産業衛生学雑誌
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調査報告
米国における移民労働者の労働衛生―先行研究の分析からみた現状と課題および取り組みについて―
辻 洋志臼田 寛高橋 由香河野 公一玉置 淳子
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2016 年 58 巻 2 号 p. 63-71

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抄録

目的:現在,日本では少子化に伴う労働力不足を補うために外国人を採用する企業が増加している.米国では移民労働者の労働衛生に関する研究が進んでいるが,日本においてはほとんど報告がない.本調査は,米国における移民労働者の労働衛生の現状と課題,および取り組みを明らかにすることを目的とする.方法:米国誌に掲載された移民労働者の労働衛生に関する先行研究論文をレビューし,米国での移民労働者に対する労働衛生の現状と課題,および取り組み事例の調査を行った.結果:米国では移民労働者の労働衛生は主に健康格差という側面で研究されていた.先行研究レビューにより,健康格差に影響を及ぼすもしくは可能性のある因子は7つに分類された.カッコ内は各因子に対するキーワードを示す.1.職業選択(有害業務,業務上負傷,休業,ブルーカラー,低出生体重児)2.教育(学歴,ヘルスリテラシー,衛生教育),3.文化(配慮,コミュニティー人材),4.環境(劣悪環境,地域差,環境変化)5.アクセス(言語,統計,労災補償,医療保険,受診自粛),6.感染症(結核,エイズ,フォローアップ),7.差別(人種,暴行,ハラスメント).また,共通した課題として移民労働者のデータ不足が指摘された.取り組みの事例調査では企業や地域団体が複数の因子に対して組み合わせて対応することが行われていることがわかった.考察:米国では移民労働者の労働衛生研究が多く行われている.しかし,調査対象である移民労働者のデータが不足していることが課題となっている.先行研究レビューの結果,多くの論文が健康格差を取り上げていた.健康格差に影響を及ぼすもしくは可能性のある因子は7つに分類する事ができ,各因子のキーワードに関連した取り組みが求められていると推察された.取り組みの事例調査では企業や地域団体が複数の因子に対して組み合わせて対応することが行われており,社内外の労働衛生従事者は,7つの因子すべてに着目した柔軟な対応が求められている.日本でも健康格差の原因となりうる因子に関するデータの蓄積および研究の推進と共に,企業や地域の取り組みが喫緊の課題である.

I. はじめに

世界的に,社会および経済のグローバル化が叫ばれて久しい.日本においては,明治時代から高度成長期にかけて販売や物流機能のグローバル化が進んだが,80年代になると,貿易摩擦や円高への対応策として労働集約的な生産工程を海外に移転するといった,生産のグローバル化が起きた.これら生産工程の多くには危険有害業務が含まれており,国内においては危険有害業務自体が減少する結果となった.また,労働安全衛生の向上と相まって,業務による死傷者や業務上疾病者数は減少の一途をたどっている.一方,21世紀に入り,少子化による労働力不足を補うために積極的に外国人を採用する企業が増加している.また,介護分野などを中心に外国人労働者の受け入れについて政策的議論もなされるようになった.さらには,新興国市場の拡大に対応するため,研究開発や経営など付加価値の高い業務に外国人を取り込み,組織をグローバル化する動きがある.労働衛生分野においても,この労働市場のグローバル化への対応が強く迫られている.しかし,現在に至るまで,日本における移民労働者の労働衛生に関する報告は極めて少ない.移民国家である米国では,外国で生まれた,もしくは外国籍である移民と定義づけられる人口が4600万人に達し,世界の移民人口の19.8%と最も多く1),移民の労働衛生についての研究が進んでいるとされる.そこで本調査では,米国における移民労働者の労働衛生に関する先行研究を分析し,現状と課題,およびそれらに対する取り組みについての知見をまとめ,今後日本で増加が見込まれる移民労働者の労働衛生向上のための対策を講じる際の一助となることを目指す.

II. 方法

課題先進国である米国で行われた移民労働者の労働衛生に関する先行研究のレビューを行った.レビューにあたり先行研究の予備調査にて米国では移民労働者の労働衛生は主に健康格差という側面で研究されていたため,本調査では健康格差に着目し,健康格差に影響を及ぼす,もしくは可能性のある因子を分類した.分類された因子毎に代表的な論文を列挙し,そこから各因子に対するキーワードを抽出し,移民労働者の労働衛生向上に必要な取り組みのためのキーワードとみなした.最後に,このキーワードに関連した米国の組織や企業での取り組みについて,レビューを行った論文の中から,事例を取り上げた.また,筆者(辻)が米国にて過去に経験した取り組み事例についても1例加えた.対象とする先行研究の抽出方法を下記に示す.

1.2013年のScimago Journal Rank(SJR)にて,Public Health,Occupational and Environmental Health分野の米国誌が126誌認められた.

2.SJR値上位約1/3にあたる40誌の中から予備調査で移民労働者についての論文が多かった雑誌を選び,2000年1月から2015年10月までに掲載された論文を検索対象とした.

3.各誌において,TitleもしくはAbstractに,Hispanic,Latino,Mexican,Asian,Immigrant,Migrant,Migration,Foreign,Seasonalのいずれかが含まれ,かつChild,Childrenを含まない論文を抽出した.

4.労働衛生分野の論文のみを扱う雑誌以外の雑誌においては,労働者を主な対象としていない論文を除外するために,TitleおよびAbstractに含まれる検索キーワードにworkersもしくはemployeesを追加し,対象論文を絞った.Journal of Health Communicationは同追加によって抽出数が0となったため,追加せず対象とした(表1).

5.最終的に残った論文を精読し,米国の移民労働者を対象とした論文を分類・整理した.

表1. 公衆衛生および産業環境衛生分野の米国誌の中から抽出されたレビュー対象論文数
雑誌名 検索キーワードによる
抽出数
workersもしくは
employeesを追加後の抽出数
American Journal of Public Health 617 33
Journal of Occupational Health Psychology   5
American Journal of Infection Control  50 13
Journal of Health Communication  80
AIDS Education and Prevention 110  5
Health Education and Behavior  73  7
American Journal of Environmental and Occupational Medicine  54
American Journal of Industrial Medicine 159

III. 結果

1) 健康格差に影響を及ぼす,もしくは可能性のある因子とそれらに関するキーワード

健康格差に影響を及ぼす,もしくは可能性のある因子は以下の7つに分類された.カッコ内は各因子に対するキーワードを示す(表2-12-7).1.職業選択(有害業務,業務上負傷,休業,ブルーカラー,低出生体重児),2.教育(学歴,ヘルスリテラシー,衛生教育),3.文化(配慮,コミュニティー人材),4.環境(劣悪環境,地域差,環境変化),5.アクセス(言語,統計,労災補償,医療保険,受診自粛),6.感染症(結核,エイズ,フォローアップ),7.差別(人種,暴行,ハラスメント).また,共通した課題として移民労働者のデータ不足が指摘された.

表2-1. 「職業選択」
キーワード 論文
有害業務,業務上負傷,休業,ブルーカラー,低出生体重児 ・ヒスパニック系,黒人労働者は業務上負傷による死亡率が高い
業務上負傷による死亡率:ヒスパニック系7.9,黒人8.5,白人(ヒスパニック含む)6.9/10,000Worker-Years2)
・ハイリスクの仕事はラテン系移民が担うことが多く,低出生体重児出産の原因となる
ロサンゼルスの妊婦(n=1498)の妊娠中の作業内容別正期産低出生体重児の調整OR:運送・配達作業3.28(95%CI=1.00-10.73),調理・給仕作業3.03(95%CI=1.21-7.62),製造現場作業2.63(95%CI=1.01-6.82)vs.事務作業 これらハイリスクの仕事をする女性の73%-93%がラテン系移民である3)
・ヒスパニック,アフリカ系米国人労働者は職業外傷した場合により長く休業する必要のある危険な仕事をしている
職業外傷1人あたりの休業日数:ヒスパニック164%,アフリカ系米国人166% vs.ヒスパニック除く白人.職業外傷報告数は有意差なし4)
・採石場など,より危険な仕事を選択するラテン系労働者が増加している
ワシントン州ではラテン系労働者の傷害が年率OR5%上昇している.主な要因として工業,鉱山,採石場での転落数の増加が原因とみられる5)
・黒人,メキシコ系はホワイトカラー労働者が少ない
全国健康栄養調査の労働者サンプルでのホワイトカラーの率:ヒスパニック以外の白人63.5%,ヒスパニック以外の黒人48.9%,メキシコ系30.1%6)
・ハウスキーパー,中でもヒスパニック系は職業外傷になりやすい
全米のホテル(n=50)に勤める従業員55,327人年の調査にて,職業外傷全体は5.2件/100人年に対し,ハウスキーパーは7.9件/100人年,ヒスパニック系ハウスキーパーは10.6件/100人年7)
・黒人女性では働いてより高度な仕事についている人ほど低体重出生が少ない
コネチカット州の出生記録(n=34490)の解析で,低出生体重児の調整OR:黒人職無3.07(95%CI=2.41-3.91),黒人職有2.06(95%CI=1.73-2.46),ヒスパニック系職無1.61(95%CI=1.26-2.05),ヒスパニック系職有1.36(95%CI=1.09-1.68)vs.ヒスパニック以外の白人.
大卒以上で高度ではない仕事をしている黒人4.48(95%CI=1.24-16.2)vs.高卒未満の高度ではない仕事をしている黒人8)
・暴行被害の率は高くない
職場内外での暴行被害の率:移民3.84%(95%CI=3.18-4.63),米国生まれの成人4.10%(95%CI:3.77-4.44).これは就業の有無,産業,職業で層別化しても全体として差はない9)
表2-2. 「教育」
キーワード 論文
学歴,ヘルスリテラシー,衛生教育 ・高卒未満であると保健指導の効果が乏しい
・言語,文化,識字力に配慮した保健指導が有効である
シカゴ,イリノイ州に住む南アジア人(n=112)に言語,文化,識字力に配慮した心血管保健指導を行った結果,指導前テスト15(SD=4)点に対し,指導後24(SD=4)点と有意に上昇,また英語力による差は出なかった.しかし高卒未満はβ=-2.2(95% CI=-0.68-3.83)であった10)
・保護具使用率が低い
ノースカロライナ州のラテン系移民農民(n=157)のうち,作業中に日焼け止めを塗る9.2%,サングラスを付ける12.6%と低い11)
・健康障害予防教育はヒスパニック系農民に有効である
ノースカロライナ州のヒスパニック系農民(n=187)の調査で,農薬の健康障害予防教育を受けた農民は保護具の使用調整ORが44.62(95%CI=3.96-503.33)12)
・黒人,メキシコ系は高卒以上の学歴を持つ率が低い
全国健康栄養調査の労働者サンプルでの高校以上の学歴の率:ヒスパニック以外の白人90.6%,ヒスパニック以外の黒人73.7%,メキシコ系48.7%6)
・HIV/AIDS予防の考え方が異なる
コンドームがHIV/AIDS予防に有用であると考える率:ミシガン州のラテン系農業移民は10%13)
・ヒスパニック系,黒人労働者はがん検診受診率が低い
サンプルとなった労働者(n=4573)のがん検診受診率:便潜血検査はヒスパニック24.9%,黒34.4%,全体41.0%.他のがん検診も人種間で同様の傾向である14)
・黒人,メキシコ系労働者は自身の健康管理が不十分であるが,疾病によっては逆に健康管理がより行われている
全国健康栄養調査の労働者サンプルでのメキシコ系はヒスパニック以外の白人と比べ,高血圧に気づいている調整OR0.60(95%CI=0.39-0.94),治療している調整OR0.45(95%CI=0.23-0.85)である.脂質異常症も同様にそれぞれ調整OR0.56(95%CI=0.33-0.93),調整OR0.33(95%CI=0.14-0.78)と健康管理が不十分である.一方,糖尿病は気づいている調整OR3.01(95%CI=1.14-7.95),治療している調整OR2.39(95%CI=0.83-6.90)と健康管理がより行われている6)
表2-3. 「文化」
キーワード 論文
配慮,コミュニティー人材 ・ヒスパニック労働者は職場の精神ストレスに強い
大学職員(n=262)調査でヒスパニックはそれ以外に比べ,職場での無礼な扱いによる仕事満足度の低下は少なく(β=-0.30 vs. -0.49)とバーンアウトも少ない(β=0.57 vs. 0.71).横のつながりを重視するものほどこの傾向が強い(β=0.53 vs. 0.83)15)
・文化背景などに配慮した教育が有効
教育後のコンドームの使用調整OR:ラテン系移民労働者(n=253)に対するエイズ予防プログラムにおいて,コミュニティーの人材による文化背景,住環境,生活習慣に配慮した教育プログラムは調整OR4.62(95%CI=2.37-9.67)v.sそうでないプログラム16)
・コミュニティーの人材の使用が有効
保健指導の効果:新たに診断された2型糖尿病のヒスパニック住民(n=189)に対する保健指導において,コミュニティーの人材による文化背景,経済的持続性に配慮した指導プログラムでは,そうでないプログラムよりBMI減少はOR2.9倍大きい17)
表2-4. 「環境」
キーワード 論文
劣悪環境,地域差,環境変化 ・北部に比べ南部の黒人労働者は業務上負傷による死亡率が高い
業務上負傷による死亡率:南部黒人8.5,南部以外の黒人4.0/10,000Worker-Years2)
・移民農民は精神障害の生涯罹患率が低い
精神障害の生涯罹患率:メキシコにルーツを持つ先住農民26.0%(SE=4.5)と,メキシコ移民農民20.1%(SE=1.3)18)
・宿舎の環境が悪い
ノースカロライナ州の農家における移民労働者宿舎(n=182)の10%が規則違反指摘である19)
・性生活に変化をもたらす
男性メキシコ移民労働者はさみしさと危険な性交渉が相関する(r=0.64;P=0.008)20)
・裁量がなく,精神的負担が多いほど筋骨格系障害をきたしやすい
養鶏業や単純作業のラテン系移民労働者(n=581)の筋骨格系障害調整OR:裁量ありは上顆炎0.77(95%CI=0.61-0.97),回旋腱板症候群0.79(95%CI=0.65-0.97),精神的負担ありは回旋腱板症候群1.30(95%CI=1.07-1.59),腰痛1.24(95%CI=1.03-1.50)21)
・米国居住歴が長いと喘息の原因となる
カルフォルニア州のラテン系移民農民(n=702)において,女性のうち,米国居住歴15年以上は喘息の調整OR3.6(95% CI=1.16to11.16)倍となる .一方,男性は有意差認められず22)
表2-5. 「アクセス」
キーワード 論文
言語 ・英語力のない労働者ほど安全衛生に係わる研修受講率,総研修時間が少ない
21歳以下(中央値20歳)のラテン系移民建設労働者(n=50)において,前年に受けた安全衛生に係わる総研修時間の中央値は1時間であり,うちスペイン語で受講したものが76%であった.しかし,ほとんど英語力のない労働者は,基本的な英語力のある労働者に比べ研修受講率が低い(58% vs. 84%).また,1時間以上の研修を受けた労働者の率も低い.(34% vs. 66%)23)
・スペイン語での労災申請は英語に比べて労災受理率,補償額が大きい
ワシントン州の労災統計において,
非災害性腰痛の労災受理率:スペイン語での申請94%(n=2129),英語での申請88.5%(n=50,528)(P<0.0001).
受理された労災申請に対する雇用主による異議申し立て率:スペイン語での申請9.8%(n=209),英語での申請6.6%(n=3,325)(P<0.0001)
労働者に対する補償額の中央値:スペイン語での申請$8,510(IQR=2,358-33,978),英語での申請$4,123(IQR=1,304-21,951)(P<0.0001)24)
・安全衛生教育を翻訳するだけでは受講者の過半数が理解困難である
米国労働安全衛生研究所(NIOSH)によるネバダ州のラテン系建設労働者(n=30)への調査にて,スペイン語での安全衛生教育を受講するも,17人が翻訳が不十分で受講者のほとんどが理解困難と回答.全員が労災申請の知識が得られなかった.19人が職業外傷の軽減のためには英語の会話力上昇の機会が必要と回答25)
統計 ・労災統計は過少報告されており,外傷治療センターがより正確に職業外傷の件数を反映する
労災統計においては職業外傷の件数は過去30年低下傾向である.しかし,イリノイ州をカバーする10外傷治療センターにおける2000-2007年の統計では合計1,061件の職業外傷の入院があり,増加傾向である.特にヒスパニック系の増加(2000年17件→2007年66件)が顕著である26)
労災補償,医療保険 ・人種そのものが労災補償額に影響を及ぼしているかもしれない
イリノイ州における労災統計と病院統計の突合可能であった事例(n=1,039)において,ヒスパニック以外の白人は他の人種に比べ,重症度,受傷部位,賃金,その他調整後においても労災補償額が5,824(95%CI=51-11,097)ドル/件と有意に高い27)
・移民は医療保険に加入していない率が高い
911テロ当時WTCで救助に当たった労働者もしくはボランティアで経過観察されている者の内168人の調査における医療保険非加入率:米国生まれ18.0%,ラテン系移民73.5%,ポーランド移民47.7%28)
・過去10年で医療保険加入率はヒスパニック労働者において特に低下した.中でも建設業と,サービス産業での低下が大きい
1997-2007年にかけて労働者の医療保険加入率:ヒスパニック以外の白人が1.5%低下にとどまるに対し,ヒスパニック系は7.0%低下,黒人は1.7%低下.ヒスパニック系の中でも,建設業(24.9%低下)とサービス産業(14.7%低下)が最も低下した29)
受診自粛 ・カンボジア,ラオス移民の労災補償申請率は低い
マサチューセッツ州Lowellでは労働者の内20%がカンボジア,ラオス移民だが,労災補償受給者の内,同移民は4%である30)
・ヒスパニック系建設労働者は重症にならないと,受診しない
・労災保険ではなく他の保険,自費で支払していると考えられる
建設労働者(n=7,000)の調査で,ヒスパニック系労働者はより職業性傷害になりやすく(ヒスパニック系9.8%,ヒスパニック以外の白人6.4%),一傷害あたりの医療費が高い(1,896.8ドル/年,1,687.4ドル/年).しかし医療費に対して労災保険でカバーされている額が少ない(ヒスパニック系26.8%,ヒスパニック以外の白人49.5%)31)
・黒人,メキシコ系労働者は医療保険加入率が低いだけでなく,保険を持っていても受診しない
全国健康栄養調査の労働者サンプルでの医療保険加入率:ヒスパニック以外の白人86.1%,ヒスパニック以外の黒人78.2%,メキシコ系54.3%
同調査同サンプルで過去一年に医師の診察を受けた:ヒスパニック以外の白人36.7%,ヒスパニック以外の黒人18.5%,メキシコ系18.6%6)
表2-6. 「感染症」
キーワード 論文
結核,エイズ,フォローアップ ・移民の結核罹患率は高い.また,出身国により結核罹患率が異なる
2007年の結核患者の調査(n=45,504)における結核罹患率:カンボジア移民73.5,ベトナム移民54.0,フィリピン移民52.1,米国生まれのヒスパニック以外の白人0.9/100,000人32)
・結核発症後だけのツベルクリン反応は,結果の判断が困難である
肺結核を発症した事業場の調査において,ツベルクリン反応陽性率は37.1%(n=97)であった.しかし,出身地域により陽性率は異なり,結核高罹患地域出身の移民労働者の陽性率が80.6%(n=27/36)であったのに対し,低罹患地域出身の労働者は11.5%(n=7/61)であった33)
表2-7. 「差別」
キーワード 論文
人種,暴行,ハラスメント ・白人以外は職場で差別を受けやすい
全米電話調査(n=2,152)における職場で差別を受けるOR:黒人8.29(95%CI=4.61-14.90),ヒスパニック10.13(95%CI=5.91-17.35),その他2.62(95%CI=1.05-6.57)vs.白人34)
・職場の差別があれば,職業性疾病,傷害,暴行の発生が多い
職場の差別があると職業性疾病,傷害,暴行の調整ORが1.78(95%CI=1.05-3.03)となる34)
・人種によって慢性疾患の有病率に差があり,人種に応じた健康増進策が必要
主にフォーチュン500に入る大企業の従業員を対象とした調査(n=1,341,727)において,年齢,性別,居住地域,保険タイプ,雇用形態を調整後多くの慢性疾患の有病率の人種による差が消失する中,一部の疾患では有意差が残る:高血圧はアフリカ系米国人23.5% vs.ヒスパニック系,ヒスパニック系以外の白人,アジア系,米国原住民いずれも16%未満.糖尿病はヒスパニック系以外の白人4.9% vs. その他いずれも6.8%以上35)

2) 米国での取り組み事例

Case 1:デラウエア州公衆衛生局による移民労働者への結核対策

養鶏業が盛んなデラウエアでは移民養鶏労働者の結核罹患率が高いことが問題となっている.これは不法就労や偽名によりフォローアップが困難であることが主な理由である.そこで,潜在性結核患者が自身のIDを明かさずに治療できるプログラムを開始したところ,治療完遂率が2年間で48%から64%に上昇した36)

Case 2:ボストン公衆衛生委員会による移民経営企業への衛生教育

事業主の大多数が移民労働者であるボストン市の車修理工場に対し,コミュニティーに存在する小企業支援センター,学術団体,地域健康センター,公衆衛生当局,現地民間団体による援助指導が行われ,規制当局による衛生改善のための統合的アプローチが実施された.規制当局の査察官が129工場を訪れ,そのうち20工場がトレーニングに参加した.査察によって必要と判断された従業員のトレーニングや技術サポート,医療機関の紹介だけでなく,事業主のニーズに応じたローンや保育支援まで行われた.結果,基準に適合した産廃容器使用率(45%→85%),ラベル使用率(30%→85%),清潔率(75%→100%)がいずれも改善した.また,作業環境では代替えと工学的対策がカギとなり,10工場においてアセトン,トルエンの気中濃度がそれぞれ平均94%,88%低下し,有機溶剤の使用量も544 Kg(1200 Ibs)減少した.コミュニティーに存在する資源を利用した規制当局と工場担当者の統合的アプローチが有効であった37)

Case 3:米国沿岸警備隊による移民船員に対する言語に配慮した訓練

米国では2000-2010年の統計で46人/年が商業漁業で死亡しており,その原因は船の事故(51%),次いで船外落下(31%)となっている38).連邦規則において,船員は5年以内に1回の安全訓練を受けることが義務づけられており,船の事業者および所有者はそれを確認することが義務付けられている.筆者(辻)は米国沿岸警備隊Region I(Boston)による安全訓練に参加した.船員には移民が多いため,訓練では英語力が低い者に対して,平易な言葉を使うことや文化の違いに配慮した指導が試みられていた(2010年,写真1~4).

写真1. 米国沿岸警備隊員による移民船員への講習の様子

例えばインド人はYesと答える時に首を横に振りNoと紛らわしい時があるため,必ず言葉で確認しないといけないとの説明があった.

写真2. 訓練でイマージョンスーツを着ている様子

漁業や船に関する言葉は専門用語やスラングが多いため,移民役を務める筆者(辻)のために平易な言葉への変換が行われた.

写真3. 甲板の高さを想定した台から飛び込む移民役の筆者(辻)

イマージョンスーツを着ていないと死亡率が7倍となる38).すべての指示や動作は英語で行われていた.

写真4. 人間いかだを作り,救助いかだへ負傷者を載せて泳ぐ訓練の様子

救助いかだを設置していないと死亡率が15倍となる36).緊急時は正確な意思伝達が必須であり,ジェスチャーなど非言語的意思伝達法の併用が重視されていた.

IV. 考察

米国では移民労働者の労働衛生研究が多く行われている.しかし,調査対象である移民労働者のデータが不足していることが課題となっており,量,質共に十分であるとは言えない.本調査における先行研究レビューの結果,多くの論文が健康格差を取り上げていた.ほとんどの論文の調査対象は主に農業や建設業といった労働集約的な業務に従事する労働者であった.研究開発や経営など付加価値の高い業務に従事すると考えられる移民労働者を主な対象とした研究は,フォーチュン500の大企業リストに入る企業の従業員を主な対象としたHenkeらの論文35)を除いては認められなかった.同論文においても,仕事の内容や収入のデータが不足し,研究の限界が生じていた.健康格差に影響を及ぼす,もしくは可能性のある因子は,職業選択,教育,文化,環境,アクセス,感染症,差別の7つに分類され,各因子に対して結果に示したキーワードを中心とした取り組みが求められていることが推察された.社会経済的地位(Socioeconomic Status)が健康格差につながることは社会医学研究の発展により広く知られるようになったが,健康格差を引き起こす主な因子である職業選択,教育,収入の内,我々のレビューでは,収入を因子として挙げた論文が認められなかったことは大きな特徴である.労働集約的な業務ではなく,付加価値の高い業務に従事する移民労働者や,収入の多い移民労働者の健康についても,今後詳細な研究がなされることが期待される.

移民労働者の労働衛生向上のためには,本調査で抽出された7つの因子への対策が必要であると考える.また,取り組み事例が示すように複数の因子に対して組み合わせて対応することが有用であると考える.例えば,安全衛生教育を単に翻訳するだけでは受講者の過半数が理解困難であったという調査結果25)や,受診自粛に関する報告6,30,31)が多いことから,アクセスの改善だけでは不十分であり,学歴や識字力といった基本的な理解力の把握や,文化背景および生活習慣に配慮した衛生教育やヘルスリテラシーの向上といった取り組みも同時に必要である.また,日本で最も多い中国人労働者は,多くの場合,社内の中国人ネットワークを通じて日頃から労働衛生や健康情報を得ることができるが,ヒスパニック系労働者は比較的人数が少なく,ヒスパニック系労働者は横のつながりを重視する文化がある15)にもかかわらず,その恩恵にあずかることができない.このような例では,ヒスパニック系,特に同じ出身国の労働者をメンターにつけたり,地域のコミュニティーを紹介するなど,人種とともに文化にも配慮したきめ細やかな対応が必要である.また,移民労働者を日本人と同じように扱うことや,同じ住環境を提供することが必ずしもよいとは限らない.移民労働者は,異国の地で暮らすことにより,体調変化をきたしやすい20).宗教や文化への理解,出身国の環境にあった生活や就業環境を提供することにより,健康への良い影響も期待される.さらに,感染症対策として結核の例では,同じアジアでも出身国によって結核罹患率に差があり32,33),また,同じ国内でも都市部と郊外では罹患率が異なることに注意しなければならない.輸入感染症がたびたび問題となる中,こういった感染症の情報を共有し,対策をとることも必須である.以上のように,企業が,移民労働者に適した教育,文化,環境,アクセス,感染症,差別への対応を図ることは,工夫次第である程度可能である.社内外の労働衛生従事者は,7つの因子すべてに着目した柔軟な対応が求められている.

一方,企業単独で対策を行うことが困難である場合も少なくない.特に職業選択に関しては,国の政策に左右されることが多く,企業努力だけではどうにもならない.これについては政策的な議論が望まれる.

国連はUN. International Migration Report 2013において「外国で生まれたもしくは外国籍である人」をInternational Migrantと定義している39).日本には「移民」の明確な定義がないが,同レポートでは,日本におけるInternational Migrant(外国籍である人)の数を244万人と報告している40).日本では「移民」より「外国人」の名称が使用される頻度が多く,よって労働者に対しても移民労働者ではなく外国人労働者という括りでのデータが多い.しかし,「外国人」の定義も定まっていないため,データソースによって前提にばらつきがあり,移民労働者に特化した労働衛生研究は絶対的なデータ不足に陥っている.21世紀に入り,労働市場のグローバル化への対応が迫られるなか,日本でも移民労働者の健康格差の原因となりうる因子に関するデータの蓄積および研究の推進と共に,企業や地域の取り組みが喫緊の課題である.

文献
 
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