産業衛生学雑誌
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事例
比較的若年の潜水漁漁師にみられた減圧性骨壊死
森松 嘉孝合志 清隆村田 幸雄合志 勝子井上 都久篠 奈苗松本 悠貴森 美穂子星子 美智子増田 宏石竹 達也
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2017 年 59 巻 2 号 p. 59-62

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はじめに

潜水漁漁師は職業性ダイバーの多くを占めるが,その大半は漁業組合に入らず規制を無視して潜水漁業を行っている実態がある1).潜水漁業には,ダイビングインストラクターダイバーのようなダイビングスケジュールに関する制限がないため,1人親方としての営みが多い潜水漁漁師は少しでも売り上げを増やそうとして無理な潜水を行い,減圧障害に罹患して初めて医療機関を訪れる2).治療後は安全潜水の指導に応じないため2),潜水漁漁師に対して,適正潜水や定期健診の義務などの法的規制の必要性が指摘されている1)

沖縄では年々レジャーダイバーが増加し,沿岸の漁業資源が枯渇するとともに職業性ダイバーは減少しているにもかかわらず,今回我々は,骨壊死を呈した潜水漁漁師事例を経験した.本事例は比較的若年で,新たな骨壊死発症因子が考えられたため,本事例を詳細に報告するとともに,沖縄における潜水漁漁師を取り巻く現状と課題を述べる.

症例

35歳男性潜水漁漁師.18歳より1日20本の喫煙歴あり,飲酒歴は週に数日,350 mlの缶ビールを2~3本である.20歳から28歳までサッシ施工の建設業に従事していたが,8年前,高収入を求めて潜水漁目的に本土から沖縄本島へ移り住んだ.漁業組合準会員となった後,陸上での仕事も含めて90日間勤務した後に正組合員となり,潜水漁に必要な潜水士の資格を約1年後に取得した.

漁は圧縮空気ボンベを用いたスクーバ潜水漁で,月に10日程行う.当初装着していたダイバーウオッチは,故障してから装着していない.船長の基で3人1組のチーム漁を行っており,出航は19時以降の夜間で,現場に到着すると,まず2人が漁を行い,1人は船上で待機する.漁を行い減圧浮上した2人のうち1人は洋上の1人が交代し,2人が漁を行う.1回の漁で通常4回の潜水を行うが,最初の2回は水深25~30 mで漁を行う.実際に海底で漁を行っている作業時間は35分で,その後浮上に約25分要する.3,4回目の漁では10 mよりも浅い深度で漁を行うが,この時点で何らかの症状が残っている場合は,「フカシ」を行う.フカシとは,浮上時に自己流で段階浮上を行う自己水中再圧法のことで,その方法は各船によって異なる.本事例が就業している船では,水深12 m,9 m,6 m,3 mをそれぞれ約20分かけて徐々に浮上するやり方であった.なお,本事例は冬場にフカシを行っておらず,通常行っている潜水プロトコール全体を相方と比較したところ潜水深度に相違はなかったが,海底に滞在する時間が5分長く,浮上にかける時間が5分短かった.また,使用している数着のウエットスーツのうち,一昨年に新調したウエットスーツを着用しての潜水時は,スーツによる締め付けを強く感じていた.

賃金体系は,1回の漁における売り上げの20%を手数料として船長へ渡すことになっている.収入は良いときで10万円超える日もあるが,最近は珊瑚の白化のため獲物が減り,2~3万円のこともある.最初は獲物が上手く捕れないため無理をすることがあったが,最近はそのようなことはない.

現病歴であるが,沖縄へ来てから健康診断を受けたことはない.冬の漁の際,寒さのためフカシを行わずに漁を行っていた.3年前より右股関節痛を自覚するようになった.日常生活ではサッカーを行う等,特に不自由を感じることはなかった.2年前より歩行時にも股関節痛を感じるようになった.2016年2月,急性腰痛症のため近医整形外科を受診それまで不安を感じていた股関節のレントゲン写真を撮ってもらったところ,骨髄内の帯状変化が疑われ,股関節専門の整形外科へ紹介された.MRI検査による精査の後,骨切り術等の観血的処置の適応を検討するために,大学病院整形外科へ紹介された.

受診時意識清明,歩行に問題なし,皮疹認めず,身長170 cm,体重60 kg,BMI 22.8,股関節の関節可動域に問題なし,パトリックテスト陰性.MRI検査では両骨頭の破壊と骨髄内信号域の不整がみられた(図1A, 1B).以上より,減圧障害による骨壊死と診断され,週2回の高気圧酸素療法が開始された.

現在,これまでのような無理な潜水は控えつつ潜水漁を継続しているが,自覚症状に変化はみられない.日常生活に不便を感じることはないが,股関節に衝撃がかからないように気をつけている.

ペアを組んでいる潜水漁歴20年の40歳代男性は元来肥満であったが,軽症潜水病(皮疹や関節痛)による受診歴はあるも,MRI検査にて骨壊死はみられなかった.

本事例の投稿に際し,本人より文書にて同意を得た.

図1A.

大腿骨MRI写真.両側骨頭の破裂と骨髄の信号域不整がみられる.

図1B.

両大腿骨MRI写真.骨の信号域が不整となっている.

考察

発症率

文献レビューによれば,潜水や潜函作業などの「高気圧作業者」における減圧性骨壊死の発症率は最高70.6%3)であり,レジャーダイバーや漁師の減圧障害発症数は海洋工事従事者のそれと比べて明らかに多い1).骨壊死は進行すれば生活の質を著しく低下させ,観血的処置が必要となり,職業性潜水従事者にとって重要な問題である.

九州・沖縄地区では古くから潜水漁漁師に骨壊死が多発していたことが知られており,無理な潜水によって骨壊死が起こる事も知られていた.1988年林らは,歩行時の股関節疼痛を呈した1例を契機に,九州・佐世保における14例の密猟潜水グループにおける骨壊死を検討している4).彼らの潜水プロフィールは,月に15~20日,1日に夜間7回潜水してアワビやサザエを密猟するものであった.全員が減圧障害予防の段階的安全停止を怠っており,平均潜水深度は15~25 mと申告しているが,ダイバーウオッチは未装着であった.重症減圧障害を認めなかったことが密猟を継続させた原因の1つで,痛みを主症状とした軽症減圧障害は頻回に発症していた.骨レントゲン上,骨壊死を認めたのは14例中9例(61.5%)と高頻度で,そのうち4例は自覚症状を有していた.

一方,1981年までの調査による骨壊死発症率は56.4%4)と,これは安全停止を行わない密猟グループにおける骨壊死発症率61.5%に近い値であるが,ある施設では1995年以降,減圧障害治療目的の来院はなくなっており5),2005年の九州における潜水漁民に対する調査6)では11.6%と減少し,2014年以降の報告では,ダイバーにおける骨壊死事例は稀とされている7,8)

発症要因

本事例の減圧障害発症の原因は,同僚よりも海底での潜水漁時間が5分長かったこと,浮上にかける時間が5分短かったこと,自己水中再圧法を行っていたこと,冬場は自己水中再圧を省略していたこと,そして新調したウエットスーツがそれまでよりも水中での締め付けが強かったことが挙げられ,以下にその詳細を示す.

潜水歴における骨壊死の発症頻度が高い潜水経験年数は5~9年と20~24年の2峰性と報告されており6),本事例の潜水歴は8年と最初の発症ピーク年数に合致した.

今回,ペアを組んでいる潜水漁経験の長い年長者の相方には軽症減圧障害の既往はあるも,画像精査にて骨壊死は見られなかった.ダイビングインストラクターの場合,他の潜水士と比較して潜水深度が深いにもかかわらず骨変化が少ないとされている9).これはダイビングインストラクターの年齢が若いこともあるが,潜水時間が短いことに加えて,減圧に時間をかけて浮上している業務内容が関与している.一般に骨病変の発生頻度は潜水深度が深いほど上昇すると言われている10)が,2人の潜水深度に相違はほとんどみられず,本事例における相方とのダイビングスタイルの違いは,海底に滞在する時間が5分長く,浮上にかける時間が5分短く,そして冬場にフカシを行わないという点であった.

減圧障害の発症要因は,加齢,肥満,過去の減圧障害既往,潜水前のコンディション不良,潜水後の寒冷曝露・航空機搭乗・高所移動,急浮上および多量飲酒9)であり,レジャーダイバーにおいては最大深度,一日の潜水本数,水面休息時間が減圧障害発症率に強く関与する11).ベンズの既往4)も骨壊死の発症危険因子とされ,本事例においてもベンズの既往がみられたが肥満ではなく,漁師達は,「太っているほうが(減圧障害としての)皮膚症状が出やすいので,無理な潜水を控える」と認識していた.

九州・沖縄地区における潜水士416名に対して行った業務及び生活習慣と健康状態の調査では9),職業別骨関節変化発現率は潜水漁漁師に77%と高頻度であり,専門医への相談が必要,または要治療と判断された頻度は,他の潜水士に比べて潜水漁漁師で最も頻度が高かった.更に,骨変化が著しい群の77%が多量飲酒を行っており,脈波速度も有意に早く,骨病変の発生には血流障害が関与していた.潜水歴20年以上に限れば,骨変化の著しい群の脈波速度は高く,動脈硬化の進行が骨組織内の微小循環を阻害し,骨変化部位への栄養や酸素の供給阻害が,骨壊死の進行を早めた可能性を示唆していた.

本事例において新調したウエットスーツは,素材の変更のため以前より柔らかくなっており,潜水時の圧による影響を受けやすくなっていた.このスーツを変更した時期,スーツの締め付け感を強く感じるようになった時期,および関節痛を自覚しはじめた時期が一致していたことは興味深い.潜水時の圧によって影響を受けたスーツによる締め付けの増強が血流障害を惹起し,骨壊死を発症させた可能性や,不適切な減圧と圧を介したスーツの締め付け増強が骨コンパートメント症候群を進展させた可能性がある.また,九州地区の潜水漁漁師特有の問題としてフカシの信奉があるが,沖縄県における職業性ダイバーにも同様の問題があると言われている12).本事例のフカシ省略と骨壊死発症が重なったことも,注目すべき点と言えよう.

他にも,現在はほとんどみられなくなったが,沖縄伝統の囲い込み漁という独特の漁が骨壊死の発症率を上げているという報告がある9).これは石垣島,宮古島,伊良部島で行われてきた魚を一網打尽にする漁で,網を固定する重しを深度50 mで固定するために30~40分間潜り,一気に浮上してボンベを交換し,すぐに作業へ戻る漁である.本事例も沖縄本島で行われている「追い込み漁」を行っていたが,これは毎年5月より行われる「スク」と言われるアイゴの稚魚漁で,ボンベを用いず浅瀬で行うことから,骨壊死の発症原因とは考えにくかった.

健診・予防

海事関係では,就業時における潜水適正検診や定期検診が法的に義務づけされ,減圧停止を含めた潜水法に関する教育,指導がなされ,統括安全管理者の配置が義務付けられている13)が,沖縄を含むほとんどの地域では,潜水漁漁師に対する健康診断は行われていない.北海道のある地区では1980年以降,就業前健康診断が行われており14),北海道後志南部地区では健康管理が重要であることを漁協や事業者が認識し,潜水漁の事故未然防止のため,潜水前に水産技術普及指導所が作成した健康管理チェックシートの記載を義務づけ,年に一度の公的な定期健康診断の受診を勧奨している15).しかし,骨壊死の早期診断は難しく,田村らは,1996年と1998年に潜水病検診を受けるも2002年に骨壊死が判明した事例を報告している6).骨の循環障害がレントゲン写真上の変化として認められるには時間がかかり9),有害暴露から8週間以内だとレントゲン検査では発見できない16)

一方,フランスにおける潜水士検診では,減圧性骨壊死の診断として4年に1回レントゲンによるスクリーニングを行っているが,肩関節における骨壊死の診断はレントゲン検査ではなくMRI検査に基づいている16).これは,レントゲン検査はMRI検査よりも感度が劣り,しばしば臨床症状がない患者における減圧性骨壊死をみつけられない17,18)からである.骨シンチ検査の感度は85%程度であるが,MRI検査の感度は90%以上である8)ため,Uguenらは症状がある全ての減圧障害に対して早期にMRI検査を行うべき8)としている.骨壊死のなかでも特に大腿骨は最も発症頻度が高い部位であり,その後に重篤な関節障害に繋がりやすい8).以上より,本邦でも潜水士検診の際,レントゲン検査上明らかな異常所見がない有症状症例に対しては,積極的にMRI検査を行うことによって,骨壊死の早期発見・治療に繋がると考える.

零細企業における産業保健には,事業者の理解不足,不況の影響,管理体制の未整備,情報不足など様々な問題があるといわれている19).山口県萩市では毎年数名の死亡事故が起こっていたが,玉木らによる潜水夫への地道な啓発活動の結果20),潜水夫による死亡事故はみられなくなり,啓発活動の重要性がうかがえる.他にも潜水時間制限を設けたことによって減圧障害が激減したとの報告もある12,21)が,昨今の環境変化による漁獲量減少があるため,現代においてそのような制限の受け入れは難航するであろう.沖縄県における潜水漁漁師は高齢化や体調不良のため減少しており,今後,骨壊死事例に遭遇する機会はますます減ると思われるが,今回,比較的若年潜水漁漁師に減圧性骨壊死がみられたことを教訓に,現在も残る骨壊死に対するスクリーニング検査を行うことはもちろん,健康診断の重要性を認識してもらい,その作業の問題点を理解してもらうことが必要と思われた.

まとめ

無理な潜水によって減圧性骨壊死を発症した比較的若年の潜水漁漁師事例を報告した.発症に関与した可能性がある因子は,同僚よりもわずかに潜水漁時間が長かったこと,浮上にかける時間がわずかに短かったこと,フカシを行っていたこと,冬場はフカシを省略していたこと,そして水中で締め付けの強いウエットスーツに変更したことが挙げられた.

文献
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