産業衛生学雑誌
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事例
多忙な従業員の血糖管理にFlash glucose monitoring(FGM)プログラムが有効であった一例―健康管理室でのFGMプログラムの活用方法について―
千福 恵子 佐々木 香純
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2021 年 63 巻 6 号 p. 304-309

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緒言

生産年齢人口が減少する日本において,糖尿病の継続的な治療や良好な血糖コントロールとするための職域における支援は重要な課題となっている1.しかし,従業員にその必要性を理解してもらい,血糖の自己管理を継続してもらうことは至難である.糖尿病情報センターの実態調査では,糖尿病患者の4人に1人は治療を受けておらず,特に多忙と思われる40歳代男性は他の年代と比較しその傾向が顕著であると報告されている2.同論文ではその結果を踏まえて,働きざかりの勤労世代に実効性のある生活改善指導,ならびに,治療の継続率を高める取り組みが,血管障害による労災事故予防という観点から重要な課題であると考察している2.著者は2007年に血糖管理不良の従業員11名に対し企業内健康管理室にて,昼食後2時間血糖を測定してもらい,自身が摂った食事内容・運動が食後2時間血糖値に及ぼす影響について振り返り分析してもらうSMBG(self-monitoring of blood glucose)プログラムを実施した.この取り組みを3カ月間サポートした結果,血糖値・HbA1cともに有意に低下し,血糖管理に有用である可能性が示唆されたと報告した3.しかし当時,産業医療の場面での「針刺し事故」が多発したため,健康管理室で針を扱う行為を禁止する通達が出され,プログラムの継続を中止せざるをえなかった.

最近,間質液中の血糖値を記録するセンサーとその測定値を読み取るリーダー装置で,持続的・自動的に血糖値を最長14日間にわたって記録する持続血糖モニター(flash glucose monitoring)(以下FGM)法が開発された.そこで,このFGMを採用した糖尿病改善プログラム(以下FGMPRG)を新たに起案した.

今回は,定期健康診断で糖尿病要治療域となった従業員に本FGMPRGを実践し,著明な改善を得られたので,その経過を提示するとともに今後の展開について考察を加え報告する.

症例

50歳代,男性.

主訴:特になし

既往歴:特記すべきことなし.20歳の時に比較し,現在までに 10 kg以上体重増加.

運動歴:中学時代は野球・テニス,大学時代はアイスホッケー.

家族歴:糖尿病なし.

現病歴:約20年間営業職に従事しており,不摂生な生活をしてきた自覚がある.ここ数年は連日の接待飲食により,懐石料理完食,アルコールは焼酎ロックを5杯強.さらに車での移動,デスクワークによる足腰の筋力の衰え,という問題があった.過去3年間の定期健康診断結果,空腹時血糖値(以降FBS),HbA1cは年々悪化しており,2019年度には,FBS:180 mg/dl,HbA1c:7.7%と要治療域となった.産業医(=筆頭著者)から紹介状を渡され受診勧奨されたが,6カ月後も受診せず放置していた.これまで「仕事があるから改善できない.仕方ない」と言い訳していたが,このFGMPRGへの参加打診に対し応じた.

血液生化学的所見:過去3年間の定期健康診断の結果は表に示す通りである(表1).

腹部CT:特記すべき所見なし.

表1. 過去3年間の定期健康診断結果 及び FGMプログラム参加3ヵ月後の血液検査結果

FGMPRGの方法

初回面談の実際

①産業医が糖尿病の病態・合併症・食後高血糖遷延の弊害について解説.

②保健師がFGMPRGの各ステップ・スケジュール(表2),生活改善項目の個々の内容について(表3)を説明し,可能な限り全項目チャレンジするよう推奨した.その後,血糖測定方法と記録方法について(表4)を説明.同時にFGMセンサー装着に際しての有害事象・生活の注意などについても説明し同意書にサインを得た.以上説明後,センサーを装着してもらった.

表2. FGMプログラムのステップ
日程各ステップの内容・目的
初日~2日目
ステップ1
『生活習慣と血糖値がどう関係するか?』普段の食後血糖値を測定する
①起床時の血糖値を測定
②普段通りの生活をして,食事摂取開始時間を0分とし,20分ごとに120分まで血糖値を測定し記録表(表4)に記録する.朝昼晩の食事以外に口にしたものすべて(液体,個体に関わらず)記入し,その摂食時間をゼロ時として測定を開始する.食事の量や内容はおおまかでよい.
3日目~7日目
ステップ2
『血糖値が上がるのはどのような生活をしたときか?』食後血糖値が良くなる行動を探る
食後血糖改善に効果的と思われる生活改善項目(表3)の中からチャレンジしようと思う行動を選び実践する.
実践した内容は就寝前に記録表(表4)の生活改善の該当項目に〇をつけてチェックする.
ステップ゜1と同様に食事開始を0分とし,20分ごとに120分まで血糖値を測定し記録表に記録する.
8日目~14日目
ステップ3
『血糖値改善のための自分にあった方法を身に着けよう!』血糖値の安定を目指し改善行動を継続する
生活改善項目(表3)E1~F14まで全てを試し,自分に適した項目をみつけ,同様に血糖値を測定し記録する.
最終日に個別面談・アンケートに回答.測定器の取り外しとともに,医療職が経過を総括する.

表3. 生活改善項目
運動E1食後1時間を目安に15分くらい歩く,または活動する
E2ドローイン,プランク,その他の筋トレを週3回以上実践する
食事F1食べる量を腹八分目にする
主食F2主食を玄米・または麦飯にする.ライ麦パン・全粒粉パンにする
F3主食は1品とし,ラーメンライス,うどんご飯といった重ねどりは止める
F4調理パンを選択し,菓子パンは避ける
主菜F5肉や魚の揚げ物は摂ってもよいが,その場合は主食は控えめにする
F65種類のたんぱく質(魚介類・肉類・大豆類・卵・乳製品)を一日にすべて網羅する
副菜F7野菜,海藻,きのこを使った小鉢を2個以上摂り,主食の前に食べる(ベジタブルファースト)
F8酢の物を一品増やす
食べ方F9一口20回以上ゆっくりよく噛んで食べる
F10グッドオイルを摂取する(亜麻仁油・えごま油・オリーブオイルなど)
外食F11単品物ではなく定食物を選ぶ/野菜の多いメイン料理を選ぶ
嗜好F12醸造酒を避け,蒸留酒にする/1週間に15単位以内を守る
F13清涼飲料水を止める(砂糖入りコーヒー,ココア,スポーツドリンク,栄養ドリンク,カルピスなど)
F14間食・デザートにはGI値の低い物を選ぶ

表4. 記録表(記入例付き)

なお,生活改善項目については,日本人の食事摂取基準(2020年版),ならびに,遠藤4,大場5らの論文を参考にして作成した.

費用は税込みでセンサー8,250円,リーダー8,580円で計16,830円を要した.センサーは使用期間が2週間の消耗品であるが,リーダーは対象を変えて繰り返し使用可能である.全額をパナソニック健保から支給される特定保健指導委託金でカバーされる健康増進プログラム費用から出し,従業員の負担をなしとした.

最終面談の実際

①センサーの使用期限である2週間後の最終日に,装置の取り外しとアンケート記入をお願いした.リーダーをパソコンにつなぎデータソース(図1)を打ち出し,その結果をもとに産業医が面談を行い,経過を総括した.

図1.

起床時血糖値・平均血糖値・血糖値波形・前日実施項目

起床時血糖値は 141 mg/dl(2日目)から 112 mg/dl(15日目)に低下した.

平均血糖値は,変動あるも徐々に下降し,140~160 mg/dlから14日目に 139 mg/dlにまで低下した.

②アンケート内容(抜粋)

i) 従来指導を0点として,FGMPRGとの比較を-10から+10で点数化し,生活習慣の改善,取り組み意識の向上,効果の確認しやすさ,自身の健康課題の理解,医療職から押し付けでなく主体的に取り組めたかどうかについて評価を依頼した.

ii) 体調の変化について以下の9択の中から複数選択とした.(瘦せた・太った・体のだるさが減った・体の色々な痛みが改善した・のどの渇きが減った・夜間の尿の回数が減った・寝つきが改善した・空腹を感じる頻度が減った・お腹周りがスッキリした)

結果

(1) 起床時FBSは2日目 141 mg/dlから14日後には 112 mg/dlに.平均血糖値は 140~160 mg/dlから14日後には 139 mg/dlまで低下した(図1).FGMの推定HbA1cは14日後に6.9%まで低下した.

(2) 初日の昼食でレタスサンド・カレーパン・梅おにぎりを摂り摂取後血糖値が 278 mg/dlという高値を示し,しかも,高値が遷延した.昼食内容は,春雨スープとサンドイッチ,そばとパン,などの麺類とパン類の炭水化物重ね摂りが持続しており,血糖値はスパイク様に大きく変動していた(図1).

(3) 夕食内容は鍋物などのバランスの良い献立が取り入れられるようになった.

(4) 飲酒はウイスキー3単位(=90 ml)の隔日摂取が守られた.

(5) 低glycemic index(GI)の間食は,血糖上昇が緩やかな傾向を認めた.

(6) 夕食後に約15分間散歩したところ,血糖値は 40~50 mg/dl低下した.

(7) FGMPRG終了から3カ月後の血液検査結果は,FBS:119 mg/dl,HbA1c:6.4%,TG:122 mg/dl,GGT: 76 IU/lであった(表1).

(8) アンケートによる従来指導とFGMPRGの比較評価は,

生活の改善:+7,取り組み意識の向上:+9,効果の確認のしやすさ:+9,自身の健康課題の理解:+7,医療職からの押し付けでない主体的な取り組み:+7であった.

(9) 体調変化は9択複数選択式の中から,体のだるさが減った,寝つきが改善したを選んだ.

(10)総括面談の際Aさんは,楽しみながらできた,あっという間の2週間だったと答えた.

考察

1. FGMPRGと従来指導との比較

佐藤らが「持続血糖モニターの有用性」で報告している通り,2型糖尿病の早期において患者が食事運動療法の効果を直接とらえることができ,自身の生活スタイルの見直しにつなげることができるのではないか6と著者も考えた.

そこで,SMBGPRGをベースに,肥満治療における行動修正療法の理論7を活用しFGMPRGを作成した.飲食したものすべてを記載し,摂食開始時間をゼロ分とし,可能な限り20分ごとに血糖値を測定してもらい,血糖値と食事の関係をリアルタイムに客観的に観察してもらった.また生活改善項目を実践することで,変化に気づき,問題点を拾い出し,反省して修正するという行為を促すことができたと考えた.FGMPRGでは,食品や運動消費に関するカロリー数を覚える必要がないため受け入れやすいツールと思われた.

安酸らは糖尿病患者の食事自己管理に対する自己効力感が高くなると,食事自己管理行動や血糖コントロール状態が改善する可能性がある8と述べている.Aさんが自分自身にフィットしたオーダーメイドの生活改善方法を習得し,これまでの生活を認知修正ができたことで好ましい結果を導くことができたと考えられた.3ヵ月後の血液検査結果はさらなる改善を認めた.しかし,受講後時間が経過するにつれ,各検査データが徐々に悪化していく傾向が観察されるとの報告もあるため1,年単位の継続が可能か今後,検証を要すると考える.

2. 産業医学分野におけるFGMへの期待

糖尿病は一次予防に重点をおいた対策が早急に望まれるとされているが,臨床では薬物治療を行うことが多く,食事・運動療法に十分な介入をすることが難しいと言われている9.一方,今後数十年のあいだ2型糖尿病はさらに増加することが予想されており,特に産業医療分野においては,シフトワーカーに2型糖尿病の発症リスクが増す10と報告されている.また,交感神経活性の変動が24時間血糖変動と関連している可能性もあるため11,個体差や日内リズムを配慮し,働く環境に応じた食事指導の必要性が高まると考えている.

このFGMは随時,場所を選ばず測定でき,リアルタイムに自分の血糖値変動を把握できるため,多忙な従業員に適していると考えられた.一方,医療従事者の負担は,産業医と保健師の前後の介入時間を合算しても約90分と短く,また,従来指導の体験型教室開催等に要する創意工夫や準備も不要だった.外来糖尿病教室の実態調査報告では,一日約60~120分のセッションを,2週間を1クールとし一カ月に1~2クール行うのが一般的となっている12.これらのことから,FGMPRGは従業員・医療従事者双方にとってメリットがあり, 糖尿病の一次予防として活用は高まるものと考える.

3. 運動について

Aさんは,夕食後にわずか15分間歩くことで血糖値が約 50 mg/dl減少することを見出し,「15分なら継続できそうだ」と行動変容された.食後の運動で食後高血糖は減少できることは報告されており13,一回の運動持続時間は20~60分が適当とされている14.Aさんの場合,下限の20分に満たない持続時間で有意な血糖低下を認めたが,このことは井垣らの研究15を追証したことになる.また,Aさんは筋トレが苦手とのことで実践しなかった.骨格筋から分泌されるマイオカイン16が耐糖能異常に有効であることが解明されているため,運動不足が顕著なオフィスワーカーは少ない負荷でも筋トレを実践するようアドバイスを要すると考えた.

運動処方は個体差が大きいため,FGMで観察しながら無理のない運動を選択することが重要と考えた.

4. 生活改善項目について

血糖値に大きな変動がない「質の良いHbA1c」17を目指すという意味では,炭水化物の重複摂取を止めること,低GI食品を選ぶことと言ったアドバイスが有効と思われた.

浅田らが三大栄養素とその割合によって生じる血糖値変化で述べているように,「糖質+脂質」摂取,あるいは「糖質+タンパク質」摂取は血糖値が下がるという結果18が指導に実際に有用と考えられた.また,FGMを利用して「うどん一杯」と「焼き肉3人前」の血糖上昇の違いを体験することで,「食品のカロリー神話」が血糖管理には有効でないことに初めて気づくと思われた.

脂質に関しては,n-3系脂肪酸はアジア人の糖尿病発症リスクを低減するとの報告19もあり,生活改善項目に取り入れたが,その是非含め,今後研究を要すると考えた.

食後血糖上昇抑制に有用な知見として,単一食品の有用性や,ベジタブルファースト20やセカンドミール効果21など報告されているが,三大栄養素のPFCバランス含め包括的に考える必要があると考える.FGMを活用し,さらなる知見の蓄積が期待される.

5. アルコールについて

Aさんは飲酒習慣を,ほぼ毎日焼酎5単位から隔日3単位弱のウイスキーに修正したところ,GGTが242から76(IU/l)まで低下した.しかし,飲酒による血糖変化は明確でなかった.アルコールに関しては急性と慢性にわけて糖尿病に対する影響を啓発しなければならないと考えている.

まとめ

持続血糖モニターを活用した糖尿病改善プログラム(以下FGMPRG)を新しく起案し実施した.2週間の取り組みであったが,FBS,HbA1cがそれぞれ定期健康診断時と比して,180 mg/dlから 112 mg/dlに,7.7%から6.9%に低下し,改善した.プログラム終了の3ヵ月後も生活改善は維持できている.FGMPRGは自らの「課題の見える化」を進め,行動変容を容易に促すため,2型糖尿病の改善に有用であると考えた.今後はFGMPRG介入群と未介入群に分けて検討し,その有用性を統計学的に検証していく予定である.

利益相反

利益相反自己申告:申告すべきものなし

文献
 
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