帯雨林は地球上で最も生物多様性の高い地域の一つである。節足動物はその中でも最も種数の多い生物群であり、現存量も大きいため、熱帯雨林の生態系において植食者や腐食者、捕食者として重要な役割を果たしている。しかしながら、技術的な困難さのため、多くの節足動物の種の詳細な食性は十分にわかっていない。本稿は、ランビルヒルズ国立公園の節足動物の食性を同位体分析によって調べた筆者らの共同研究の成果をまとめたものである。筆者らは、まず始めに多様な節足動物がどのような炭素・窒素同位体の分布を示すのかを調べた。この結果、陸上食物網においても水域食物網に見られるような栄養段階に沿った窒素同位体比の上昇があることを確認した。一方、炭素同位体比は捕食者の多くで植食者よりも高く、腐食者に近い炭素同位体比を示した。このことは、高い炭素同位体比を持つ腐食者を捕食者が餌源として利用していることを反映していると考えられた。次に、熱帯雨林の動物の現存量の大部分を占めるハチ目とシロアリ目について、種ごとの炭素・窒素同位体の分布を調べた。アリ類では林冠の花蜜食アリから捕食性の軍隊アリとなるにつれて窒素同位体比が高くなっていた。一方、シロアリ類では、食物の腐植化の程度を反映してリター・木材食から土壌食となるにつれてその窒素同位体比が高くなっていた。カリバチ類でもアリ類と同様に窒素同位体比の大きなばらつきが見られ、花蜜や甘露が重要な餌源となっているものから捕食性のものまで食物の資源分割が生じていると考えられた。土壌食シロアリと軍隊アリは炭素・窒素同位体比に有意差が見られなかったが、放射性炭素同位体分析から求めた食物の古さ(食物年齢)は、土壌食シロアリのほうが軍隊アリに比べて有意に古かった。このことは陸上の節足動物の食性を正確に理解するには、複数の同位体分析が有効であることを示している。これら同位体を用いた節足動物の食性解析は、熱帯雨林の生物種の保全や生態系の復元においても重要な意味を持つと考えられる。