2009 年 59 巻 3 号 p. 239-247
現在、絶滅危惧種イトウ(Hucho perryi)の日本における生息分布域は、北海道の一部の河川と湖沼に限られている。本種成魚の生態は、産卵習性に関する知見以外はほとんど知られていない。そこで、本研究では超音波テレメトリー手法を用いてイトウ成魚の季節的な移動パターンを明らかにする野外調査を実施した。北海道東部の別寒辺牛川(べかんべうしがわ)水系において、2007年4月下旬から11月下旬の間、超音波受信機・発信器により5個体のイトウ成魚の行動を追跡した。放流後、5個体すべてからデータが得られ、総受信回数は37,683回であった。上流域で放流した標識個体は、1〜4日かけて平均33.4±12.5km(Mean±SD)を降下した。降下後、調査期間にわたってほとんど移動しない個体と広範囲に移動する個体がみられたが、全体として、春季(5〜6月)は中流域から下流域、夏季(7〜8月)は中上流域から下流域、秋季(9〜11月)は下流域に主に生息する傾向を示した。ロジスティック回帰分析の結果、夏季に下流域に生息する標識魚の上流側への移動は現場の日最高水温の影響を強く受け、春季および秋季における中上流域の日最低水温は標識魚の下流への移動を促すことが明らかとなった。本魚による河川内の季節的回遊行動には、河川の水温レジームが関与することが示唆された。