日本生態学会誌
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特集1 生態系における汚染の動態と影響
生態系高次生物のPOPs 汚染と曝露リスクを地球的視座からみる
田辺 信介
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2016 年 66 巻 1 号 p. 37-49

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抄録

化学物質の中でヒトや生態系にとって厄介なものは、毒性が強く、生体内に容易に侵入し、そこに長期間とどまる物質であろう。こうした性質をもつ化学物質の代表に、PCBs(ポリ塩化ビフェニール)やダイオキシン類などPOPs(残留性有機汚染物質)と呼ばれる生物蓄積性の有害物質がある。筆者がPOPs の汚染研究を開始したのは1972 年のことで、テーマは「瀬戸内海のPOPs 汚染に関する研究」であった。当時の汚染実態はきわめて深刻化していたが、不思 議なことに瀬戸内海に残存しているPOPs 量は使用量に比べ予想外に少ないことに気がついた。この疑問は、「大気経由でPOPs が広域拡散したのではないか」という仮説を生み、地球汚染を実証する研究へと進展した。この研究の中で、ダイオキシン類やDDT は局在性が強く地域汚染型の物質であるが、PCBs や殺虫剤のHCHs は長距離輸送されやすい地球汚染型の物質であることを、大気や水質の調査だけでなく生物を指標とした研究でも明らかにした。また冷水域は、POPs の沈着の場となることを示唆した。さらに、POPs は食物連鎖を通して生物濃縮され高次の生物種ほど汚染が著しいこと、とくに海洋生態系の頂点にいる鯨類などの水棲生物は、体内にきわめて高い濃度のPOPs を蓄積していることが認められた。この要因として、この種の動物の体内に有害物質の貯蔵庫(皮下脂肪)が存在すること、授乳による母子間移行量が大きいこと、有害物質を分解する酵素系が一部欠落していること、などが判明した。以上の結果から、海棲哺乳動物はPOPs のハイリスクアニマルであることが示唆され、地球環境時代に相応しい環境観や社会観を醸成して生態系を保全する施策が必要なことを提言した。また、先進国だけでなく新興国や途上国でもPOPs 汚染は顕在化しており、今後さらに深刻化することが予想されるため、ストックホルム条約の適切な履行が求められる。

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© 2016 一般社団法人 日本生態学会
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