2016 Volume 58 Issue 3 Pages 100-105
有機ガス(有機溶剤蒸気)をはじめとする作業環境空気中での有害物質の測定技術は,今日の労働環境の管理・改善のために大きな役割を果たしており,今後もさらなる向上が期待される.労働安全衛生法に基づく作業環境測定では,有機ガスの測定方法として活性炭などの捕集剤を充填した捕集管(サンプリング・チューブ)と吸引ポンプにより一定時間の濃縮捕集を行った後,二硫化炭素などの有機溶媒で対象の有機ガス成分をこれから抽出し,ガスクロマトグラフで測定する固体捕集法の採用がある1-3).ただし,この方法での問題として,測定対象である有機ガスの種類や濃度の低さによっては抽出効率が低下し,測定の精度に大きな影響が生じることも指摘されている4,5).
この改善を捕集剤の観点から考慮するにあたり,活性炭においてはマイクロ孔(micro pore;細孔直径~2 nm)およびメソ孔(meso pore;同直径として2 nm~50 nm)に代表される細孔の発達分布状態(多孔性)がその吸着・脱着性能に寄与することは広く知られており6-9),上記の抽出効率にも影響を持つことが予想される.そこで本稿では,現在の日本国内における実際の捕集管製品に用いられる活性炭捕集剤3種類と,最近の市場に供給されている高比表面積の成形活性炭1種類の合計4種類の活性炭試料を対象として,それらの多孔性と抽出効率について検討した.
本稿での活性炭試料として,まず日本国内で2012年以降に販売された捕集管製品の内部より活性炭捕集剤を取り出して各測定に使用した.現在,活性炭捕集管は使用される活性炭の重量や充填形態(単層または2層)の異なる各種の製品が流通しているが,それらの代表的なもののなかから製品を選択した.また,最近では吸着剤としての用途のために,ユーザーの希望に応じてさまざまに調製された成形活性炭が活性炭メーカーより提供されている.そこで本稿では高比表面積の球状椰子殻活性炭を取り寄せ,上記の捕集剤との比較を試みた.
活性炭試料の多孔性に関しては,窒素ガス(≥99.99995%)を使用したBET(Brunauer-Emmett-Teller)比表面積,マイクロ孔容量をはじめとする測定をBELSORP-max-12-N-VP(マイクロトラック・ベル,前処理装置BELPREP-vacII)により行い,あわせて炭素・水素・窒素(CHN)の含有率を求める測定を2400IICHNS/O全自動元素分析装置(パーキンエルマージャパン),炭素などの軽元素を除く成分の蛍光X線分析測定をRIX2000(リガク)により行った.また,ヘリウムガス(≥99.99995%)での真密度の測定をmicromeriticsマルチボリウム密度計1305(島津製作所)により行った.活性炭試料の詳しい観察には,電界放出形走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope,SEM)S-4700(日立ハイテクノロジーズ)を使用した.
有機溶剤成分の抽出効率(脱着率)測定の方法は相平衡法1,10)によるものとした.ここでは,既存の活性炭捕集剤における脱着率が低い傾向にあるとの指摘がなされる有機溶剤4,5)の中からアセトン,1-ブタノール,酢酸ブチル,シクロヘキサノン,エチレングリコールモノエチルエーテル(EGEE),トルエンの6種類を選び,作業環境測定ガイドブックに記される方法1)を参考に,作業環境評価基準が示す管理濃度(アセトン:500 ppm,1-ブタノール:25 ppm,酢酸ブチル:150 ppm,シクロヘキサノン:20 ppm,エチレングリコールモノエチルエーテル:5 ppm,トルエン:20 ppm)の各1.0,0.5,0.1,0.05,0.025倍の濃度での捕集条件(25℃,気体容量5 L,活性炭試料重量≈30 mg)に対し,脱着溶媒はいずれも二硫化炭素(1 ml)として測定を行った(各有機試薬:和光純薬工業).これらの測定にはガスクロマトグラフGC-14B(FID検出器使用)及びデータ処理装置クロマトパックC-R8A(島津製作所,キャリアガス:ヘリウム(>99.995%),カラム:CBP1-S25-050,カラム温度50℃)を使用して,室温下(約27℃)での脱着率を求めた.脱着率は,用いる捕集剤の重量や脱着溶媒の量を大きく変えた場合には,その値が変化することが指摘されている1,10-14).大要としては捕集剤の重量が多いほど,また,脱着溶媒の量を少なくするほど,測定される脱着率は低下の傾向を示すとされる.ここでは,低濃度においても各活性炭試料での傾向の比較が可能となるようにそれらの条件を揃えて測定を行った.
各活性炭試料の物性に関する測定データを各表(Table 1~3)に示す.ここで,試料A-Cが捕集管製品から取り出した活性炭捕集剤であり,試料Dが成形活性炭である.各活性炭試料は,原料から見ると椰子殻活性炭(試料A,B,D)と石油系球状活性炭(試料C)に大別される.SEMによる低倍率でのこれらの観察画像をFig. 1に示す.平均粒径は石油系球状活性炭(試料C)が際立って小さく,椰子殻活性炭の試料Dは球状に成形されているが,粒径は破砕炭(試料A,B)と比べておよそ同程度のものとなっている(Table 1).
SAMPLE | A | B | C | D |
---|---|---|---|---|
Vmicro: micropore volume calculated by the MP method. Vmeso: mesopore volume calculated by the Dollimore-Heal method. | ||||
Raw materials | Coconut shell | Coconut shell | Petroleum | Coconut shell (+binder) |
N2―BET specific surface area / m2 g-1 | 1432 | 1077 | 1183 | 1480 |
Vmicro / cm3 g-1 | 0.643 | 0.463 | 0.534 | 0.690 |
Vmeso / cm3 g-1 | 0.128 | 0.040 | 0.064 | 0.147 |
Average pore width by t-method or t-plot / nm | 0.800 | 0.668 | 0.749 | 0.826 |
Configuration of granules | Crushed | Crushed | Spherical | Spherical (shape forming) |
Year purchased | 2012 | 2013 | 2012 | 2014 |
Average diameter of granules / mm (N=20) |
1.5±0.4 | 0.9±0.3 | 0.6±0.0 | 1.0±0.0 |
True density | 2.216±0.017 | 2.202±0.027 | 2.111±0.037 | 2.269±0.022 |
/ g cm-3 | N=6 | N=7 | N=5 | N=7 |
SAMPLE | Content / mass % | |||
---|---|---|---|---|
Carbon | Hydrogen | Nitrogen | Residue | |
A | 82.3 | 0.4 | 0.2 | 17.1 |
B | 95.7 | 0.2 | 0.2 | 3.9 |
C | 90.3 | 0.6 | 0.1 | 9.0 |
D | 90.1 | 0.4 | 0.2 | 9.3 |
SAMPLE | Content / mass % | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
Ca | K | Fe | P | Si | S | Other components | |
A | 40.1 | 4.4 | 6.1 | 5.7 | 12.8 | 21.8 | 9.1 |
B | 19.6 | 14.8 | 12.7 | 4.9 | 19.0 | 17.1 | 11.9 |
C | 12.6 | 1.9 | 14.0 | 1.2 | 18.0 | 37.4 | 14.9 |
D | 13.6 | 3.5 | 21.9 | 1.4 | 6.1 | 37.1 | 16.4 |
SEM photographs of the activated carbon specimens. The scale length in the photographs is 500 μm, and the magnification ratio is×60.
各活性炭試料の成分について,炭素・水素・窒素(CHN)の含有率のうち,炭素の含有率は概ね80から90%程度であり,水素・窒素の含有率の測定値とも併せて活性炭としては有意に異なるものではなかった(Table 2).他の含有元素について,既報14,15)より石油系の活性炭には椰子殻活性炭と比べて硫黄や鉄,珪素が多く含まれ,逆にカリウムやリンの含有の比率は小さいことが特徴として挙げられる.ここで,試料Dは粉状の椰子殻活性炭を球状に成形したものである.この製法の詳細はメーカー各社独自の機密にあたるため明らかではないが,本稿での蛍光X線分析測定の結果(Table 3)からは,椰子殻活性炭と石油系活性炭の双方の特徴を合わせて持っていると判断される.また,試料Dは各活性炭試料のなかで最も真密度が高い(Table 1).以上より,試料Dは粉状の椰子殻活性炭に結着剤として石油系の原料を添加し,機械的な処理も加えたうえで球状の成形炭が作られているものと予想される.
次に,各活性炭試料の細孔発達分布状態(Table 1;表中のt法またはt-plot,MP法,Dollimore-Heal法などの各計算方法の詳細に関しては文献6,7)に譲る.)についてまとめる.各試料のBET比表面積は1077~1480 m2/gといずれも1000 m2/gを上回る大きさであったが,いくらかの幅がある.また,各試料の細孔はいずれもマイクロ孔の発達が中心となっている(Table 1).それらの細孔発達分布状態を詳しく見た結果をFig. 2に示した.マイクロ孔領域の分布(Fig. 2(a))に関しては,試料Bでのピークがやや小さい細孔の側にある以外は,それぞれの試料において目立った違いは見られなかった.その一方,メソ孔領域については明白な傾向の違いが見られ,比表面積の大きい2試料(A,D)では,サイズの大きい細孔の発達が他の試料よりも優っている(Fig. 2(b)).また,試料A,Dはメソ孔容量,t-plotによる平均細孔径の大きさが他の試料より大きい(Table 1).特にメソ孔容量は試料間により,およそ3.7倍までの差が見られている.吸着剤としての活性炭では,マイクロ孔の発達は吸着容量を決定づけ,メソ孔の発達は吸着の速度に大きな影響を与えると考えられるため6-9),これらの試料における特にメソ孔の発達分布状態の脱着率への影響に関心が持たれる.
Pore size distributions and pore development in microporous and mesoporous region of the activated carbon specimens.
各活性炭試料での脱着率測定結果をFig. 3にまとめた.アセトンに関してはいずれの試料も比較的近い結果が得られたが,他の有機溶剤に関する結果を見ると,試料A,Dの脱着率が明らかに劣っている.特に,管理濃度の0.1倍以下の低濃度領域における脱着率の低下が顕著である.各活性炭試料の中で最大の比表面積値を持つ試料Dについては,より高い濃度領域においても脱着率が他の活性炭試料を下回ることが目立ち,良い結果を示さなかった.これに対し,試料B,Cは各有機溶剤,各濃度に対して安定した脱着率を示した.特に試料Cは低濃度領域においても大きな変化を示さず,最も好ましい結果となった.
Extraction efficiencies of organic solvent components from the activated carbon specimens (A-D, N≑3). E: The control concentration of organic vapors by the Japanese government workplace evaluation standard1).
以上の結果より,活性炭の比表面積の大きさは,本稿で使用した活性炭試料での水準において,脱着を促進する効果は持たないと考えられる.もっとも,有機ガスの捕集を考えた場合にはあまり低比表面積の活性炭であると捕集容量が低下する恐れがあるが,本稿での結果からは,活性炭試料の比表面積は1000 m2/gを大きく上回る値となってもむしろ脱着率は低下している.また,メソ孔以上のサイズの大きい細孔の発達も脱着率の向上にはつながっていない.
さらに,石油系球状活性炭(試料C)は,有機溶剤成分の濃度全般にわたり椰子殻活性炭よりも安定した脱着率を示した.椰子殻活性炭は,ごく低濃度の有機ガスに対しては石油・石炭系の原料からなる活性炭よりも強い吸着能を示す傾向がある16).この原因は活性炭の表面官能基などのごく微量の化学的成分の違いによる可能性が考えられるが,詳細は明らかでない.しかし,この強い吸着能が,かえって吸着後の有機溶剤成分の抽出を妨げる要素となることが予想される.同様に,高い比表面積を持つ活性炭は吸着能において低比表面積のものよりも高い性能を持つため,この吸着能の強さが抽出には好ましくないものと予想される.
本稿での実験結果より,高比表面積の活性炭は,特に低濃度の有機ガスでの高い脱着率を得るためには適さないと考えられる.これは,比表面積の発達による吸着能の強さが抽出を妨げるためと予想される.また,本稿での実験結果ではメソ孔以上のサイズの大きい細孔の発達も脱着率の向上にはつながらない.同程度の比表面積の場合,石油系球状活性炭は有機溶剤成分の濃度全般にわたって椰子殻活性炭よりも安定して良好な脱着率を示す.
本稿での測定に使用した球状椰子殻活性炭は,水ing株式会社横浜支店様の御協力により調製と提供をいただきました.本誌面をお借りし,謝意を表します.