サービソロジー
Online ISSN : 2423-916X
Print ISSN : 2188-5362
特集:「サービス学の幕開け」
我が国のサービス科学発展に向けた三角構造
坂田 一郎
著者情報
ジャーナル オープンアクセス HTML

2014 年 1 巻 1 号 p. 12-13

詳細

1. はじめに

今日,サービス科学関連の領域の学術研究は,急成長を見せている.IBMによって定義されたSSME(service innovation or service science, management and engineering)の概念を用いて,最も多用されている学術データベースであるウエブ・オブ・サイエンスから関連研究を探索すると,54,928件の論文が抽出される(2008年末までの累計).同じ枠組みで,年間の論文出版数を計算してみると,1990年以降,急激に増加し,近年では年間5千本に達していることがわかる.このことは,研究の活発化に加え,サービス科学に関する統一的な概念が形成されつつあることを示している.

引用関係の情報とクラスタリングの手法を用いることで論文群を内容面でグループ化することが可能である.サービス科学については,この方法により8つの主要なサブ研究領域が抽出される(1).具体的には,サービスのマネジメント,メディカルケア,メンタルヘルスケア,エコシステム,QOS,公的サービス,公的メディカルサービス,ITとウエブである.OECDが策定したイノベーション戦略(2010)(2),経済成長と課題解決の観点から,公的分野へのイノベーションの導入が重要であることを強調しているが,上記の分析は,サービス科学分野においては,そうした方向性に沿った研究が盛んであり,それらが重要なサブ研究領域を形成していることを示している.科学技術振興機構が「問題解決型サービス科学研究プログラム」を展開する大きな意義の一つがここにある.

2. 日本におけるサービス科学の課題

先のSSMEの定義により,サービス科学に関する論文数の国別ランキングを計算すると(2),一位がアメリカ,二位がイギリス,三位がドイツであり,日本は九位となっている.日本の論文数はアメリカの一割にも満たない.この原因としては,サービス科学の分野において,我が国が主導する英文ジャーナルが少ない,日本語での投稿(先のデータベースの掲載対象外)が多いこと等の学会を取り巻く環境要因だけでなく,研究力の不足があると言わざるをえない.研究能力に関しては,サービス科学と関連の深い機械学習,パターン認識,情報検索,情報システム等の情報科学の分野において,世界における日本の存在感が高くないことも影響しているものと考えられる.加えて,制度要因も影響を及ぼしていると考えられる.例えば,公的データの公開(オープンガバメント)の遅れ,個人や企業情報の紐付けシステムの整備の遅れ,個人や社会に関するパネルデータの蓄積の少なさといったことである.

日本におけるサービス科学研究を振興し,世界的な存在感を獲得するためには,まずは,その基盤を強化することが欠かせない.具体的には,第一に,情報工学その他の関連の深い領域における研究人材の育成である.アメリカの研究力の高さは,IT革命が本格化する以前から,大学院修士以上のレベルで情報科学・工学人材の育成を進めてきたことと関連していると考えられる.第二は,サービス科学以外の分野からの優秀な人材の誘いこみである.人材育成には時間がかかえる.そこで,並行して,この方策も重視すべきであろう.欧州は,現在,サステナビリティ分野研究をリードしているが,国際会議に参加すると,モデリング,シミュレーションやシステムダイナミックス等の手法の持ち込みによる,機械工学や船舶工学といった他分野からの研究者の流入が目に付く.この面では,本サービス学会の役割が非常に大きいと考えられる.第三に,情報の利活用を中心とした社会システムの整備を進めることが必要である.例えば,医療・健康・検診情報の組織を超えた蓄積や利活用のルールの整備,交通や電力利用情報の利活用のための社会的合意形成,複数の情報源の重ね合わせ(マッシュアップ)を正確に行うための紐付けシステムの整備,介護の分野におけるサービス科学の成果を活かしうるような(例えば,質の向上を評価する)制度の設計である.

一方,以上挙げたような基盤整備だけで,サービス科学の振興が実現出来るわけではない.次に,研究やそれに基づく付加価値提供の現場において,研究を高度化し,価値協創(3)を進めるものとして,「三角モデル」を提案してみたい.

3. 知的要素の三角構造モデル

筆者は,サービス科学やそれを用いたイノベーションを進めるためには,①質の高いデータやファクトとそれらに関する適切な理解,②専門・経験知に基づく視座や仮説,③観測・分析の手法の三つの知的要素を統合する三角構造モデルが重要であると考えている.多くのデータには,特徴やバイアスが存在している.それを踏まえない分析は,如何に高度な手法を用いたとしても不正確さが残る.ビックデータの分析の場において,適切な仮説や視座なく分析を行っても,有益な知見が得られる確率は低い.また,分析結果の正確な評価も困難である.逆に,専門・経験知が豊富であっても,適切な分析手法を用いることが出来ないとそれらを検証,汎用化して利用することが出来ない.従って,これら三つの知的要素間の密な連携が重要となって来る.

この際,障害となるのは,これら三つの知的要素が別々の組織や個人に蓄えられているということである.例えば,コンビニのPOS情報の例では,①は本社の情報管理部門にあり,②は本社の営業部門や現場の店舗,マーケティングの専門家の手にあり,③のうち高度なものは理工学系の大学・研究所に存在している.材料,実験装置,先行研究に関する知見がすべて研究室内に蓄えられていることもある自然科学とは異なる.従って,自律的に統合・活用が進められるような環境にはなく,それらの連携を促す人為的なメカニズムが必要となってくる.実際には,これらの組織・個人の間では,専門性が異なるだけではなく,優先順位,動機,関心,文化等も異なっていることが多い.そうした差異を乗り越える工夫が求められる.

具体的な成功の要素としては,異なる三者間の動機をつなぎ合わせること(インセンティブの全体設計),三者間において互いに敬意を払う関係,三者の統合を設計出来る強力なT字型リーダーの存在等が考えられる.

4. おわりに

ここで述べた三角構造を動かす重要性への認識については,「問題解決型サービス科学研究プログラム」にプログラムアドバイザーとして参加する中で得られたものである.個人的には,三要素間の連携がとれているプロジェクトが価値の高い成果を挙げているとの印象を持っている.近年,学術研究の分野では「領域横断」という言葉が盛んに用いられるようになっているが,サービス科学の発展のためには,学術内の領域に限らない横断性を如何に発揮できるかが重要となってくる.

著者紹介

  • 坂田 一郎

1989年東京大学経済学部卒,米国ブランダイス大学より国際金融経済学修士号,東京大学より博士(工学)取得.経済産業省を経て,現在,東京大学工学系研究科教授.専門は,イノベーション・技術経営.

参考文献
 
© 2017 Society for Serviceology
feedback
Top