2018 Volume 60 Issue 2 Pages 41-44
高気圧作業とは,高気圧環境下において労働者が作業することで,これにより労働災害(特に減圧症,窒素酔い,酸素中毒など)が発生することを防止するための規則が高気圧作業安全衛生規則(高圧則)である.昭和36年に定められた高圧障害防止規則から成り立つこの規則1)は,労働環境の時代変化にそぐわないことから,これまでに様々な問題点が指摘されてきた1).そこで今回,平成26年12月1日に改正され,平成27年4月1日から施行された改正高圧則2)のポイントを紹介すると同時に,労働衛生の視点からみた改正後の現状と問題点を提議したい.
高気圧作業は,大気圧を超える気圧下の作業室,又はシャフトの内部で行う圧気土木作業と,潜水器具を装着し,かつ空気圧縮機等による送気,又はボンベからの吸気を受け水中で行う潜水業務に大別されるが,後者には潜水器やボンベを用いずに潜水作業を行う素潜り業務も含まれる.潜水作業の実施については,これまで責任の所在が曖昧な部分が多かった3)が,改正高圧則では労働の状況に鑑み,事業者は「労働者の危険または高気圧障害その他の健康障害を防止するため,作業方法の確立,作業環境の整備その他必要な措置を講ずるよう努めなければならない」という文言が第1条へ追加された.これは,所定の高圧潜水作業計画の策定,周知徹底させ,計画通りに実行させること(第12条),計画,作業状況,作業者の記録を5年間保存(紙媒体でなくても可)すること(第20条),そして高圧作業後14時間以内は重激な業務に就かせてはならないこと(第18条)といったように,責務の内容が具体的に示されている.ちなみに,潜水業務に従事する者の中でも,港湾潜水作業者は,小規模企業所属の正社員であることが多く3),事業者がその責務を果たすことによって労働者の安全は担保されるが,インストラクターダイバーや素潜り漁師の場合は一人親方が多く4),事業者の責務がいわゆる自己責任と同義になりがちである.
旧高圧則では,呼吸に使用する気体を空気と想定し,単一の減圧表に基づき減圧管理を行っていたが,この減圧表には種々の問題があった.フランスの減圧表5)を参考にして作成されたと言われている旧高圧則の減圧表は理論が明瞭でなく6),減圧時間に関して滞底時間が長くなると,諸外国の基準に比して減圧時間が著明に短くなる7)といった問題を含んでいた.また,繰り返し潜水の減圧時間を導く図を作成した根拠が不明となっており6),この減圧表の作成者自身が,時代にそぐわないため改定が必要と考えていた8).そこで,改正高圧則では減圧理論はBühlmannのZH-L16モデル9)に依ることとされ,減圧表を導くため計算式が示された.これを用いれば,誰でも減圧表を作成できるが,別の言い方をすれば,事業者自身に法的に問題のない減圧表を作成する義務が生じたこととなる.更に,複雑かつ煩雑な計算を要するため,実際に減圧表を作成することは容易ではなく,むしろ定まった減圧表があったほうがよいとの現場の意見もある.実際に事業者は,この計算式を用いて独自に減圧表を作成・運用しているが,減圧室内での減圧障害発症時や潜水作業時の急速浮上による減圧停止時間が規則違反にならないか等の問題点がある.
一方,高圧環境下での作業が重労働である場合,不活性ガスの取り込みが大きくなり,減圧症の危険性が増す.そのため,潜水作業においては安全率をかけた減圧表を用いるが,改正高圧則ではこの安全率の適用基準があいまいになっている6).安全率は,その設定によって減圧時間が大きく異なってくることから,減圧停止時間を一律に10%延長する案や,潜水深度によって安全率を変更する等の実用的な方法を取るべきといった意見もあり6),その検証が必要である.なかには減圧方法を法的に規制することに問題があるとの意見もある1)が,減圧表における上述のような問題点を1つずつ解決・改善していく積み重ねが大切と考える.
もずく漁などに従事する潜水作業者は,フーカーと呼ばれる海上から長時間にわたって送気可能な潜水機器を用いるため,3~4時間継続して海底で作業を行うが,港湾作業やインストラクターダイバー等は繰り返し潜水を行う.改正高圧則の減圧計算では,この繰り返し潜水の減圧時間は諸外国の基準や旧高圧則と比べて著しく短くなるため6),改正高圧則の繰り返し潜水の減圧表は危険で,使用すべきではないとの意見がある6).
潜水深度の制限については,旧高圧則にて深度90 mまでの空気潜水減圧表が制定されていたが9),今回,40 mという深度制限がなされた.これは後述する窒素分圧制限によるものと,スクーバ潜水の深度制限が40 mであることを理由としている.一方,欧米先進国の公的機関における潜水規範では,潜水深度制限は米国の標準減圧表で57.9 m10),フランス・ノルウェーが60 m11,12),カナダが72 m13),英国が75 m14)と,改正高圧則における深度制限よりも深い.潜水深度を浅くすれば安全性はより高まるが,深度40 m以深では混合ガスボンベを使用しなくてはならないため,新たな設備投資が必要となる.また,深度30~40 mの潜水の場合,酸素濃度を高くした混合ガス(ナイトロックス)の使用が望ましいとあるが,インストラクターやレジャーダイバーはコストの面から圧縮空気ボンベを選択することが多く,深度制限・使用ボンベに関しても実際の使用場面における今後の検証が待たれる.
旧高圧則では,呼吸用ガスは自然界に存在している空気のみの想定であったが,呼吸用ガスの進歩により,現在では酸素と呼吸用不活性ガスが使用されている.今回の改正では新たな混合ガスにも対応することとなり,事業者には呼吸用ガスの酸素,窒素,二酸化炭素のガス分圧制限がかけられた(第15条).これにより,水深40 m以上の作業では混合ガスを使用しなくてはならなくなり,事業者は新たな設備投資が必要となったが,これは資金力に劣る中小企業にとっては死活問題である.また,その運用マニュアルについては詳細がないため,運用時に窒素や酸素のガス分圧をどこで測定するのか,事業者の判断が求められる事態となっている.更に,この分圧を守った場合に注意しなければならないのは,酸素濃度が20%では最大深度が70 mとなってしまうことと,減圧時に安全が確保できれば,酸素分圧制限は220キロパスカルとなり,深度12 mから純酸素吸入による減圧が可能となることである.ただし,この場合の酸素分圧制限は潜水作業者が減圧中に溺水しないよう必要な処置を講じる場合のみであるが,その方法については詳細な規定がない.「NAUIスクーバダイビング認定コース」では,「水深約7 m以深の深さで純酸素を吸うと,死亡を含む重大な傷害を起こす可能性があり,純酸素は毒性を持ち非常に危険です」と教示している15)ことから,インストラクターダイバーの中には酸素減圧を行うことに対して不安を持つ人もいる.今後は,酸素減圧に関する現場での有用性と安全性評価を行うことが必要である.
旧高圧則第42~44条に,「高圧室内作業者又は潜水作業者については救急処置を行うために必要な再圧室を設置し」という文言があり,第11条では「治療装置の操作は事業者が労働者にその業務につかせる」とある.これは高圧室内作業主任者が減圧障害発生時に救急医療行為を行うことと判断され,医師でない者の医業を禁止している医師法第17条に抵触することが問題となると議論されてきた1).さらに,第19条2,32条2は,事故で急速に減圧した場合に,その現場にある再圧室で事故前の曝露圧まで再加圧を行うものであるが,この行為は大変危険であると同時に,再圧治療は「反復継続の意思」を持つ「医行為」に相当するといった問題を抱えている.
一方,改正高圧則では旧高圧則で禁止していた減圧時における純酸素の使用が可能となったことで,水辺事故に対する医療用酸素を用いた対応が大きく変わることとなった16).医師法第17条では医師でない者の医業を禁止しており,医療用酸素に関しては医薬品であることから,薬機法により医療従事者以外が医薬品(酸素)を扱うことが禁止されている.しかし,潜水に伴う減圧障害は,特に症状が進行しやすく,早急な酸素吸入が必要とされているというのが現状である17).平成23年の東北地方太平洋沖地震では,工業用ガスボンベは一定の条件下にて医療用ガスボンベとして使用可能とする通達がなされた18)が,減圧障害に対する早期の酸素投与の有効性のエビデンス19)や,大気圧下における数時間の酸素吸入では理論的に酸素中毒を生じないことが明らかになったこと20)もあり,減圧障害発症の現場におけるファーストエイドとしての酸素使用の必要性について,今回,非医療者による「救命や救護の応急措置として医療用酸素は使用可能」とした法解釈改正が厚生労働省医政局に受領された16).ただし,「酸素による事故防止と安全のために,医療用酸素の使用に関する必要な知識を習得した上で行われることが望ましい」とされているため,今後その環境を整えていかなければならない.そのためには,AEDのように一般市民が活用できる一次救命処置としての酸素取り扱いに関する安全講習の実施や,具体的な酸素の投与方法・投与量を明確にする必要がある.
海事関係では,就業時における潜水適正検診や定期検診が法的に義務づけされ,減圧停止を含めた潜水法に関する教育,指導が行われ,統括する安全管理者の配置が義務付けられている21).一方,旧高圧則では,健康診断と病者の就業禁止が規定されていたが,7項目挙げられていた禁止疾患・病態は非常にあいまいな表記であった.企業や事業所に所属する潜函作業者や港湾潜水作業者は,潜水者検診を受診してはいるものの,高気圧作業の適正判断とその急性障害の予防には,労働者からの病歴聴取が重要であるため,健康診断を行う医師は,高気圧作業と減圧障害への専門的な知識が不可欠である1).よって事業者は,専門的な知識と経験を有した産業医,高気圧専門医や医療機関との連携のもとで作業を進める必要がある.
1990年以降20年間におけるレジャーでのスクーバ潜水における事故者912人のうち,生存者は518名(56.8%)で,394名(43.2%)が死亡・行方不明22)となっている.平成27年のスキューバダイビング中の事故者数は32人で,その事故内容は溺水が19人(60%)と最も多く,これより過去5年間の年齢層別事故者数は40歳代以上が69%,病気による死者・行方不明者が90%と,中高年者の健康管理に起因する溺水が多いことが指摘されている23).また,この事故は50歳以上の男性に多く,死亡に至った原因として心疾患が多い24).これは,ゲストダイバーにトラブルが発生した場合,同伴のガイドダイバーは刑法による業務上過失の責任を問われ,場合によっては過失致死となる可能性もはらんでいる16).ダイビング指導者を対象とした調査では,ゲストの健康管理について申し込み時には100%がゲストダイバーの健康状態を把握しているが,薬の影響と飲酒に対する把握が十分でなく,複数日程にわたってダイビングを行うゲストダイバーに対しての健康チェックがおろそかになる傾向がある25)としている.さらに,アメリカのダイビング事故を分析した結果では,潜水における死亡事故の25%は健康上の問題があってダイビングを行える状態ではなかったことが指摘されており26),インストラクターダイバーがゲストダイバーの健康状態を把握しておくことの重要性を示している.しかし,実際には慢性閉塞性肺疾患の既往を自己申告しないゲストダイバーや,複数のインストラクターダイバーで対応しなくてはならいような高齢のダイビング希望者が増えている.
潜水や潜函作業に従事する職業性ダイバーは労働安全衛生法で一般健康診断及び特殊健康診断が定められている.一方,高圧則第4章には健康診断及び就業禁止規定が明記され,エントリー時,及び六ヶ月に一回の医師による健康診断が定められている.事業所に所属するガイドダイバーが減圧障害を発症した場合,雇用者への安全配慮義務違反(労働契約法)が生じ,さらに労働災害として事業主が行政指導を受けることとなるが,インストラクターダイバーには一人親方が多く,定期的な健康診断を受けていないことも少なくない.レジャーダイバーの増加によりインストラクターダイバーの負担も増しているが,十分に言葉の通じない外国人ゲストダイバーの増加が更に負担を増している.沖縄県でインストラクター事業を行う場合,就労するインストラクターの名簿ならびに詳細な潜水ルートを提出しなければならないが,近年,インストラクターとして無資格の外国人を雇っている事業所があり,問題となっている.彼らは一日6~8回の繰り返し潜水業務に就いており,実際,無資格でインストラクター業務を行っていた未熟な外国人ダイバーが流され,海上保安庁によって救出されるといった事案も発生している.彼らに減圧障害を含む事故が起きた場合,事業者の責務は重大であり,外国人ダイバーが増加している現在,上記のような法令違反に対する行政指導の強化が必要である.
半世紀近く前に施行された高気圧作業安全衛生規則は,現代の高気圧作業環境をふまえ今回ようやく改正された.しかし,改正高圧則にも様々な問題点がある.欧米に学んだニューマチックケーソンという圧気土木作業は日本で発達したが,この作業は東京オリンピックを控えて需要が増していることから,潜函作業者の過重労働に留意が必要である.また,インストラクターダイバーにおいても,外国からのレジャーダイバーの増加や高齢者ダイバーの増加など,新たな問題を抱えている.激変する時代背景をふまえ,労働者の安全の観点から今後も高圧則の適宜更新が必要で,そのためには現場における様々なデータの収集・蓄積が求められている.
利益相反自己申告:申告すべきものなし