SANGYO EISEIGAKU ZASSHI
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Sterilization of Gastrointestinal Endoscope in Medical Institutions in Fukuoka Prefecture
Shinji KumagaiHiroaki Watanabe
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2017 Volume 59 Issue 5 Pages 149-152

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I. 目的

内視鏡は1960年代に医療現場に導入され,現在では多くの医療機関で使用されている.当初は,使用後の内視鏡スコープの消毒はアルコールで拭くのみであったが,内視鏡スコープを介した感染事例が報告されるようになり1),1988年に米国および英国で内視鏡スコープの洗浄・消毒方法を定めた感染防止のためのガイドラインが作成された2,3).わが国では,1996年に日本消化器内視鏡技師会が「内視鏡の洗浄・消毒に関するガイドライン」を,1998年に日本消化器内視鏡学会が「消化器内視鏡機器洗浄・消毒法ガイドライン」を作成した4).2008年には,日本環境感染学会,日本消化器内視鏡学会および日本消化器内視鏡技師会が合同で「消化器内視鏡の感染制御に関するマルチソサエティ実践ガイド」を作成し,2013年に改訂している4).同ガイドでは,グルタラール製剤(グルタルアルデヒド2~3.5%,以降「GA製剤」),フタラール製剤(オルトフタルアルデヒド0.55%,以降「OPA製剤」),過酢酸製剤(市販品の過酢酸6%,実用液の過酢酸0.3%)を高水準消毒剤とし,それらの使用を推奨するとともに,いずれの製剤も医療従事者に健康影響を引き起こす可能性があるため,曝露防止対策を実施して取り扱いに注意するように勧告している.

筆者は2003年に大阪府内の医療機関を対象として,内視鏡の洗浄・消毒作業の実態を把握するために質問紙調査を行った5).その後10年以上が経過したため,洗浄・消毒作業の変化を把握するために福岡県内で同様の調査を行った.また,日本消化器内視鏡学会が1998年および2002年に同様の調査6,7)を実施しており,それらの結果との比較も考察の中で行った.

II. 方法

福岡県内の消化器内視鏡技師がいる医療機関128ヵ所を調査対象として,胃・大腸用の内視鏡スコープの洗浄・消毒作業に関する質問紙調査を行った.質問項目は,①病院の規模(病床数,内視鏡スコープ使用本数),②内視鏡スコープの洗浄・消毒(担当職種,洗浄・消毒方法,消毒剤の種類),③換気および保護具(局所排気装置,全体換気装置,呼吸保護具,ゴーグル,手袋,保護衣),④洗浄・消毒従事者の健康状態(症状の有無,症状の種類)である.2014年7月に質問紙を郵送し,回答の無かった機関については8月および11月に再度回答を依頼した.その結果,128機関のうち81機関から有効回答を得た(回収率63.3%).

III. 結果

1. 医療機関の規模と内視鏡スコープの使用本数

一般病床数は200床以上が31機関(38.3%)ともっとも多く,次いで50~99床が25機関(30.9%),100~199床が19機関(23.5%),49床以下が6機関(7.4%)であり,平均では232床(SD = 244床)であった.内視鏡スコープの1日の延べ使用本数は,5本以下が34機関(42.0%),6~10本が15機関(18.5%),11本以上が32機関(39.5%)であった.

2. 内視鏡スコープの洗浄・消毒作業と消毒剤

内視鏡スコープの洗浄・消毒作業の担当職種(複数回答)は,看護師が76機関(93.8%),その他が35機関(43.2%)であった.内視鏡スコープの消毒方法は,自動洗浄機のみが61機関(75.3%),自動洗浄機と浸漬槽の併用が20機関(24.7%)であり,浸漬槽のみの機関はなかった.

消毒剤の種類(複数回答)は,過酢酸製剤が64機関(79.0%)ともっとも多く,次いでOPA製剤が18機関(22.2%),GA製剤が11機関(13.6%),その他(強酸性電解水など)が11機関(13.6%)であった(図1).

最近5年間(2009~2014年)に消毒剤を変更した所は10機関(12.3%)であった.OPA製剤から過酢酸製剤に変更が5機関ともっとも多く,その他にはGA製剤から過酢酸製剤に変更,二酸化塩素から過酢酸に変更,GA製剤からOPA製剤に変更,OPA製剤から強酸性電解水に変更,GA製剤から強酸性電解水に変更がそれぞれ1機関であった.変更した理由は,「医療従事者への健康影響」が5機関ともっとも多く,「患者の安全性」が2機関,その他に「洗浄機が古くなった」,「確実な消毒」,「消毒時間の短縮」,「低コスト」などがあげられていた.

図1.

各消毒剤の使用施設の割合(複数回答)

各調査の対象機関

1998年調査:日本消化器内視鏡学会の指導施設

2002年調査:日本消化器内視鏡学会の指導施設

2003年調査:大阪府内の胃腸科のある医療機関・健診機関

2014年調査:福岡県内の消化器内視鏡技師がいる医療機関

3. 換気および保護具

内視鏡スコープを洗浄・消毒する部屋の換気設備については,全体換気装置(換気扇などによる屋外への排気)が70機関(86.4%),局所排気装置が28機関(34.6%)であった.洗浄・消毒作業時の保護具の使用は,防水エプロンが72機関(88.9%)ともっとも多く,次に手袋(耐薬品性,プラスチック製,ゴム製など)が71機関(87.7%)であった.ゴーグル(フェースガードを含む)および活性炭マスクの使用はそれぞれ41機関(50.6%)および22機関(27.2%)であった.

4. 洗浄・消毒作業従事者の健康状態について

洗浄・消毒作業中に何らかの症状を訴える人がいると回答した所は15機関(18.5%)であった.症状が出現した時に使用していた消毒剤はOPA製剤および過酢酸製剤がそれぞれ7機関および6機関であり,これらの消毒剤を使用している機関の中での割合はそれぞれ38.9%および9.4%であった.OPA製剤使用時の症状としては,呼吸器症状が4機関(くしゃみ2,せき1,鼻水1,咽頭不快1),皮膚症状が3機関(皮膚湿疹3,皮膚かゆみ2),眼症状が1機関(眼の痛み1),頭痛が3機関であった.過酢酸製剤使用時の症状としては,呼吸器症状が3機関(くしゃみ1,鼻水1,呼吸困難1),皮膚症状が3機関(皮膚湿疹2,皮膚かゆみ2),眼症状が5機関(眼の痛み4,結膜炎1)であった.

IV. 考察

GA製剤は常温で強い殺菌効果をもち,かつ材質劣化性の少ない高水準消毒剤であり,欧米では1970年代に,わが国では1980年代に医療現場に導入された.しかし,医療従事者に目や呼吸器の刺激,皮膚炎,喘息などアレルギー疾患を引き起こすことが報告された8-14).このためわが国で1999年から2004年の間に8名の医療従事者がGA曝露により健康障害を発症したとして労働災害に認定されており,2005年に厚生労働省が発した労働基準局長通達では,医療機関に対して健康障害防止対策の実施を求めている15)

OPA製剤も常温で強い殺菌効果をもち,かつ材質劣化性の少ない消毒剤であり,2001年に厚生労働省より高水準消毒剤として承認された.OPAは揮発性が低く,粘膜刺激性も弱く,皮膚感作性も陰性ということで,GA製剤の代替品として期待された15).しかし,その後,医療従事者に目や呼吸器の刺激,皮膚炎,喘息などアレルギー疾患を引き起こすことが報告された16-19).また膀胱鏡検査や喉頭鏡検査を受けた患者にアナフィラキシーを引き起こす事例も報告されている20-22).過酢酸製剤も常温で強い殺菌効果をもつ消毒剤であり,2001年に厚生労働省より高水準消毒剤として承認された.ただし強い酸化作用があり,材質によっては劣化を引き起こす.また,医療従事者に目,皮膚および呼吸器の刺激感を訴える事例が報告されている23,24)

1に本調査結果(対象:福岡県内の消化器内視鏡技師がいる医療機関)とともに,日本消化器内視鏡学会の1998年調査6)および2002年調査7)(対象:日本消化器内視鏡学会の指導施設),および筆者が実施した2003年調査5)(対象:大阪府内の胃腸科のある医療機関および健診機関)の結果も示す.調査対象機関が異なるため,結果の厳密な比較は難しいが,以下のような傾向が見て取れる.高水準消毒剤の使用を推奨した日本消化器内視鏡学会のガイドラインの施行前(1998年調査)は,90%以上の医療機関で逆性石鹸が使用されていたが,施行後の2002年には使用する医療機関はなくなり,90%近くの医療機関でGA製剤が使用されるとともに,2001年に厚生労働省より承認されたOPA製剤および過酢酸製剤が使用され始めている.2003年には,さらにOPA製剤および過酢酸製剤の使用が増え,逆にGA製剤の使用は減少している.そして2014年には80%近くの医療機関で過酢酸製剤が使用されており,GA製剤およびOPA製剤は20%前後まで減少している.2005年に厚生労働省が通達15)の中でGA曝露による労災認定事例を紹介するとともに,医療機関に対して健康障害防止対策の実施を要請したこともあり,GA製剤の使用が大幅に減少したものと考えられる.またOPA製剤は同通達で代替品として挙げられたものの,医療従事者の健康障害事例が報告16-19)され始めたため減少したものと考えられる.また,2006年に化学物質のリスクアセスメントの実施が法的に努力義務化され,特定化学物質障害予防規則などの特別規則による規制物質以外についても適切な管理が求められるようになったことも,健康障害事例の報告があるOPAの使用を控える要因になったと推察される.一方,過酢酸製剤は代替品として挙げられており,目,皮膚,呼吸器への刺激症状の報告23,24)もあるが,あまり知られていないため,あるいは感作性の報告が見当たらないため,使用が大幅に増加しているものと考えられる.しかし,本調査では,過酢酸製剤を使用している医療機関でも,呼吸器症状,皮膚症状,眼症状の訴えが認められるため,曝露状況および健康影響に関する調査を実施することが必要であろう.

日本産業衛生学会はGAの最大許容濃度を0.03 ppmと定めている25).また米国産業衛生専門家会議(ACGIH)はGAの天井値(TLV-Ceiling)を0.05 ppmと,過酢酸の短時間曝露限界(TLV-STEL)を0.4 ppmと定めている26).また,OPAについてはこれまで職業性曝露限界(OEL)が定められていなかったが,2017年にACGIHは天井値を0.0001 ppmとする提案を行った26).医療機関の事業主はこれらのOELを参考にして,内視鏡の洗浄・消毒作業者の適切な曝露管理を行うことが必要である.

謝辞

本調査は産業医科大学環境マネジメント学科の4年生(当時),赤瀬弘明氏および尾辻愛氏と共同で実施しました.論文作成にあたり,両氏に感謝いたします.

利益相反自己申告

申告すべきものなし

文献
 
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