日本生態学会誌
Online ISSN : 2424-127X
Print ISSN : 0021-5007
ISSN-L : 0021-5007
総説
生態学者のための分光計測
奥崎 穣 持田 浩治永井 信中路 達郎小熊 宏之
著者情報
ジャーナル オープンアクセス

2017 年 67 巻 1 号 p. 41-56

詳細
抄録

日射は波長300〜2500 nmの電磁波を含み、電磁波が物体に当たったときの反射と吸収の強度は物体の構造や化学組成を反映する。紫外線と可視光線(波長330〜760 nm)は動物の視細胞を刺激するため、この波長帯における生物と背景の反射スペクトル(波長ごとの反射率)は捕食者や異性にとっての視覚情報となる。光合成有効放射(400〜700 nm)は植物の光合成色素に吸収され、葉緑体での糖類の合成に利用される。また、植物体からの近赤外域(700〜2500 nm)の反射スペクトルは葉の構造や水分、有機物などの化学組成を反映する。したがって、さまざまな波長帯で動植物の反射スペクトルを容易に計測できれば、視覚に基づく動物の行動や植物の生理活性を理解するための情報が非破壊的に得られる。反射スペクトルと日射は化学分析や気象観測に用いられる分光計測機器でも計測できるが、これらの機器は設置場所や計測条件に制限があり、生物と光の多様な関係を観察したい生態学者にとって使いづらいツールであった。しかし、近年の技術的進歩に伴い、問題点は克服されつつある。まず、受光素子とデジタル処理回路の小型化と省電力化により、分光計は手のひらサイズまで小型化され、野外調査へ携行しやすくなった。加えて、光ファイバを利用して入射を得ることで、狭い範囲での分光計測が可能になり、従来は困難であった水中での計測も容易になった。さらに、波長帯ごとに反射画像を撮影するイメージング分光計の有用性も著しく向上している。連続多波長の分光画像を撮影するハイパースペクトルカメラも小型化、多様化し、野外の比較的小さい被写体からも紫外-近赤外域の分光反射画像を得られるようになった。また、市販のデジタルカメラから得られる野外の撮影画像を可視域3波長帯の分光反射画像(RGB値)として扱い、植物群落のフェノロジーを観測するプロジェクトも世界各地で進行している。本総説ではまず、光と生物の関わりと分光計測の歴史と仕組みを解説する。続いてファイバ式小型分光計と各種のイメージング分光計を使用した研究を紹介し、様々な生態学的対象に対して分光計測が可能となったことを示す。今後、野生生物と野外環境への分光計測機器の適用によって、生物と光の新たな関係が発見されることが期待される。

著者関連情報
© 2017 一般社団法人 日本生態学会
前の記事 次の記事
feedback
Top