サービソロジー
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Print ISSN : 2188-5362
特集:「サービス学の幕開け」
ソーシャルエコノミーの時代における新しいサービスを考える
阿久津 聡
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2014 年 1 巻 1 号 p. 18-19

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1. ソーシャルエコノミーの時代

私はこれまで経営学・マーケティングの分野で,主に消費者の意思決定メカニズムとそれに関わる心理・文化・社会制度的要因,そして企業の効果的なブランド・マネジメントのあり方などについて考えてきた.このような領域にいる人間として最近強く感じていることは,消費者の意識と企業のマーケティング・アプローチが,この数年間で大きく変化してきたということである.

ご存じの通り,人類の経済環境は,これまで「農業経済」から「産業経済」,そして「サービス経済」へと変遷してきたと言われている.20世紀の終わりに,パインとギルモア(2)は,「サービス経済」が「経験経済(エクスペリエンスエコノミー)」と呼ばれる状況へと変化してきたと述べた.彼らはコーヒーを例にとり,農業経済ではコーヒー豆そのものが提供されたのに対し,産業経済ではパッケージ化による差別化がされ,さらにサービス経済では喫茶店などでその場で飲める状態として提供されたという具合に,経済の成熟と共に質的に異なる価値が付加されたことを指摘した.そして,コーヒーを単に飲める状態で提供するということではなく,香りやくつろげる雰囲気,それに付随するサービスすべてをコーディネートして提供する「スターバックス」を,経験経済の典型例として紹介した.家でも職場でもない「第三の場所」としての店舗での,まさに「上質な経験」を価値として提供してすることで成功を収めたというわけである.

その後,21世紀に入って15年の月日が流れた.ここ数年,経済環境はさらに変化し「経験経済」から新しい段階へと移行しつつあるのではないか,というのが私の印象である.その新しい経済を,私は「ソーシャルエコノミー」と呼んでいる(1).なぜなら,これまでのような「企業に完璧にお膳立てされた舞台で最高の経験を味わう」ことではなく,「他の消費者と経験を共有して楽しむ」ことや「企業や他の消費者と一緒に価値を創り上げていくプロセスを楽しむ」ことに消費者の意識があるのが,その特徴だからである.それは,経済活動を取り巻く技術革新と社会変化が,生活者がさまざまな消費コミュニティに参加し,他者とつながりながら消費経験を共有したり,提供価値そのものを一緒に創ったりすることを容易にしたことによって可能になった.そして,経済活動の大きな推進力となったというわけである.

サービス経済や経験経済などこれまでの経済活動では,サービスする側とサービスされる側は明確に分離されていた.しかし,ソーシャルエコノミーの時代には,その垣根があいまいになっている.例えば「ニコニコ動画」のヒットからわかることは,クオリティの高い完成されたコンテンツを視聴者が受け身で楽しむということではなく「自分たちで共に創り,盛り上げ,育て,消費する」ことに焦点が当てられる.

社会現象を巻き起こしたAKB48は,「ソーシャルエコノミー」の到来を告げる,先がけ的存在だったのではないかと思う.よく知られているように,彼女たちはデビューから完成されたアイドルではなかった.秋葉原の小さな劇場で活動している間に,誰を推すかというコミュニケーションがファンの間で自発的に起こり,これによってファンとAKB48の両方を巻き込んだ一つの「同好的コミュニティ」があちこちに形成された.そして,そこに「総選挙」という仕掛けが加わり,ファン自身が「センター」の人材を見い出す行為に参画し,盛り上がっていくという価値創造的プロセスが生まれた.そのプロセス自体がソーシャルエコノミーで核となる提供価値であり,それまで主流だったアイドル・ビジネスとは異なる経済活動として,無視できない規模に発展したわけである.

ニコニコ動画やAKB48のヒットなど,ソーシャル時代の経済を考える上で浮かび上がるキーワードは,「共」「創」「費」の3つである.これは,サービスする側とされる側が「共に」,楽しみながら協同してコンテンツを「創り」上げ,出来上がったものを「消費」していくというプロセスが重要であることを意味している.この動きは,多くの企業にとって見過ごせないものであり,新しいサービスのあり方を考えさせるものだと思う.というのも,ソーシャルエコノミーの下では,従来サービス提供側であった企業と享受側であった顧客の垣根が曖昧になり,一緒にサービスや商品の価値を創りながら,そのプロセスをも顧客に消費してもらうという,これまでほとんど見られなかったビジネスモデルが主流になるだろうからである.

2. これからのサービスのあり方

ソーシャルエコノミーの本質は,サービスのパラダイムシフトと言えるのかも知れない.いずれにせよ,新しいサービスのあり方について議論していくことは非常に重要である.本誌創刊を記念しての特集,「サービス学の幕開け」は,まさに時代の要請に応えるものだと思う.

本誌の読者にはお馴染みであろうサービスドミナントロジック(4)や価値共創(3)の議論は,ソーシャルエコノミーの下で求められる新しいサービスのあり方を考えるうえで,深い洞察を与えてくれる.

学会誌創刊にあたってのショートエッセイである本稿の目的は,ソーシャルエコノミーの時代のサービスのあり方について,より深く具体的に議論することではない.その目的は,今後,私と同様に読者の皆さんにも,これから本誌に掲載されていく論文を読んで考え,議論し,また論文を投稿することを検討して頂くことにある.

サービス学会の学会誌創刊号にある本稿を読んでいる読者の皆さんは,何らかの理由でこれからのサービスについて洞察を得たいと考えておられるものと思う.私自身は,独立行政法人科学技術振興機構(JST)の社会技術研究開発センター(RISTEX)による2010年度競争的研究資金制度「問題解決型サービス科学研究開発プログラム」の援助を頂き,サービス・マーケティングを広くサービス科学の中に位置づけ,融合していくことを目指して研究を行う機会に恵まれたことにより,そうした思いを強く持つようになった.

私たちの研究プロジェクトは,プロジェクトリーダーの藤川佳則(一橋大学),中核メンバーの小野譲司(現青山学院大学)と小職,専任研究員の芳賀麻誉美(現同志社大学)を中心に,2010年から2013年の三年間に渡って進められた.プロジェクトを進める過程で,膨大な文献,データ,そしてデータ分析の結果を前にメンバー間で延々と行った議論はもちろんのこと,協力企業やプロジェクトアドバイザリーボードの皆様から共有していただいた洞察,そしてRISTEXのアドバイザーや国際学会で発表した際の参加者からいただいた示唆に富むコメントから多くを学ぶことができた.その多くは,同じ興味をもつ方々に広く読んで頂けるよう,論文や報告書にまとめている.

興味がある読者の皆さんにはぜひ「問題解決型サービス科学研究開発プログラム」の報告書を手にとって頂ければと思う.

http://www.ristex.jp/servicescience/project/

私たちのプロジェクトのほかにも,大変興味深いプロジェクトが採択されている.これからのサービスのあり方を考えるうえで,きっと参考になるであろう.今後のサービス学の大いなる発展を期待して,本稿を締め括りたいと思う.

著者紹介

  • 阿久津 聡

カリフォルニア大学バークレー校にて博士号(Ph.D.)を取得.専門はマーケティング,消費者心理学,行動意思決定論.主な著書に『ブランド戦略シナリオ コンテクスト・ブランディング』(ダイヤモンド社:共著),『ソーシャルエコノミー 和をしかける経済』(翔泳社:共著)などがある.

参考文献
 
© 2017 Society for Serviceology
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