産業衛生学雑誌
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調査報告
社会保険労務士が治療と仕事の両立支援を行う際に期待されるコンピテンシーの検討
森本 英樹 柴田 喜幸片岡 大輔酒井 洸典平松 利麻森田 康太郎若林 忠旨森 晃爾
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2023 年 65 巻 3 号 p. 142-154

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抄録

目的:社会保険労務士(以下,社労士)は治療と仕事の両立支援の分野に種々の立場で関わるものの,その資格要件には両立支援に関する知識は含まれず,社労士がいかに両立支援の分野に関わることが期待されるかについての検討が十分であるとはいえない.本研究では,治療と仕事の両立支援を行う際に社会保険労務士に期待されるコンピテンシーを同定することを目的とした.対象と方法:第1ステップとして対象となる社労士に半構造化面接を行った.第2ステップとして面接結果をもとにコンピテンシーリスト(案)を作成した.第3ステップとしてデルファイ法を用い,両立支援の相談件数が10件以上の社労士にアンケート調査への協力呼びかけを行い,重要度(両立支援の関連業務を行う際にどの程度重要と思うか)と達成度(自らがどの程度達成しているか)を問うた.また提示したコンピテンシーリスト(案)以外に必要と考えられるコンピテンシーを問い,能力案の追加項目として加えた.第4ステップとして,ステップ3で有効回答をした者に対しステップ3の結果を提示した上で同意率(項目をコンピテンシーとして採用することに同意するか)を問い,同意率80%以上の項目をコンピテンシー項目として採用した.また,第3ステップで作成した追加項目について重要度と達成度を問うた.結果:ステップ1では24名の社労士から協力を得,ステップ2で6の大項目,18の中項目,71の小項目のコンピテンシーリスト(案)を作成した.ステップ3では,49名の社労士が参加し41名の協力を得た(回答率83.6%).新たに追加すべきコンピテンシーリスト(案)として5項目を追加した.ステップ4では,30名から協力を得た(応答率73.1%).同意率80%未満の項目はなく,同意率100%の項目が全項目の4割以上を占めた.結果,6の大項目,18の中項目,76の小項目がコンピテンシーリストとして同定された.結論:本研究により治療と仕事の両立支援の分野において社労士に期待されるコンピテンシーを提示した.本結果は,今後社労士を対象とした体系的な研修カリキュラムの開発の参考になることが示唆された.

Abstract

Objectives: Labor and social security attorneys (LSSAs) are involved in various positions in harmonizing work with disease treatment; however, their qualification requirements do not include knowledge about the same. Expectations of their involvement in harmonizing work with disease treatment are insufficient. This study aimed to identify the competencies expected of the labor and social security LSSAs in harmonizing work with disease treatment. Methods: In step 1, semi-structured interviews were conducted with LSSAs in this field. In step 2, a draft competency list was created based on the interview results. In step 3, the Delphi method was used to conduct a questionnaire survey among LSSAs who had over 10 consultation cases on harmonizing work with disease treatment, and they were asked about the level of importance (how important they thought it was to promote harmonizing work with disease treatment) and level of achievement (how much they had achieved). We also asked them about the competencies they considered necessary and added them as additional items in the draft. In step 4, the results of the previous step were presented to the participants who had given valid answers in step 3, and they were asked whether they would adopt the items as competencies. Items with an agreement rate of 80% or higher were considered competency items. Additionally, we asked them about the level of importance and level of achievement of the additional items created in step 3. Results: In step 1, 24 LSSAs participated, and in step 2, a draft competency list of six major items, 18 medium items, and 71 minor items was created. In step 3, 49 LSSAs participated and 41 cooperated (response rate: 83.6%). Five items were selected for the draft competency list to be newly added. In step 4, 30 LSSAs cooperated (response rate: 73.1%). None of the items had an agreement rate of less than 80%, and over 40% of the items had an agreement rate of 100%. As a result, six major items, 18 medium items, and 76 minor items were selected for the competency list. Conclusions: This study identified the competencies expected of labor and social security LSSAs in harmonizing work with disease treatment. The results of this study can be used as a reference for developing a systematic training curriculum for LSSAs in this field in the future.

I. 緒言

医療が発達し,ノーマライゼーションの考えが社会に浸透していく中で,以前であれば就業が困難な疾患がある患者でも就業を考えることができるようになっている.その代表的な疾患の1つである悪性新生物の場合,仕事を持ちながら治療を受けている人は44万人を超えている1.難病患者において,病気の影響により退職した者の44.1%は再就職していたが,その27.8%は2年以上後の再就職であったという報告がある2.脳卒中罹患労働者の復職率は平均44%であると報告されており3,発症早期からの介入によって復職率が向上する可能性が示唆されている4

治療と仕事の両立支援(以下,両立支援)を支援するため,厚生労働省は2016年2月に事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドラインを発行し5,その後,治療と仕事の両立支援と名前を改めた.ガイドラインでは治療が必要な疾病を抱える労働者が,業務によって疾病を増悪させることがないよう,事業場において適切な就業上の措置を行いつつ,治療に対する配慮が行われるようにするための取組を求めている.また,その担い手の一翼として両立支援コーディネーターの育成のための研修を,独立行政法人労働者健康安全機構を通じおこなっている6.また,地域両立支援推進チームの設置を行い,その中心的役割を都道府県労働局に求めている7

これらの動きの中で,社会保険労務士(以下,社労士)は厚生労働省が管轄する国家資格者であり労働法や社会保険法の専門家として両立支援に関与している.具体的には,事業場と契約した社労士が労務管理の立場から両立支援に関する相談を企業の人事担当者から受けていることがある8.その他,各都道府県のがん拠点病院では社会保険労務士会が社労士を病院に派遣し病院に通院・入院している患者から相談を受けているケースや,産業保健推進センターの相談員である社労士が両立支援に関する相談を受けているケースもある.また,前述の地域両立支援推進チームの構成員として,都道府県社会保険労務士会の推薦者が含まれている7.それ以外にも両立支援に関心のある社労士は労働者健康安全機構が開催する両立支援コーディネーター研修会に社労士が相当数参加しており,その割合はソーシャルワーカー,看護師に次いで3番目である9

このように社労士は既に両立支援において一定の役割を担っており,引き続き専門家として両立支援に関わる意義は高いと考えられる.一方で,社労士の資格要件には両立支援に関する知識は含まれていない.我々は社労士が両立支援に関わる上で,対応の質向上に資するには,コンピテンシーの概念が有用と考えた.コンピテンシーは1970年代にMcClellandによって提唱された概念であり10,LuciaとLepsingerは「その職務について有効な,または優れた業績をもたらす人の基本的特徴」「訓練や教育を通じて育成が可能である知識・スキル・姿勢の集合体」とした11.本論文におけるコンピテンシーの定義はLuciaとLepsingerの定義と同一とする.

コンピテンシーはすでに多様な分野で活用されており,産業保健領域では産業医や産業看護職,心理専門職,産業衛生技術専門職におけるコンピテンシーが定められている12,13,14,15.森らはすべての産業医に求められる実務能力として15分野45項目をあげた12.河野らは産業看護職に必要なコンピテンシーとして7個のコア・コンピテンシー,14個のサブコンピテンシー,40個の下位サブコンピテンシーをあげた13.また,小林らは産業領域で心理専門職に求められるコンピテンシーとして3領域54項目のコンピテンシーをあげた14.原は産業衛生技術専門職のコンピテンシーとして5領域51項目をあげた15.これらで提示した研究はいずれもコンピテンシーを定めるだけでなく,活用法として教育や育成を念頭に置いたものとして示されている.

現時点では社労士が両立支援を行う際に期待されるコンピテンシーは明確になっていない.しかしコンピテンシーを提示することで,産業保健職をはじめとする他職種もしくは社労士自身が社労士に対して,より適切かつ質の高い教育研修を社労士に行うことにつながり,企業における両立支援に積極的に関与できる社労士を増やし,その結果適切な両立支援を受けることのできる労働者を増やすことが期待できると我々は考えた.

このため上記の背景から我々は,社会保険労務士が治療と仕事の両立支援を行う際に期待されるコンピテンシーを同定することを本研究の目的とした.

II. 研究方法

社労士を対象にインタビュー調査を行い,調査結果をもとにKJ法を実施することでコンピテンシーリスト(案)を作成した.その後,合意形成を図るためにデルファイ法を用いた(図1).デルファイ法は,不確実な事象や内容についてその分野にたけた複数の専門家の意見を求め,得られた回答結果を添えて同じ質問を各専門家に対して繰り返し,回答の再検討を求めることで,意見の集約を行う手法である.デルファイ法はコンピテンシーを同定する際に広く使われている手法の1つである12,14,15,16,17

図1.

本研究における調査の流れ

1. インタビュー調査(ステップ1)

調査期間は2018年11月から2019年3月とし,社会保険労務士の職能団体である全国社会保険労務士会連合会(以下,全社連)の協力を得て,会誌,ホームページ,及びメールマガジンを通じて全社労士(41,780人;2018年9月時点)に対してインタビュー調査の協力を依頼した18.その他,機縁法により研究班員から推薦のあった社労士に協力を依頼した.

依頼した社労士の中で,一定の基準を満たし,かつ研究に同意する社労士に対し,研究班員が半構造化インタビューを実施した.一定の基準とは,社労士会からの推薦を受け病院の相談支援センターや産業保健推進センター等で両立支援に関する相談を受けたことのある社労士,もしくは顧問先企業で従業員の両立支援に関する相談を受けたことのある社労士で,両立支援の相談経験数が3件以上あることとした.インタビュアーは2名もしくは3名とし,医師の立場から両立支援に関わるものと社労士の立場から両立支援に関わるものの両者がインタビュアーとして参加した.また,半構造化インタビューの内容は,両立支援の相談受託経験,両立支援に関わるようになった理由,両立支援の相談にどのような形で関わっているか,両立支援の相談にのったことがある病名,相談の内容,活用した知識や技能,両立支援の対応ができる社労士の能力や資質,社労士が立ち入るべきではない領域等を聴取した(年代と登録形態については聴取していない).各社労士へのインタビューは1回とし,その時間は約1時間であった.

なお,全社連は社会保険労務士法に基づき,厚生労働大臣の認可を受けて設立された特別民間法人であり,社労士は,全社連に備える社労士名簿に登録される必要がある.つまり,調査の呼びかけは社労士全員に対して行われた.

2. コンピテンシーリスト(案)の作成(ステップ2)

コンピテンシーリスト(案)の作成は,研究班員がインタビュー調査で表出された要素を類似した内容毎にKJ法に準じた形でグループ化を行った19,20.次に,研究班員が同意する形でグループ化を修正する作業を行い,最終的に研究班員が同意する形になるまで作業を繰り返し,コンピテンシーリスト(案)として作成した.関与した研究班員は4名であり,産業医として両立支援に関わるもの,社労士として両立支援に関わるもの,教育設計の専門家,コンピテンシーリストの作成を専門とする心理職が関与した.コンピテンシーリストの項目は,社労士が両立支援を行う際の立場に応じ「いずれの場合でも活用できるコンピテンシー(共通)」「企業で両立支援の相談を受ける際に活用できるコンピテンシー(企業)」「病院で両立支援の相談を受ける際に活用できるコンピテンシー(病院)」の3つに分類した.また,社労士が働きかけを行う対象ごとに,「本人への直接支援」,「会社への直接的・間接的な働きかけ(制度・仕組み作り,職場風土)」「会社への直接的・間接的な働きかけ(個別対応・就業配慮)」,「社労士が主担当となる社会保障制度への対応」「社労士が主担当となりづらい社会保障制度への対応」,「医療職・医療機関への直接的・間接的な働きかけ」の6つに分類した.なお,産業医や産業看護職といった産業保健スタッフとの連携は,「会社への直接的・間接的な働きかけ(個別対応・就業配慮)」の枠組みとして整理した.

3. デルファイ法を用いた第1回アンケート調査の実施(ステップ3)

ステップ1と2で作成されたコンピテンシーリスト(案)について,全社連の協力を得て会誌,ホームページ,及びメールマガジンを通じて全社労士43,336人;2020年10月時点)に対し呼びかけをしたうえで21,インターネット上でアンケート調査への協力依頼を行った.

依頼した社労士の中で一定の基準を満たし,かつ研究に同意する社労士に対し,インターネット上でのアンケート調査を実施した.基準は両立支援の個別対応の相談を受託した数が今までに10件以上とした.相談の定義として個別の従業員の労務管理上の相談を受けた場合を対象とし,傷病手当金や退職の手続き業務の代行のみを行っている場合は件数に含めないこととした.また件数の定義づけとして,同一事由の相談は複数回にわたった場合でも1件と判断した.調査期間は2020年11月から2021年1月とした.

調査項目として,氏名,メールアドレス,年齢,性別,社労士の登録形態,社労士歴,両立支援に関する個別相談経験数と各コンピテンシーリスト(案)項目の重要度(両立支援関連業務を行う際にどの程度重要と思うか)と達成度(自らがどの程度達成しているか),コンピテンシーリスト(案)以外に必要と思うコンピテンシーを問うた.重要度は,「1:重要でない」,「2:あまり重要でない」,「3:やや重要である」,「4:重要である」の4段階のリッカート尺度を用いて,達成度は,「1:助言を得ても行うことができない」,「2:助言を得て行うことができる」,「3:自分一人で行うことができる」,「4:人に指導することができる」の4段階のリッカート尺度を用いて問い,重要度と達成度について項目毎に平均値と標準偏差を求めた.

コンピテンシーリスト(案)以外に必要と思うコンピテンシーは,ステップ1でまとめた方法と同じく研究班員全員が同意する形でグループ化を行い,追加のコンピテンシーリスト(案)としてとりまとめた.

4. デルファイ法を用いた第2回アンケート調査の実施(ステップ4)

ステップ4では,第1回調査の有効回答をした者に対し第1回調査結果を提示した上でコンピテンシーリスト(案)に同意するかを,「コンピテンシーリストに含めることを同意する」「おおむね同意」「同意しない」の3段階のリッカート尺度を用いて問うた.その際に,ステップ3でとりまとめた追加のコンピテンシーリストについては重要度と達成度をステップ3と同様の項目で問い,コンピテンシーリストに同意するかについても併せて3段階で問うた.また,各コンピテンシーリストの重要度と達成度の値から,それぞれの中央値を求めた.調査期間は2021年8月から2021年10月とした.

調査期間終了後,第2回調査に対する同意率(有効回答者の中で「コンピテンシーリストに含めることを同意する」,もしくは「おおむね同意」を回答した者の割合)を算出し,同意率80%以上をコンピテンシーとして採用する水準として設定した.また,併せて「同意する」のみの割合を求めた.

倫理的配慮として,ステップ1,2は産業医科大学倫理委員会の審査,承認を受け実施した(承認日:平成30年11月21日,受付番号H30-140号).研究参加者には事前に研究内容を説明し,書面による同意を得た.またインタビューを開始する前に対象者に対し,録音記録は研究実施責任者が保管し,発言内容は個人が特定できない形で記述するなどの情報管理方法を説明し,インタビューの録音およびデータ利用について書面と口頭で同意を得た.ステップ3,4は産業医科大学倫理委員会の審査,承認を受け実施した(承認日:令和2年12月25日,受付番号第R2-030号).研究参加者には調査内容についてインターネット上で研究内容を説明し,調査参加への自由な選択と同意撤回の保障,対象者を特定できる個人情報の非開示,研究以外の目的での個人情報の不使用,個人情報の施錠管理,研究終了後5年間の保管とその後の廃棄を示した上で,参加の同意を調査の冒頭で同意ボタンの押下にて電磁的に取得した.

III. 結果

1. インタビュー調査(ステップ1)

24名の社労士から協力を得た(表1).参加同意者の属性は,女性が17名(70.8%)であった.社会保険労務士試験合格からの期間は,6年から10年が10名(41.7%)と最も多く,次に11年から15年が6名(25.0%)と続いた.両立支援の経験数は10件から20件が11名(45.8%)と最多で,次に21件から30件が7名(29.2%)と続いた.両立支援に関わるようになった理由(複数回答可)として,自身の病気を要因の一つとしてあげた人は11名(45.8%)と最多であった(表2).現状で両立支援にどのような形で関わっているか(複数回答可)について,社労士会から病院へ派遣され主に患者からの相談を受ける人が14名(58.3%),企業と顧問契約を結び当該企業の従業員の相談を受ける人が12名(50.0%)であった.両立支援の相談にのった経験のある病名は,がん23名(95.8%),精神疾患(発達障害含む)13名(54.2%),難病9名(37.5%)が上位にあげられた.相談の内容(複数回答)として,労務相談(雇用,就業規則等)手続きに関する相談(傷病手当金,高額療養費等),年金に関する相談についていずれも多くの社労士が相談をうけていた.

表1. 参加同意者の基本属性
項目ステップ1ステップ3ステップ4
n = 24n = 41n = 30
人数(%)人数(%)人数(%)
性別
男性729.21331.71033.3
女性1770.82765.91963.3
回答なし00.012.413.3
年代
29歳以下00.000.0
30歳代24.913.3
40歳代1536.61240.0
50歳代1639.01033.3
60歳代614.6516.7
70歳以上12.413.3
回答なし12.413.3
登録形態
開業3790.22893.3
勤務等37.313.3
その他12.413.3
回答なし00.000.0
社会保険労務士歴
5年以下416.737.326.7
6–10年1041.7922.0723.3
11–15年625.01741.51446.7
16–20年28.3922.0516.7
21–25年14.224.913.3
26–30年00.012.413.3
31年以上14.200.000.0
治療と仕事の両立支援に関する両立支援の経験数
3–9件00.000.000.0
10–20件1145.81536.6826.7
21–30件729.2512.2310.0
31–40件14.224.913.3
41–50件00.012.413.3
51–100件14.2717.1723.3
101件以上416.749.8310.0
回答なし00.0717.1723.3

表2. インタビュー対象者の両立支援への関わり(複数回答可)
項目n = 24
人数(%)
両立支援にかかわるようになった理由
自身の病気1145.8
家族の病気625.0
知り合いの病気416.7
上司・同僚の病気312.5
特に身近に病気の方がいたわけではない729.2
両立支援にどのような形で関与しているか
社労士会から病院へ派遣され 主に患者からの相談を受ける1458.3
社労士会から病院へ派遣され 主に病院スタッフへの相談にのる520.8
産業保健総合支援センターの両立支援促進員として 患者・企業からの相談にのる729.2
社労士と病院とが個別契約を結び 主に患者からの相談を受ける729.2
企業と顧問契約を結び 当該企業の従業員の相談を受ける1250.0
NPO法人や患者会の相談窓口として 主に患者からの相談を受ける833.3
患者と個別のつながりの中で相談を受ける416.7
相談を受けた病名
がん2395.8
難病937.5
脳卒中520.8
精神疾患(発達障害を含む)1354.2
その他1041.7
主要な相談内容
労務関係(雇用,就業規則等)2395.8
手続き関係(傷病手当金・高額療養費等)2083.3
年金関係2083.3

インタビューでは,社労士自身の専門としての法律に立脚するだけではなく,両立支援の対象となる本人への対応として傾聴や情報提供が重要であること,会社では経営層や人事担当者との関わりが重要であること,病院では医療職やソーシャルワーカーなど他職種との連携が重要であることなどが複数の社労士から言及された.

2. コンピテンシーリスト(案)の作成(ステップ2)

インタビュー内容を分析した結果,6の大項目,18の中項目,71の小項目のコンピテンシーリスト(案)に統廃合された.

3. アンケート調査(1回目)の実施(ステップ3)

49名の社労士から参加の同意を得た.その内,アンケート中断者の3名,両立支援の個別対応の相談受託件数が10件未満の4名,重複回答者1名の計8人を除外し41名(83.6%)を解析対象とした.

対象者の属性として,性別は女性が27名(65.9%)であった.年代は50歳代が16名(39.0%)で最多であり,40歳代が15名(36.6%),60歳代が6名(14.6%)と続いた.登録形態は開業が37名(90.2%)で最多であり,勤務社労士が3名(7.3%)であった.社労士歴は11年から15年が17名(41.5%)と最も多く,次いで6年から10年と11年から15年がそれぞれ9名(22.0%)であった.

コンピテンシーリスト(案)に追加すべき要素として,5項目を抽出した(表3小項目番号4,20,38,53,54).

表3. 治療と仕事の両立支援を行う際に社労士が対応する際に期待される能力
対象中分類番号行動項目分類重要度達成度同意率
共通企業病院平均標準
偏差
平均標準
偏差
( )内は同意のみの率
1.本人への直接支援(1)社労士が心がけておくこと1「病気を持ちながら働き続ける」という本人の困難な状況と心情を確認できる13.930.263.440.55100.00
(84.38)
2本人の状況や心情を理解してもらえたと感じられるような相談対応がとれる13.850.363.240.62100.00
(75.00)
3本人の自己決定を支援することができる13.730.453.170.77100.00
(71.88)
4本人の話したくない内容に踏み込むなど過干渉にならない13.660.473.470.61100.00
(68.75)
5本人にとって,就労は賃金を得る場だけでなく社会とのつながりでもあることをふまえた上で対策を立案することができる13.660.533.290.68100.00
(75.00)
6本人に今後の生き方・将来を意識してもらうよう促すことができる13.590.633.070.85100.00
(59.38)
7両立支援のガイドラインなど指針の情報に基づき,本人や担当者の状況に適した助言や各種書式の活用ができる13.560.593.270.74100.00
(78.13)
8両立支援に必要な知識・経験を積み上げ,自ら目標を設定して自分自身のスキルアップを実現できる13.540.642.900.7796.88
(65.63)
9関与先と社労士との間の委託内容と状況を踏まえ,適切な関与度を決定できる13.590.633.150.76100.00
(65.63)
(2)具体的な相談対応10相談を受けるときは,事前に情報を整理して準備する13.710.513.320.52100.00
(65.63)
11本人や担当者が相談に来た時点から,その人にとってのゴール(就労に関して納得感を持つことができるなど)までの流れを記述できる13.320.882.950.8693.75
(43.75)
12本人の体調を踏まえて適切な相談方法・時間を判断し実行できる13.680.653.100.80100.00
(65.63)
13本人や担当者の話を傾聴して両立支援に必要な情報を収集できる13.950.223.270.63100.00
(87.50)
14自分自身が病気と治療の内容を把握する必要がある旨を本人に伝えることができる13.680.523.200.7896.88
(68.75)
15相談された内容は断片的な情報である可能性を意識し,多方面から情報を収集できる13.730.503.200.64100.00
(81.25)
16疑問点があるときは,本人や担当者に質問したり,自ら調べたりして,正確な情報を収集できる13.800.463.290.64100.00
(87.5)
17本人が所属する会社の両立支援に関係する制度について,本人の把握度合いを確認できる.また情報が不足している場合には,本人に情報を集めてもらう必要性を説明できる13.730.503.340.57100.00
(84.38)
18退職などの後戻りのできない決断は期日までの範囲で慎重に判断するように本人に促す13.880.403.510.51100.00
(90.63)
19求職中の人に対し,面接で会社にどの程度病気のこと(病名,治療状況など)を伝えるかの相談に乗れる13.610.703.170.8396.88
(81.25)
20体調や治療法など社労士の専門外の相談があっても個人的な見解・経験を安易に伝えない13.810.533.500.5693.75
(75.00)
21相談が複数回にわたると考えられる場合には,適切な相談頻度と相談時間を検討するなど相談計画を立案できる13.540.643.050.71100.00
(62.5)
22本人だけでなく家族を含めた支援の必要性を適切に検討し,説明できる13.710.513.100.7093.75
(71.88)
(3)共有と守秘23スタッフ間の情報共有と相互支援のレベルを高めるために,相談の振り返りを行う13.760.433.270.71100.00
(71.88)
24面談記録・面談報告書を作成・保管できる13.850.363.290.68100.00
(81.25)
25相談の守秘を遵守しつつ,適正な範囲で情報を関係者と共有できる13.930.263.390.63100.00
(87.5)
2.会社への直接的・間接的な働きかけ(制度・仕組み作り,職場風土)(1)社労士が心がけておくこと26訪問先のルールを順守できる13.880.333.490.51100.00
(90.63)
27企業の会社規模や考えに応じた支援を行える13.730.503.220.69100.00
(78.13)
28社労士の中立性を理解し,会社や労働者のどちらか一方に偏りすぎない行動をとれる13.710.563.340.6296.88
(84.38)
29本人の労働契約を確認し,できること・できないことをふまえる13.830.443.410.5096.88
(84.38)
30本人と雇用先との良好な関係性を醸成・維持することを促す13.880.333.390.59100.00
(93.75)
(2)就労困難時への対応31従業員の病気による退職が周囲に与える影響を考慮し説明できる13.730.453.370.58100.00
(75.00)
32本人が就労を希望しても現行の労働契約では困難なときには,勤続し続けられる別の形を考え,説明できる13.830.383.390.6396.88
(87.50)
33就労が難しいと考えられる相談であっても,可能な限り本人や担当者への支援ができる13.590.593.200.6496.88
(78.13)
(3)風土・仕組み作り34企業が両立支援を行うことのメリットを事業主や担当者に説明できる13.850.363.370.80100.00
(96.88)
35両立支援しやすい柔軟な社内制度を企業に提案できる13.780.423.270.87100.00
(96.88)
36両立支援の基本方針やマニュアルを作成するように事業主や担当者に勧められる13.680.473.150.85100.00
(78.13)
37両立支援に対する社内の理解を推進できる13.760.433.220.8596.88
(81.25)
38事業主や担当者とも率直な意見交換ができる場や機会をつくる13.690.533.310.8193.75
(62.5)
39社労士は両立支援の一員になれることを関係者に説明できる13.800.403.370.77100.00
(81.25)
40社労士のもとに両立支援の相談が来るような施策を立案・実行できる13.460.672.980.8896.88
(59.38)
41就労に何らかの配慮が必要な求職者の採用・雇用定着への支援を行う13.490.642.950.8993.75
(56.25)
3.会社への直接的・間接的な働きかけ(個別対応・就業配慮)(1)社労士が心がけておくこと42復職にあたっては,今後の配慮期間や配慮内容を把握し,制度や本人・周囲の対応が可能な範囲か,無理をきたさないか確認できる13.880.333.270.67100.00
(87.50)
43休復職に関する労務リスクを明確にし,事業主や担当者が判断できるように情報を提供する13.830.383.240.73100.00
(90.63)
44両立支援が必要な従業員の体調不良による突発的な休業や早退などが発生することに備えた対応をとるよう本人や担当者に促すことができる13.880.333.290.75100.00
(87.50)
45本人が亡くなることにより社労士自らや関係者が喪失感を持つ可能性があることを理解し,担当者に説明できる13.540.553.100.8387.50
(53.13)
(2)相談の実施,職場復帰プランの作成46診断時,治療開始時,復職時,再発時など,種々のタイミングにおける相談内容に応じる13.730.553.200.7196.88
(84.38)
47安心して療養できるように,休業から復帰までの流れを担当者が本人に説明できるよう対応を促すことができる13.830.383.320.6196.88
(84.38)
48必要に応じて産業医や産業看護職と連携するよう担当者に説明できる13.830.383.240.6296.88
(84.38)
49本人の病状が不明瞭な時には,主治医や相談窓口と連携をするよう担当者に説明できる13.710.463.290.6096.88
(93.75)
50病前の本人の仕事ぶりや人間関係・周囲からの期待を担当者などから確認し,病後の就労能力との差異を本人や担当者と共有できる13.610.673.170.7496.88
(65.63)
51労使ともに無理のない職場復帰プランの作成を支援する13.800.463.070.7596.88
(84.38)
52同じ職場で働く人との関係や影響を把握し,それに応じた対応ができる13.730.553.120.7896.88
(65.63)
53就労可否に関する相談があった場合,就労可否の判断を適切に行うためのプロセス(主治医・産業医からの意見聴取など)を本人や担当者が経ているかを確認する13.780.413.440.5696.88
(68.75)
54就労可否に関する相談があった場合,就労可否それぞれのメリット・デメリットを提示するなど,多様な観点から判断を助けるための情報を本人や担当者に提供する13.660.593.310.6893.75
(71.88)
55現在の労働契約での働き方が難しい場合には,就労能力に応じた働き方(業務内容や労働時間など)について本人と会社とが合意できるように支援できる13.780.473.290.6893.75
(84.38)
(3)相談後の対応56職場復帰後,合理的配慮の下で安定的に就労ができているかを把握し,課題発生時に担当者と適切に協議できる13.710.513.100.7496.88
(68.75)
4.社労士が主担当となる社会保障制度への対応(1)社労士が心がけておくこと57社労士ができるところとできないところを関係者に説明できる13.780.473.410.50100.00
(93.75)
(2)活用の支援58申請可能な社会保障制度(障害年金など)について本人に説明できる13.760.493.290.68100.00
(87.50)
59本人の希望をふまえ,社会保障制度の申請の方法を説明できる13.880.333.340.62100.00
(87.50)
60休業により賃金を得られない場合の代替手段(傷病手当金・傷病手当金付加給付など)の申請・受給漏れがないか本人や担当者に確認することができる13.980.163.540.55100.00
(93.75)
61退職する際の各種手続き(傷病手当金の資格喪失後の継続給付,雇用保険基本手当の延長手続など)の説明を行うことができる13.980.163.560.55100.00
(93.75)
(3)活用の見直し62定期的に,あるいは状況が変化した時点で本人の社会保障制度の利用状況を確認し,必要に応じて見直すことができる13.830.443.270.7496.88
(71.88)
5.社労士が主担当となりづらい社会保障制度への対応(1)社労士が心がけておくこと63必要に応じて協力を得られる社労士外の専門家との関係を作ることができる13.760.433.070.7993.75
(78.13)
64協力を得られる行政機関や専門家を把握し,必要に応じて本人に紹介できる13.780.423.070.7590.63
(84.38)
65事前に照会するなどして適切な窓口を本人に手配・紹介できる13.680.523.150.6593.75
(75.00)
(2)活用の支援66本人の両立支援で活用できる機関(行政窓口など)や必要な制度(医療費支援や生活支援など)の概要を理解し,詳細については本人を窓口や専門家につなげることができる13.730.503.070.7593.75
(75.00)
67会社が両立支援を行う上で活用できる機関(産保センターやハローワークなど)や必要な制度(助成金など)を理解し,担当者に活用法を伝えることができる13.830.443.200.7596.88
(87.50)
68金銭面で本人が不安に感じること(治療費や生活費など現状で必要なお金や,遺族の生活や子供の教育費など将来必要なお金)を把握し,詳細については本人を専門家や窓口につなげることができる13.800.463.020.7693.75
(68.75)
69福祉制度(障害者手帳,介護保険,生活保護など)について概要を理解し,詳細については本人を専門家や窓口につなげることができる13.680.572.900.7793.75
(68.75)
(3)相談後の対応70社労士の主担当となりづらい社会保障分野であっても,定期的に,あるいは状況が変化した時点で本人の社会保障制度の利用状況を確認し,困っていることがあれば,適切な相談先につなげることができる13.560.672.760.8693.75
(56.25)
6.医療職・医療機関への直接的・間接的な働きかけ(1)社労士が心がけておくこと71両立支援に必要な病気に関する知識に基づいて,医療職とコミュニケーションできる13.590.632.900.8390.63
(59.38)
72他職種(医師,看護師,ソーシャルワーカー,FPなど)の役割を説明できる13.510.643.050.8990.63
(50.00)
73両立支援に関する病院内の現状を理解し記述できる13.270.742.830.8381.25
(34.38)
(2)連携の支援74両立支援の状況を主治医と共有することができる13.510.712.830.8087.50
(40.63)
75本人が診断された後,できるだけ早い時期に,本人が両立支援相談窓口に相談に行くことの重要性を医療職に説明できる13.630.543.200.6890.63
(62.50)
(3)相談後の対応76両立支援をしていく上で治療に影響を及ぼす事柄があれば,主治医に相談するように本人に促すことができる13.880.333.340.6696.88
(84.38)

【用語の定義】本人;治療と仕事の両立支援を受ける患者であり働いている人

担当者;本人を支援するために活動している人(企業の人事担当者や病院のソーシャルワーカーなど) 関係者;本人の両立支援に関わる人すべて

4. アンケート調査(2回目)の実施(ステップ4)

ステップ3で有効回答を行った41名の社労士のうち,30名が2回目調査に協力した.応答率は73.1%であった.

同意率が80%未満であった項目はなく,コンピテンシーリスト(案)から削除される項目はなかった.これにより当初作成した71項目のコンピテンシーリストに新たに追加すべきコンピテンシーとして5項目を加え,6の大項目,18の中項目,76の小項目のコンピテンシーリストが同定された(表3).

76項目の重要度について中央値は3.73(第1四分位3.66,第3四分位3.83,最小値3.27,最大値3.98)であり,達成度について中央値は3.24(第1四分位3.10,第3四分位3.34,最小値3.24,最大値3.56)であった.同意率の中央値は96.88(第1四分位93.75,第3四分位100,最小値81.25,最大値100)であった.また,同意率100%の項目が35項目と全項目の4割以上を占めた.

重要度が中央値より高い項目は,「休業により賃金を得られない場合の代替手段(傷病手当金・傷病手当金付加給付など)の申請・受給漏れがないか本人や担当者に確認することができる」「退職する際の各種手続き(傷病手当金の資格喪失後の継続給付,雇用保険基本手当の延長手続など)の説明を行うことができる」「本人や担当者の話を傾聴して両立支援に必要な情報を収集できる」「『病気を持ちながら働き続ける』という本人の困難な状況と心情を確認できる」などの項目であった.

達成度が中央値より高い項目は,「退職などの後戻りのできない決断は期日までの範囲で慎重に判断するように本人に促す」「体調や治療法など社労士の専門外の相談があっても個人的な見解・経験を安易に伝えない」「本人の話したくない内容に踏み込むなど過干渉にならない」などの項目であった.

重要度が中央値以上で達成度が中央値未満の項目として,「両立支援に対する社内の理解を推進できる」,「同じ職場で働く人との関係や影響を把握し,それに応じた対応ができる」,「企業の会社規模や考えに応じた支援を行える」,「会社が両立支援を行う上で活用できる機関(産保センターやハローワークなど)や必要な制度(助成金など)を理解し,担当者に活用法を伝えることができる」など12項目があげられた.

IV. 考察

本研究では,社労士が治療と仕事の両立支援に関わる際に期待されるコンピテンシーリストを作成した.また,合意形成を図るためにデルファイ法を行い,インターネット上でアンケート調査を行った.これにより6の大項目,18の中項目,76の小項目のコンピテンシーリストが同定され,併せて社労士が各項目に対して「どの程度重要だと考えているか」,「どの程度自分で対応できるか」について自己による評価を問うた.

1. 研究の成果

本研究の成果として,社労士が両立支援に関わる際に期待されるコンピテンシーリストを提示した点,社労士が両立支援を行う際の立場に応じたコンピテンシーリストである点,提示したコンピテンシーリストは今後の社労士への教育に活用しやすいものになっている点の3点があげられる.

まず1点目として,コンピテンシーリストについて言及する.今回提示したコンピテンシーリストは,法律や行政通達・ガイドラインの解釈,就業規則など社内制度の作成や運用といった社労士の基幹業務の重要性が示されると共に,患者である労働者本人の心情に配慮しながら情報を収集し,生き方や将来を意識するように促すことの重要性が提示された.また,企業で両立支援の相談を受ける場合において,社労士が中立の立場で一方に偏りすぎずに労使に関わること,同僚など周囲で働く人への関係性を意識すること,現行の就業の継続が困難な状態と考えられた場合でも,主治医や産業医からの意見聴取など適切なプロセスを経たうえで,雇用継続できるような働き方を支援することが重要であると示された.

過去に我々の研究班では,事業場のメンタルヘルスに関わる際に期待される能力は提示したが22,23,両立支援を行う際に期待されるコンピテンシーが明確に示されているものは数少ない.行政通達では両立支援コーディネーターの養成において「両立支援コーディネーターの役割等に関する知識」「医療に関する基本的知識」「産業保健に関する基本的知識」「労務管理に関する基本的知識」「社会資源に関する知識」「コミュニケーションスキル」の6点の知識及び能力を求め,6時間30分以上の研修時間を確保するように求めている6.また,研修を修了した両立支援コーディネーターには,実践を意識した応用研修を受講することでさらなる能力向上に努めることが望ましいとされている.行政通達と本コンピテンシーリストを比較した場合,枠組みとしておおむね同一でありつつ,本コンピテンシーリストでは76の小項目から成り立っていることから必要なコンピテンシーを詳細にみることができる点,社労士に特化している点が有意義であると考えられる.

本調査では,社労士が働きかけを行う対象として,会社の制度や仕組み作りに関する項目を1つの大項目とした.両立支援ガイドラインでも両立支援に関する休暇・勤務制度の整備を求めており1,健康経営優良法人の認定の一要素に両立支援の取り組みを行うことが含まれている.がん治療者の就労に関するシステマティックレビューでも職場復帰の可能性を高くする要素の一つに柔軟な勤務体制が挙げられている24.就業規則や社内規定の整備が両立支援に重要と考えられており,自社の状況を確認できるチェックリストや就業規則のフォーマットが提唱されているものの25,26,27,社内制度が十分に整備されていない現状がある8,28,29.これら就業規則の改訂に関して社外から支援を行うことができるのは法的に社労士のみであり,社労士の関与が欠かせない(表3の小項目番号27,35,36).また,小項目番号37の「社内の理解」も重要であると考えられる.労働者を対象とした2020年の調査によると30,職場への申出はメリットの方が多いと思う者が15%に対しデメリットの方が多いと思う者が31%と多く,治療と仕事の両立が必要な労働者が職場に申出をする際の抵抗感はいまだ強い.加えて,事業場規模が小さいほどデメリットと感じる人が多い.また,小規模事業場の場合,復職可能な条件として,「職場の同僚の受け入れ意思がある場合」が有意に高いという調査もあり8,社内の両立支援の理解は重要となる.社労士はこの部分からも会社に関与することが期待される.具体的には両立支援のチェックリストなどを活用しつつ25,職場における両立支援への理解を促すことも方法として考えられる.

また,今回の治療と仕事の両立支援を行う際に期待されるコンピテンシーと事業場のメンタルヘルスに関わる際に期待されるコンピテンシーとを比較した場合,多くの項目は類似している.その一例として個別の従業員への対応や適切な情報収集・守秘,会社や職場への助言があげられる.これは本研究においても,社労士が相談を受けた病名に精神疾患が含まれており(Table 2),精神疾患と身体疾患の間で求められるコンピテンシーに大きな差異がないことが推察される.一方で,本研究で提示したコンピテンシーにのみ含まれる内容としては,社労士が病院で患者を対象に支援をする場合の項目が該当し,これは過去の研究が事業場のメンタルヘルス対応に限定されていたからである.また,事業場のメンタルヘルスに関するコンピテンシーにのみ含まれている内容としては,ストレスチェックや教育研修の項があげられる.労働者の心の健康の保持増進のための指針にこれらの項が記載されている一方で31,治療と仕事の両立支援のガイドラインに記載がないことが要因となった可能性がある1.とはいえ,これらは両立支援では不要というわけではなく,小項目番号37の「両立支援に関する社内の理解を促進」に含意されると考えられる.

なお,本コンピテンシーリストの中に「本人が亡くなることにより社労士自らや関係者が喪失感を持つ可能性があることを理解し,担当者に説明できる」という項目があげられた(表3の小項目番号45).これは医療従事者と比較して,社労士や会社,労働者は死が身近にはなく,支援を受ける人の死亡による周囲への心理的影響が大きいことが示唆され,社労士が両立支援に関わる際に留意しておくべき事項となるだろう.

2点目として,本コンピテンシーリストは社労士が両立支援を行う際の立場に応じたコンピテンシーリストとした.ステップ1のインタビュー調査において社労士が種々の立場で両立支援に関わっていること,それは大きく分けて患者を支援する立場と,顧問先の企業とその従業員を支援する立場の2つがあることを踏まえ,コンピテンシーリストを作成している.本コンピテンシーリストにおいて多くの項目は立場によらず期待されるコンピテンシー(共通項目)であるが,例えば院内の両立支援窓口で患者を支援する立場にある社労士の場合,その患者が所属する会社の就業規則等の両立支援に関する制度は患者自らが集めてくる必要があるため,その情報収集を促すのが社労士の役割となり(表3の小項目番号17),両立支援の状況を主治医と共有することが社労士に求められる(表3の小項目番号74).一方で,顧問先企業で両立支援に関わる社労士の場合は,当該会社の社内制度を社労士自身が把握できるため,職場復帰プランの立案支援などの行動をとることが社労士の役割となる(表3の小項目番号51).他の状況として,両立支援が必要な従業員は就労継続を考え,会社の事業主や担当者は就労継続が困難と考えるなど両者の意向が異なる場合がある.社労士が顧問先企業に関わる際には,社労士の中立性を認識し(表3の小項目番号28),両立支援に必要な情報を収集し(表3の小項目番号13),必要に応じて主治医や産業医と連携するように担当者に促し(表3の小項目番号48,49),適切なプロセスを経ているかを確認する(表3の小項目番号53)という形で社労士が両立支援に関与することになる.

3点目として,今回提示したコンピテンシーリストは今後の社労士への教育に活用しやすいものになっている点がある.本研究では一定の同意率を超えた項目を条件としてコンピテンシーと定めた.コンピテンシーの設定は体系的な研修の開発と評価に必要不可欠である.コンピテンシーを設定することで,産業保健職などが社労士に対して研修を提供する際や,社労士自らがコンピテンシーの修得に努める際の参考になると考えられる.また,本研究では重要度や達成度を併せて作成した.重要度はコンピテンシーを修得する際の優先順位と関係し,達成度は現在の社労士の修得状況をしめす.本研究で提示したコンピテンシーリストに沿った形で研修を行うことで,過不足なく網羅的な研修を設計できる可能性が示唆された.また今回提示したコンピテンシーリストの項目のうち重要度が高く達成度が低いコンピテンシーに力を入れることで効果的な研修を提供できる可能性や,社労士の両立支援に関わる立場によって,コンピテンシーリストの優先順位を変えることで効率的な技能の修得につながる可能性があると考えられた.

2. 研究手法について

本研究はデルファイ法を用いた.デルファイ法では,応答率,参加数,同意率が重要である.先行研究によると応答率は70%以上が必要とされており32,本研究の応答率は73.1%と基準を上回っている.参加者の人数は,先行研究ではデルファイ法での基準は示していないが,参加数がより多いことで信頼性が高められると記述されている33.また他の研究において参加者の人数として普遍的に推奨されるガイドラインは存在していないことを前提としつつも約15名程度と示しているものや34,参加者が50名以上になることの利点はほとんどないとされているものがあり35,現時点では研究者の判断にゆだねられている.過去の調査では両立支援の相談を受けた経験を持つ社労士は社労士の17.7%と少数であった36.今回は調査の特性上,両立支援の相談事例について一定の経験を積んだ社労士の研究参加が必要であり,ステップ1のインタビューでいずれの研究協力者も10名以上の相談経験を持っていることを踏まえ,ステップ3では相談事例数が10件以上と参加条件を設定した.なお本研究の協力依頼は,全社連の会誌やメールマガジンを通じて調査協力依頼を行っているため全社労士に届いている点は優位点である.

先行研究における同意率の基準は50%から90%までと幅があり統一した見解はない15,17,33.今回の研究においてはコンピテンシーリストとして採用する基準を3段階のリッカート尺度のうち,上位2段階(「同意する」もしくは「おおむね同意」)に該当する割合を同意率と設定し,同意率80%を基準と定めたところ,すべてのコンピテンシーが採用された.なお,上位1段階である「同意する」のみを基準とし,その割合が50%未満のものは,3点のコンピテンシーが該当した(表3の小項目番号11,73,74).これら3項目は他の項目と比較すると重要度・達成度ともに中央値を下回っている.その中で同意の割合が最も低い「両立支援に関する病院内の現状を理解し記述できる」は,病院で活動する際のコンピテンシーである.病院内の両立支援の現状理解は他職種との連携に重要だと考えられるが,コンピテンシーに含めることの同意が少ないといえる.

3. 本研究の限界

以下の4点があげられる.1点目としてアンケートに回答した社労士がアンケートに回答していない社労士よりも積極的に両立支援に関与している可能性があり,それが重要度や達成度の値を高めるなど回答結果に影響を及ぼした可能性がある.2点目として,本研究の参加者における開業社労士の割合が9割程度である一方で,現在の社労士全体における開業社労士の割合は56.4%であることから21,開業社労士以外の社労士の意見を十分に抽出していない可能性が否定できない.3点目として,ステップ3,4ではアンケート回答者の社労士がどのような場で両立支援に関与しているか(病院を相談の場にする,企業で両立支援の相談を受ける等)について調査をしていない.社労士が主に関与する場が各コンピテンシーの重要度や達成度に影響を及ぼした可能性がある.これら3点のバイアスを回避するためには無作為抽出を行う必要がある.4点目として自己評価による査定の限界がある.本研究ではコンピテンシーリストの各項目について自身の達成度(どの程度達成しているか)を問うている.自己評価の信頼性・妥当性には限界があり客観評価と比較して差異が発生する場合がある37

4. 本研究の課題

以下の2点があげられる.1点目は,今回の調査において重要度は中央値以上であるものの達成度が中央値を下回る項目に注目したところ,「企業の会社規模や考えに応じた支援を行える」「両立支援に対する社内の理解を推進できる」「労使ともに無理のない職場復帰プランの作成を支援する」「同じ職場で働く人との関係や影響を把握し,それに応じた対応ができる」といったものが該当した.これらはいずれも知識があれば行動に移すことができるものではなく,両立支援を求める従業員や会社の社風,職場の考えによって,両立支援の進め方や求める内容が異なり,いわゆるオーダーメイドの要素が強く,両立支援に関わる社労士も多様な経験が求められる.多様な経験を疑似体験するようなケースメソッド型の研修や事例検討型の研修など実践的な研修手法が有効となる可能性がある22.2点目は,到達度評価や研修効果をより詳細に測定するために,今回のコンピテンシーリストに対応した客観的な評価基準の設定が必要であると考えられる.

V. 結論

社会保険労務士が治療と仕事の両立支援に関わる際に期待されるコンピテンシーを示すことを目的に,インタビュー調査によりコンピテンシーリスト(案)を作成し,そのコンピテンシーリスト(案)を確定させるためにデルファイ法を用いたインターネット調査を行った.その結果,6の大項目,18の中項目,76の小項目のコンピテンシーリストを提示できた.また,コンピテンシーリストが今後,社労士に対して体系的な研修カリキュラムの開発の参考になることが示唆された.

謝辞

本研究にご協力いただいた社労士の皆様に心より感謝いたします.研究班員である伊藤貴志氏,江口 尚氏,大井川友洋氏,大山祐史氏,小笠原隆将氏,茅嶋康太郎氏,錦戸典子氏,洞澤 研氏,松村美佳氏,丸田和賀子氏,本山恭子氏,また,研究支援をしていただいた一般財団法人あんしん財団の関係者,研究協力をしていただいた全国社会保険労務士会連合会の関係者に感謝いたします.

利益相反

利益相反自己申告:申告すべきものなし

資金提供:本研究は一般財団法人あんしん財団から助成を受けた.

文献
 
© 2023 公益社団法人 日本産業衛生学会
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