産業衛生学雑誌
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調査報告
勤務医は心身とも疲弊している―健康チェック票THIの結果から
鈴木 庄亮
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2017 年 59 巻 4 号 p. 107-118

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抄録

目的:勤務医の長時間労働と健康(心身のストレス・疲弊)の現況を,開業医との比較および同年代の大企業社員との比較によって明らかにすることを目的とした.方法:対象者は,2006と2007年に首都圏の某県医師会主催の産業医実地研修に参加した医師285人のうち,女医,パート医師,THI参加2回目の医師などを除いた,勤務医75人と開業医95人である.調査方法は,心身の訴えや自覚症状,生活習慣など130項目から成る質問紙「健康チェック票THI,Total Health Index」を用い,フェイスシートには,氏名,性,年齢,週労働時間,睡眠時間など既存の項目の他に,勤務・開業医の別や当直回数を加えた.結果:勤務医と開業医の週労働時間の平均値は,それぞれ55.7時間と51.3時間で,週60時間以上の長時間労働者の割合はそれぞれ44.0%と27.4%であった.勤務医は開業医と比べて,喫煙率がやや高く,運動習慣が乏しく,パソコン時間が長く,寝不足を訴える者が多かった.勤務医のTHIの尺度得点の平均値は,長時間労働のため生活不規則性(夜型)が強く,情緒不安定で,不定愁訴が多く,うつ病,神経症,心身症に傾いていた.またTHIの個別質問項目で,勤務医は開業医と比べて「自分の生き方は間違っていたと思う」や「金持ちがうらやましい」者が多く,自負・自尊心の低下がみられた.40,50歳代の勤務医47人と同年代の会社員集団227人とを比較した結果も同様で,週労働時間の平均値は,それぞれ57.0時間と46.0時間で,週60時間以上の長時間労働者の割合はそれぞれ51.1%と6.2%であった.THIの個別質問項目では,勤務医は会社員集団と比べて,仕事がきつい,ストレス状態である,イライラする,憂うつ,寝不足,腰痛あり,などの者が悪い方に高度に有意に多かった.結論:勤務医は長時間・過重労働で疲弊して,神経症およびうつ病の傾向が強くなっており,労働条件の改善と心の健康確保対策が必要と思われた.

I  緒言

医師の長時間労働は長年の慣習でもあるが,2004年度からの新研修医制度によって大学病院と公立病院で医師不足が生じ,そのために勤務医の過重労働が一層強まった.2006年頃から医師の「立去り」現象(退職)と医師の補充困難で,公立病院を中心に一部の診療科,時には病院そのものが閉鎖に追い込まれる事態になった1,2).その原因の一つに医師の過重労働問題が挙げられた.医療現場における過重労働によってもたらされる疲労とストレスの蓄積は医療事故のリスクを高めることが知られており3),実態の正確な把握と対策の構築が急務の社会的課題としてとり上げられるようになった.

これまで医師の過重労働とその健康影響についての調査研究は乏しかったが4),2006年頃から学会でいくつか報告が現れ始めた5-12).著者は2006年に某県医師会の産業医研修に参加した111人の開業・勤務男性医師について,質問紙「健康チェック票THI」によって労働時間,生活習慣などを調べ,心身の訴えとストレス状況が大企業勤労者群と比較してかなり悪いことを報告した13).翌2007年にも同様な条件で質問紙THIを医師174人(男医146,女医28人)に実施することができた.ここに2年分の男医のTHIを併せて,過重労働が深刻とされている勤務医を,開業医および会社員と比較することによって,その労働時間と心身の疲弊状況を明らかにしたので報告する.

II  研究方法

対象者

2006年秋と2007年夏の土日曜日に集中の首都圏某県医師会の産業医研修に参加した医師に,質問紙調査方法に関する実地研修を兼ねて,ご自身の健康管理に資するためとして「健康チェック票THI」の記入をお願いし13),その場で回収した.参加医師の勤務・開業・その他の区分は,THI記入用紙上にこれらの3区分を選んで回答する自己申告で得た.各年111と174人(うち女医11と28人)から回答を得た.回収率は各年91と84%で,THIを実施する直前に,THIの結果は助言を添えて親展封書で指定された宛先に返信すること,個人情報は保全されること,集計した結果は公表されることなどを予め説明した13).実地研修の会場でTHIの説明がなされ記入と提出が行われたことを以て個人情報保護についての納得が得られたもの(受動的同意)とした.本研究では,開示すべきCOI関係にある企業等は無く,NPO法人国際エコヘルス研究会の調査活動倫理委員会規定(2010.7.15)を順守して行われた.

今回,次の二通りの比較によって勤務医の心身の健康の検討を行った.対象の医師集団として,まず,2年の合計285人のうち,女医を除き,さらに,2年連続でTHIを提出した男医(15人)は1年目のTHIのみをデータとすることとし,その他の区分と無回答の男医を除き,また週労働時間40時間未満の医師も除いて(週40時間労働の医師を以下では常勤医師と呼ぶ),勤務医の心身の健康の検討を次の2通りの比較で試みた.即ち,(1)常勤勤務医75人と常勤開業医95人について,労働時間,生活習慣,およびTHIの結果を比較検討した.次に,被用者間の比較を行うため,(2)常勤勤務医のうち60歳以上を除き最多年齢層の40,50歳代の47人について,その労働時間,生活習慣,およびTHIの結果を,同じ年齢層の比較的高学歴で高収入の大企業会社員227人と比較した.

方法

今回の調査に用いたのは,1974年開発の「東大式健康調査法the Todai Health Index」14,15)を改訂した「健康チェック票THI,the Total Health Index」である16,17).THIは,心身の訴え,好み,生活習慣,行動特性などに関する130問の質問に,{1はい,2どちらでもない(中間),3いいえ}の3選択肢を○で囲んで答え回答を尺度・数値化して評価する構造的質問紙である14,15).集団AとBについて,質問項目毎の「はい」応答率を比較検定することで,心身の健康度が評価される.例えば「近ごろ寝不足ですか」に,「はい」と答えた割合がA群で有意に大きければA群はB群より寝不足傾向が強いと判断する.項目,腰痛,頭痛,胸やけなどについても同様である.さらに,THIのフェイスシートには,氏名,性・年齢のほか身長,体重,職種,労働時間,生活習慣などの項目があり16),{1勤務医・2開業医・その他医師}の別を加えた.

THIの130問目の次のスペースには,「ご自身の心身について特に気になることがあれば記入して下さい」という自由記入欄があるので,ここに記入された内容を結果に示した.また,2007年のTHI結果の親展封書にアンケート「今後の医師の労働時間,研修,健康管理制度などをどう改善できるでしょうか?」を入れて,自由記入で意見を返信用封筒で集めた.

130の質問は,12の一次尺度と5つの二次尺度を構成する.各健康尺度は原則として10の質問項目からなり,3選択肢{1はい,2中間,3いいえ}をそれぞれ3,2,1点として合計すると,その尺度得点は10-30点に分布する.ある個人の得点位置を,適切な一基準集団の得点の累積%度数分布(百分位)にあてはめ,標準化を行った16,17).すなわち得点の小さい方からの%タイルで表す.数値の大きい(外側に行く)ほど自覚症状などが多く(強く)好ましくないことを意味する(図1と2参照,但し積極性と虚構性尺度は逆である).集団AとBの尺度得点の平均値を比較して検定を行い,Aが有意に大きければAはその尺度で表される心身の不健康状態がより強いと判断される.THIの全17尺度のうち4尺度,すなわち,心身症(体のストレス度),神経症(心のストレス度),うつ病(抑うつ度)および統合失調症はそれぞれの傾向値で,各精神病の傾向の「弱い→強い」を示す.これらの4精神障害は,大学病院でそれと診断された外来患者各50名にTHIを実施し,正常者50名のTHIとで判別分析して,各傾向値で疾病の判別診断が出来る14-16)

これらのTHIの尺度得点の結果の図表1枚と健康アドバイス2枚は,計算・描画ソフト「THIプラス」により入出力される16,17).打ち出された図表と健康アドバイスは,図表の見方の説明の用紙と併せて親展の封書で各参加者に届けられる.

統計的検定 労働時間,生活習慣(喫煙,飲酒,パソコン時間など)および130の質問における個別の回答の比較はχ2検定により,また13項目の尺度得点の比較はt検定によって行った.危険率が0.01≦p<0.05の場合は有意差があり,p<0.01の場合は高い有意差があるとした.

以上の産業医研修でのTHI演習に併せて,2007年の参加者の親展の中に自由記入で意見を求めるアンケート調査を行った.設問は「今後の医師の労働時間,研修,健康管理制度をどう改善できるでしょうか」であった.

図1.

常勤勤務医と開業医の「健康チェック票THI」の健康尺度得点の平均値(%タイル表示)の比較―表2左列の平均値を図にしたもの,外側ほど症状多くあるいは傾向強く悪い.但し積極性尺度は外側が積極的で良い.

**:2群の平均値の差のt検定の危険率p値がそれぞれ<0.01と<0.05であることを示す.

表1. 常勤の勤務医と開業医,および40,50歳代の常勤勤務医と会社員の自己申告による,この1, 2ヵ月の週平均労働時間の分布(人,%)と平均値
週労働時間 常勤勤務医 常勤開業医 40,50歳代勤務医 40,50歳代会社員
人,% 人,% 人,% 人,%
SD:標準偏差;p:2群の平均値の差のt検定による危険率p値
40- 23,30.7% 48,50.5% 12,25.5% 159,70.0%
50- 19,25.3% 21,22.1% 11,23.4% 54,23.8%
60- 23,30.7% 19,20.0% 17,36.2% 10,4.4%
70- 8,10.7% 5,5.3% 6,12.8% 3,1.3%
80- 1,1.3% 2,2.1% 1,2.1% 0,0.0%
90- 0,0.0% 0,0.0% 0,0.0% 0,0.0%
100- 1,1.3% 0,0.0% 0,0.0% 1,0.4%
合計 75,100% 95,100% 47,100% 227,100%
60時間以上 33,44.0% 26,27.4% 24,51.1% 14,6.2%
80時間以上 2,2.7% 2,2.1% 1,2.1% 1,0.4%
平均±SD 55.7±11.55 51.3±10.41 57.0±10.62 46.0±7.19
p 0.006 0.000

III  結果

1. 常勤勤務医75人と常勤開業医95人の比較

平均年齢:平均年齢は常勤勤務医が52.4歳,常勤開業医が56.7歳で,勤務医の方が約4歳若かった(p=0.009).

1) 労働時間,生活習慣などについて

労働時間など(表1):常勤勤務と常勤開業医として両群とも週労働時間が40時間以上の者を対象にした.週労働時間の平均値はそれぞれ55.7と51.3時間(p=0.006),週60時間以上の者はそれぞれ44.0と27.4%であった.勤務医の週労働時間の最高は100時間であった.これらのデータは勤務医の労働時間が開業医と比べて極めて長いことを示している.

肥満,生活習慣など:BMIの平均値は両群で24.3と等しく,糖尿病と花粉症の有病率にも差がなかった.しかし,収縮期血圧の平均値は勤務医と開業医それぞれ124.5と129.1 mmHgで,平均年齢が4歳大きい開業医群が有意に高かった(p=0.002).

週3回以上運動をする者はそれぞれ13.3%と19.0%で勤務医が少なく,腰痛のある者はそれぞれ33.3%と14.7%で勤務医が多かった.コンタクトレンズの使用率はともに33%で等しかった.パソコンを使用する者はそれぞれ93.4%と77.9%と,勤務医の方が多く,眼が「よく疲れる」者の割合はそれぞれ40.0%と27.4%で,勤務医が多かった.喫煙する者はそれぞれ21.3%と14.7%,酒類を沢山飲む者はそれぞれ25.3%と22.1%で,喫煙も多量飲酒も勤務医の方が多かった.いずれも有意差はなかった.

当直ありの医師は,勤務医・開業医それぞれ29/56=51.8%と6/82=7.3%であった.勤務医の当直は,月に1-2,3-4,5-6,7-8,9-10回が各10,6,5,4,4人で,平均すると当直をする医師1人当り月4.6回であった.睡眠時間の平均値は両群とも6.3時間であったが,勤務・開業医の「寝不足」を訴える者はそれぞれ40.0%と26.3%で,当直が多いせいか勤務医が有意に多かった.

2) THIの尺度得点による心身の健康状態ついて

17種の健康尺度のうち,統計的に高度に有意(p<0.01または**で表示)勤務医が悪かった尺度は, 情緒不安定,抑うつ,生活不規則性,総合T1および虚構性の5尺度であった.次いで統計的に有意(p<0.05または*)に勤務医が悪かった尺度は,多愁訴,消化器,神経質および心のストレスの3尺度であった(表2,図1).

これらの特徴をまとめると,勤務医は夜型で朝食抜きなどの生活不規則性**が極めて大きく,消化器*,不定愁訴*など身体の自覚症状も多く,情緒不安定**,神経質*で,心のストレス度*と抑うつ性**が大きい,そして,心身の健康を総合的に判断する総合尺度T1**も高度に有意に悪いという結果であった.また,勤務医には自負心・自尊心(=虚構性尺度**)の明らかな低下が見られた.

勤務医と開業医の2群の特徴をより詳細にみるために,尺度を構成する130の質問項目個々について「はい応答率yes response rate」に有意差がある項目を調べた(表3).

群間で有意差(p<0.05)があった質問項目は,130項目中表3の18項目で勤務医が開業医よりすべて悪かった.これらのうち高度に有意(p<0.01)に悪かった(「はい」の多かった)質問は,差の大きい順に,「自分の生き方は間違っていたと思う」,「人に見られていると仕事が手につかない」,「金持ちをうらやましいと思う」,「頭が重いことがある」の4項目であった.先に尺度得点の平均値の差の点から述べた勤務医の特徴は,具体的にはこれらの質問の差異としても理解できるものであった.

有意に「はい」の多かった(悪かった)質問項目は,差の大きい順に,「腰の痛むことがある」,「近ごろ寝不足である」,「パソコンや携帯メールを多く使う」,「体のあちこちが痛む」,「仕事がきついと感じることがある」,「人に会いたくないときがある」,「ゆううつなときがある」,「肩こり・痛みがある」,「胸やけがする」,「人が自分をどう思っているか気になる」,「知っている人の中にはきらいな人もいる」,「かぜをひきやすい」,「近ごろ体がだるい」,「近ごろ元気がない」の14項目であった.

3の18問(Qs)にTHIの質問Q番号と所属の尺度が記号で示してある.これら18問(Qs)には,うつ尺度Kの10Qs中の4Qs=40%が,多愁訴尺度Iの20Qs中6Qs=30%が,生活不規則尺度Gの11中3Qs=27%が,虚構性尺度Lの10Qs中2Qs=20%が,情緒不安定尺度Jの14Qs中2Qs=14%が含まれていた.

これらの130項目Qsのうち勤務医が開業医と比べて有意の差があった項目は,先の尺度得点平均値の比較の場合とよく一致するものであった.すなわち,勤務医の過重労働と夜・休日に食い込む労働とのため,生活が夜型になり,疲労とだるさ,抑うつ気分,不定愁訴などが強く,過重労働の割に収入が低いなどのため自尊感情も損なわれていた.

表2. 常勤勤務医と開業医(左半分),40,50歳代の常勤勤務医と会社員(右半分)の「健康チェック票THI」の健康尺度得点(%タイル表示)の平均値の比較#
THIの健康尺度(記号) 質問数 常勤勤務医 75人 常勤開業医 95人 勤務医¥ 47人 会社員¥¥ 227人
平均値 SD 平均値 SD p値 平均値 SD 平均値 SD p値
#:%タイル表示は,各尺度得点(粗点)の分布で小さい(良い)方から並べて100人中何番目に当たるかを示したもの.
例えば抑うつ度70%タイルは,地域住民中年男子100人中抑うつ性の小さい方から数えて70番目に当たることを意味する.¥:40,50歳代男性の常勤勤務医;¥¥:40,50歳代の常勤会社員;SD:標準偏差値;*:p<0.05;**:p<0.01, 2群の平均値の差のt検定の結果での有意差の水準.
多愁訴(I) 20 64.3 26.01 55.8 26.85 0.019 64.9 23.97 54.1 27.56 0.007**
呼吸器(A) 10 54.6 28.65 51.9 28.07 0.268 53.5 29.86 52.5 27.51 0.415
目と皮膚(B) 10 64.1 25.77 58.5 26.89 0.085 63.1 24.21 61.0 24.17 0.297
口とおしり(D) 10 56.1 25.61 53.4 26.74 0.252 52.2 25.66 57.2 25.85 0.112
消化器(C) 9 63.5 24.30 57.1 23.85 0.045 63.1 23.87 55.8 23.61 0.028
いらいら短気(H) 9 63.7 28.67 58.5 28.59 0.119 62.1 26.99 50.3 26.39 0.003**
虚構性(L) 10 40.5 27.54 55.0 28.69 0.001** 42.4 25.75 36.4 25.66 0.072
情緒不安定(J) 14 68.4 27.76 58.4 26.83 0.010** 66.5 24.78 58.6 26.54 0.030
抑うつ性(K) 10 70.7 26.48 60.9 24.94 0.007** 68.3 25.37 59.6 26.84 0.021
積極性(F) 7 52.9 30.18 57.2 29.05 0.177 60.3 28.19 59.6 27.87 0.438
神経質(E) 8 56.9 31.08 48.3 31.27 0.037 52.5 30.19 44.2 27.24 0.032
生活不規則性(G) 11 75.6 24.76 65.2 25.91 0.004** 76.6 23.27 62.8 24.98 0.000**
体のストレス度(PSD) 12尺度 58.9 30.06 54.2 27.96 0.150 55.5 29.09 41.9 28.18 0.001**
心のストレス度(NEUR) 12尺度 66.6 28.67 56.4 29.23 0.012 64.5 28.56 48.9 29.93 0.001**
統合失調症(TS) 12尺度 54.8 27.86 54.6 29.97 0.485 51.1 27.06 47.1 27.89 0.184
総合尺度T1 12尺度 64.6 28.46 53.4 27.80 0.006** 62.6 25.61 53.6 27.89 0.021
総合尺度T2 12尺度 43.0 30.49 49.4 29.21 0.080 47.5 31.74 46.4 28.65 0.405
表3. 「健康チェック票THI」の130の質問のうち常勤の勤務医と開業医の回答%とその結果にフィッシャーの正確確率検定で有意(p<0.01**およびp<0.05*)であった質問.p値の昇順に並べてある.
THI質問Q
番号―記号#
質問 回答 勤務医
75人中%
大小 開業医
95人中%
p値
#:各質問が所属する尺度を,表2の尺度の記号で表記してある.noは所属する尺度がない質問.
尺度I,K,Gの項目が多いが,これらは各,疲れだるさ痛みなどの多愁訴,抑うつ,夜型の寝不足の各尺度である.即ち,勤務医は,緊張を伴う診療等の長時間業務と当直などのためいつも疲労困憊気味で疲れと頭重,肩こり,腰痛などを覚え,友人の開業医と比較してその割に収入が少ない,金持ちがうらやましい,自分の生き方を間違えたかも知れない,元気が出ず,よくゆううつになる,などを示している.
Q109―K** 自分の生き方はまちがっていたと思いますか よく+時々 41.4 >> 19.0 0.002
Q121―J** 人に見られていると仕事が手につきませんか はい 17.3 >> 4.2 0.005
Q012―L** 金持ちをうらやましいと思いますか はい 38.7 >> 17.9 0.006
Q039―I** 頭が重いことがありますか よく 12.0 >> 8.1 0.009
Q065―I* 腰の痛むことがありますか よく 33.3 14.7 0.012
Q113―G* 近ごろ寝不足ですか はい 43.3 26.3 0.012
Q129―no* パソコンを1日平均何時間くらい使いますか ≥4時間 93.3 77.9 0.012
Q035―I* 体のあちこちが痛むことがありますか よく+時々 13.3 2.1 0.016
Q071―G* 仕事がきついと感じることがありますか よく+時々 30.7 14.7 0.017
Q074―K* 人に会いたくない時がありますか よく 14.7 3.2 0.023
Q100―K* ゆううつな時がありますか よく+時々 73.3 53.7 0.025
Q052―I* 肩がこったり,痛んだりすることがありますか よく+時々 77.3 59.0 0.030
Q093―I* 胸やけすることがありますか よく+時々 38.7 25.2 0.034
Q040―J* 人が自分をどう思っているか気になりますか はい 36.0 25.3 0.034
Q036―L* 知っている人の中にはきらいな人もいますか はい 77.3 64.2 0.039
Q084―A* かぜをひきやすいですか はい 13.3 3.2 0.044
Q082―G,I* 近ごろ体がだるいですか いつも 14.7 7.4 0.045
Q011―K* 近ごろ元気がないですか はい 21.3 12.6 0.046

2. 勤務・開業医の自身の健康課題について

THIの最後の130問目の後の自由記入欄に対象の医師の約10%に自分の心身問題について何らかの記入があった.その記入内容を分類して以下に呈示する.

(1)自分の病気や体調のこと:#確かに働き過ぎで過労になっています(この例は勤務医週65時間労働),現在うつ病のため内服治療をしています(勤務医50歳代).#腰痛,高血圧,心房細動にて内服中です(勤務医60歳代).#高血圧,糖尿病で治療中です(開業医70歳代).#去年大腸がんの手術をうけております,また心房細動を持っています(開業医80歳代).

(2)体力減退・記憶障害・消耗感について:$年齢とともに記憶障害あり(勤務医60歳代).$加齢による体力減退を感じる(開業医70歳代).$責任を全うする意志が強い為か?入院患者に対しては,当直者がいるが自ら昼夜を問わず訪室して言葉をかけてあげるような生活をしている,そのため体力的に消耗感を来たすことが多い(開業医80歳代).

(3)家庭・職場での悩み・ストレス:*入院患者のいる小病院の院長だが経営の苦労が重なり超ストレスの連続である(開業医50歳代).*この1-2年地区の医師会長からのパワハラに遇っている,医師会役員として仕事をしてきた結果がこれなので空しい思いをした,いつまでこの状態が続くのかと思うと憂うつである(開業医50歳代).*正義に反する事は非常に嫌で,ストレスになる(勤務医70歳代).*医療関係者ではない家内が診療所の診療に口をはさむのがストレスになってやりきれない(開業医50歳代).*長・次男が医業を継ぐ機会はあったが結局その気がなく,悩んでいる(開業医90歳代).

3. 40,50歳代の常勤勤務医47人と常勤会社員227人の比較

(1) THIによる労働時間,生活習慣などについて

労働時間など(表1):勤務医・会社員の,週労働時間の平均値はそれぞれ57.0と46.0時間(p<0.00001)であった.そのうち週60時間以上労働の者はそれぞれ51.1%と6.2%,80時間以上の者はそれぞれ2.1%と0.4%であった.睡眠時間の平均値はそれぞれ6.3と6.6時間で,勤務医が会社員と比べて有意に短かかった(p=0.02).

肥満,生活習慣など:BMIの平均値はそれぞれ24.6と23.8で勤務医が有意に大きく(p=0.04),糖尿病と言われたことのある者はそれぞれ4.3と2.6%で勤務医に多く,花粉症ありは31.9と34.8%で有意差がなかった.収縮期血圧の平均値はそれぞれ124.1と129.1 mmHgで勤務医が有意に低かった(p=0.004).週3回以上運動をする者はそれぞれ14.3と9.2%で勤務医に有意に多く,腰痛のある者はそれぞれ36.2と12.8%で,勤務医が有意に多かった(表4).

コンタクトレンズの使用者はそれぞれ31.9と0.9%で勤務医がはるかに多く,パソコン使用のある者はそれぞれ95.7と74.9%であり,眼がよく疲れる者はそれぞれ38.3と26.4%と,ともに勤務医が多かった.

喫煙する者はそれぞれ23.4と53.5%で勤務医がはるかに少なく(p=0.001),酒をたくさん飲む者はそれぞれ27.7%と25.6%と有意差はなかった.

睡眠時間の平均値は,前記のように勤務医が有意に短かったが,寝不足であるとした者は,勤務医と会社員それぞれ36.2と16.7%,最近ストレス状態である者はそれぞれ44.7と18.6%で,ともに勤務医が2倍以上多かった(表4).

表4. 「健康チェック票THI」の130の質問のうち40,50歳代常勤勤務医と会社員の回答結果にフィッシャーの正確確率検定で高度に有意(p<0.01)であった質問(pの昇順に)
THI質問Q番号―記号# 質問 回答 勤務医
75人中%
大小 会社員
238人中%
p値
#:各質問Qが所属する尺度の記号.各尺度名は表2を参照.noは所属する尺度がない質問.
医師に多いQ26―no,コンタクトレンズ,および Q47―L,哲学書を読む;および会社員に多いQ129―no,パソコン時間の3問は高度な有意差があったが,業務負荷とは無関係(明らかに別の要因)なので表から省いた.
尺度Hはいらいら短気尺度,尺度Gは夜型の生活不規則性尺度である.各3/9と2/11項目が挙っている.勤務医の業務が,気の張りつめた長時間労働でありかつ寝不足になっていることを示すものである.
Q128―no** 最近ストレス状態ですか はい 44.7 >> 18.6 0.000
Q071―G** 仕事がきついと感じることがありますか よく+時々 31.9 >> 11.1 0.000
Q125―H** 人にせかされるとしゃくにさわりますか はい 46.8 >> 20.7 0.000
Q008―H** イライラすることがありますか よく 23.4 >> 14.5 0.000
Q126―L** 短時間にたくさんの仕事をする自信がありますか はい 48.9 >> 20.3 0.000
Q059―no** 毎日20本以上のタバコをすいますか すう 23.4 << 53.5 0.001
Q065―I** 腰の痛むことがありますか よく 36.2 >> 12.8 0.001
Q041―E** 苦労性だと思いますか はい 40.4 >> 22.5 0.005
Q022―J** 過ぎたことをくよくよ考えますか はい 38.3 >> 16.3 0.005
Q075―E** 物事に敏感なほうですか はい 46.8 >> 24.7 0.005
Q116―F** 気が小さいと思いますか はい 46.8 >> 26.9 0.006
Q056―D** 歯ぐきから出血することがありますか よく+時々 25.5 << 42.8 0.007
Q021-H** 人に待たされるとイライラしますか はい 51.1 >> 28.2 0.008
Q113-G** 近ごろ寝不足ですか はい 36.2 >> 16.7 0.009
Q100-K** ゆううつなときがありますか よく+時々 72.3 >> 49.8 0.009

(2) THIの尺度得点による心身の健康状態ついて

勤務医と会社員集団の17尺度の平均尺度得点の大小を比較すると,統計的に高度の有意差(p<0.01(**))があったのは,多愁訴,いらいら短気,生活不規則性,体のストレス,心のストレスの5尺度,また,統計的に有意差(p<0.05(*))があった項目は,消化器,情緒不安定,抑うつ性,神経質,総合尺度T1の5尺度であった.いずれの尺度も勤務医群の平均値が悪い方に大きかった(表2,図2).

次に,先に勤務医と開業医を比較したように,勤務医と会社員の2群の特徴をより具体的に見るために,尺度を構成する130の質問項目個々について「はい応答率」に有意差があるものを調べた.有意差(p<0.05)があったのは34項目と多いため,高度に有意差があった(p<0.01)18項目だけを記した(表4).

回答に高度に有意に差(p<0.01)があった項目で,勤務医の生活・心情あるいは健康状態が会社員と比べて悪い項目は,差が大きかった順に,「ストレス状態である」,「仕事がきついと感じることがある」,「人にせかされるとしゃくにさわる」,「イライラすることがある」,「腰痛」,「苦労性だと思う」,「過ぎたことをくよくよ考える」,「物事に敏感」,「気が小さい」,「待たされるとイライラする」,「寝不足」,「ゆううつな時がある」の12項目(「コンタクトの使用」を除いた)であった.

逆に,勤務医の方が会社員より好ましい項目は,「宗教書や哲学書を読む」,「短時間にたくさんのことをする自信がある」,「喫煙率が低い」,「歯ぐきからの出血なし」の4項目であった.

図2.

40,50歳代の常勤勤務医と会社員の「健康チェック票THI」の健康尺度得点の平均値(%タイル表示)の比較.―表2右列の平均値を図にしたもの,外側ほど症状が多くあるいは傾向が強く悪い.但し積極性尺度は外側が積極的で良い.

**:2群の平均値の差のt検定の危険率p値がそれぞれ<0.01と<0.05であることを示す.

¥:40,50歳代男性の常勤勤務医; ¥¥:40,50歳代の常勤会社員;

4. 自由記入のアンケートによる今後の医師の労働と健康管理のあり方についての意見

「今後の医師の労働時間,研修,健康管理制度などをどう改善できるでしょうか」に対して:176人中回答のあった36人の内容は以下のようであった.A)医師の労働条件改善について触れた意見:―低医療費政策で薄利多売の過重労働になるので制度改革が必要,大学の医局をたて直し教育研究を充実させることが本道で急務である,当直明けの休み,労働時間規制,休暇の確保,能力と労働時間に見合った報酬,過重労働対策,女医の労働対策が必要である,などが11人;B)医師の健康管理制度に触れた意見:―医師の健康管理は無いに等しく自己管理するしかない,法律で義務化すべきである,過重労働にならないよう気をつけている,過重労働になった時には楽観的に考えを切りかえている,医師の応召義務がつらい,休日にストレス解消をしている,自己・専門研修は医師と社会のために必須である,などが7人;C)THIに関連したコメント:―医師はこのTHIの様な検査を受ける必要がある,普段は患者に助言するのが今回は助言を受ける側に立ち新鮮で有用であった,小児科/産科など科別にあるいは女医に特化して実施したりするとよい,介護老健施設のスタッフに使ってみたいなど―が4人;D)その他が5人,「なし」が3人であった:―忙しいのは気にならない/患者に感謝されるとストレスが解消される,拘束時間は長いが心身の負荷はそれほどでない,労働条件は仕事が様々で一概に言えない,歳相応に働いて余生を有意義に送りたい,であった.

以上の結果からもわかる通り,まず,勤務医の労働条件の改善を求める声が多くあった.勤務医が燃え尽きている現状を報告する声があり,患者さんから逆に,「先生働き過ぎですから気をつけて下さい」と言われるとも書かれていた.現在の当直制度の見直し,勤務医が開業へ走るのを食い止めるために診療報酬の見直しの提案,そして,新しい研修医制度,医局を改善すべきという意見もあった.また,勤務医が疲弊している理由としては,要求の多い患者に無理なことを求められるというものもあった.他方で,自分は仕事をきついとは思っておらず,「医は仁術であり人に喜ばれることでstress発散になる」と書いた医師もいた.世論はマスコミに流されやすいために,こうした現状の改革には,現場の声を吸い上げて行政指導で行うのがよいのではないか,という提案もあった.

勤務医はこのように過重労働を強いられているわけだが,医師の健康管理が無きに等しい現状に対して次のような意見があった(開業医).「医師の健康管理は無いのが現状です.医師会などで強制的にやらせて休診日などにデイケアー的な精神治療をしてくれるとありがたいです.一般企業では健診は法的義務ですから,医師にも受けないと営業許可が下りないくらいの強い制度があってもいいと思います.」

健康チェック票THIについては,一方で,よく当たっていてびっくりしたという感想が多数あり,また意外なところを指摘されたというものもあったが,医師の健康の保持増進のため,強制的な健康管理や第三者からの保健アドバイスが欲しいという要望は強く,今回のTHIのような健康チェックは必要だという意見は多くみられた.

IV  考察

医師は,その労働が人の傷病を診療する専門職であり,比較的長い年月の教育訓練と多大の費用をかけてその資格が得られることもあって,弁護士,公認会計士などと並んで社会経済的に高く位置づけられてきた.日本では,医師法で医師の資格要件が定められ,資格に伴う権利と義務が示されてきた.同法第19条には,医師は傷病者からの求めがあった場合に正当な事由がなければこれを断ってはならないとする応召義務が規定されている.他方で,医師法には医師の労働条件などは一切記されていない.病院など医療機関に雇用されて働く医師には,労働基準法が適用されるが,実際には管理職が多く三六(さぶろく)協定にも入らず,勤務医の労働は「自由裁量」下にあるとみなされてきた18,19)

本論文の対象者は,日本医師会認定産業医の資格取得または更新に必要な単位をとるための首都圏某県医師会主催の産業医研修会に参加した勤務・開業医である13).参加した勤務医の住所は,某県内67%,東京都21%,開業医の住所は某県内92%,東京都7%で,残りの参加医師は両者ともすべて関東の県からの参加者であった.産業医は労働安全衛生法で資格と役割が定められており,全医師約26万人(2007年)のうち約6万人が産業医である.産業医の多くは診療所の開設者あるいは病院勤務医であり,その地域の規模50人以上の事業場で一定の条件下で産業医に選任され労働基準監督署に届けられている.産業医の資格をとらない医師は,小児科・産婦人科・専門外科などの医師である.本報の対象医師は,これらの科以外の時間的にややゆとりのある内科医が中心と推測される.

当該研修会は「実地研修」だったので,健康質問紙の構成と評価法を理解するだけでなく,実習を兼ねてご自身の健康管理の目的で,ありのままを記入してもらい,その後親展で送付される結果をよく検討して実習単位が完結する,というものであった.さらに個人情報は厳格に守られることも説明納得した上で行われた13,16).これらの条件により,調査質問紙THIへの参加・回収率は90%前後と医師を対象にした調査としては極めて高かった.

本報の労働時間は,「この1,2か月の週平均労働時間」を参加医師が自ら記入したものである.勤務医の労働時間は,診療時間,医療情報処理,書類作成,調査研究,当直時間,会議その他業務従業時間,休み時間,これらすべてを含む病院滞在時間などの区分がある9).ここでの労働時間は,常識的な自己申告による,職場での小休止・研修時間を含む従業時間であり,自宅等でのいわゆる宅直=オンコール待ちの時間は含まれてない.本報の対象者は週40時間以上労働の常勤医師とした.

本報の勤務男医75人の週労働時間は,平均値55.7時間,60時間以上が44.0%であった.75人のうちの40,50歳代の47人では,平均値は57.0時間,60時間以上が51.1%と,さらに長時間労働であった.

厚生労働省の「医師の需給に関する検討会」の2006年の全国調査9)(回収率40%)によると,病院常勤男医の回答者4,077人の平均週労働時間(休憩時間や自己研修・研究時間を含む病院滞在時間)は63.3±18.0時間であった.中央社会保険医療協議会2008年による男女医師3,963人の直近1週間の実務時間の平均値は61.3時間であった20)

大阪府医師会勤務医部会による勤務男医264人の平均週労働時間は66.7時間であった21).岐阜県の大規模自治体病院の医師134名の調査で回答のあった男女医師80名(回収率59.7%)の週労働時間の平均値は66.9±16.4時間であった12).日本学術会議による2005,06,08年時の3つの全国規模の病院勤務医の週平均労働時間は61.3~66.4時間であった19).厚労省2008年の調査では,医師の直近1週間の労働時間は,医師責任者2,278人では平均値58.0;SD 14.9時間,医師3,963人で平均値61.3;SD 18.3時間であった.病院規模による医師の労働時間には大差がない9,19,20).一般に調査票の回収率が小さい調査では長時間労働医師の回答が増えると推測される.長時間労働の医師の割合は,日本病院会の男女医師5,635人の調査では,56時間以上64時間未満が20.8%,週64時間以上が23.2%と,医師の長時間労働は常態化していた22)

本報の勤務医の週平均労働時間の平均値55.7時間は,前記の大病院での平均値がすべて60時間台であったのに比べると短いが,これは研修に参加できるという点で比較的時間にゆとりのある勤務医が多くまた少数ながら専業の産業医を含む集団であったためと推測される.

ちなみに,著者らの1994年の30歳代10人(回収率100%)の市中大病院勤務医の1週間の生活時間記録による,休憩時間などをふくまない週平均労働時間は,57.7時間(研究時間6.6時間を含む)であった23).研修医の労働時間はさらに長く,笠原らによる全国38の市中病院の522人の男女研修医の平均週労働時間は78.2±17.4時間,その1日平均睡眠時間は5.5±1.7であった24)

欧米のレジデントの長時間労働とそれによるストレス,バーンアウトもよく知られているが25,26),これら研修中の医師の労働時間は研修医制度そのものとともに考慮されるべきであろう27)

勤務医の労働時間は病院での滞在時間をベースにしているが,勤務医は帰宅後や休日なども患者の容態によって呼び出されることが前提とされており,これを「宅直」と称している.宅直は半ば拘束された状態ではあるが労働時間には含まれない.

日本医師会の調査によると全国の勤務医は2008年で平均月2.78回の夜間当直をしている28).これも医師の自己申告の労働時間には含まれない.ただし当直中で業務に従事した労働時間はこれに含まれると推測される.病院会2006年の勤務医4034人の内88.7%が忙しさと無関係に当直の翌日は普通勤務であると答えている22).本報の勤務医にも当直翌日の就業制限を希望する声が多かった.

他方,本報の開業医95人はほとんどが当直なしで,週平均労働時間の平均値は51.3時間,60時間以上が27.4%と,勤務医と比べ恵まれたものであった.開業医の労働は多くの場合平日は9-19時で,その間90-100分の休憩をとり,平日のうち週半日は閉院,土日の土は午前中のみの開院という形態が一般的である.地域の医師会などが,開業医の労働時間を決めてはいないが,外来患者の受け入れ時間,および,看護師,事務員などの雇用者の労働時間によって,開設者である医師の労働時間も自ずと一定の幅に収まるようである.開業医の労働組織は配偶者を含め4-8人程度の家族関係を模した全人的つき合い,即ち父権的庇護と従属関係のある,心情的に比較的安定した労働組織である.開業医は勤務医と異なり多くの場合経営の責任者でもあるので,診療所の経営収支と人事管理に責任があり絶えず気配りすることが必要である.

開業医の場合,療養する患者の自宅へ往診する訪問診療がある.また,診療中の患者の急な容態の悪化で夜中に呼び出されて緊急に往診することもある.この場合はまさに「応召義務」が適用され,医師側に病臥中など正当な理由がない限り拒否できない.地域医療連携の中核であり各種の義務もある.

生活習慣などでは,勤務医の方がパソコン時間が長く,酒・たばこを多くやり,あまり運動をせず,ほぼ半数が週2回の当直有りなので寝不足である者がより多かった.すなわち,勤務医は開業医と比べてより不規則で不健康な生活をしており,目が疲れ,腰痛やストレスを感じている者が多かった.

THI尺度得点による心身の自覚的健康の結果では,勤務医は開業医と比べて大きな差が見られた.即ち勤務医は,夜遅く就寝し,朝食抜き,業務のため食事をとれないなど生活不規則で,いらいら短気の気分で,心身の不定愁訴が多く,総合的に心のストレス度(神経症)が極めて大きかった.さらに,くよくよ気にし過ぎる情緒不安定性・抑うつ度が高く,消化器症状が多くなっていた.要約すると勤務医は,多忙で不規則・不健康生活のため,疲弊し,燃えつきに傾いた状態であることが顕著に見られた.

個別の質問で勤務医は,「自分の生き方は間違っていた」および「金持ちをうらやましいと思う」が開業医より高度に有意に多かったこと,および自負心・自尊心(=虚構性尺度得点)が開業医に比べて高度に有意に低かったことから,勤務医では,自負心・自尊感情の鈍麻ないし大幅な低下がある.あまりに多忙で,心身が疲弊し,それに見合った報酬や職場での心情的支援が乏しく,将来が不安という状況で,ワーク・ライフバランスがとれない,こういう状況では自分の生き方に自信が持てず,医師としての自尊感情も低下を余儀なくされるであろう.これらの精神状況は,患者への診療態度や内容にも影響しかねないものであり,憂慮すべき事態である29,30)

従来,医師の心の健康測定の調査研究は,実施と参加協力が困難でほとんど行われてこなかった.勤務医を開業医および製造業勤労者と比較して,心身の状況を高い回収率で数量的に浮き彫りにできたことは特筆されよう.

医師の心の健康管理が必要であることは,前記の結果3.でも言及されていた通りであるが,外国でも認識されており,ノルウェーなどでは医師を対象とする専用の相談室が設けられている31).医師の健康管理にTHIのような方法を用いることをどう評価するかを尋ねた06年のアンケートの結果は,回答のあった16人中14人が数値によるメンタル面の客観的評価が貴重で,医師を含む職場での使用,人間ドックや患者での使用に有用であろうと回答している.

日本医師会は勤務医委員会を中核に調査等を行い報告書にまとめ数回の提言を行ってきた28,32).日本学術会議も2011年勤務医の長時間労働の改善に向けて2011年に提言を行った19)

最後に,医師不足問題も含めて勤務医の過重労働問題解決のためにどんな対策がありうるかを,今回の対象医師達のアンケートの意見(結果4.)も加味して労働条件と健康管理について考察してみる.

A.勤務医の労働条件の改善:OECD諸国のなかでも日本は最も低医療費の国に属し,医師の収入でも同様なので,労働と報酬の比が割に合わなくなっている.国の時短政策で1990年代前半に勤労者の年間総労働時間は英米並みに減少したが,裁量労働とされた医師の長労働時間は減少しないまま続いた.

2007年以降,医師の労働負担の軽減策として検討されあるいは実施された事項は,地域医療のなかで役割分担を徹底させる,大病院の外来部門を縮小し患者は紹介に限定する,宅直制をやめる,当直明けの日の午前を休みにする,長期休暇がとれるよう代診を置く仕組みを制度化する,時間外労働時間を大幅にかつ法規に基づく規制にする,医師を労働基準法の三六協定に加える,研修医の指導・教育部分を大学病院に任せる,日本の医師の労働生産性は低いので,附帯的業務を看護師,医師事務作業補助者(医師の事務作業は1日平均3時間近いと言われる),検査技師などに移し,本来的業務に専念できるようにする,女医を含む医師の短時間勤務を増やし常態化する,主治医制からチーム医制にして負担を減らす,などであろう.これらの施策により医師の過重労働はある程度軽減された.その後の改正医療法(2014年)による各種医療労働者の勤務環境改善へと続くことになった.

B.医師の健康確保対策:日本の勤務・開業医は立場上,孤立しがちである.いわゆるチーム医療が日本の病院内では未発達だし,開業医は単独開業が基本で,英国のように1診療所2-4人の医師がチームをつくりあるいは交替で担当する形は殆ど無い.医師の間でのしっかりした連携とサポート体制が,精神的孤立を防いでくれる筈である.医師のストレス,うつ病,自殺などは欧米でも問題になっている.2001~2003年の日本の医師は毎年70-80人が自殺しておりその率は全人口の自殺率より約2倍高かった18).本報の医師達が言っているように,現状では医師の健康管理は必要であるにも関わらず無いに等しい現状であり,禁煙,過労防止などで自己管理するしかない,上記のアンケートでは,医師の応召義務がつらい,考え方を変え休日には努めてストレス解消を試みる,と述べられていた.しかしこれでは不十分なので,医師の健康管理を法規で義務化すべきである.2015年(平成27)11月開始のストレスチェックも利用したい.

勤務医の労働環境・条件の改善は,2006年頃から少しずつ試みられ進んできたが,労働時間の短縮などは進んでいない19,32).研修医受け入れが2004年度から一部の大病院で始まり,病院勤務医の多忙と疲弊が目立ち,立ち去り現象が頻発し始めたのが2006/07年であった.2006/07年のTHIはメンタル面が飛びぬけて悪かった.その後,病院側からの医師の負担軽減,勤務条件・環境の改善があり,2009年度に医療秘書の設置,事務負担軽減など病院側への保険点数のアップがあり,勤務医の負担軽減と労働条件の改善がなされたものと推測される.著者は本報2006,07年のあと2009,10,12,16年と同様な産業医研修を担当したので同様な観察を行ったが,2009年以降の勤務医は,開業医や大企業会社員と比較して大きな健康格差がみられなくなっている33)

今後,前述のA.勤務医の労働条件の改善などは,平成26年の医療法改正34)で医師を含む医療関係者の勤務環境の改善に組織をあげて取り組む中で進捗することが期待される.

V  結語

勤務医の労働と心身のストレス・疲弊の現況を,開業医との比較および同年代の大企業社員との比較によって明らかにした.

対象者は,2006と2007年に首都圏の県医師会主催の産業医実地研修に参加した医師285人のうち,女性,パート医師,THI参加2回目の医師などを除いた,男の勤務医75人と開業医95人である.また,40,50歳代の勤務医47人と同年代の会社員集団227人とを比較した.調査方法は,心身の訴えや自覚症状,生活習慣など130項目から成る質問紙「健康チェック票THI,Total Health Index」を用いた.フェイスシートには,氏名,性,年齢,週労働時間,睡眠時間など既存の項目の他に,勤務・開業医の別や当直回数を加えた.

勤務医と開業医の週労働時間の平均値は,それぞれ55.7と51.3時間,週60時間以上の者はそれぞれ44.0と27.4%であった.勤務医は開業医と比べて,喫煙率がやや高く,運動習慣が乏しく,パソコン時間が長く,寝不足を訴える者が多かった.勤務医のTHIの尺度得点の平均値は,長時間労働のため生活不規則性(夜型)が強く,情緒不安定で,不定愁訴が多く,抑うつに傾いていた.勤務医は開業医と比べて「自分の生き方は間違っていたと思う」や「金持ちがうらやましい」者が多く,自負・自尊心が低下していると推定された.

勤務医を会社員と比較した結果も同様で,生活不規則で,いらいら短気で,不定愁訴が多く,心身のストレス状態などが悪い方に高度に有意であった.

以上のように,勤務医は過重労働でかなり疲弊して,うつに傾いており,勤務医の労働条件の改善と心の健康確保対策が必要であると結論された.

謝辞

本研究の遂行には,参加協力の医師達,首都圏某県医師会,群馬産業保健支援センターおよびNPO国際エコヘルス研究会からご支援を頂いた,また論文の作成に東京福祉大学栗原久・鈴木路子教授,群馬大学小山洋教授から助言を頂いた,記して感謝する.

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  • 32)  日本医師会勤務医の健康支援に関する検討委員会. 勤務医の健康支援に関する検討委員会報告書. [Online]. 2014; pp.1-85 [cited 2016 Mar. 20]; Available from: URL: http://dl.med.or.jp/dl-med/kinmu/kshien25.pdf
  • 33)   鈴木 庄亮. 未発表資料.
  • 34)  厚生労働省. 医療従事者の勤務環境の改善について (平成26改正医療法). [Online]. [cited 2016 Dec. 19]; Available from: URL: http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/quality/
 
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