産業衛生学雑誌
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原著
うつにより休業した従業員の職場復帰における産業看護職の支援の構造
畑中 純子
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2016 年 58 巻 4 号 p. 109-117

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抄録

目的:本研究はうつにより休業した従業員の職場復帰において産業看護職が行う個人支援の構造を明らかにすることを目的とした.対象と方法:うつによる休業からの職場復帰支援を行っている産業看護職10名を対象に半構造化面接を実施した.データ分析には修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ法を用いた.結果:分析の結果,9つのカテゴリーが生成された.職場復帰支援は(1)病状回復優先期,(2)復帰準備期,(3)職場適応期の3つの時期に大別された.それぞれの時期での看護行為は,〈療養できる環境整備〉〈つなぐ〉〈周りから支持〉という間接支援と,従業員との〈関係性の構築〉により進展していく〈療養のための心の準備への支援〉〈社会的心理的課題克服への支援〉〈自立への支援〉への直接支援とに分けられた.これらの支援の根底には産業看護職が従業員と職場の双方にとって〈有益となる職場復帰への支援〉を行うという思いがあった.産業看護職によるこれらの支援過程は,従業員がうつにより休業したことで失った自信を徐々に取り戻して,円滑な職場復帰を遂げるための【自信回復への支援プロセス】であった.考察:職場復帰には病状に応じた各期の課題があり,産業看護職は従業員がそれぞれの課題を乗り越えられるための支援を行っていたと考えられた.また,職場復帰支援では職場の協力がその成否に大きく影響するといわれており,従業員への直接支援のみならず関係者との調整が従業員への間接支援として必要であったと推察された.結論:職場復帰の各期において間接・直接支援を行うことにより,従業員が自信回復を図れるためのプロセスを支援することが,産業看護職の支援の構造であると示唆された.

I. はじめに

近年,社会経済のグローバル化や産業構造の急激な変化による業務の効率化,雇用形態の多様化等,労働者を取り巻く環境は大きく変容してきた.それに伴い,職場でも強い不安やストレスを感じる労働者が約6割を占め1),精神障害等の労災申請者数も増加傾向にある2)

このため厚生労働省は2000年に事業場がメンタルヘルス対策を効果的に推進するための指針を示し,2004年には「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(2009年改訂)を公表した.さらに,2006年にはメンタルヘルス対策の強化を図るべく前指針に替えて「労働者の心の健康の保持増進のための指針」が公示され,その中で事業場内メンタルヘルス推進者として保健師等の活用を図ることが望ましいとされた.

メンタルヘルス対策への産業看護職の関与が求められる一方,平成22年の産業看護職の活動の実態調査3)では,メンタルヘルス対策に参画している産業看護職は77.3%で,その内で「よくおこなっている」は36.8%であった.これは,保健指導を「よくおこなっている」64.8%や健康相談を「よくおこなっている」64.8%に比べると十分とはいえない活動状況である.しかし,メンタルヘルス対策は看護の専門性を存分に発揮することが求められている分野であり4),今後はさらに積極的に関与していくことが期待されると思われる.

そのなかでも,メンタルヘルス不調者への支援は,産業看護職の特徴である「疾病の概念を超えウェルネスを目指す」,「労働者の身近で心の健康を見守る」,「全人的に把握・理解」,「セルフケアを支援」,「コーディネータとしてのかかわり」,「心を聴き,語らせる」5)が生かされ,メンタルヘルス不調者の職場関係者との連携や調整に加えて,対象者自身へのきめ細やかな支援が可能である.特に,対象者との深いかかわりや関係者との密な連携が求められる職場復帰支援では産業看護職の特徴が発揮されると思われる.職場復帰支援の手引き6)には,保健師等の役割として「産業医等及び衛生管理者等と協力しながら労働者に対するケア及び管理監督者に対する支援を行う」とされているが,産業看護職の具体的な支援は明確にされていない.産業看護職は産業保健チームの一員として産業保健活動を他の専門職と協力して行っており,職場復帰支援でもチーム間で協力し合うのは当然のことであるが,産業看護職の行っている支援が明確になり,産業保健チームの一員としての役割を果たすことで,従業員のより円滑な職場復帰を支援できるようになると考える.そこで,本研究では職場で多くみられるうつにより休業した従業員の職場復帰において産業看護職による従業員支援の構造を明らかにすることを目的とした.

II. 研究方法

1. 研究対象

産業保健チームによる職場復帰支援が行われているA企業のB健康管理センターに所属する産業保健活動経験が10年以上でメンタルヘルスケアに携わっている産業看護職10名を対象とした.

2. 研究対象企業の特徴

A企業はサービス業の一部上場企業で,B健康管理センターは保健師および看護師の67名でA企業およびグループ企業の従業員約68,000名を対象に保健活動を行っていた.A企業は健康管理体制が確立しており,精神疾患をもつ従業員への支援も,厚生労働省からの指針や手引きが公表される前から行われていた.また,長期病気休業により休職となった従業員の職場への復帰判定を行う復職審査委員会,復帰後の就業措置,精神疾患で休業した従業員に対する病気休業および休職,その間の給与の保障等の制度を有していた.

3. B健康管理センターの職場復帰支援の特徴

A企業の関連病院では長期間休業していた従業員の復職準備性を改善するための援助として職場復帰支援プログラム7)を有していたが,B健康管理センターでは2004年に気分障害により休業して職場へ復帰した従業員の94%が6ヵ月以内に復帰しており,プログラムには参加せず職場に直接復帰する従業員がほとんどであった.

B健康管理センターは事業場担当制で,産業医と産業看護職がチームを作って従業員の職場復帰支援を行っていた.産業看護職の従業員への支援は,休業中は電話連絡や定期的な面接等を通して行われ,職場への復帰後は定期的な面接や職場巡回時の観察等という限られた時間と場での支援であった.

4. 調査方法

1)用語の定義

「うつ」とは,精神作用物質使用,統合失調症,神経症性障害等の疾患には分類されず,診断書がうつ病あるいはうつ状態とされるものとする.

「職場復帰」とは,疾病により1ヵ月以上休業した従業員が休業を開始してから職場に復帰して職場適応するまでの過程とする.

「産業看護職」とは,事業場において従業員の健康支援を行う保健師および看護師とする.

2)調査方法

A企業B健康管理センター看護部長から条件に合致する研究対象者を紹介してもらい,研究対象者の都合のよい時間に書面を用いて研究の趣旨・方法および倫理的配慮等を説明し,インタビューの同意を得られた対象者と面談日時を相談の上,調査を実施した.インタビュー内容は協力者の許可を得て録音し,逐語録を作成した.調査期間は2006年7月から9月であった.

3)調査内容

インタビュー内容は,うつにより1ヶ月以上休業した従業員が職場へ復帰した支援事例について①事例の概要(性別,年代,診断書病名,休業月数,休業から復帰および適応までの経過),②休業中および職場への復帰後の従業員に行った具体的な看護支援,③職場復帰支援を通して感じたこととし,自由に語ってもらえるように半構造化面接法にて行った.

5. 分析方法

本研究では,産業看護職による従業員へのかかわりという限定された範囲での職場復帰支援のプロセスであること,産業看護職と従業員による社会的相互作用が生じている現象であることから修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ8,9)を用いた.

分析は次の手順で行った.職場復帰における産業看護職による個人支援のプロセスを分析テーマとして,データの関連箇所に着目して,それをひとつの具体例として説明概念を生成し,分析ワークシートに記載した.同様に,データ分析を進めながら新たな概念を生成し,他のデータから具体例を追加した.生成した概念と他の概念との関係を検討し,複数の概念からなるカテゴリーを生成した.カテゴリー相互の関係から分析結果をまとめストーリーラインと結果図を作成した.

分析の過程ではメンタルヘルス支援に携わっている経験20年以上の産業看護職3名から助言を得て,データ分析の妥当性を検討した.また,ストーリーラインを研究協力者に提示し,承認を得ることで信用性を確保した.

6. 倫理的配慮

研究協力を得るにあたり,調査実施施設の研究倫理審査会による承認を受けた.研究協力者には個別に連絡をとり,都合のよい時間に研究協力の意思選択の自由,途中辞退の権利,研究協力者および事例の匿名性の保障等のプライバシーの保護等について文書と口頭で説明し,研究協力を依頼した.インタビュー日時は同意の得られた研究協力者と相談して決定した.インタビュー時に再度研究の趣旨と倫理的配慮およびインタビュー内容の録音について説明し,同意書に署名してもらった.

III. 研究結果

1. 対象者の概要

研究協力者は全員女性,保健師9名,看護師1名,年齢は30代後半から50代後半で,産業看護経験年数は11年から30年であった.支援対象者は男性9名,女性1名,診断名はうつ病9名,うつ状態1名で,休業月数は2ヵ月から38ヵ月であった(表1).インタビュー時間は50分から70分であった.

表1. 研究協力者と事例の概要
看護職 事例
No 性別 年代 経験年数 性別 年代 休業月数 診断
1 40代 11年 30代 3ヵ月 うつ病
2 40代 21年 40代 6ヵ月 うつ病
3 50代 30年 30代 5ヵ月 うつ病
4 30代 13年 30代 38ヵ月 うつ病
5 40代 15年 50代 10ヵ月 うつ病
6 30代 13年 30代 8ヵ月 うつ病
7 40代 13年 40代 2ヵ月 うつ状態
8 40代 22年 30代 3ヵ月 うつ病
9 50代 25年 30代 6ヵ月 うつ病
10 40代 22年 40代 19ヵ月 うつ病

2. 分析結果

分析の結果,25個の概念および9個のカテゴリーが生成された.うつにより休業した従業員(以下,本人)への産業看護職による職場復帰支援は,時間的経過により病状回復優先期,復帰準備期,職場適応期の3つの時期と,それぞれの時期で間接支援,直接支援の2種類の支援に大別された(図1).

図1.

自信回復への支援プロセス

以下,コア・カテゴリーを【 】,カテゴリーを〈 〉,概念は「 」で表し,文脈に合わせて「病状回復を待つ」を「病状回復を待ち」のように語尾を変化させた.具体例は〔 〕で示し,意味がわかりにくい部分を研究者が( )で補った.

1)病状回復優先期

休業開始から主治医により職場への復帰に向けての準備を開始する許可がでるまでの時期には,間接支援として,産業看護職は本人が職場から物理的心理的に離れて療養できるように「職場との療養中の支援方法の調整」を行っていた.そして,職場の管理監督者や妻等の「関係者からの情報による状態把握」をして,本人の療養状況や病状回復状態を査定して,産業看護職自身も本人が連絡してこられるようになるまでの「病状回復を待つ」という〈療養環境の整備〉を行い,本人の病状が回復して,かかわりを始められる時期を見定めていた.

〔(休業当初は課長に焦りがあって本人に頻回に連絡しようとするので)私の方から奥様ともよく連絡をとっていますから,課長からは本人の方へ連絡はしないでくださいって言ってあって,良くなってきてから本人の方から課長さんへ連絡するということでしたね.No. 1〕

〔復帰のときは健康管理センターにその役割があるので連絡してくださいねって(課長から本人に)伝えてもらって,じっと(本人からの連絡を)待っていたんですね.そういうときじゃないと話してもだめだって思ってたんですね.No. 6〕

本人への直接支援では,産業看護職は本人の病気になったことでの自責感,自信喪失,傷つき,焦りなどの「否定的な気持ちへ寄り添った」り,十分な休養がとれるように「安心感の醸成」を行っていた.

〔まだそっとして置きましょうと,健管と会社はまだイメージ的に近いかなっていうのがあるってことで,面接にも呼ばないで,ずっとメールで遣り取りしていましたね.No. 8〕

〔(本人が回復しない病状に不安を感じていたので,健康管理センターでの面接時に)精神相談医に会ってもらって,これで(休んで今の治療を続ければ)大丈夫ですよって言われたら,安心してお帰りになったんですね.No. 2〕

また,不十分な回復状態のまま焦燥感から早期に職場への復帰を切望する場合には,現状態のまま復帰しても働けずに再休業となる可能性が高まるため,本人が現状を認識して療養を継続できるように「復帰への焦燥感の鎮静」を繰り返し働きかけて〈療養のための心の準備への支援〉を行っていた.

〔休職に入ることと,お給料面で心配して焦ったことがあったんですよ,早く出たいって.ただね,そのときは気持ちが焦って空回りしても,体力的にね,十分に回復していない状態で出ちゃうと,同じように失敗繰り返しちゃって,ますます自分の自信がなくなってしまうから,(中略)何回か話しているうちに納得して.No. 9〕

病状回復優先期の産業看護職は,本人へ〈療養のための心の準備への支援〉をしながら「病状の回復を待ち」,間接支援として〈療養環境の整備〉を行うなかで療養状況を把握して,必要に応じて本人が療養を継続できるように直接支援していた.

2)復帰準備期

病状の回復とともに職場への復帰準備が始まる時期になると,直接支援として産業看護職は病気により縮小されていた「日常生活の拡大」を図れるように本人に助言したり,励ましたりしていた.また,職場への復帰や職場適応の障害になると考えられる「内在する課題への気づきと解決」につながるように本人と相談したり,職場への復帰に対する「不安や抵抗感の軽減」を図りながら,本人の〈社会的心理的課題克服への支援〉を行っていた.

〔今度は生活の幅を広げようってことをプッシュしていったって感じかしら.睡眠障害とかそういう症状が改善されて,じゃあ復帰に向けて家の中だけじゃなくて,少し外に出てみようよって具体的に始めてみたってことは後半(症状の回復後)はやってきたかな.No. 10〕

〔先生(産業医)としては,本人に良くなってもらいたいっていう思いが強い先生で,そこにかかわっていくと本人と意見の違いっていうか,本人が納得できなくて,ちょっとこうあまりいい雰囲気でなくなったりですとか,そういうこともあったんですけど,それをうまく言葉を変えて伝えてあげると,ここを変えていかないと自分は体調が良くなれないんだっていうことを,本人が少しずつ気づき始めて,そこから主治医との関係も違ってきたんですね.No. 4〕

間接支援では,本人と職場関係者の関係性を修復するために「本人と会社をつないだ」り,本人の意向を反映させながら「職場関係者との支援の方向性合わせ」を行っていた.さらに,本人や職場関係者から収集した情報により職場への復帰時期や場所等を適切に「産業医が判断できるように情報提供」をして,本人のニーズや状態を職場関係者や産業医に〈つなぐ〉ようにしていた.

〔(復帰への)不安も強いので,電話だとなかなか伝わらないこともあるし,会社の中だと上司も話しにくいところもあるし,本人も聞きにくいところもあるので,機会があれば一緒に話し合われたらどうですかって,こちらが(部長に)提案したんですね.No. 9〕

〔ケアがうまく行くのって,ひとつは本人と職場との関係性だと思うんですけど,もうひとつは産業医とうまく意見交換できているとかね,どの程度こっちの体制がうまくとれているのかということが大きく左右するのかなって.No. 2〕

〔(管理監督者と産業看護職の)お互いがそれぞれの役割で同時進行できて,タイミングよくそれぞれがそれぞれの役割でやってきたところの情報を集めてきて,情報交換して,じゃあどうしようかって相談して,またそれぞれの役割で走っていけた.No. 8〕

復帰準備期での産業看護職は本人への直接支援として〈社会的心理的課題克服への支援〉をするなかで把握した情報を,間接支援の「職場関係者との支援の方向合わせ」や「本人と会社をつなぐ」ことに活用したり,「産業医が判断するために情報提供」していた.それにより,本人の職場への復帰に対する「不安や抵抗感の軽減」を図ったり,職場関係者と合わせた方向性に向けて本人が課題を克服できるように直接支援していた.

3)職場適応期

職場への復帰後は,間接支援として本人や管理監督者からの連絡や面談を通して本人の適応状態を把握して「見守って」いた.円滑に適応できない場合は「業務と病状回復の両立の調整」が可能となるように職場のキーパーソンや主治医に働きかけたり,「病状に合わせた業務マネジメントの依頼」を管理監督者に行い,業務しながらも病状回復を図れるように〈周りから支持〉していた.

〔事業部の中でその人がどうしてもうまくいかないときには,本人が希望している職種にできないか,(中略)こちらからも(部長に)呼びかけて実際に事業部を越えて異動してうまくいった人もいます.No. 9〕

また,本人に課題があり職場適応が進まない場合は,直接支援として「本人が課題を乗り越えられる」ように働きかけていた.そして,今回の「経験を糧にして」本人が再発することなくその後の労働生活を送るための〈自立への支援〉を行っていた.

〔本人が(課長に)伝えられないんだけどどうしたらいいかって来て,じゃ今回は私の方から(課長に)伝えてあげるけど,次回はあなたが伝えなくちゃいけないよね.No. 4〕

〔本人も反省して,勤務管理っていう部分も見直しをして,自分のできる範囲の中でやるんだって思い直して戻ってきたんで,そこら辺は勤務も徐々に上げられたですし.No. 8〕

しかしながら,十分に病状回復していなかったり,本人に内在する問題を解決できないままに復帰すると,うまく適応できなかったり,再休業となって〈療養のための心の準備への支援〉が必要となっていた.

〔(職場に)出ちゃったら思いのほかしんどかったって,葛藤が始まっちゃったんですね.(中略)あ~それはもうだめですねってことで(再び)休んでもらいました.No. 2〕

職場適応期の産業看護職は,間接支援として「見守り」ながら,必要に応じて「本人が課題を乗り越えられる」ように直接支援を行っていた.そして,自立を妨げる本人のみでは対応できない課題については〈周りから支持〉するという間接支援により,本人が適応できるように労働環境を整えていた.

4)支援過程に影響した要因

職場復帰支援に対して産業看護職は,職場へ復帰した本人が以前のように活躍でき,職場も有能な人材を確保できるという「本人と職場に有益となる職場復帰をめざそう」と考え,そのために産業看護職としての役割を果たそうと「看護活動の核となる思い」を抱いて〈有益となる職場復帰への支援〉を続けていた.その産業看護職の思いは,各期における直接支援と間接支援の双方のあり方に影響していた.

〔会社に一人人材を失わなくて良かったねって,その人を自信を失わせずに,人生をいろんな選択の中から選べるようなそういうシチュエーションの中に戻していく,そういうのが役割だと思っているんですね.No. 6〕

〔それで相手や事業所がよくなるためのものだからって考えでやっていることで.No. 4〕

そして,それを達成するために本人と本音で話せるような〈関係性の構築〉ができるようにかかわっていた.本人とのかかわり始めの面接では本人が「安心して話せる場づくり」を行い,本人の気持ちに呼応しながらかかわりを重ねていくことで「関係性を結んで」いた.

〔本人は会社を辞めさせられるとか,非常に会社には顔向けできないとか,(中略)(本人が会社への不信感をもつなかで,本人を)電話で受け入れられるような働きかけをできたんですね.待ってますよって.復帰に向かって一緒にやって行きましょうねって言って.それがすごく安心したって後で返してくれたことがあって.No. 6〕

さらに,面接という公的な場では話しにくい本人の本当の気持ちを聴くために「場をつくって心を聴き」本人の真のニーズや本音を理解したり,これまでの経緯や病気の特徴を踏まえ,周囲から情報を収集して「総合的な情報による本人理解を進めながらの対応」を行ったり,本人が納得して行動したり出来なかったことが出来るようになるまで「本人のペースで同行し続けて」いくことで,産業看護職への信頼感が徐々に深まり,相互作用による直接支援も進んでいった.

〔産業医の前では緊張しているじゃないですか.だから,ちょっと場を変えて帰り際にあの話どうだったっていうと割と本音がでそうな気が私はしているの.No. 3〕

〔その人のペースというか,ひとりひとり歩みが違うんで,その人のペースに合わせて寄り添いながら支援していくというのをいつも何だか,自分の独りよがりにならないように,その辺をいつも注意してやっているのかしら.No. 10〕

5)自信回復への支援プロセス

そして,これらの支援は本人がうつになって休業したことへの傷つきやこれまで積み上げてきたキャリアの崩壊という自信喪失の状態から,病状回復に伴い生活拡大を図りながら少しずつ復帰への自信をつけ,職場適応の過程を経て自信を取り戻していくことに同行する【自信回復への支援プロセス】であった.

〔彼が自信を取り戻せるような気持ちがあの時一番大事だったのかなあって思いますね.No. 8〕

IV. 考察

支援の構造が3つの時期に分かれたのは,職場復帰には病状に応じた各期の課題があり,産業看護職は従業員がそれぞれの課題を乗り越えられるように支援を行っていたためと考えられた.また,職場復帰支援では職場の協力がその成否に大きく影響するといわれており10),従業員への直接支援のみならず関係者との調整のような間接支援の両方が有益となる職場復帰には必要であったと推察された.

以下に,支援の構造から考えられた産業看護職が行う職場復帰支援の意味と役割および役割を果たすための基盤について述べる.

1. 職場復帰時期による産業看護職の支援の意味

従業員が職場への復帰を果たし職場適応していくプロセスは,うつの発症により休業となり病状回復のための医学的治療が優先される病状回復優先期,社会生活への適応を進めて職場へ復帰できるまでに状態を改善する復帰準備期,病状と業務遂行とのバランスをとりながら回復していく復帰後の職場適応期に分けられた.産業看護職は,病状回復優先期には従業員への〈療養のための心の準備への支援〉と〈療養環境整備〉を行い,十分に病状回復できるように働きかけ,復帰準備期には従業員自身への〈社会的心理的課題克服への支援〉と関係者間を〈つなぐ〉ことで復帰に向けての準備性を高め,職場適応期には従業員に必要な〈周りから支持〉をすることで従業員への労働生活での〈自立への支援〉を行っていた.従業員がこれらの時期を着実に通過できるように産業看護職が適切に支援することにより,早期の職場への復帰と円滑な職場適応につながると考えられた.

職場適応の阻害要因にはうつ病の残遺症状があり,その背景には発症に関与した心理社会的要因が存続していることなどが指摘されている11).復帰準備期の産業看護職による従業員自身が内在する課題に気づき解決していくことへの支援や従業員と職場関係者をつないで両者の関係性を整えることは,発症に影響を与えた心理社会的要因を排除することでもあり,復帰後の職場適応につながる重要なかかわりであった.また,復帰後に再休業となる要因には病状が改善・安定しきっていない状態での復帰があげられており12),十分な病状回復を図り,適切な復帰準備を進める産業看護職のかかわりは,円滑な職場適応につながるのみならず再燃の可能性を減じ,再休業を防止する支援でもあるといえる.従業員にとってうつによる休業は人生の挫折体験であり自信が大きく揺らぐこと13)であり,再発することはさらなる自信喪失につながると考えられる.ゆえに円滑な職場復帰は従業員のその後の労働生活の質のみならずQOLにもかかわることになり,産業看護職による各期の支援は従業員の人生にも影響を及ぼす可能性があるといえる.

2. 職場復帰支援において産業看護職の果たしていた役割

職場復帰支援の目的は円滑な職場復帰を支援するものである14)が,津久井は,職場復帰支援は単に再度仕事に就くことをサポートする一時的・社会的側面のみならず労働者の人生における重要なターニングポイントともいえる局面に関与するものであるとしている15).うつによる休業体験の心理的ダメージはそれほど大きく,従業員の気持ちを整理する支援が重要となる16).産業看護職による支援は,発症により傷つき,自信を喪失し,将来不安や職場への申し訳なさから復帰への焦燥感を募らせる従業員の気持ちを落ち着かせて必要な病状回復を促し,復帰への自己の課題に向き合わせ解決していくことで安心して復帰させ,復帰後に職場適応していくなかで,自信を取り戻していくプロセスへの支援であった.そのプロセスのなかで,産業看護職は従業員の認知に働きかけて課題に気づかせ解決したり,徐々に日常生活の範囲を広げていくことで自信の回復を図っていた.岡田は,うつ病者の多様な社会生活上の機能低下に影響するとみられる認知にアプローチするには,うつ病患者の看護の基盤とされてきた治療的な患者-看護師関係が非常に重要であるとしており17),従業員との関係性を深めながら相互作用により支援を行う18)産業看護職にとって,従業員の認知に働きかけて日常生活や労働生活といった社会生活への適応を支援することは重要な役割であるといえよう.

これらの支援は,従業員との関わりの始めから関係づくりを意識して行い,関係性を構築していくことで遂行されていた.横田は,対象者との最初の出会いの味わいは,その後のかかわりの性質や方向づけに強い影響を及ぼすとしており19),産業看護職が従業員との出会いを大切にするために関わり始めから気を配りながら関係性を結び,その後の支援のなかで関係性を深めていくことが,有効な支援につながっていくと考えられた.

また,産業看護職は従業員の本音や職場情報などの豊富な情報を収集し,産業医が就業上の措置の判断にいかせるように提供したり,職場関係者との調整に活用していた.これは産業保健チームの一員としての産業看護職の役割20)を認識して行動していると考えられる.チーム間の連携には互いの専門性を理解し21),それぞれの役割を果たすことが必要であり,職場復帰支援における産業看護職の役割は職場関係者,産業医等がそれぞれの役割を果たせるように収集した情報を活用し,従業員,職場関係者,産業医をつなぐことであるといえる.そこには,従業員と管理監督者,従業員と産業医,管理監督者と産業医等の多重構造的な人間関係の場に接し22),相互関係を理解しているという産業看護職の特徴が生かされていた.

3. 産業看護職の支援の基盤

職場復帰支援において産業看護職は「本人と職場に有益となる職場復帰をめざし」て支援していた.それは,支援を開始する病状回復優先期から職場適応期,そして再発予防や適応後の従業員の労働生活にまで及んでいた.そして,その支援は「看護活動の核となる思い」により支えられていたと考えられる.ウィーデンバックは,目的と哲学は看護を実践するために欠くことのできない本質的なものであり,目的と哲学とは一体となって看護実践を確実なものにするとしている23).目的とは看護師が自らの看護実践を通して達成したいと望んでいるものであり,哲学とは看護師の信念や看護行為に対する態度であり,行動に影響を与えるものであるとされる.また,薄井も,看護師の実践を支えるものが看護観であり,看護観に基づく実践が表現技術であるとして24),看護観の必要性を述べている.支援の構造においては,産業看護職の職場復帰支援の目的が「本人と職場に有益となる職場復帰をめざす」ことであり,それに影響を与える哲学あるいは実践を支える看護観が「看護活動の核となる思い」であるといえよう.

産業看護職による職場復帰支援の目的が同じであっても,その実践内容に違いがみられたのは看護観が異なっていたためと考えられる.したがって,「本人と職場に有益となる職場復帰をめざす」には,直接・間接支援に必要となる知識や技術を学習するのみならず,それらの知識や技術を表現するための基盤となる看護観を吟味していく必要があろう.その両者が相まってこそ,産業看護職による職場復帰支援の質が高まり,その役割を発揮できるものと考える.

本研究の限界と今後の課題

本論文により,うつにより休業した従業員への職場復帰における産業看護職の支援の構造が明らかになった.しかしながら,本研究は職場復帰支援体制が整っている大企業の一事業場での調査であるため,企業のメンタルヘルス対策への産業看護職に対する役割期待や健康管理センターの特徴が産業看護職の支援の構造に影響している可能性がある.今後は支援体制の異なる事業場の事例を対象として,産業看護職の支援の構造をさらに検討していくことが望まれる.また,本論文では取り上げられなかったが,職場復帰支援では従業員のみならず管理監督者や家族への支援が行われていたり,職場関係者との連携の基盤となる関係性の構築が職場復帰支援以前からなされている等,従業員支援以外の要因も職場復帰支援に関与しており,そのような職場復帰支援全体にかかわる産業看護職の支援の構造を明らかにしていく必要があると考えられた.

結論

うつにより休業した従業員の職場復帰における従業員への産業看護職の支援の構造を明らかにした.職場復帰支援は時間的経過に伴い病状回復優先期,復帰準備期,職場適応期の3期に分けられ,産業看護職は各期で従業員への直接支援と従業員の職場復帰に必要な環境を整えるための間接支援を行っていた.その支援は,うつの発症により自信喪失した従業員の認知に働きかけて社会生活への適応を支援することで自信回復を図ること,従業員,職場関係者,産業医間の相互関係を理解しながらそれぞれをつなぐことであった.そして,これらの支援を効果的に遂行するには,産業看護職のもつ看護観とそれを達成するための技術が重要であると考えられた.

謝辞:本研究にあたり,研究の場を提供くださいました健康管理センターの所長,看護部長ならびに調査に快くご協力くださいました産業看護職の皆様に心よりお礼と感謝を申し上げます.また,分析にあたりご助言をいただきました産業看護職の皆様にも感謝申しあげます.

文献
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  • 8)   木下 康仁. グラウンデッド・セオリー・アプローチ-質的実証研究の再生. 東京: 弘文堂, 1999: 284.
  • 9)   木下 康仁. グラウンデッド・セオリー・アプローチの実践. 東京: 弘文堂, 2003: 257.
  • 10)   永田 頌史. 職場復帰を困難にする要因. 産業医科大学産業生態科研究所編. 職場復帰の理論と実際. 東京: 中央災害防止協会, 1997: 182-193.
  • 11)   島  悟,  佐藤 恵美. 残遺症状 (後遺症状) と就業面の配慮. 日本産業精神保健学会編. メンタルヘルスと職場復帰支援ガイドブック. 東京: 中山書店, 2005: 41-53.
  • 12)   林  果林,  藤井  悠,  根本 雅子, ほか. 復職支援デイケア利用後の再休職事例に関する要因分析. 産業精神保健 2013; 21 (3): 197-202.
  • 13)  11) 再掲
  • 14)  6) 再掲
  • 15)   津久井 要. 本人への働きかけ. 日本産業精神保健学会編. メンタルヘルスと職場復帰支援ガイドブック. 東京: 中山書店, 2005: 54-64.
  • 16)   島  悟,  佐藤 恵美. 精神障害による疾病休業に関する調査. 産業精神保健 2004; 12 (1): 51-54.
  • 17)   岡田 佳詠. 認知へのアプローチ. 日本精神科看護技術協会監. 実践精神科看護テキスト第11巻うつ病看護. 東京: 精神看護出版, 2007: 90-108.
  • 18)   Travelbee  J. 長谷川浩訳. 人間対人間の看護. 東京: 医学書院, 1974: 131-145.
  • 19)   横田  碧. 保健相談面接技術.  河野 啓子編. 産業看護実践マニュアル. 大阪: メディカ出版, 2008: 154-188.
  • 20)  4) 再掲
  • 21)   Martin-Rodriguez  LS,  Beaulieu  MD,  D'amour  D, et al. The determinants of successful collaboration: A review of theoretical and empirical studies. Journal of Interprofessional Care 2005; 19 (Supplement 1): 132-147.
  • 22)   粕田 孝行. 精神病院における看護の現状と課題.  松下 正明編. 臨床精神医学講座S5巻精神医療におけるチームアプローチ. 東京: 中山書店, 2000: 263-276.
  • 23)   Wiedenback  E. 外口玉子, 池田明子訳. 臨床看護の本質-患者援助の技術. 東京: 現代社, 1984: 27-37.
  • 24)   薄井 坦子. 科学的看護論. 東京: 日本看護協会出版会, 1997: 56-110.
 
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