2018 年 60 巻 1 号 p. 1-14
目的:産業医-主治医間におけるメンタルヘルス不調者の就労状況や診療情報の共有方法とその効果に関する具体的な検証は少ない.本研究では,精神科主治医からの診療情報の提供を充実させるため,産業医から精神科主治医へ向けた診療情報提供依頼書(以下 依頼書)に記載すべき内容の検討と,依頼書の記載内容の違いが主治医の印象に与える影響の検証を行った.対象と方法:依頼書に記載が必要な項目及び連携に際して主治医の抱く懸念を明らかにするため,フォーカスグループディスカッション(FGD)を行った.FGDは9名ずつの異なる精神科医集団を対象として計2回実施した.FGD結果の分析を行い,依頼書に記載が必要な項目を設定した.つづいて異なる2つの事例を想定し,それぞれ記載項目,記載量の異なる3パターンの依頼書の雛型の作成を行ったうえで,雛型を読んだ精神科医が感じる印象について,臨床の精神科医に対する質問紙調査を実施し,得られた回答についてロジスティック回帰分析を行った.結果:FGDの結果から,依頼書に記載が必要な項目について,職場における状況,確認事項の明確化,産業医の立ち位置の表明,主治医が提供した情報の取り扱い等が抽出された.これらの結果と研究班内での検討をもとに,依頼書に記載が必要な項目を設定した.質問紙調査の結果は,設定した記載項目を網羅するにつれ,依頼書に書かれた情報の十分さや情報提供に対する安心感等の項目で,好意的な回答の割合が増えた(p<.01).一方で,読みやすさについては好意的な回答の割合が減った.考察:産業医と精神科医の連携を阻害する要因として,主治医が診療情報を提供することで労働者の不利になる可能性を懸念していること,産業医が求める診療情報が明確でないことなどがあることが示唆された.産業医が依頼書を記載する際に,文章量に留意しながら記載内容を充実させ,産業医の立ち位置や提供された情報の使用方法を含めて記載することで主治医との連携が促進する可能性があることが明らかとなった.
産業保健活動におけるメンタルヘルス不調者への対応は,重要な課題となっている.平成26年に公益財団法人社会生産性本部メンタル・ヘルス研究所が全国の上場企業を対象に実施した質問紙調査では,約3割の企業において「心の病」が増加傾向にあり,約6割の企業において「心の病」が横ばいであると回答している1).また,平成25年に厚生労働省が行った労働安全衛生調査(実態調査)では,過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業または退職した労働者が1名以上いる事業所の割合は10.0%と上昇傾向にある.そのうち職場復帰をした労働者がいる事業所の割合は51.1%となっている2).
このような背景を受けて,産業医による職域でのメンタルヘルス不調者への対応のニーズは年々高まっている.産業医が職場復帰や就業支援の判断を適切に行うためには,病態や治療状況,就労に対する主治医の意見などの情報の入手が不可欠である.メンタルヘルス不調者の増加および病態の多様化から,産業医が精神科主治医(以下 主治医)と連携を行うことの重要性が指摘されている.清水は,産業医は就業支援に関する明確な基準がないこと,一方,主治医は職場からの情報が得られないと職場の状況の判断材料は労働者からの一方的なものに止まってしまうことから,産業医と主治医の連携の必要性を説いている3).厚生労働省から出された「改訂 心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」においても,主治医による職場復帰可能の判断(第2ステップ)において職場で必要とされる業務遂行能力に関する情報を主治医に提供する,職場復帰の可否の判断および職場復帰支援プランの作成(第3ステップ)において産業医等による主治医からの意見収集を行うなど,産業医は事業場内産業保健スタッフの中で主治医との連携における中心的役割を担う者として位置づけられている4).
このように産業医と主治医による連携の重要性が認識されている一方で,連携に関する課題についても指摘されている.中野らの報告によると,約7割の産業医が,メンタルヘルス不調において外部精神科医,心療内科医との連携に苦慮することがあると回答している5).これまで主治医と産業医との連携の重要性を指摘する報告は多々なされているものの3,5),どうすれば連携が深まるかについては「困った時に気軽に相談できる精神科医を知っておく」,「研究会などで交流し,主治医と産業医が顔見知りとなる」といった一部の産業医が実践できる方法が提案されているのみであった6,7).
紹介状や診療情報提供書は実際の産業医-主治医間の情報共有における中心的役割を担うが,情報共有の現状には課題がある.横山らの調査によると,主治医と産業医の連携方法の多くで文書による情報授受を利用している8)が,産業保健の現場では主治医から受け取る診断書の病名があいまいである等,十分な情報が得られない状況が散見されている.島が実施した精神科医等の専門医を対象とした調査では,企業に提出する診断書の病名記載方法において,「実際の病名を正確に反映させる」と回答した精神科医は21.2%に過ぎなかった9).廣は,このような状況の背景には,診療情報を職場に提供することで患者の不利益になる可能性があることや,産業医がどのような実務的な役割を担っているかがわからない,書面が職場でどのように取り扱われるか不明であるといった懸念が主治医に存在するためであると述べている10).友常らは,紹介状や診療情報提供書を用いて主治医と産業医が労働者の情報共有を行う際,自らが記載する内容と相手に記載を期待する内容について,主治医と産業医の双方に齟齬があることを明らかにしており,さらに産業医-主治医間の情報共有の不足を招く原因に,情報管理の難しさが影響している可能性について述べている11).
産業医から主治医へ労働者の診療情報の提供を求める際,「診療情報提供依頼書(以下 依頼書)」を用いて,文書で主治医へ情報提供を依頼する.主治医は依頼書を読み,産業医が求める診療情報に関して情報提供を行うか判断し,「診療情報提供書」を返送する.これまで産業医から主治医へ提出する紹介状や依頼書に記載すべき項目や様式の報告は多々なされているものの4,12-16),依頼書の内容によって主治医がどのような印象を抱くかについて科学的手法を用いて効果を検証された様式は著者らの把握する限りでは存在せず,また,主治医からみて文書による産業医との連携にどのような懸念事項があるか,については明らかとなっていない.
本研究は,メンタルヘルス不調者の就業支援を行う産業医が,主治医との良好な連携を行う際に依頼書に記載すべき内容を明らかにするため,記載内容及び情報量が異なる依頼書を複数作成し,読みやすさ,依頼内容の明確さ,情報提供に対する安心感などの違いに関する評価を実施した.
本研究は,(1)充分な診療情報の提供を受けるため,依頼書に記載が必要な項目の抽出のために実施した精神科医を対象としたフォーカスグループディスカッション,(2)充分な診療情報の提供を受けるために必要な項目を記載した診療情報提供依頼書の雛型(以下 雛型)の作成,(3)必要と設定した項目の網羅性と精神科医が抱く印象の関連を検証するための質問紙調査の3つからなる.以下それぞれについて,方法を示す.
精神科医を対象としたフォーカスグループディスカッション(FGD)研究班会議において,精神科医としての経験年数などを考慮し調査対象者を選定した.対象はそれぞれ9名ずつの,異なる2つの精神科医の集団とした.
一方の集団は大学病院,総合病院,単科精神科病院,精神科クリニックなどに勤務する一般精神科医の集団で,9名中5名は産業医資格を有し,3名は企業において産業医実務経験がある.もう一方の集団は,大学病院に勤務する一定の産業医学教育を受けた精神科医の集団で,全員が産業医資格を有し,内5名は企業において産業医実務経験がある.一定の産業医学教育を受けた集団の9名中8名が医学部在学中に240時間程度の系統的な産業医学教育を受けた,もしくは産業医学基本講座において180時間程度の系統的な産業医学教育を受けた者である.9名中1名は,日本医師会が実施する産業医学基礎研修において50時間以上の研修を修了した者である.本論文の巻末に,それぞれのFGDの参加者の属性を添付する(添付資料1).
いずれのFGDにおいても共著者のうち1名(SK)がファシリテーターを担当し,「充分な診療情報の提供を受けるために必要な依頼書の記載項目」,「産業医との連携における主治医側の懸念事項」,「連携に際して産業医に明確にしてもらいたい点」を主題として2つのグループでそれぞれ1回ずつFGDを実施した.1回のFGDに費やした時間は,一般精神科医集団で約90分,一定の産業医学教育を受けた精神科医集団で約60分であった.新規の意見が出なくなったことを持って当該グループにおける意見の抽出に充分な時間を費やしたと判断し,FGDを終了した.
一定の産業医学教育を受けた集団におけるFGDでは,一般精神科医集団におけるFGDで挙げられた意見を口頭で例示した上で,主題についての追加意見や修正を求めた.
FGD内では,主題に沿った議論となるよう,適宜ファシリテーターが議論の方向性に言及して関与した.
データの分析は共著者の内1名(AK)が行った.実施したFGDのスクリプトをもとに,FGDの主題に沿った自由回答をKJ法を参考に類似性に従って分類し,1例以上の回答がある分類項目について全てネーミングし,記録単位群とした.その後,研究班内で分類と解釈の妥当性について検討した.
雛型の作成FGDの結果をもとに,研究班での会議及び複数の専門産業医(日本産業衛生学会産業衛生指導医,労働衛生コンサルタント資格保持者)の意見聴取を経て,産業医が主治医へ診療情報の共有を依頼するために必要な記載項目について設定した.その過程で,FGDでは提示されなかったが記載が必要であると考えられる項目を,研究班内の検討により追加した.
続いて,個人属性及び病態の異なる2つの事例を想定し,それぞれについて,記載量・記載内容の異なる3パターンの依頼書の雛型を作成した.
事例及びパターンは研究班内の検討により決定した.
2つの事例において想定する疾患は,うつ病(事例I),統合失調症(事例II)とした.
事例Iは事例に遭遇する頻度が高いこと,事例IIは診療情報の企業内での取り扱い方によっては労働者が不利な状況に置かれる可能性があり,かつ各年代において一定の罹患率があることを理由に選定した.
3つのパターンについて,パターン1は150文字程度で情報量が少なく一方的に主治医からの情報提供を求めるもの(氏名,年齢,(1)確認項目について記載),パターン2は750文字程度で中程度の情報量で,パターン1に加え産業医からの情報提供を充実させる記載を追加する目的で,情報提供を求める理由について記載したもの(パターン1に加え,(2)確認したい理由について記載),パターン3は1000字程度で充分な情報量で,パターン2に加え主治医の懸念を低減する対策を追加する目的で,産業医の立ち位置や情報の取り扱い方について記載したもの(パターン2に加え,(3)産業医の立ち位置の表明と(4)主治医が提供した情報の取り扱いについて記載)とした.
本論文の巻末に,作成した雛型の2つの事例について,それぞれ3つのパターンの記載例を添付する(添付資料2).
精神科医への質問紙調査作成した雛型を用い,記載が必要と設定した項目の網羅性の違いによって,依頼書を読んだ精神科医の印象にどのような違いが生じるかを検証するため,臨床医の精神科医・心療内科医への質問紙調査を実施した.
平成28年11月8日~22日の間に,福岡県精神保健福祉協会及び福岡県精神神経科診療所協会に登録している95名の精神科医・心療内科医に対して,無記名式の質問紙調査を実施した.
事例ごとに各パターンを示した上で,以下6項目の質問について,5段階のリッカート尺度(例 読みやすさ:1.非常に読みにくい~5.非常に読みやすい)で評価を依頼した.(1)読みやすさ…雛型を読んだ精神科医にとって,雛型の文章構成や文章量において読む上での負担がないか.(2)情報の十分さ…雛型を読んだ精神科医にとって,企業または産業医と連携をする上で知りたい情報が十分に記載されているか.(3)確認事項の明確さ…雛型を読んだ精神科医にとって,産業医が求める確認事項が明確であるか.(4)産業医の立ち位置の明確さ…雛型を読んだ精神科医にとって,依頼書を書いた産業医が企業内でどのような立ち位置で労働者の支援を行っているかが明確であるか.(5)情報提供に対する安心感…雛型を読んだ精神科医にとって,当該依頼書を提出した企業または産業医に診療情報を提供することに対して安心できるか.(6)返書の書きやすさ…雛型を読んだ精神科医にとって,確認事項の明確さや情報提供に対する安心感等を含め返書を書きやすい依頼書であったか.各評価項目における4点以上(例:読みやすい,非常に読みやすい)を「好意的な回答」と定義した.
まず,2つの事例を比較して,各評価項目について,好意的な回答に該当するオッズ比をロジスティック回帰分析を用いて推定した.すなわち,各評価項目について,好意的な回答に該当するかを従属変数として,独立変数として,事例の種類を用いた.
次に,2つの事例の間において,好意的な回答の割合に有意差が無いことを確認した上で,2つの事例のデータを統合した.
統合したデータを用い,依頼書の3つのパターンを比較して,各評価項目について,好意的な回答に該当するオッズ比をロジスティック回帰分析を用いて推定した.すなわち,各評価項目について,好意的な回答に該当するかを従属変数として,独立変数として,診療情報提供依頼書パターンを用いた.解析にはStata Ver.14.0(株式会社 ライトストーン,東京)を用い,有意確率は0.05以下とした.
主題に沿った意見として50件の有効回答が得られ,充分な診療情報の提供を受けるために必要な項目として,5つの記録単位群に分類された.
以下にFGDの分析結果の要約,各記録単位群の記録単位数,および抽出された意見のうち類型化に役立った例を示す.
(1) 職場内での本人の様子や職場の制度など,職場における状況について職場からの評価や周囲からみた本人の様子,人間関係などの情報を提供することで診療上有益な情報を提供し得ることが示唆された.また,職場の制度や取り得る配慮の範囲に関する情報を提供することで,職場の実情に則した意見や診療情報が提供される可能性が示唆された(記録単位数19件).
「会社として本人がどう見られていたのかわからないので,休職前の状況などの情報をもらえるとありがたい」(精神科経験年数10-20年 産業医経験あり)
「職場内の人間関係や評価などを知りたい」(精神科経験年数20-30年 産業医経験無し)
「職場によってどれぐらい配慮できるのかが違うため,職場がどの程度まで配慮できるのかの情報があったほうが,主治医としても助かる」(精神科経験年数10-20年 産業医経験あり)
「異動させるとして,部署の選択肢や具体的な業務内容などが分かれば意見しやすい」(精神科経験年数5-10年 産業医経験無し)
「(復職における)リハビリの状況などの情報があれば連携しようと思う」(精神科経験年数20-30年 産業医経験無し)
(2) 産業医の見立て職場環境を把握している企業内専門家として,事例性を踏まえた産業医からの意見の記載の必要性が示唆された(記録単位数1件).
「産業医が思うところや,職場でどう病状を考えているのか,産業医からの考えを教えてほしい」(精神科経験年数20-30年 産業医経験無し)
(3) 確認事項の明確化現状では産業医が主治医へ情報提供を求める事項が不明確であり,確認事項をより明確に記載することを求める意見が複数みられた.産業医や企業が求める情報について明確に記載することの必要性が示唆された(記録単位数9件).
「産業医から確認したい事項について細かく聞かれたほうが答えやすい」(精神科経験年数10-20年 産業医経験無し)
「どういう情報を求められているのかが分からないため,どこまで情報を伝えていいか分からない」(精神科経験年数10-20年 産業医経験あり)
「診断書上はうつ病だが背景には発達障害がある場合などもある.どこまで情報が欲しいのかを明確にしてほしい」(精神科経験年数20-30年 産業医経験無し)
「目的と内容がはっきりしていると答えやすい」(精神科経験年数20-30年 産業医経験無し)
(4) 産業医の立ち位置の表明産業医が労働者と企業の双方に中立的な立場なのか,もしくは企業の利益や意向のみを優先する立場なのかが書面上では不明確であり,懸念を持つ意見が複数みられた.産業医の立場や考えを明確にし,労働者にとって有効な職場環境を提供する立場にあると表明することの必要性が示唆された(記録単位数13件).
「産業医の顔が分からないと,企業側の人間ではないか等を懸念する」(精神科経験年数5-10年 産業医経験無し)
「どれぐらいの職員と関わりがあって,産業医としてここまで関与できるという情報が必要」(精神科経験年数10-20年 産業医経験あり)
「企業内の立場である産業医から聞かれてどこまで回答して大丈夫かとは考える.不利益にならないかが心配」(精神科経験年数20-30年 産業医経験無し)
「完全に企業の立場に立って積極的にリストラに加担する産業医は,少ないがいないわけではない.そこが怖い」(精神科経験年数20-30年 産業医経験無し)
「我々は基本的に患者の立場に立つ.産業医が職場側であれば,対立することになる.産業医の立場が分からない」(精神科経験年数20-30年 産業医経験無し)
(5) 主治医が提供した情報の取り扱い具体的な病名や障害名を職場に提供することで,解雇,降格,職場内での偏見や差別などの労働者の不利益になる事象が生じることを懸念する意見が複数みられた.また,職場内での情報管理体制が主治医にとって不明確であり,提供した情報が社内でどのように扱われるかが把握できないことも,これらの主治医の懸念を悪化させていることが示唆された(記録単位数8件).
「こちらの説明が職場でどう捉えられるのか.本人にとって不利に捉えられるのではないか」(精神科経験年数10-20年 産業医経験あり)
「若年性認知症の患者の適正配置に関する意見を求められた際に,具体的な病名を伝えると解雇になるのではないかと悩んだ経験がある」(精神科経験年数5-10年 産業医経験無し)
「ハラスメントの問題を聴取した際,主治医から産業医に伝えた場合,産業医がその情報をどう扱うのかが不明なため懸念がある」(精神科経験年数20-30年 産業医経験無し)
依頼書に記載が必要な項目について,FGDで記載が必要と提示された項目に加え,「面接で聴取した内容」,「主治医の治療方針の確認」を追加し,以下のように設定した.(0)挨拶文,(1)確認項目,(2)確認したい理由,(2-1)職場における状況,(2-2)面接で聴取した内容,(2-3)主治医の治療方針の確認,(2-4)産業医の見立て,(2-5)確認事項の明確化,(3)産業医の立ち位置の表明,(4)主治医が提供した情報の取り扱い.
精神科医への質問紙調査回収率は28%(27件)であった.欠損のあった1件を除外し,26件を解析対象とした.
(1) 回答者の属性精神保健指定医有資格者は24名(92%)で,精神科専門医有資格者は19名(73%)であった.産業医として勤務した経験のある者は10名(39%)であった.主治医としての産業医との連携の経験のある者は25名(96%)で,産業医との連携で困った経験のある者は16名(62%)であった(表1).
項目 | 人数(%)または中央値(四分位範囲) | ||
---|---|---|---|
医師経験年数 | 31 | (24.5-35.3) | |
性別(%) | |||
男性 | 22 | (85) | |
年齢(%) | |||
40代 | 5 | (19) | |
50代 | 10 | (39) | |
60代 | 11 | (42) | |
精神保健指定医の有資格者 | 24 | (92) | |
精神科専門医の有資格者 | 19 | (73) | |
産業医経験の有る者 | 10 | (39) | |
主治医としての産業医との連携の経験のある者 | 25 | (96) | |
産業医との連携で困った経験のある者 | 16 | (62) |
事例Iと事例IIの間において,各評価項目における好意的な回答を選択した者の割合は,いずれの項目においても有意な差は認めなかった.
(3) 各評価項目におけるパターン間の差の分析2つの事例におけるデータを統合して52件を分析対象とした.
「読みやすさ」以外の評価項目における好意的な回答の割合は,パターン1と比較してパターン2,3で有意に増加した.「読みやすさ」の評価項目における好意的な回答の割合は,パターン1と比較してパターン3で有意に減少した.各評価項目におけるパターン1に対するパターン2,3のオッズ比および95%信頼区間を示す(表2).
項目 | 好意的な回答の数(%)d) | オッズ比 | 95%信頼区間 | p値 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
a)(1)確認項目について記載 b)(1)に加え,(2)確認したい理由(職場における状況,面接で聴取した内容,主治医の治療方針の確認,産業医の見立て,確認事項の明確化)について記載 c)(1),(2)に加え,(3)産業医の立ち位置の表明,(4)主治医が提供した情報の取り扱いについて記載 d)各評価項目における好意的な回答(例:読みやすい,非常に読みやすい)を選択した者の割合 |
||||||
読みやすさ | ||||||
パターン1a) | 40(77%) | reference | ||||
パターン2b) | 43(83%) | 1.4 | 0.6 | 3.8 | 0.47 | |
パターン3c) | 29(56%) | 0.4 | 0.2 | 0.9 | 0.02 | |
情報の十分さ | ||||||
パターン1 | 4(8%) | reference | ||||
パターン2 | 29(56%) | 15.1 | 4.8 | 48.2 | <0.01 | |
パターン3 | 50(96%) | 300.0 | 52.5 | 1714.3 | <0.01 | |
確認事項の明確さ | ||||||
パターン1 | 7(13%) | reference | ||||
パターン2 | 30(58%) | 8.8 | 3.3 | 23.1 | <0.01 | |
パターン3 | 48(92%) | 77.1 | 21.2 | 281.4 | <0.01 | |
産業医の立ち位置の明確さ | ||||||
パターン1 | 3(6%) | reference | ||||
パターン2 | 22(42%) | 12.0 | 3.3 | 43.5 | <0.01 | |
パターン3 | 44(84%) | 89.8 | 22.4 | 359.9 | <0.01 | |
情報提供に対する安心感 | ||||||
パターン1 | 4(8%) | reference | ||||
パターン2 | 21(41%) | 8.1 | 2.6 | 26.0 | <0.01 | |
パターン3 | 45(86%) | 77.1 | 21.2 | 281.4 | <0.01 | |
返書の書きやすさ | ||||||
パターン1 | 2(4%) | reference | ||||
パターン2 | 22(43%) | 18.3 | 4.0 | 83.5 | <0.01 | |
パターン3 | 44(84%) | 138.0 | 27.7 | 682.1 | <0.01 |
本研究では,産業医学に関する教育・研修歴や実務経験および所属医療機関について多様な背景を持つ精神科医を対象にしたFGDを行い,産業医と主治医の連携の際に依頼書に記載が必要な項目について探索し分類することを試みた.その過程で,主治医が抱く懸念として,診療情報の提供により労働者が不利益を受ける可能性があること,産業医の立場や姿勢が不明確であること,主治医からの要望として,産業医や企業が共有したい情報の明確化,提供した診療情報の取り扱い方法の明確化,があることを明らかにした.また,上記の結果をもとに依頼書の雛型を作成し,精神科医への質問紙調査により記載が必要と設定した項目の網羅性と主治医の印象の関連性を示した.
産業医と主治医の立場の違い産業医と主治医は,職能や特性が大きく異なる.産業医は,職務上は診断・治療の中心的機能は有さない場合が多く,治療や疾病性の把握における中心的役割は主治医に委ねることとなる.一方で主治医は,就業状況,作業環境,職場内の人間関係などを実際に確認するため企業に出向くということは現実的には困難で,問診で本人や家族から聴取する以外には,産業医との情報共有が重要な情報資源となる3).産業医と主治医は,お互いが持っている情報を共有し連携することで,それぞれの活動の効果を高めることができると考えられており7),横山らの調査においても,連携による成功事例のうち,約9割で両立できる業務内容調整の実現等の就業面での効果,約6割で産業医からの情報の診断・治療への活用等の治療面での効果を認めている17).
一方で,産業医と主治医の充分な連携を阻害する要因として,産業医と主治医の立場の相違がある.産業医は企業内の専門家として中立的な立場で事例性の観点から意見を述べる.企業が取り得る対応には限界があるため,労働者の希望と一致しない場合があり,必ずしも労働者のすべての希望が意見に反映されるわけではない.一方,主治医は患者個人との診療契約に基づいて治療を行っており,医師患者間の信頼関係の構築の観点からも,本人の希望や利益を優先する傾向にある.これらの産業医と主治医の立場の相違は,夏目の論文に詳しい7).このような立場の相違が背景にあることを考えれば,主治医が信頼関係を構築していない産業医への詳細な情報提供を躊躇することは妥当な判断であるといえる.産業医と主治医の連携が成功するためには,連携に対する「主治医の理解の強さ」が大きく影響しており17),産業医と主治医の立場の違いを踏まえた上で,いかに主治医の理解を得るかが,連携の成否を決める重要な要素となると考えられる.
依頼書に記載が必要な要素FGDの分析結果からは主治医としては産業医との連携を望んでいる反面,産業医の立ち位置や考えが確認できないことから,提供した情報の取り扱い方法によっては労働者の不利益になる可能性を懸念していることが示唆された.これは先行研究10,11,16)の考えを支持するものであるが,これまで開発された様式例には産業医の立ち位置を依頼書内に明確に記載するよう指定したものは無く,実際の依頼書においても産業医の立ち位置について記載している例は多くないと推測される.本研究の結果から,中立的な立場で本人にとって有効な職場環境を提供する産業医であるという立場を明確に表明し,主治医の信頼を得ることで,充分な診療情報の提供を受けることが出来る可能性があることが明らかとなった.また,情報の取り扱い方法や社内での使用目的についても詳細に記載し,情報提供に際し本人の同意があることを示すことで,主治医が安心して情報提供を行えると考えられる.
また,確認したい事項が明確でないことも,主治医からの情報提供を阻害する要因となることが示唆された.これについても同様に,主治医が把握している情報のうち何が必要なのかを明確に伝えることで,主治医からの情報提供の促進に繋がると考えられる.
診療情報を求める理由を詳細に記載することが必要であるという分析結果は,友常らの質問紙調査11)の結果と一致していた.職場で問題となったエピソードや職場で可能な対応等は,本人からの問診だけでは主治医が把握しづらい情報である.必要な理由を記載する過程で,これらの情報を提供することとなり,結果的に診療の補助となるという効果もある.職場での状況を含めて,確認事項や確認したい理由を記載することが重要と考えられる.
本研究のFGDでは抽出されなかったが,研究班内の検討により記載すべき項目として追加した項目は,いずれも先行する多くの様式例や文献に記載が勧められている内容と類似していた12,13).
依頼書の記載項目と主治医の印象の関連性これまで,依頼書の記載項目によって,主治医の印象にどのような変化が生じるかを具体的に検証した研究は無い.本研究では,事例や病態を詳細に想定し,実際に使用する依頼書に類似した雛型を作成した.精神科医への質問紙調査では,この雛型を用いて依頼書の記載項目と主治医の印象との関連を推定しており,依頼書に記載が必要な項目について研究的手法を用いて探索した点が本研究における新規性のひとつであると考える.
質問紙調査の結果はFGDの分析結果から得られた考察を支持するものであった.
依頼書の記載項目が増えると,主治医が感じる情報の十分さ,確認事項の明確さ,産業医の立ち位置の明確さ,情報提供に対する安心感,返書の書きやすさの項目における好意的な回答は有意に増加した.これらは,依頼書に記載が必要であると設定した項目の妥当性を示したものと考えられる.
パターン2はパターン1と比較して,(2)確認したい理由,が追加されている.これは,産業医から主治医への情報提供が充実し,確認事項が明確になることで,返書の内容も充実するという関係性を明らかにしたものと考える.
一方で,パターン2では主治医の懸念を低減する記載は追加されていないにも関わらず,産業医の立ち位置の明確さや情報提供に対する安心感の項目における好意的な回答にも有意に増加がみられた.これらは産業医資格の有無や産業医経験の有無について調整した場合でも同様であった.
職場における状況等を詳細に記載すること自体が,労働者の支援に対して誠実に取り組んでいる産業医であると受け取られ,産業医の立ち位置や情報提供の安心感においても好意的に解釈されたのではないかと推測される.
パターン3はパターン2と比較して,(3)産業医の立ち位置の表明,(4)主治医が提供した情報の取り扱い,が追加されている.これらはFGD及び先行研究10,11,16)で明らかになっている主治医にとっての懸念事項である,診療情報の提供によって労働者に不利益が生じる可能性があることについての対応策となり得る.これらの2項目について記載し,主治医の信頼を得る工夫をすることで,返書の内容をより充実させることが可能になると考える.
一方で,パターン3とパターン1の比較において,読みやすさの項目では好意的な回答の割合に有意な減少がみられた.文章量が150字程度から1000字程度に増加したことに伴うものと考えられる.また,比較的長文にも関わらず,文章が構造化されていない点も,読みやすさが低下する要因のひとつであった可能性がある.これらより,今後依頼書の内容を充実させる産業医が増えるに従って主治医の負担が増える可能性が示唆された.対策として,必要な項目は記載しつつ,可能な限り文章が冗長にならないようにする,見出しを付けて文章を構造化する等の工夫が考えられる.
2つの事例の間における好意的な回答の割合には,いずれの項目においても有意な差は認めなかった.この結果から,少なくとも2つの異なる病態・事例において,本研究で記載が必要と設定した項目が主治医の印象に同様の影響を与えた可能性が示唆された.すなわち,本研究で設定した項目を記載することで,異なる病態や事例においても主治医との情報共有に好影響を与える可能性を示した.
本研究の限界本研究では,連携に際して主治医が抱く懸念や依頼書に記載が必要な項目について新たな知見を得るためFGDを用いて探索的に検討を行った.FGDの対象は計18名の精神科医に限られ,開業医の参加者が少ないため,FGDの結果のみをもって設定した項目を一般化することが困難であることはFGDにおける方法論的限界である.そのため記載が必要であると設定した項目以外にも主治医との連携を促進する項目が存在する可能性がある.本研究では専門産業医の意見や先行研究を踏まえて項目の追加を行ったことで最低限必要と考えられる項目については網羅し,さらに開業医を中心とした質問紙調査を組み合わせることによって,設定した項目の妥当性を確認した.
質問紙調査において,パターン3に追加された(3)産業医の立ち位置の表明,(4)主治医が提供した情報の取り扱い,の内どちらか一方の項目が主治医の印象に影響したのか,あるいは両方の項目が主治医の印象に影響したのかは,本研究では判断が出来ない.すなわち,これら2項目を記載することの必要性はFGDの抽出結果から明らかになったが,それぞれの項目単体の記載によって主治医の印象に好影響を与えるとは断定出来ない.
質問紙調査に用いた事例は2種類のみであり,同一の評価者が繰り返し評価を行っている.そのため本研究の結果のみをもって,記載が必要であると設定した項目が全てのメンタルヘルス不調に係る事例に有用であると結論付けることは困難である.
質問紙調査に用いた依頼書のパターンI-3において,依頼書の内容や,主治医からの診療情報の取得に関する本人同意を文章中に表現したが,より主治医に安心感を持ってもらうため,実際の連携の際には,本人署名の欄を作成するなどし,本人同意をより明確に表現することが必要と考えられる.
また質問紙調査の回収率は28%であり,回答した精神科医は元々連携に関心の高い集団であった可能性がある.本研究では産業医との連携を行う精神科医が文書によるやりとりの際に抱く懸念とその対応策を検討したが,そもそも連携に関心の低い精神科医と連携を行うためには依頼書の様式の工夫のみでは不十分であり,返書様式の工夫や文書作成に対する金銭的対応等の検討も重要な課題である.
今後の展開本研究の結果を踏まえ,メンタルヘルス不調者の就業支援における主治医と産業医の連携の促進のため,依頼書を記載する際の項目や記載方法について定めた,「診療情報提供依頼書作成マニュアル」を製作し,産業医向けに提供していく.今後,製作したマニュアルを使用した産業医から,使用感や主治医からの情報提供内容の変化に関する意見聴取や質問紙調査を行い,妥当性の更なる検証を行う予定である.
FGD及び質問紙調査にご協力いただいた精神科医の先生方に深謝いたします.本研究は産業医科大学 平成27年度および平成28年度産業医学・産業保健重点研究助成金による助成を得て行われました.
本研究における開示すべき利益相反はない.
精神科経験年数(年) | 産業医資格 | 産業医実務経験 | その他 | |||
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(1)医学部在学中に240時間程度の系統的な産業医学教育を受けた者 (2)産業医学基本講座において180時間程度の系統的な産業医学教育を受けた者 |
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1.一般精神科医のグループ(n=9) | ||||||
30年以上 | 〇 | 〇 | 精神保健指定医 | 大学病院勤務 | ||
20-30 | 〇 | 精神保健指定医 | 単科精神科病院勤務 | |||
20-30 | 精神保健指定医 | 単科精神科病院勤務 | ||||
10-20 | 〇 | 〇 | 精神保健指定医 | 大学病院勤務 | ||
10-20 | 〇 | 〇 | 精神保健指定医 | 精神科開業医 | ||
10-20 | 精神保健指定医 | 大学病院勤務 | ||||
5-10 | 大学病院勤務 | |||||
5-10 | 大学病院勤務 | |||||
5-10 | 〇 | 総合病院勤務 | ||||
2.一定の産業医学教育を受けた精神科医のグループ(n=9) | ||||||
30年以上 | 〇 | 〇 | 精神保健指定医 | (2)大学病院勤務 | ||
20-30 | 〇 | 〇 | 精神保健指定医 | (1),(2)大学病院勤務 | ||
5-10 | 〇 | 〇 | 精神保健指定医 | (1)大学病院勤務 | ||
5-10 | 〇 | 精神保健指定医 | (1)大学病院勤務 | |||
5-10 | 〇 | 精神保健指定医 | (1)大学病院勤務 | |||
5-10 | 〇 | 大学病院勤務 | ||||
5-10 | 〇 | 〇 | 精神保健指定医 | (2)大学病院勤務 | ||
5-10 | 〇 | 精神保健指定医 | (1),(2)大学病院勤務 | |||
5-10 | 〇 | 〇 | (1)大学病院勤務 |