産業衛生学雑誌
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調査報告
F344/DuCrlCrljラットの自然発生腫瘍
高信 健司相磯 成敏梅田 ゆみ妹尾 英樹齋藤 美佐江片桐 卓伊川 直樹石川 寛明峯 多加志武 信晴佐久 満松本 道治福島 昭治
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2015 年 57 巻 3 号 p. 85-96

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Abstract

はじめに:化学物質の発がん性試験で使用されたF344/DuCrlCrljラットの自然発生腫瘍の発生率と2年生存率について調査した.方法:調査対象は日本バイオアッセイ研究センター(JBRC)のデータベースから,直近10年に実施した発がん性試験の対照群の動物とし,吸入試験で雄14試験699匹,雌11試験550匹,経口試験で雌雄各10試験500匹のデータを集計した.各試験では,4週齢のSPF(specific pathogen free)動物をブリーダーから購入,2週間の検疫・馴化の後,発がん性試験の対照群として2年間(104週間)飼育した.全ての動物について詳細な肉眼観察と病理組織学的検索を行った.各試験は,優良試験所基準(安衛法GLP)に対応した試験として実施した.結果:腫瘍は,吸入試験,経口試験ともに,精巣の間細胞腫が最も高い発生率(吸入試験86.1%,経口試験68.6%)を示した.6%を超える発生率を示した腫瘍は,下垂体の腺腫,甲状腺のC-細胞腺腫,脾臓の単核球性白血病(LGL白血病)が雌雄に,皮下組織の線維腫,副腎の褐色細胞腫,膵臓の島細胞腺腫が雄に,子宮内膜間質性ポリープ,乳腺の線維腺腫が雌に認められた.上記以外の腫瘍は,いずれも稀な発生であった.吸入試験と経口試験では自然発生腫瘍に大きな違いを認めず,これまで報告されているF344/DuCrlCrljラットのデータとも大きく異なることはなかった.2年生存率は吸入試験,経口試験ともに77%程度で性差はみられず,JBRCで用いたF344/DuCrlCrljラットは,米国国家毒性プログラム(NTP)で使用されているF344/Nラットでの報告と比べて2年生存率が高かった.その1つの要因として,F344/DuCrlCrljラットでのLGL白血病の低発生率が考えられた.結論:F344/DuCrlCrljラットに自然発生した腫瘍の直近10年の調査では,吸入試験と経口試験で大きな違いはみられず,吸入試験,経口試験ともに,これまで報告されているものと類似した結果であった.また,F344/Nラットの報告と比較して,2年生存率も良好であった.吸入試験でのF344/DuCrlCrljラットの自然発生腫瘍の報告は初めてであり,化学物質の毒性評価に貢献できる.

I.緒 言

化学物質の曝露は“がん”の原因のひとつであり,労働作業現場においては塩化ビニルモノマーによる肝臓の血管肉腫1, 2)をはじめ,1,2-ジクロロプロパンとジクロロメタンによる胆管癌3)などの様々な職業がんが報告されている.職業がんは,その原因となる化学物質へのリスク評価と管理を適切に行うことによって予防することが可能であり,リスク評価を行うためにラットやマウスなどの実験動物を用いた発がん性試験が行われている.

発がん性試験で被験物質の発がん性の有無を判断するには,被験物質投与群と対照群との間で腫瘍発生を比較する統計検定(フィッシャーの直接確率検定など)と被験物質投与による腫瘍発生の増加傾向を検出する傾向検定(ペトー検定など)が使用される.この際,フィッシャーの直接確率検定とペトー検定の両方で有意な増加が示された場合は,発がん性ありと判断することは容易である.しかしながら,傾向検定のみに有意な増加傾向が示される場合や,複数の臓器に自然発生が極めて稀な腫瘍の発生がみられる場合などでは,発がん性の有無について判断に迷うこととなる.こうしたケースでは,供試した動物と同じ系統での自然発生腫瘍の発生率(自然発生腫瘍の背景データ)との比較が判断の助けとなる4, 5)

F344/DuCrlCrljラットの自然発生腫瘍の背景データは幾つか報告されており6, 7),最も新しいものでは2013年の報告がある8, 9).これらは主に経口試験のデータであり,吸入試験による自然発生腫瘍の背景データはこれまで報告されていない.近年,化学物質の安全性評価ではガス状物質だけでなく,インジウム化合物やカーボンナノチューブなど,新素材としての粒子状・ナノ物質に対する安全性試験の実施が求められている10, 11).粒子状・ナノ物質のヒトへの曝露経路は主として吸入経路であることから,発がん性試験においても,吸入試験での自然発生腫瘍に関する背景データが必要となる.

本報告では,日本バイオアッセイ研究センターで集積しているF344/DuCrlCrljラットの吸入試験と経口試験の自然発生腫瘍の背景データから,直近10年の自然発生腫瘍について,吸入試験と経口試験で違いがあるかを検討し,また,これまでに報告されている自然発生腫瘍データとの違いについても検討した.さらに,自然発生腫瘍の中には発がん性試験での動物の生存率に大きく影響するものもある12, 13)ことから,2年生存率の背景データについても調査を行った.

II. 方 法

化学物質の発がん性試験で使用されるF344/DuCrlCrljラットの直近10年の自然発生腫瘍の発生率と2年生存率について,JBRCのデータベースから,発がん性試験の対照群の動物に発生した腫瘍の発生率と2年生存率を集計した.調査対象範囲となる直近10年に該当する試験数は,吸入試験が雄14試験,雌11試験,経口試験が雌雄各10試験で,このうち集計対象とした対照群の動物数(検索動物数)は各試験50匹で吸入試験が雄699匹,雌550匹,経口試験が雌雄各500匹であった.

各試験とも,4週齢のSPF(specific pathogen free)動物を日本チャールス・リバー株式会社(厚木飼育センター)から購入し,2週間の検疫・馴化の後,6週齢から発がん性試験の対照群として2年間(104週間)飼育した.110週齢まで生存した動物は,被験物質投与群の動物に合わせて安楽死させた.全ての動物は,詳細な肉眼観察と全臓器の病理組織学的検索を実施した.

病理組織学的診断は,毒性病理学専門家(日本毒性病理学会認定)が実施し,診断結果は全てJBRCのデータベースに集積した.自然発生腫瘍の発生率については,雌雄の吸入試験と経口試験における平均発生率と試験毎の発生率の下限値と上限値を示した.2年生存率についても腫瘍の発生率と同様に集計し,その平均生存率と試験毎の生存率の下限値と上限値を示した.数値はそれぞれ,小数点以下第2位を四捨五入し第1位までを表記した.各試験は,優良試験所基準(安衛法GLP14))に対応した試験として実施し,日本バイオアッセイ研究センター動物実験委員会承認の下で動物愛護と福祉に十分に配慮して実施した.

各試験での飼育環境は温度23 ± 2°C,湿度30–70%,明暗サイクル12時間/日,換気回数は吸入試験11–14回/時,経口試験15–17回/時を維持した.飼料はCRF-1(オリエンタル酵母株式会社,γ-照射滅菌),飲水は市水をフィルター濾過後に紫外線照射殺菌したものをそれぞれ自由摂取させた.吸入試験では飼育室内に100匹収容の大型吸入曝露チャンバーを設置し,動物はチャンバー内の個別ケージに収容して飼育した.経口試験では飼育室内に設置したラックの個別ケージに動物を収容して飼育した.飼育期間中の生死確認は毎日行った.

病理組織検索は,OECDテストガイドライン45115)で定められた全臓器:心臓,骨髄,脾臓,リンパ節(腋窩,鼠径等),胸腺,鼻腔,鼻咽頭,喉頭,気管,肺,唾液腺,舌,食道,胃,小腸(十二指腸を含む),大腸,肝臓,膵臓,腎臓,膀胱,乳腺,精巣,精巣上体,精嚢,前立腺,子宮,卵巣,腟,下垂体,甲状腺,上皮小体,副腎,脳,脊髄,末梢神経(坐骨神経),眼球,ハーダー腺,皮膚,筋肉,骨,その他肉眼的に変化のみられた臓器または組織)について実施した.

III. 結 果

全吸入試験で平均6%を超える発生率(50匹中3匹を超える発生)を示した腫瘍は,発生率の高い順に,雄は精巣の間細胞腫86.1%,下垂体の腺腫19.2%,甲状腺のC-細胞腺腫13.5%,脾臓の単核球性白血病(LGL白血病)11.6%,皮下組織の線維腫9.7%,副腎の褐色細胞腫9.4%,膵臓の島細胞腺腫7.6%で,雌は下垂体の腺腫27.7%,子宮内膜間質性ポリープ15.3%,脾臓のLGL白血病12.0%,乳腺の線維腺腫10.9%,甲状腺のC-細胞腺腫10.7%であった(Fig. 1).全経口試験で平均6%を超える発生率を示した腫瘍は,発生率の高い順に,雄は精巣の間細胞腫68.6%,下垂体の腺腫35.1%,甲状腺のC-細胞腺腫19.4%,脾臓のLGL白血病9.4%,皮下組織の線維腫8.6%,副腎の褐色細胞腫8.2%,膵臓の島細胞腺腫6.4%で,雌は下垂体の腺腫24.6%,子宮内膜間質性ポリープ16.6%,乳腺の線維腺腫12.4%,甲状腺のC-細胞腺腫10.6%,脾臓のLGL白血病9.6%であった(Fig. 1).

Fig. 1.

 F344/DuCrlCrljラットの主な自然発生腫瘍と発生率*

*吸入試験と経口試験いずれかにおいて発生率が6%以上のものを記載. 吸入試験:雄14試験 699匹,雌11試験 550匹.経口試験:雄10試験 500匹,雌10試験 500匹.

括弧内の数値は試験毎の発生率の下限値と上限値.

平均で2–6%の発生(50匹中1–3匹の発生)がみられた雄の腫瘍は,肺の細気管支-肺胞上皮腺腫,皮膚/皮膚付属器の角化棘細胞腫,肝臓の肝細胞腺腫が吸入と経口の両試験に,甲状腺のC-細胞癌,腹膜の中皮腫が吸入試験のみに,包皮腺の腺腫が経口試験のみにみられた(Table 1).平均で2–6%の発生がみられた雌の腫瘍は,子宮内膜間質性肉腫,副腎の褐色細胞腫,陰核腺の腺腫が吸入と経口の両試験に,肺の細気管支-肺胞上皮腺腫が吸入試験のみに,下垂体の腺癌が経口試験のみにみられた(Table 1).上記以外にも,平均発生率2%未満の稀な腫瘍発生(50匹中1匹未満の発生)が雌雄の様々な臓器や組織に認められた(Table 1).

Table 1.  発がん性試験におけるF344/DuCrlCrljラットの自然発生腫瘍と2年生存率

2年生存率をみると,全吸入試験で雄平均79.4%,雌76.2%,全経口試験で雄76.2%,雌77.4%であり,吸入の各試験で最も低い生存率と最も高い生存率の範囲は,雄が66.0–88.0%,雌が68.0–82.0%であった.経口の各試験で最も低い生存率と最も高い生存率の範囲は,雄が66.0–80.0%,雌が70.0–86.0%であった(Tables 12).

Table 2.  F344系ラットの発がん性試験における2年生存率とLGL白血病の発生率(NTP studyとの比較)
JBRC (F344/DuCrlCrlj) NTP (F344/N) JBRC (F344/DuCrlCrlj) NTP (F344/N)
吸入試験 経口試験 吸入試験 経口試験 吸入試験 経口試験 吸入試験 経口試験
2年生存率a) 79% 76% 33% 49% 76% 77% 53% 61%
脾臓
LGL白血病
(単核球性白血病)
11.6% 9.4% 57.5% 50.5% 12.0% 9.6% 37.3% 28.1%

JBRC: 日本バイオアッセイ研究センター,NTP: 米国国家毒性プログラム.JBRCの調査結果は2000–2009年に購入した動物を用いた発がん性試験(吸入試験: 雄: 14試験,雌: 11試験 経口試験: 雄: 10試験,雌: 10試験),NTP報告はHaseman JK, et al. (1998)の報告16)(吸入試験: 雄: 18試験,雌: 18試験 経口(餌)試験: 雄: 27試験,雌: 27試験)より抜粋.a) NTP報告の有効桁数にあわせて四捨五入し表記した.

IV. 考 察

吸入,経口試験ともに全身諸臓器/組織に様々な腫瘍が発生し,吸入試験,経口試験ともに,特に高い発生率を示した腫瘍は精巣の間細胞腫(吸入試験86.1%,経口試験68.6%)で,平均6%を超える発生率を示した腫瘍として,雌雄に下垂体の腺腫,甲状腺のC-細胞腺腫,脾臓のLGL白血病がみられ,これに加えて雄では皮下組織の線維腫,副腎の褐色細胞腫,膵臓の島細胞腺腫,雌では子宮内膜間質性ポリープ,乳腺の線維腺腫が認められ,これらは,内分泌系と生殖器および造血器並びに皮下組織に発生する腫瘍であった.経口投与を主体としたF344/DuCrlCrljラットの発がん性試験の背景データ報告7, 8)では,好発する腫瘍として精巣の間細胞腫が最も高発生率を示し,その他に下垂体の腺腫,甲状腺のC-細胞腺腫,LGL白血病等が雌雄に,皮下組織の線維腫と膵臓の膵島腺腫および副腎の褐色細胞腫等が雄に,子宮内膜間質性ポリープ,乳腺の線維腺腫等が雌にそれぞれ多く認められていた.今回のJBRCの調査結果はこれら既報と同じ傾向であることが示され,これらの腫瘍はF344/DuCrlCrljラットに好発する自然発生腫瘍であることが確認された.また,F344系ラットは従来から精巣の間細胞腫が高率に発生し4, 6, 7, 16),精巣を標的とした化学物質の発がん性の判断が難しく,今回の調査でもこのことが確認された.一方,肝臓,腎臓,肺などの発がん性試験での評価に重要な臓器での自然発生腫瘍の発生率は低いことから,精巣以外の臓器を標的とした化学物質の発がん性を判断するには有用な系統であると考えられる.

吸入試験と経口試験での自然発生腫瘍の違いをみると,雄に精巣の間細胞腫,下垂体の腺腫,甲状腺のC-細胞腺腫の発生率が若干異なるところがみられたが(Fig. 1),これらの腫瘍の試験毎の発生率の下限値と上限値の幅が10%以上である(Fig. 1Table 1)ことから,明確な違いがあるとは考えられず,吸入試験での自然発生腫瘍も,これまで報告されている吸入試験以外のF344/DuCrlCrljラットの調査結果6,7,8)と類似した結果であると推察される.

2年生存率は吸入試験,経口試験ともに77%程度で性差もみられなかった.日本チャールス・リバー株式会社の報告17)によると2年生存率は動物週齢100週齢で雄は92%,雌は84%であった.この値を今回のJBRCの調査で動物週齢100週齢時点において比較すると,吸入試験と経口試験の雌雄とも約87%程度で,日本チャールス・リバー株式会社の報告17)と同様に高い値であった.また,本調査結果をF344系ラットの近交系の一つであるF344/Nラットを用いた米国国家毒性プログラム(NTP)による発がん性試験の結果16)と比較すると,JBRCで用いたF344/DuCrlCrljラットはLGL白血病の発生率が低く,2年生存率が高い結果が示された(Table 2).F344/DuCrlCrljラットがF344/Nラット よりも2年生存率が高い要因の一つとして,動物の死因として生存率に影響するLGL白血病12, 13)の発生率が低いことがあげられる.近年におけるF344/DuCrlCrljラットの自然発生腫瘍の背景データの報告8, 9, 18)は少なく,吸入試験データの報告は本報告が初めてとなる.

結論として,直近10年におけるF344/DuCrlCrljラットに自然発生した腫瘍を調査した結果,吸入試験と経口試験に大きな違いはみられなかった.また,吸入試験,経口試験ともに,これまでの吸入試験以外の報告と類似したものであり,F344/Nラットの報告と比較して2年生存率も良好であった.吸入試験でのF344/DuCrlCrljラットの自然発生腫瘍の報告は初めてであり,化学物質の毒性評価に貢献できる.

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