産業衛生学雑誌
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調査報告
化学療法中患者の看護にあたる看護師の抗がん剤による職業性曝露―尿中シクロホスファミドとα-フルオロ-βアラニンの定量分析―
佐々木 真紀子石井 範子菊地 由紀子工藤 由紀子杉山 令子長谷部 真木子
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2016 年 58 巻 5 号 p. 164-172

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Abstract

目的:化学療法中の患者を看護している看護師の抗がん剤の職業性曝露の状況と看護内容との関連を検討する.対象:北東北2カ所の一般病院で化学療法中の患者を看護している女性看護師10名で,原則として抗がん剤の混合調製を実施していない看護師とした.方法:化学療法中の患者の看護に従事した日の24時間の尿を採取し,オランダのEXPOSURE CONTROL研究所に依頼して,尿中のシクロホスファミド(CP)とα-フルオロ-β-アラニン(FBAL)の定量分析をガスクロマトグラフ質量分析で行った.また,年齢,化学療法中の患者への看護内容とその際の防護具装着状況,最近の健康状態等について質問した.結果:CPは9人の看護師の24の尿サンプルから検出された.CPの総排泄量は一人あたり5.4~44.2 ng/24 h,平均は16.8 ng/24 hで病院間に有意な差はなかった.FBALはいずれの尿サンプルからも検出されなかった.CPは勤務開始前の尿からも検出され,またCPの点滴中の患者を看護していない看護師の尿中からも検出された.健康状態では脱毛があると回答したものが9名で最も多かった.考察と結論:本研究ではCPの点滴中の患者の看護を行っていない場合でもCPによる曝露があることが明らかになった.曝露の経路としてCPの吸入や皮膚からの吸収が考えられる.曝露を最小限にするためには,看護の様々な場面でも適切な個人防護具の装着が必要である.また今後は環境中の抗がん剤のモニタリングや看護師の健康状態のモニタリングを定期的に行っていくことが重要である.

I. 問題の背景

抗がん剤はがん患者の治療においてはその効果が期待され,現在も欠くことのできない薬剤である.しかし一方ではDNAの合成や修復機能を阻害する作用を有するものも多い.抗がん剤のこれらの作用はヒトの正常細胞にも及ぼされることから,取り扱う医療従事者への職業性曝露による健康影響が危惧されている.1979年にFalck1)が抗がん剤を取り扱った看護師の尿中に変異原性があることを公表した前後から,欧米諸国では職業性曝露による身体への影響について様々な研究が行われてきた.先行研究ではDNA損傷との関連2-4)や,染色体異常との関連5,6),月経異常7),妊娠・出産に与える影響8,9)などが報告されている.我が国における抗がん剤取り扱い時の防護対策については,1991年に日本病院薬剤師会から「抗悪性腫瘍剤の院内取扱い指針」10)が公表され改訂版が出されており,2004年には日本看護協会による「看護の職場における労働安全衛生ガイドライン」で看護師の抗がん剤の取扱に関する指針が示された11).また石井らは日本の看護の現状に即した具体的な取り扱い方法を示した「看護師のための抗がん剤取り扱いマニュアル」を公表している12,13).更に2014年には厚生労働省から「発がん性等を有する化学物質を含有する抗がん剤等に対するばく露防止対策について」14)が関係団体宛に通知され,2015年には「がん薬物療法における曝露対策合同ガイドライン」15)が公表されている.これらのことから医療現場では抗がん剤の曝露防止対策に対する必要性の認識はかなり高まっていることが予測される.2011年の菊地らの調査結果16)によると抗がん剤による曝露の看護師の認識は98.8%であり,ガイドラインを作成している病院は64.5%であり,2001年らの石井らの調査結果17)に比べてかなり増加した.しかし防護対策の必要性を裏付ける健康影響に関する報告は極めて少ない.

日本では抗がん剤の職業性曝露による健康への影響に関する実証的研究はYoshidaらによって初めて報告された.これは一施設の看護師を対象とした結果であるが,抗がん剤を取り扱っている看護師は取り扱っていない看護師に比べてDNA損傷のレベルが高いことが報告された18).また我々は2006年に日本の複数の医療施設の抗がん剤を取り扱う看護師を対象に事務職員をコントロール群として抗がん剤の取り扱いと末梢血リンパ球のDNA損傷との関連をコメットアッセイ法により検証した.その結果では,日本の看護師においても抗がん剤を取り扱っている看護師はコントロール群よりもDNA損傷のリスクが高くなることが示唆された19).しかし,DNA損傷は抗がん剤以外にも引き起こされる事から,抗がん剤曝露と健康影響との関連を明らかにするためには,抗がん剤が実際に看護師の体内に取り込まれていることを実証し,健康状態との関連を明らかにしていくことが重要である.

抗がん剤の体内への曝露状況を知る方法として,尿中に排泄される抗がん剤の含有量を測定することが行われている.1984年にHirstら20)が抗がん剤を取り扱っている看護師の尿中から抗がん剤のシクロホスファミド(CP)が検出されたことを報告しており,その後も複数の研究21-25)で医療従事者の抗がん剤の曝露状況のモニタリングが行われてきた.近年我が国でも,鍋島ら(2008)26)やSugiuraら27)が抗がん剤を取り扱う医療従事者の尿中からシクロホスファミドが検出されたことを報告している.Sugiura27)らは混合調製時に手袋や防護具を着用していなかった医師からはCPが検出されたが,安全キャビネットを使用しガイドラインに従って行った薬剤師からはCPが検出されなかった事を報告している.抗がん剤による職業性曝露の状況は,取り扱い環境や取り扱う際の防護対策の状況によっても異なることが考えられる.

抗がん剤は尿中に未変化体で排泄されるものも多い.患者の日常生活の援助を行う看護師は,化学療法中の患者の排泄の援助を行う場面も多く,これらの援助時に防護対策が充分にとられていない場合は抗がん剤の曝露の危険性が高くなる.2003年の石井らの調査28)によると,抗がん剤治療中の患者の排泄物取り扱い時に曝露対策を考慮している施設は10%程度であった.また,看護師は化学療法中の患者の点滴交換が約75%,点滴針抜去・点滴針の後始末では約85%を看護師が実施していた.抗がん剤の混合調製はH22年の診療報酬改訂後,薬剤部で行われる施設も増えたことから,混合調製に看護師が携わる機会は減っている16)が,混合調製以外のプライミングや点滴の交換,注射針の抜去や,点滴の後始末などの看護師の業務は現在も続いていると考えられる.これらの場面で抗がん剤の付着した点滴バッグや抗がん剤の残留した点滴チューブの扱い時や防護具の着用が不十分な場合は曝露の危険性が高い.以上のことから看護師は看護場面で抗がん剤に曝露される機会が多いことが推察されるが,化学療法の患者の看護している看護師の曝露の状況と看護内容との関連を検討した報告は見あたらない.

本研究では化学療法の患者の看護にあたった看護師の抗がん剤の曝露状況と看護内容の関連について検討することにした.

II. 研究の目的

本研究では化学療法中の患者の看護を行っている日本の看護師を対象に,尿中の抗がん剤の含有量を測定し,看護師の抗がん剤の職業性曝露の状況と看護内容との関連を検討することにした.

III. 研究方法

1. 対象

北東北2カ所の一般病院で働く女性看護師で研究参加への同意が得られた10名(それぞれの病院から5名)とした.看護師は化学療法中の患者を看護しているが,原則として抗がん剤の混合調製を実施していないことを条件とした.対象として混合調製を行っていない看護師を原則とした理由は,混合調製以外の看護場面でも曝露の危険性があることを明らかにする事を目的としたためである.

2. 調査時期

2012年1月~3月

3. 調査項目

1) 尿中の抗がん剤の定量

(1)対象薬剤:日本でがん化学療法に多く用いられているシクロホスファミド(商品名:エンドキサン)(以下CP)と,5-フルオロウラシル(以下5-FU)とした.ただし5-FUは体内での代謝が早いことが知られている29)ため,代謝産物であるα-フルオロ-βアラニン(以下FBAL)の定量を行った.

(2)尿の採取方法・保存:勤務開始から24時間後まで,排尿のたびに計量カップに全ての尿を取りそのうちの5 mlの尿を採尿管(EXPOSURE CONTROL B.V.製)に採取し尿量と採取時間を記入するよう対象者に依頼した.検体の尿は分析まで-80℃で冷凍保存した.なお,採尿は,化学療法を受ける患者を担当する勤務開始前とその後の24時間の排尿の度に行うことにした.

2) 質問紙調査

年齢,採尿を行う当日と過去1週間以内に実施したがん化学療法中の患者への看護の内容と防護具の着用について質問した.看護の内容として,抗がん剤入りの点滴の接続,交換,抜針,後始末,混合調製の有無と,装着した防護具を質問した.また抗がん剤は患者の尿20-27)や汗30)などから排泄されることから,排泄物による曝露が予測される援助として,寝衣交換,シーツ交換,清拭,排泄の援助,ストーマのケア,ドレーンの廃液の処理の有無,吐物の片づけの有無と防護具の装着状況を質問した.さらに看護師自身の健康状態として,Krstevら31)による抗がん剤を取り扱った看護師に認められた自覚症状の報告や抗がん剤の生殖器への影響,アレルギー症状として発現する可能性のある症状を参考に,過去1ヶ月程度の頭痛,めまい,脱毛,皮膚症状,胃腸症状や生殖器系の症状の有無について質問した.

4. 分析方法

1)尿検体は収集後に冷凍保存のまま空輸し,オランダのEXPOSURE CONTROL研究所に依頼してガスクロマトグラフ質量分析(GC-MSMS)により抗がん剤の含有量を測定した.検出限界はCP<0.01 ng/ml urine,FBAL<1 ng/ml urineであった.

2)尿中抗がん剤の含有量と防護対策,健康状況との関連を検討した.

IV. 倫理的配慮

本研究は対象者及び対象者の所属する施設長の同意を得て行った.同意を得るにあたり,対象者及び所属の施設長には,研究の目的,意義,及びデータ管理の方法について口頭ならびに書面で十分に説明した.また研究への参加は対象者の自由であり,同意した場合であってもいつでも研究参加の同意を撤回できること,研究に参加しない場合でも不利益を生じることはないこと,データは研究者が連結可能匿名記号化したうえで使用すること,公表にあたっては,個人が特定されないように処理することを確約した.これらの説明によって同意が得られた対象者からは同意書を文書で得た.なお本研究は秋田大学医学部倫理委員会の承認を得て行った(医総第1554).

V. 結果

看護師の年齢は20~30歳代4名,40歳代2名,50歳代2名,60歳代1名であった.またCPの24時間平均排泄量(±標準偏差)は病院Iの看護師A~Eでは12.8(±8.8 ng),病院IIの看護師F~Jは24.1(±16.6)であったが,有意な差ではなかった.なお,病院IIの看護師1名が外来化学療法室勤務であったが,その他は全員病棟勤務であった.

1. CP及びFBALの尿中排泄量および看護内容と防護具着用状況

10人の看護師から合計77本の尿サンプルが得られた.そのうちCP入りの点滴治療を受けている患者の看護に携わった看護師は4人であったが,それ以外の看護師の尿中からもCPが検出された.CPが検出された看護師は9人で合計24本の尿サンプルから検出された.CPが検出された看護師9人の1人あたりの24時間のCP総排泄量は5.4~44.2 ngであった.

また5-FUの点滴治療を受けている患者の看護を担当した看護師は10人中,9人であったが,いずれの看護師の尿からもFBALは検出されなかった(表1).採尿当日の受け持ち患者への看護の内容で多かったのは,点滴交換と輸液ルートの側管からの薬液の注入であった.

看護する際の防護具は点滴交換時には手袋装着(一組)が多かった.薬液の注入では看護師I以外の3名は手袋・マスク・エプロン・へアキャップを着用していた(表2).また過去1週間の看護の状況では,シーツ交換,点滴の接続・交換や終了時の針の抜去,点滴の後始末を行っていた.防護具の着用状況では同じ病院でも個々に違いがあった.点滴の混合調製は採尿当日に行ったものはいなかったが,過去1週間以内に行ったものが3名いた.取り扱った抗がん剤はいずれも5-FUであり,CPの混合調製を行った看護師はいなかった.混合調製時に着用した防護具はいずれも手袋・マスク・エプロン・ゴーグル・ヘアキャップであった.混合調製時の手袋については看護師D・Eは二重で行っていたが,看護師Iは一組の使用であった(表3).

表1. 採尿当日の受け持ち患者のCP・5-FUの使用状況とCP・FBALの排泄量
病院 看護師 5-FUとCP使用状況 CP ng/24h FBAL ng/ml urine
ND:検出なし(検出限界:CP<0.01ng/ml尿中,FBAL<1ng/ml尿中)
I A 5-FU 18 ND
B 5-FU,CP 9.3 ND
C 5-FU ND ND
D 5-FU,CP 23.4 ND
E 5-FU 12.5 ND
II F CP 29.1 ND
G 5-FU 17.5 ND
H 5-FU 5.4 ND
I 5-FU 44.2 ND
J 5-FU,CP 9 ND
表2. 採尿当日の看護内容と防護具着用状況
病院 看護師 CP ng/24h 採尿当日の看護内容 防護具着用状況
(※):採尿当日にCP治療を行った患者を受け持った看護師
I A 18 点滴交換 手袋(一組)
B(※) 9.3 点滴交換 手袋(一組)
採血 手袋(一組)・マスク
内服介助 手袋(一組)・マスク
点滴針抜去 手袋(一組)・マスク
C ND 点滴交換 手袋(一組)
バイタルサイン測定 なし
D(※) 23.4 点滴交換 手袋(一組)・マスク
E 12.5 CVポート穿刺 手袋(一組)
点滴交換 手袋(一組)
バイタルサイン測定 なし
II F(※) 29.1 点滴交換 手袋(一組)・マスク・エプロン・ゴーグル
点滴針抜去 手袋(一組)・マスク・エプロン・ゴーグル
点滴後始末 手袋(一組)・マスク・エプロン・ゴーグル
寝具交換 手袋(一組)・マスク・エプロン・ゴーグル
G 17.5 点滴交換 手袋(一組)・マスク・エプロン・ゴーグル・ヘアキャップ
点滴針抜去 手袋(一組)・マスク・エプロン・ゴーグル・ヘアキャップ
側管から薬剤注入 手袋(一組)・マスク・エプロン・ゴーグル・ヘアキャップ
H 5.4 点滴交換 手袋(一組)・マスク・エプロン・ヘアキャップ
側管から薬剤注入 手袋(一組)・マスク・エプロン・ヘアキャップ
I 44.2 点滴交換 手袋(一組)
側管から薬剤注入 手袋(一組)
J(※) 9 点滴接続 手袋(一組)・マスク・エプロン・ゴーグル・ヘアキャップ
点滴交換 手袋(一組)・マスク・エプロン・ゴーグル・ヘアキャップ
側管から薬剤注入 手袋(一組)・マスク・エプロン・ゴーグル・ヘアキャップ
表3. 過去1週間の抗がん剤治療中患者の看護内容と防護具の着用状況
病院 看護師 寝衣交換 シーツ交換 清拭 排泄介助 便・尿器片づけ 吐物片づけ 点滴接続・交換 点滴針抜去 点滴後始末 混合調製
表中の記載内容は以下の通りである.
(※):過去1週間内にCP入り点滴の治療を行った患者を担当した看護師
●は看護内容の該当者.数字は以下の着用した防護具である.数字なしは防護具の記載がないものである.
1:手袋のみ 2:手袋・マスク 3:手袋・マスク・エプロン 4:手袋・マスク・エプロン・ゴーグル 5:手袋・マスク・エプロン・ゴーグル・ヘアキャップ
なお,看護師D・Eは混合調製で二組の手袋を使用していたが,他は全て一組の使用であった.
I A
B ●1 ●1 ●1 ●1
C ●1 ●1
D ●1 ●2 ●2 ●2 ●5
E ●2 ●1 ●5
II F(※) ●4 ●4 ●4 ●4
G ●5 ●5 ●5 ●5
H ●3
I ●1 ●1 ●1 ●1 ●1 ●1 ●1 ●1 ●5
J

2. CPの継時的な排泄量と24時間排泄量について(表4

看護師B・D・F・Jは採尿当日,CPの点滴を行っている患者の看護を実施しており,Fは1週間以内にも同様の患者を看護していたが,そのほかの看護師はCP入りの点滴治療中の患者を担当してはいなかった.看護師D・E・Jは勤務開始前の尿からすでに排泄が認められた.看護師A・D・Fは勤務中から24時間後まで排泄が認められた.また看護師B・G・Hは勤務中に集中して排泄されていた.看護師Cの尿からはCPは検出されなかった.

表4. CPの継時的な排泄量(ng)と24時間排泄量(ng/24hr)
病院 看護師 開始時 3h後 6h後 9h後 12h後 15h後 18h後 21h後 24h後 CP ng/24hr
CP:シクロホスファミド
表中の数字は採尿でCP排泄が検出された時間の一回排泄量(ng)である.
なお,開始時は全員採尿をしており,検出なしの場合NDと記載したが,その他の時間で検出なしの場合は記載を省略した.
(※):採尿当日CP混入の点滴中の患者をケアした看護師
(※※):採尿当日と1週間以内にCP混入の点滴中の患者をケアした看護師
I A ND 9.6 8.4 18.0
B(※) ND 2.1 7.2 9.3
C ND ND
D(※) 2.6 4.8 4.2 2.4 6.0 3.4 23.4
E 6.9 5.6 12.5
II F(※※) ND 5.2 3.6 9.0 7.4 3.9 29.1
G ND 7.0 10.5 17.5
H ND 5.4 5.4
I ND 25.0 19.2 44.2
J(※) 6.0 3.0 9.0

3. 過去1ヶ月の健康状態について

脱毛が良くあると回答したものは1名,たまにあるものは9名であったが,10人中9人は気になるほどではないとのことであった.頭痛がたまにあるものは4名,めまい,胃腸症状があるものはそれぞれ2名,生理不順などの生殖器症状がたまにあると回答したものは1名であった.

VI. 考察

本研究は化学療法中の患者の看護を行っている日本の看護師を対象に,尿中の抗がん剤の含有量を測定し,看護師の抗がん剤の職業性曝露の状況と看護内容との関連を検討することを目的とした.対象となった看護師はCPが混入した点滴中の患者の看護を行っていない場合でも,またCPの混合調製は過去1週間行っていないにも関わらず,ほとんどの看護師の尿中からCPが検出された.本調査では各病院の化学療法の頻度の調査は行っていないが,調査依頼時には病院Iは化学療法の患者がほぼ毎日入院している状況であり,病院IIは1ヶ月に数人入院する程度であった.これらのことから,化学療法の頻度に関わらず,またCPの混合調製やCP混入の点滴に関わらず,看護師はCPに曝露されていると考えられる.

なお,本研究結果では10人中9人の看護師が5-FUの点滴を行っている患者の点滴交換などを行っていたが,5-FUの代謝産物であるFBALはいずれの看護師からも検出されなかった.5-FUは治療として投与された場合,患者の尿中に45分程度で未変化体として排泄される32).また混合調製で薬剤師が取り扱った際にFBALが検出された報告もあるが33),今回は当日の患者の看護において尿を取り扱った看護師はおらず,直接的な曝露は少なかったことが考えられる.また代謝産物であるFBALの検出限界の閾値が高かったことも検出には至らなかった要因として考えられる.

本研究の対象者のCPの曝露の経路は明確ではない.しかし,CPは常温で気化することが確認されている34).CPの混合調製を行った部屋の空気サンプルからはCPが検出されたことも報告されている22).またConnorら35)は米国の3大学のがんセンターの抗がん剤による空気サンプルや表面ふき取りにより抗がん剤による環境汚染を調査し,推奨された安全な取り扱いを行っているにも関わらず,CPなどの抗がん剤による環境汚染があることを報告している.我が国においてもSugiuraら27)の作業環境の表面ふき取りによる調査結果において,CPを取り扱ったナースステーションの電話台や病室のベッドサイドテーブルや点滴台の下からも検出されている.また,佐藤ら36)がクーポン法による抗がん剤調製環境におけるCPと5-FUの汚染調査を行った結果,ナースステーションの作業台の表面や作業台下の床,患者の病室,また看護師の白衣(腹部)に貼付したクーポンからも5-FUが検出されたことを報告している.本研究では作業環境からの検出は行っていないが,これらの研究結果を踏まえると,本調査で対象者の勤務する病院の環境中にもCPや5-FUによる汚染があったと推測される.

このような環境中で勤務している医療従事者の抗がん剤の体内への主要な吸収経路として,気化した空気中のCPのエアロゾルを吸入したり,皮膚に付着したCPの経皮的な吸収が考えられる.この場合CPの混合調製や患者の点滴に関わる処置を直接行わない看護師でも曝露されるリスクがある.看護師の看護活動に伴う皮膚曝露については,Fransmanら37)は腫瘍病棟で勤務する1名の看護師がCPの静脈内への投与をうけた患者に対して行った尿の取り扱い,清拭,シーツ除去時に着用した手袋の全ての表面,及び手袋除去後の手洗い液からCPが検出されたこと,またCPの付着を観察するため衣類で覆われていない看護師の前腕に貼付したパッドからもCPが検出され,看護師は手袋の下の皮膚や,衣類等で保護されていない皮膚から曝露されていることを明らかにしている.このことからも看護師は日常的なケアのなかでもCPによる曝露があることは十分推測されることである.しかし今回の研究の対象となった看護師は,採尿当日には主に点滴の交換や接続,バイタルサインズの測定などであり,患者からのCPの排泄が予測される排泄や清拭などのケアには携わっていなかった.また過去1週間でシーツ交換や寝衣交換,清拭などに関わった看護師はいたが,その中で直接CPの投与を受けている患者のケアに携わった看護師は1名のみであった.このことは,日常的な看護場面以外でもCPに曝露される危険性があることを示している.看護師は看護の環境において,曝露は避けられない状況であるといえる.環境中に存在する抗がん剤からの曝露を防ぐためには,防護具の着用の仕方は重要な検討事項である.本研究では看護師の防護具の着用は抗がん剤入りの点滴の交換でも手袋一組がもっとも多かった.たとえ手袋を着用しても,CPは手袋を通過して皮膚に付着していることが明らかになっている37)ため,手袋一組の着用では不足である.CPの吸入や皮膚からの体内への取り込みを最小限にするためには,抗がん剤の混合調製時のみならず,患者の清拭やシーツ交換,排泄物の取り扱いにおいては二重の手袋や,マスク,ヘアキャップの着用が重要であると考える.

対象者である看護師個々のCPの排泄状況を経時的に見てみると,採尿当日の患者を受けもつ前からすでにCPが排泄されている看護師が3名いたが,過去1週間以内にCPの治療を受け持った看護師は含まれていない.CPの尿中への排泄は62%が2日以内とされており38),これら3名は勤務前までに病室や病棟内にエアロゾルとして浮遊しているCPを吸入したり,皮膚や毛髪に付着したCPが皮膚から吸収されたとも考えられる.なお,CPの排泄される時間や量は個人によって違いがあった.2011年にSugiuraらが報告39)した看護師や薬剤師のCPの24時間総排泄量において,同一病院の看護師でもCPが検出されない看護師がいたり,一病院の看護師でも2.7~128.6 ngと個人差があった.Sugiuraらは看護師の排泄量の個人差については明記していないが,病院環境のふき取り結果や薬剤師,看護師の尿中のCP排泄量の差について,防護具の個別の着用状況や病院内の環境汚染の影響が考えられることを報告している.本調査結果では病院IIにおいて,看護師Iの排泄量が同病院の看護師に比べて高かった.看護師Iは採尿当日に点滴交換や側管からの薬剤注入を行い,防護具は手袋のみであった.また化学療法中の患者の排泄の援助やシーツ交換など最も多くの看護内容を行い,混合調製も行っていた.しかしCP治療中の患者は担当しておらず,混合調製でもCPは扱っていない.このことからCP排泄量と防護具の着用状況や看護内容との直接的な関連は考えにくい.病院IIのFとJはCP治療中の患者を担当したがFの排泄量がJに比べて高かった.Fは化学療法室を担当していることから環境の汚染が影響したことも考えられるが,今回は環境のふき取り調査を行っていないため,これについては言及できない.しかしながら,同じ病院Iで勤務し,CP治療中の患者を採尿当日も過去一週間も担当していない看護師CとA,Eでは,防護具の着用は同じあっても排泄量に差があった.同一病院でほぼ同じような環境で働く看護師においても個人差が大きいことを踏まえると環境汚染以外にも,CPの皮膚からの吸収や排泄機能の個人差が排泄時間や排泄量に影響していることも考えられる.この個人差についてはCPの吸収経路や看護師の働く職場環境の抗がん剤の汚染状況や看護内容,防護具との関連など更なる検討が必要である.

本研究の看護師のCP総排泄量はSessinkら40)が,CPの職業性曝露によるがんのリスクを動物実験とCPの治療を受けた患者の原発性および二次性腫瘍のデータからリスク評価を行った量よりははるかに少なく,発がんに至るレベルとは考えにくい.しかしMcDiarmidら41)は抗がん剤を取り扱う医療従事者において特定部位の染色体異常が起こるリスクが高いことを報告している.さらに看護師の職業性曝露と妊娠の有害事象に関するメタアナリーシス・システマティックレビュー42)や米国の看護師のHelth Study IIの結果43)でも抗がん剤の取り扱いと自然流産との有意な関連があることが報告されている.今回測定した抗がん剤はCPと5-FUの代謝産物であるが,その他にもDNA鎖結合や損傷を引き起こすアルキル化剤であるイホスファミドが看護師の尿から検出された報告44)もある.看護師は複数の患者を看護し,様々な抗がん剤に長期間曝露される可能性があるが,これらの健康影響は明らかになっていない.今回の対象者数は少なく,健康問題については脱毛があると答えた看護師が多かったが,これらと曝露との関連は検討できなかった.しかし,抗がん剤に曝露された群は非曝露群に比べ脱毛や皮疹のオッズ比が有意に高かったという報告もある31).本調査結果ではCPの排泄には排泄機能の個人差も考えられたことから,今後は化学療法に携わる看護師やその他の医療従事者においても健康影響について長期的なモニタリングを行い,健康影響を明らかにしていくことが必要である.

また化学療法を行う病棟環境は,抗がん剤に汚染されている可能性が高い.作業環境管理では作業環境中の有害因子の状態を把握することが必要である.化学療法を行う病棟や病室の環境の汚染の程度を定期的に観察し,対策に結びつけていくことが求められると考える.現在我が国においても環境中の抗がん剤の汚染状況はクーポン法36)などを利用しての分析が可能になっている.病院は医療従事者のみならず多くの患者,家族等も訪れる場所である.病院環境の安全性を高めていくためにも,環境中の抗がん剤汚染のモニタリングを行うことが義務化されるような組織的な取り組みが今後必要である.

また作業管理としても,環境汚染を広げないための作業方法や,曝露を低減させるための措置として閉鎖式器具の使用や防護具の着用が必要である.今回2つの病院で調査を実施し,防護具は着用しているものの,種類や手袋の枚数などは統一されていなかった.また混合調製を行った看護師でも推奨される二重の手袋の着用がない場合もあった.従って,防護具の着用については,二重の手袋,長袖のガウン,毛髪への付着を防ぐためのヘアキャップの着用など,推奨される方法を施設内で確実に実行できるよう取り組んでいく必要がある.

VII. 結論と今後の課題

本研究ではCPの混合調製を行っていない看護師でも曝露されていることが明らかになった.曝露の経路は明らかではないが,環境中のエアロゾルの吸入や皮膚からの吸収が主要な経路と考えられた.しかし今回は調査期間中の看護師の服装や防護具の素材,閉鎖式器具の使用状況やメーカーについては詳細に調査していない.また対象者数も少ないことから看護内容や防護具着用状況との関連を詳細に分析するには限界がある.今後はこれらについても詳細に調査し検討していくことが必要である.

また本研究ではCPとFBALの尿中排泄量から抗がん剤の曝露を検討したが,抗がん剤にはその他にも毒性の強いものも多く,これらの薬剤の排泄量からのみ健康影響を評価することは難しい.今後は曝露の経路や抗がん剤の取り扱い環境と健康影響の関係を継続して調査していくこと,環境中の様々な抗がん剤の汚染状況をモニタリングし,曝露の少ない作業環境管理や作業環境を整備していくことが重要である.

謝辞:本研究にご協力頂きました皆様に深く感謝申し上げます.

なお,本研究は平成23~25年度科学研究費補助金基盤研究(C)「抗がん剤治療中の患者を看護する看護師の尿中抗がん剤モニタリングに関する研究」として行ったものである.

文献
 
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