を念頭に,30–55歳の男性従業員を対象とした8年間の追跡データに基づき,MetS構成要素である肥満,高血圧,脂質異常症,糖尿病および喫煙について虚血性心疾患の発症リスクを年齢群別に検討した.多変量解析の結果,30–39歳の群はBMI,LDL,FPGが異常値の場合,ならびに喫煙が虚血性心疾患の発症リスクを上昇させる要因であったのに対し,40–55歳の群はBMIやFPGの異常値で有意な差がなく,TGやLDLおよび脂質異常症の治療,高血圧の治療,喫煙で有意なリスク上昇がみられた.SBPについては多変量解析で両年齢群とも虚血性心疾患の発症と有意な関連を認めなかった.

本研究の特徴は,職域の定期健診データを用いて,30–39歳と40–55歳の年齢群別に虚血性心疾患の発症リスクを検討したことにある.循環器疾患に関する国内のコホート研究は,多くが40歳以上の地域住民を対象としている.JALS研究7)では,男性の心筋梗塞の発症に血圧,総コレステロール,HDL,糖尿病を調整しても,肥満との関連がみられたとされているほか,茨城県コホート12)では,総コレステロール高値,糖尿病,喫煙で虚血性心疾患の死亡相対危険度が上昇したことが報告されている.EPOCH-JAPAN study11)においても,循環器疾患死亡について非喫煙かつ正常血圧の者に比べ現喫煙者で1.43倍,非喫煙者でも高血圧だと1.52倍,喫煙かつ高血圧の者では2.83倍という結果が示されている.これらのコホート対象者は全て40歳以上が対象であるが,対象として30歳以上を含むNIPPON DATA80の研究結果13)でも,喫煙によって心疾患の死亡リスクが上昇すると報告されている.本研究では虚血性心疾患の入院をイベントとした,という違いはあるが,MetS構成要素の有所見者や喫煙者において心疾患リスクが増加する傾向は先行研究と同様であった.特に,30–39歳の群では肥満の影響が強く,高血糖,脂質異常症,喫煙によって虚血性心疾患のリスクが増加し,40–55歳の群は肥満や高血糖よりも高血圧の治療や脂質異常症の治療による影響が大きいことが明らかとなった.

今回の結果を検査項目ごとにみると,血圧については単変量解析で虚血性心疾患の発症リスクと関連したものの,多変量解析では有意な差がなく,40–55歳の群の高血圧治療者において1.94倍のリスク上昇がみられた.Framingham Heart Studyにおいては16,17,18),35–64歳までの男性を10年間追跡した結果,120/80 mmHg未満の至適血圧者に比べて,正常高値血圧者(SBP130–139またはDBP85–89 mmHg)は心疾患の相対危険度が1.6倍(95%CI : 1.1–2.2)であったとされるほか,年齢上昇に伴いDBPのリスクは低下し,SBPのリスクは上昇したと報告されている.これらの研究では高血圧治療者が対象から除外されているが,治療に関する研究19)では,高血圧非治療者と比較して治療者は冠動脈疾患発症が低頻度であるとされている.一方,Asayamaら20)による報告では,降圧薬治療により血圧値が至適血圧に正常化していても治療を要しない同水準の血圧者と比較すると脳卒中の発症リスクは4.10倍(95%CI:1.17–14.4)であったと報告されている.本研究では虚血性心疾患の入院をイベントとしているため単純には比較できないが,40–55歳の群では検査値の正常/異常よりも治療有無によるリスク値上昇の方が大きく,治療によって重症化のリスクが非治療者と同程度に下がるわけではないことは一致する.治療で検査値は改善していてもなお虚血性心疾患の発症リスクが高い可能性があり,治療が必要な状態まで病態が進んできた経過自体がリスクである可能性が示唆される.治療による検査値の改善は重要であるものの,血圧上昇を引き起こしている原因そのものが改善しない場合には引き続きリスク上昇が継続するものと考えられる.

脂質については両年齢群ともに多変量解析において有意なリスク上昇がみられ,40–55歳の群では脂質異常症の治療者でも有意に発症リスクと関連していた.Framingham Heart Study 21)では,年齢群別および総コレステロール値群別に5群に分けた結果,35–44歳,45–54歳,55–64歳の群で総コレステロール値の上昇に伴い冠動脈疾患発症頻度が上昇したほか,EPOCH-JAPAN study10)においては総コレステロール値が高くなると冠動脈疾患死亡が増えるとされる.一方,JALS研究8)では急性心筋梗塞の発症リスクは血清総コレステロール値よりも非HDLコレステロール値によって予測可能と報告されている.さらに吹田研究22)では,30–74歳の男女を11.9年間追跡した結果,心筋梗塞発症の相対危険はLDL値が上位5分の1(151.2 mg/dl以上)の群が最も高く,下位5分の1(98.2 mg/dl未満)の群に比較し3.73倍(95%CI:1.25–11.1)であったとされる.本研究でLDL高値が虚血性心疾患の発症リスクと関連していたことは先行研究と一致し,この高LDLの影響は30–39歳の群においてもみられたほか,40–55歳の群では脂質異常症の治療者の発症リスクが非治療者と比較して1.61倍であった.J-LITによるコホート研究23)では,服薬によってLDLを下げることで冠動脈性心疾患のイベントが減少するなど,その有効性は明らかにされているが,治療によって正常な者と同じ程度のリスクになるのではないため,40歳未満からLDLを上昇させないことが重要であると考える.

血糖については,久山町研究3)においてFPG <5.6 mmol/lの群と比較して ≥7.0 mmol/lの群で心血管疾患の発症リスクが男性で1.29倍(95%CI:0.65–2.58),40–69歳を22年間追跡したCIRCS研究24)においては正常群と比較して糖尿病(非空腹時血糖値≥11.1 mmol/lまたは糖尿病治療)の心筋梗塞発症リスクが男性で2.14倍(95%CI:0.83–5.55)で,いずれも男性の場合は有意差がみられなかった.本研究の多変量解析ではFPGと糖尿病治療の両変数を同時に投入して分析しているが,30–39歳の群ではFPGが110 mg/dl未満の者と比較して160 mg/dl以上の者で6.43倍(95%CI : 1.02–40.63)であり,高血糖と虚血性心疾患の関連が明らかとなった.また,単変量解析ではLDLおよびFPGのみ年齢群による交互作用に有意差がみられるなど30–39歳でよりハイリスクであったが,多変量解析では年齢群による交互作用はみられず,年齢以外の要因が大きいことがわかった.40–55歳の群ではFPGが160 mg/dl以上の者で正常の者と比べて2.18倍(95%CI : 0.86–5.56)と,それほど大きなリスク上昇がみられなかったが,その理由として,治療者が増えることにより検査値が修飾されているほか,年齢が上がるほど多項目の検査値が異常となる人が増える影響が考えられる.本研究の対象者は社内診療所において就業時間内に定期健診や再検査,服薬治療を受けられる環境にあり,健診後の事後措置は手厚く実施されている.また,糖尿病教育は医師と看護師によって実施され,産業医の判断で教育入院も積極的に勧奨しているため,治療中断者の割合は一般住民と比較すると少ないと考えられる.多変量解析において糖尿病治療の有無に有意な関連が認められなかったことから,適切な糖尿病治療を受けることによって,治療によって発症リスクが低下した可能性が示唆される.

職域における虚血性心疾患の発症を防ぐためには,30歳代にかけて肥満を予防しながらLDLやFPGを上げないよう生活習慣を見直し,40歳以降は治療が必要な状態とならないよう高血圧や脂質異常症を予防することが必要である.40歳以降になり,高血圧や脂質異常症,糖尿病が明らかになってから治療を行っても,発症リスクを健常者と同じくらいに下げることは難しい.服薬が開始される際には本人が発症リスクを理解し,服薬だけに頼るのではなく食生活や運動習慣など生活習慣の改善に取り組めるよう支援することも重要であろう.また,年齢に関わらず喫煙は単独で発症リスクを高めるため,在職中の虚血性心疾患の予防には全社的な喫煙環境対策や禁煙支援が有効であると考える.現在,健保組合に義務化されている特定保健指導は40歳以上が対象となるため,30–39歳については保健指導の法的な対象になっていない.生活習慣病の予防や重症化防止は本人のQOL向上はもちろんのこと,国の医療費の増加を抑制し,健全な医療保険制度を維持するためにも重要である.また,事業主にとっては安全配慮義務上の責任があるほか,人的資源の根幹である従業員の健康を守ることにつながる.従業員の健康を経営の視点から考えるならば,40歳以降に生活習慣病を発症しないよう早期の介入が効率的であると言えるが,通常20–30歳代は生活習慣病を発症する者が少なく,中高年層と比較して健康意識が低いと言われる.30–39歳のBMI,LDL,FPG,喫煙が虚血性心疾患の発症リスクに影響することを踏まえ,より若い世代から健康的な習慣を獲得できるよう,年代に合わせた対策やライフスタイルに合わせた支援が必要であると考える.

今回の研究の限界として,健診の問診項目で運動習慣やストレス,勤務形態等の状況については把握できていない.また,血圧は健診時の測定のみであるため,仮面高血圧の存在など血圧の変動を把握できていないことが挙げられる.さらに,今回は虚血性心疾患の既往に関する情報が存在していなかったため,既往歴のある者も追跡対象として扱っている可能性があり,結果的にイベントに再発例も含まれている可能性がある.女性については対象人数が少ないため,分析できていない.職域での保健事業を効果的に実施するため,他の問診項目や治療中断者,新規の治療開始者も含めて長期間のレセプトデータを蓄積するとともに,既往歴についてより正確なデータを入手することが望ましく,今後の課題としていきたい.なお本研究は,対象者が限られた職域に属する男性の集団であるため,結果は単純に一般化できないが,8年以上に及ぶ職域領域の貴重な資料であり,働き盛り世代における虚血性心疾患の予防活動として大きな意義を持つものと考える.今回の研究結果より,企業が在職中の従業員の虚血性心疾患の発症を予防するためには,若い世代から肥満を防ぎ,MetSの構成要素である高血圧,糖尿病,脂質異常症の予防対策や禁煙支援など長期的なリスク管理を行う必要があることが明らかとなった.企業としては,高年齢者雇用安定法の改正25)により60歳代の従業員が増えていくことが予想される.加齢自体が虚血性心疾患の大きなリスクであるため,今後,在職中において虚血性心疾患の発症者を増加させないためには,60歳代にも健康で働くことができるよう,リスクのない状態を長く維持することが必要となる.今回,明らかとなった年齢群別の発症リスクに基づき,それぞれの世代に合わせた予防対策を実施し,発症予防に努めていくことが重要であると考える.

IV.結 論

30–39歳,40–55歳の男性について,8年間の追跡データから虚血性心疾患の発症リスクを年齢群別に検討した結果,30–39歳の群は肥満,高LDL,高血糖,喫煙者でリスクが高く,40–55歳の群は高血圧治療や脂質異常症治療,高TG,高LDL,喫煙者でリスクが上昇した.働き盛り世代における虚血性心疾患の発症を防ぐためには,30歳代の肥満予防や喫煙対策,高LDLや高血糖のリスクを改善し,40歳以降で生活習慣病を発症しないよう,世代ごとにリスクを減らす対策を検討することが重要である.

Acknowledgment

謝辞:本研究は,平成24年度厚生労働科学研究費補助金(循環器疾患等生活習慣病対策総合研究事業)「生活習慣病予防活動・疾病管理による健康指標に及ぼす効果と医療費適正化効果に関する研究(主任:津下一代)」の一部として実施いたしました.データ集積にご協力いただきました株式会社デンソー健康推進部の皆様,およびご校閲を賜りましたデンソー健康保険組合の田中常務理事,日下部事務長に深謝いたします.

References
 
© 2015 公益社団法人 日本産業衛生学会
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