産業衛生学雑誌
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事例
健康生成論に基づいた作業同盟と生活指導が有効であった,「新型うつ病」若手社員の復職例
鈴木 瞬成島 直紀古閑 比斗志松崎 一葉
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2016 年 58 巻 2 号 p. 72-77

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はじめに

いわゆる「新型うつ病」1)を呈した社員への対応は今日の産業保健における困難課題として認識されている.「新型うつ病」は明確な定義が存在する学術用語ではなく,うつ病,軽度の精神病,神経症,パーソナリティ障害,適応障害,文化結合症候群,怠業などを含んだ,混成概念として知られている.歴史的には「逃避型抑うつ」,「退却神経症」2),「現代型うつ病」3),「未熟型うつ病」,「職場結合型うつ病」,「ディスティミア親和型うつ病」4)も包含していると考えられている1)

「新型うつ病」の職場復帰に関する働きかけについては,これまで多くの提案がなされている3-5).多くの論に共通することは,単に休養させることが本人にとって治療的な意義を持たせるとは限らないという点と,生活リズムを構築する働きかけが重要であるという点である.そしてそのためには,良好な信頼関係の確立ならびにポジティブなフィードバックとしての生活指導が重要である.

しかしながら,多くの産業保健スタッフにとってその確立と指導は非常に困難であると言わざるを得ず,実際の現場では社員と対立構造となることも少なくない.その背景には,我々産業保健スタッフが彼らの持つ「他責性・他罰性」「協調性のなさ」「パーソナリティ発達上の未熟さ」など,問題点や負の側面に着目してしまい,非同調態度をとってしまいがちである点は否定できない.そして,拒絶過敏性を持つ彼らはその態度から我々の負の感情を察知する.それらが相まって,彼らと我々の関係は一層緊張を増し,構造は悪化する.付言するならば,そもそもの我々の持つ負の感情の一端には,「新型うつ病」という不確実な混成概念に対して,「病気なのか病気でないのか」という二分法で考えてしまうことにより,我々自身が「配慮すべき病」と「排除すべき甘え」の葛藤を抱いてしまう問題があるとも考えられる.

そのようななか,現在職場のポジティブヘルスとして健康生成論(salutogenesis)6,7)が注目を集めている8).健康生成論は,ユダヤ系アメリカ人の健康社会学者Aaron Antonovskyがストレス対処における新しい見方として提唱した概念である6,7).Antonovskyは従来のストレス研究について,疾病に着目し,それらを低減あるいは除去することを目標とする疾病生成論(pathogenesis)と位置付けた.その上で,個々人のストーリーに着目し,「ストレッサーにさらされながら,その人を健康たらしめている資源」を生かしながら,環境に適応することを目標とする健康生成論の重要性について説うた.

今回,筆者らは同理論を基にした実践による良好な復職経過を経験した.なお,報告にあたっては本人に対して匿名化し学術発表することについて同意を得た.

症例

30代男性.独身,父と二人暮らし.専門学校卒業後,関東の某企業にシステムエンジニアとして入社.既往歴に特記なし.業務過多や業務とのミスマッチを理由に2,3年毎に配置転換を希望し,本人希望部署に異動していた.X-1年4月に再度本人希望部署に配属となるも,業務の負担により腹痛などを自覚し,11月より近医心療内科を受診,SSRIを主剤に加療開始となり,X年6月より「不安神経症」の診断で休業開始となった.職場側からの報告では,当時の労務負荷は月当たりの時間外業務が15時間以下であったことを除き,他覚的には明らかな労務負荷は認めなかった.休業開始直後より,本人と月1回の個別産業医面談を実施した.休業当初より睡眠覚醒リズムが不規則であり,消化器症状が継続していた.本人の訴えや,職場の現状,対人関係における不満を評価することなく傾聴し,これまでの人生を開放的態度で傾聴した.

面談当初より抑うつ気分,不安は目立たず,面接時笑顔や冗談もみられた.服装はいつもスーツとネクタイであり,時間に遅れることもなかった.その一方,面談では不規則な生活状況が聴取されるため,X年8月頃より生活記録表を書くようアドバイスした.

月1回の面接指導の大まかな流れとしては,①「1か月間の体調や,日常生活に関する対話」②「生活記録表の共有」③「生活上の問題点の抽出および改善計画の策定」であった.初回面接については30分以上の時間をかけ,2回目以降は1回10~15分かけて行った.

1がX年9月時点の生活記録である.起床時刻は正午を過ぎており,睡眠相が大きく後退している状況であった.また,覚醒時も,ほとんどをゲームやインターネットに費やしており,外出は通院をのぞいて全くできていない様子であった.インターネット利用についても,そのほとんどはオンラインゲームあるいは攻略サイトの閲覧であり,実際は覚醒時はほぼ「ゲーム漬け」であったといえる.この時期から,面談におけるゲームの最新作の話題や,今攻略に手こずっている敵キャラクターの話題,ゲームコミュニティの話題,気になっているパチスロの台の話題などが目立ってきた.その一方で,生活記録表の記載内容は克明であり,几帳面な性格であることも観察された.そのため,同時期より「まずはゲームセンターやパチスロなどでもいいから,家でTVゲームをするより外で遊び,生活リズムを整えていく」方針とした.

X+1年2月頃の生活記録を図2に示す.この時期には週2~3回ほど安定して遊びでの外出ができるようになった.その後も定期的に面談を行い,生活指導をしていくなかで,X+1年11月頃からは,パチスロを中心に週4日程度の外出が可能になった(図3参照).同時期の面談より,「週5日好きな場所に外出すること」を目標とした.また,その一方で復職可の産業医意見における要件についても,復職をTVゲームにおける「クエスト」に例えた上で,「生活リズムが安定しており,日中に眠気がない」「週5日図書館などで1か月程度安定した模擬出勤ができていること」であることを説明し,納得した.

X+2年6月には週5日の決まった外出が安定してでき,7月より段階的復職開始し,10月よりフルタイムでの復職となった.

図1. X年9月の生活記録
図2. X+1年2月の生活記録
図3. X+1年11月の生活記録

考察

本事例について

本事例は,不安神経症の診断名で近医精神科に通院していた.しかしながら,休業開始当初より,消化器症状ならびに睡眠―覚醒リズムの破綻が症状の主体であった.その一方で,抑うつ気分,不安は目立たず,面談中も終始笑顔であり,診断書病名と状態像に大きな解離がみられた.

いわゆる「新型うつ病」事例として知られる状態に共通する特徴9)が,①若年者に多く,全体的に軽症で,訴える症状は軽症のうつ病と判断が難しい.②仕事では抑うつ的になる,あるいは仕事を回避する傾向がある.ところが余暇は楽しく過ごせる.③仕事や学業上の困難をきっかけに発症する.④病前性格として,「成熟度が低く,規範や秩序,あるいは他者への配慮に乏しい」事例であろう.本事例も,これらの要素に当てはまり,「新型うつ病」として知られる症例であると考えられた.その一方で,いくつかの「新型うつ病」症例にみられる自己不全感や衝動性の強さはみられなかった.また,几帳面な性格であり,睡眠―覚醒リズムの乱れならびに午前中の過眠が強いこと,身体症状が前景にあることなどから,病像としては退却神経症2)に近い可能性が示唆された.

健康生成論とその実践

Antonovskyは健康生成論のなかで,あまねく存在するストレッサーのなかでその人を健康たらしめている資源を汎抵抗資源(general resistance resources),と定義し7),そして資源を動員するための健康要因(salutary factor)として, SOC(sense of coherence)を提唱した7)

健康要因の形成過程について,Antonovskyは30歳で健康要因が固定化する仮説を示唆している.その一方で,いくつかの留保とともに,一度固定化した健康要因を変化させる可能性がある方略も提示している7).その一つが,臨床家とクライアントの「出会い」である.

Antonovskyはこの「出会い」について,多く得られるものでなくまた一時的なものであるとしながらも,臨床家の専門性に基づく有意性を発揮することによりクライアントに「一貫していてバランスがとれていて意味のある参加だ」と思わせるような出会い方ができれば,クライアントの健康要因を変化させる可能性があると提言している.

その後Maozらが,健康生成論の臨床応用として認知行動科学との接近を挙げているが,具体的な方略については触れずにいる10).健康生成論に基づく治療原則を明示したのは,ノルウェーの看護学者であるLangelandらである11)

Langelandらは,健康生成論的な5つの治療原則を挙げている11).それは,1)健康連続体モデル(the health continuum model),2)その人の物語(the story of the person),そして3)健康促進因子(health promoting factor),4)潜在的な健康促進としての緊張とストレインへの理解(the understanding of tension and strain as potentially health promoting),5)積極的適応(active adaptation)である.内因性うつ病に代表される典型的なメンタルヘルス不調においては,健康―疾病の2分法的診立てが基本となる.しかしながら「新型うつ病」の事例や,必ずしも疾病性を強く感じさせない事例への対応においては,1)のように,健康―健康破綻の連続体として捉え,その中でいかにして健康極に向けていくかという捉え方が我々にとっても本人の状態像を診立てる上で有効に思える(図4参照).

また,あくまでも,診断書病名や,「新型うつ病」などの記述は,本人の全人的現実に対する極めて限られた側面でしかないことにも注意を払いたい.バイスティックは,ケースワークの第一原則として「個別化」を提唱した12)が,真に適切な産業保健対応をするためにも,我々自身が「新型うつ病」という偏見や先入観から自由になる必要があり,個々人に応答したきめ細かい配慮を第一に考えなければならない.本事例においては,本人の持つ「ゲーム好き」という私的活動を,ネガティブな行動ととらえず,むしろ本人を健康たらしめる資源として捉えた.こういった配慮や,態度そのものが本人との友好的で良好な関係性確立に大きくつながると考える想像力も重要であると考える.さらに,2)につながる点であるが,本人をこれまで健康たらしめた独特の物語を読み深めることが非常に重要である.本人のこれまでの人生や,職場体験を非評価態度で傾聴し,その態度そのものが本人との作業同盟を強固にし,本人の生活改善意欲を高めうると考える.

そして,3)~5)につながる点として,本人の問題とその原因を見つける以上に,本人を健康たらしめる資源や,本人の物語に即した特有の適応能力を開発し,それらに合わせた協働的な課題設定が重要である.本事例の男性は,TVゲームやパチスロが非常に好きであることや,性格的には几帳面な側面,信頼する他者に対しては敬意を払い,努力する面も発見できた.そして,それらを生かしながら健康極に向けて働きかけたことが復職に寄与した可能性が考えられる.

図4. 健康連続体モデルと二分法モデル

健康要因とストーリーに即したメタファーによる働きかけ

友好的で良好な関係確立が重要であり,本人の健康資源に着目した生活指導が必要な一方で,復職を検討する上では,本人に対して一定の規律・規範意識が必要であることを説明する必要がある.また復職に関する産業医判断に関しても,本人都合に迎合せず,一貫した対応が要求される.その一方で,事例によっては自己中心的にみえ,組織への一体感を忌避する傾向もみられるため,復職可否に関する面談において社員とトラブルとなることも容易に想像される.

そこで,本事例においては産業医としての復職可能要件を提示する際,本事例では社員の持つ「ゲーム好き」という健康要因とストーリーを生かし,「クエスト」というメタファーを用いた.クエストとは,オンラインゲーム用語の一つである.その意味は,「プレイヤーキャラクターがノンプレイヤーキャラクターから出される課題.クリアするには一定の条件を満たす必要があり,クリアすると報酬の獲得やストーリーの進行が起こる」とされており13),ロールプレイングゲームなどを初めとする多くのTVゲーム攻略における中核要素と位置付けられている.

留意しなければならないのが,本人が職場復帰というストレスに向けて,当事者意識を持ちながら積極的適応へとつなげるメタファーを提示することである.本事例においては,あくまでも「復職」というクエストをクリアするのは,主人公プレイヤーである職員であり,我々はそれを支えるノンプレイヤーキャラクターにすぎないというメタファーを提示した.そして,ゲームにもクリア条件があるように,復職においてもクリア条件があることを説明し,本人の緊張体験への理解と積極的な適応を促した.

本報告の限界

本報告の限界として,主治医による治療状況や効果について,社員との面談を通じた間接的な聴取しかできておらず,通院による治療効果を十分に評価できていない点がある.「新型うつ病」に代表される困難事例においては可能な範囲で主治医と情報共有し,復職に向けて互いに補完した役割を果たすことが重要であると考える.

また,当該事業場の慣例上,保健師,看護師は面接に同席せず,情報共有は面談後の対応報告にとどまっていた.「新型うつ病」対応においては,対応窓口を一本化することが有効であるケースもあれば,多職種連携が重要であるケースもあるため,本報告の一般化には慎重な考慮を要する.

謝辞

本症例について御加療いただきました主治医各位に深謝します.

また,症例検討においては斎藤環先生,笹原信一朗先生,宇佐見和哉先生,大井雄一先生には,貴重なご意見をいただきました.ここに御礼申し上げます.

本事例報告は第88回日本産業衛生学会において,「健康生成論に基づいた作業同盟と生活指導が有効であった,現代型うつ病若手社員の復職例」として発表した.

また,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献
 
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