産業衛生学雑誌
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短報
りん酸法用粉じん試料の簡易比重測定法
小嶋 純
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2015 年 57 巻 6 号 p. 314-317

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はじめに

作業環境測定ガイドブック1では,粉じん中の遊離けい酸定量法として,X線回折法の他にりん酸法を指定している1).りん酸法では試料の粒径を10 μm以下にすることが定められているため,この方法で遊離けい酸を定量する際は,採取した粉じんの粒度を事前に調整する必要がある.ガイドブックでは,粒径10 μm以下に粒度調整する方法として液相沈降法を紹介しており,以下に示すストークスの式に基づいて沈降時間の算出をするよう指示している.

d=[(18・η・L)/{t・(ρ1-ρ2)・G}]1/2・104 ……(1)

ただし,d:限界粒子径(μm;この場合は10)

  • η:媒体の粘性係数(g/cm・sec;通常は精製水を媒体に使用する)
  • L:沈降距離(cm)
  • t:沈降時間(sec)
  • ρ1:粉体の密度(g/cm3
  • ρ2:媒体の密度(g/cm3
  • G:重力加速度(cm/sec2

したがって,液相沈降法による粒度調整を行う際は,式(1)への代入に必要な値(媒体の粘性係数と密度,および粉体の密度)を予め調べる必要がある.特に粉体の密度は,それが鉱物性粉じんであった場合,予想される範囲が広く沈降時間に及ぼす影響も大きいので,できるだけ正確に求めておくことが本来重要である.

これに対しガイドブックでは,平成10年の改訂で試料の比重測定が廃され,現在は液相沈降法に際して全ての試料の比重(比重と密度の定義は異なるが,この場合は同等と見なせる)を一律に2.65として調整するよう指示している.これは試料の比重測定を省いて作業の簡略化を図った措置だが,作業環境中には比重が2.65に近くない鉱物性粉じんも多数存在し,それらに対して比重測定を省くと,後の遊離けい酸の定量結果を誤る可能性がある.

従来,粉体試料の比重測定にはゲイリュサックの比重瓶を用いた方法(以下,ピクノメーター法)が広く利用されており,平成10年以前のガイドブックにも記載されていたのだが,作業が煩瑣で失敗し易いうえ測定値の再現性も悪いなど,実用上の難点が指摘されていた.そこで本研究では,ルシャテリエ比重瓶法に乳脂計を適用した簡易測定法を考案し,これをピクノメーター法に代替する簡便かつ信頼性の高い粉じん試料の比重測定法として提案する.

装置および実験方法

当研究では,容量約50 mlのガラス製バブコック型乳脂計(Fig. 1)を使用して,ルシャテリエ法による粉じん試料の比重測定を試みた.また,比較のため従来のピクノメーター法による比重測定も併せて行い,その際には容量25 mlのピクノメーターを用いた.

Fig. 1.

 A Babcock test bottle was used for the specific gravity measurement of dust samples.

試料には,公益社団法人日本作業環境測定協会が頒布する石英標準試料JAWE451(粒度調整済み),中央労働災害防止協会頒布のりん酸法用標準正長石(粒度未調整),柴田科学株式会社販売の試験用標準粉じん・アリゾナロードダスト(SAE推奨規格で定める試験用ダスト),市販の石英ガラス,11種の石材原料および石材加工製品(斑レイ岩,凝灰岩(2種),珪酸塩白土,流紋岩,閃緑岩,砂岩(2種),安山岩,花崗岩,蛇紋岩)を選び,必要に応じて振動ボールミルおよび砕鉱臼で粉砕し一般的な堆積粉じん程度の粒度(粒径約50~100 μm)にしてから比重測定に供した.試料を振盪・脱気する際には,(株)井内盛栄堂製の超音波洗浄器VS-70U(発振周波数46 kHz,電気的出力65 W)を使用した.

当研究では,乳脂計を適用した粉じんの簡易比重測定法の具体的手順として以下を考案した.基本的な操作は①~④の四作業で,従来のピクノメーター法と比べると格段に簡便なことを特長としている.

① 乳脂計に精製水を注ぎ入れ,目盛り(容積ν1)を読み取る.

② 試料を秤量し(m),乳脂計に入れて,超音波洗浄器で約3分間振盪して脱気する.

③ 目盛り(容積ν2)を読み取る.

④ 次式によって密度(ρ)を算出し,これを試料の比重とする.

ρ=(比重)= m /(ν2-ν1) ……(2)

この簡易比重測定法によって得られた各試料の比重のうち,標準石英と標準正長石については,信頼できる文献値と比較して測定結果の妥当性を検証した.文献等で比重が確認できない他の試料については,粒度分布を実測することによって間接的に検証した.つまり,式(1)のρ1に乳脂計で得られた比重値を代入し,限界粒子径(d)に10を代入して粒度調整を行った結果,粒径が所期通り10 μm以下に分級されるか否かを以て比重値の妥当性を判断した.なお,この粒度分布の実測には,株式会社島津製作所製の遠心沈降式粒度分布測定装置SA-CP3Lを使用した.

実験結果

1.簡易比重測定法とピクノメーター法との比較

文献値2,3)により比重が既知の石英および長石に対して簡易測定法とピクノメーター法による比重測定を行い,両者の値と文献値とを比較した.ただし,比重の測定値はいずれも10回の測定による算術平均値とした.その結果をTable 1に示す.これより,簡易測定法を用いた方がより正しい比重値(より文献値に近い測定結果)を得られることが示され,再現性においてもピクノメーター法に優ることが判明した.

Table 1.  Comparison of the Babcock test bottle method and the pycnometer method (n=10)
Sample Measured specific gravity * Cited specific
gravity
Babcock test bottle method Pycnometer method
Quartz 2.62 (CV=2.55%, accuracy=98.9%) 2.48 (CV=2.75%, accuracy=93.6%) 2.65
Orthoclase 2.52 (CV=2.87%, accuracy=98.4%) 2.45 (CV=3.43%, accuracy=95.7%) 2.56

* Coefficient of variation and accuracy of each measurement are given in parentheses.

2.簡易比重測定法による各種粉じん試料の比重測定

アリゾナロードダストを含む,合計13種の鉱物性粉じん試料の比重を簡易比重測定法により求めた.その結果をTable 2に示す.ただし,表中の測定比重値はいずれも3回の測定による算術平均値とした.

Table 2.  Results of specific gravity and particle size classification measurements
Sample Specific gravity * Median diam.
(μm)
Cumulative weight %
at 10 μm
Arizona road dust 2.58 3.19 94.9
Gabbro 3.19 3.26 93.5
Tuff A 2.10 4.85 92.6
Tuff B 1.75 4.49 94.3
Silicate 1.86 4.47 100.0
Rhyolite 2.28 5.62 91.9
Diorite 2.64 4.26 94.5
Sandstone A 2.25 3.90 98.3
Sandstone B 2.47 3.88 97.7
Andesite 2.63 4.05 96.2
Granite 2.55 2.98 93.9
Silica glass 2.09 4.25 96.5
Serpentinite 2.52 2.14 93.5
JAWE 451 (standard quartz) (2.65) 4.23 93.5

* n=3.

次に,Table 2の比重値と限界粒子径(d=10)を式(1)に代入して各試料の粒度が10 μm以下となるよう液相沈降法で調整した.粒度調整を経た各試料の粒度分布の測定結果(分級結果)をTable 2にあわせて示す.なお,Table 2には石英標準試料JAWE451の粒度分布測定結果も比較のため併記した.このJAWE451は,遊離けい酸定量用の標準試料として粒径10 μm以下に調整されていることが保証された試料である.これより,13種すべての粉じん試料において石英標準試料とほぼ同等かそれ以上の分級成果が確認され,簡易比重測定法によって得られた比重が妥当であることが確認された.

3.不適切な粒度調整が遊離けい酸定量値に及ぼす影響の検証

比重測定を省くことがりん酸法の定量結果にどの程度の影響を及ぼすかを,過大な粒度に調整された標準正長石試料を用いて検証した.その結果,ガイドブックに従ったりん酸法では熱りん酸の溶解力に不足を生じるため,遊離けい酸の定量結果を誤る恐れのあることが示された(Table 3).

Table 3.  Analytical results of the orthoclase samples by the gravimetric method
Median diam.
(μm)
Cumulative weight %
at 10 μm
Quartz conc.
%
Orthoclase (with a diameter of 10 μm or less) 2.89 97.8 0.3
Orthoclase (with a diameter of 18 μm or less) 7.76 61.3 14.9

考察とまとめ

JIS K 0061-2001(化学製品の密度及び比重測定法)4)には,ピクノメーターを用いる際の注意点として「完全な脱気」を挙げている.これは試料と液体(媒体)の間に保持される気泡を除くために行うもので,実際の作業では真空デシケータ中にピクノメーターを置いて気泡の放出を待つ.ただし,脱気が完全であるか否かの判断は多分に作業者の主観に拠らざるを得ず,これがピクノメーター法における誤差要因になる.今回の実験で簡易比重測定法とピクノメーター法の結果に相違が生じた原因の一つに,この脱気の不完全さがあったと考えられる.

さて,ガイドブックが定める粉じん試料の粒度調整法では,冒頭に記した通り,比重測定を省き全ての試料の比重を2.65と決めて液相沈降法を行うよう記述している.しかし,様々な比重を持つ鉱物性粉じんに対し,この方法は必ずしも適切でないことが式(1)により分かる.

いま,沈降距離を10 cm,水温を20°C とした場合,試料を粒径10 μm以下に調製するのに必要な沈降時間を求めると,比重=1.5の試料は約61分なのに対し,比重=2.65の試料なら約18分半,比重=3.0なら約15分である.換言すれば,ガイドブックに従って沈降時間を算出した場合,比重=1.5の試料には42分ほど不足した沈降時間が与えられ,比重=3.0 の試料ならば3分半ほど過剰になる.

次に,水温20°C,沈降距離10 cmにおいて,比重=1.5の試料を2.65と見なして調整した場合の限界粒子径を求めてみる.式(1)に次の条件

η=0.01006 (20°Cにおける水の粘性係数)

L=10

t=1,113(比重2.65の試料を粒径10 μm以下とするのに必要な時間(秒))

ρ1=1.5 (試料の真の比重)

ρ2=0.99823(20°Cにおける水の密度)

G = 980

を代入して計算すると,

d≒ 18

となる.つまり,仮に試料の真比重が1.5だった場合,ガイドブックの指示に従うと,結果的に試料は粒径18 μm以下に調整されてしまい,粒径10 μm以下というりん酸法の条件に対して,過大な粒度の試料を供することになる.

りん酸法における試料粒径が規定の条件と異なると,熱りん酸に対する試料の溶解性が変わるため,定量結果に誤差が生じると予想される.もし粒度が過大な場合なら,本来溶解すべき粒子が溶け残るため,定量結果も過大に評価する可能性が高い.Table 3には,りん酸法による2種類の標準正長石(粒径10 μm以下および粒径18 μm以下に調整した正長石)の分析結果(遊離けい酸定量結果)を示したが,真比重に基づいて正しく粒度調整した標準正長石はほぼ完全に溶解するのに対し,過大な粒度に調整した正長石では,溶解力不足のため,本来0%となるべき分析値が約15%となっている.正長石はりん酸法における溶解力の適否を判断する標準物質なので,この結果は,真比重<2.65の試料に対して比重測定を省くと結果的に遊離けい酸定量値を過大に評価する可能性が高いことを示唆している.

以上より,現行ガイドブックに記された比重測定を省く方法は,粉じんの比重がほぼ2.65であることが事前に確認できる場合についてのみ適用するべきと言える.それ以外の試料に対しては,本報が提案する簡易比重測定法などを励行して,適切に粒度を調整することが定量値の信頼性を保つ上で不可欠と言えよう.

本報で提案した簡易比重測定法を従来のピクノメーター法と実用面で比べると,操作が簡単なため測定時間が短く,測定者の技量を要さず,使用する機器も廉価なので経済的に有利で,汎用としても有効な方法と言える.この簡易比重測定法が,りん酸法だけに限らず,他の粉体分析における前操作としても活用されることを期待したい.

References
  • 1)  遊離けい酸の分析法.公益社団法人日本作業環境測定協会.作業環境測定ガイドブック1 鉱物性粉じん・石綿.東京:公益社団法人日本作業環境測定協会,2013: 73–137.
  • 2)  桐山良一.シリカ鉱物.構造無機化学III第二版.東京:共立出版,1978: 165–71.
  • 3)  森本信男,砂川一郎,都城秋穂.長石族.鉱物学.東京:岩波書店,1975: 567–77.
  • 4)  日本工業標準調査会化学部会.JIS K 0061-2001 化学製品の密度及び比重測定法.一般財団法人 日本規格協会.日本工業規格.東京:日本規格協会,2001: 1–33.
 
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