サービソロジー
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特集:「サービス学の幕開け」
サービス・クリエイティブクラスの人材育成
原 良憲
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2014 年 1 巻 1 号 p. 20-21

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1. はじめに

21世紀はサービスの時代である.市場成熟化に伴う経済のサービス化は,産業構造の転換を促している.モノの製造・所有に価値を見出すことから,モノを媒介とした機能や利用にも高い価値が見出されるようになった.さらには,モノを媒介する必然性も取り払われ,経験や信頼など目に見えない価値が,人々の振る舞いや行動に直接影響を与える時代となっている.

一方,物流や情報インフラの進展は,モビリティやコミュニケーションの効率化をもたらし,インフラ基盤の所有と利用の変化を促進させている.すなわち,大規模なインフラを所有する少数の企業と,このインフラ機能を活用して事業を進める多数のサービス企業との二極化が進み,人々の仕事や生活のスタイルを根本的に変革する要因となっている.

筆者は,2000年前後の計10年間,北米・シリコンバレーで,インターネット・サービスの研究と事業開発に従事していたが,このようなサービス化の光と影がくっきりと記憶に残るものであった.多くの日本企業がコモディティ化(価値の毀損)の波にさらされる中で,スティーブ・ジョブスを中心としたAppleの再興・発展は眩く感じた.また,Googleなどスタートアップ企業が次々と新しいサービスを立ち上げ,オープン・イノベーションにより,成長を加速させていった.

この成功要因は何か?端的にいえば,イノベーションが生まれる環境・風土を提供し,創造的な人材が多数集まり,触発できたところであろう.リチャード・フロリダは,このような人材群を「クリエイティブ・クラス」と呼び,多様性の尊重,忍耐力(トレランス)が立地環境・風土として重要と説いた(1)

しかし,このような環境で高成長やグローバル化が進展した一方で,多くの企業が淘汰され,社会が不安定になった状況があることも否定できない.持続的な社会と事業の発展性を両立するにはどうすればよいか?経済的価値だけでなく社会的価値とのバランスをとるにはどのようにすればよいか?サービス価値創出において,人の行うべき役割とITや機械の行うべき役割をどのように分担させるべきか?さらには,日本の隠れた良さを再認識してグローバル化に貢献するにはどのようにすればよいか?等々の課題を,筆者はより強く認識するに至った.

本サービス学会の設立は,これらの課題を共有し,課題解決に向けての行動をとるために,まさに時宜を得た喜ばしい出来事である.種々の専門性,実務経験をもつメンバーと共に,学際的なフレームワークや方法論の構築とその応用展開を進めたいと考えている.

2. 文理融合の知識を活用した「サービス価値創造プログラム」

上述の課題解決に向けてのアプローチの1つとして,2006年に設置された京都大学経営管理大学院における高度サービス教育研究活動を紹介する.

本大学院において,サービス価値創造に関する最初の活動は,文部科学省「サービス・イノベーション人材育成推進プログラム」(2007~2009年度)である.本プロジェクトを通じて,2年間の「サービス価値創造プログラム」のカリキュラム開発を行った(2).この教育プログラムの目的は,文理融合の知識を活用してサービスの経済・社会的価値を引き出し,人や社会に還元できる人材育成を行うことである.サービスを含む無形資産を対象に,価値を創出する最新の方法論(サービス創出方法論,サービスモデル活用論等)の理解と活用をはかるものである.プロジェクト終了後,サービス価値創造プログラムを開講し,約15名の大学院生教育(2010年度)からスタートした.

ふまえて,経済産業省「産業人材育成支援事業(サービス工学人材分野)」(2009~2010年度)での教育研究活動を行った.内容は,関西の先端的・伝統的商業分野の事例分析と他地域展開に基づく人材育成である.事業継承と経営者のマインドセットとの関連性をひもとき,事例は,ケース教材として活用されている.

さらに,科学技術振興機構(JST)における問題解決型サービス科学研究開発プログラムにも参画し,日本型クリエイティブ・サービスの理論分析とグローバル展開に向けた適用研究(2011~2014年度)を進めている.ハイコンテクスト性,暗黙知の活用に基づく「慮り」,「見立て」,「緊張感・鬩ぎ合い」など日本型のサービス価値の良さを分析し,「おもてなし」への科学的接近を目指している(3).また,当該研究手法を,実践科学方法論として位置づけて体系化を試行している.

3. サービス・クリエイティブクラスの人材育成に向けて

以上のような教育研究活動の発展として,今後のサービス学研究とサービス実践に関する展望と期待についても言及しておきたい.

まず第1に,目指すべき人材育成像の明確化である.環境の制約,有限の資源,種々の利害関係者の中で,全体最適になる行動指針を策定,実行できるプロデューサ人材がより一層求められる時代になる.日本は,個々の要素技術を磨くことに長けていたが,全体を見渡した価値創出を行える人材教育は得意ではなかった.今後,社会がますます複雑化する中,サービス価値のデザインの総合デザイン力が一層問われる時代となるであろう.また,価値共創の担い手として,おもてなしを受ける側の感性を鍛えることなど,利用者のリテラシー向上も大事な要素である.このような人材像を「サービス・クリエイティブクラス」と呼び,特に日本のサービスの良さを世界で再認識してもらい,このような人材育成を進めていくことが肝要であると考える.

第2に,分野横断的な貢献に資するサービス学の体系化である.サービス学は境界領域であるがゆえ,いろいろな流派が存在する.たとえば,モノとサービスとの共通性をできるだけ一般化して学問体系を目指す流派,モノとサービスとの相違を前提に体系化を目指す流派等である.切磋琢磨の価値共創を通じて,領域の枠を超えたサービス学の広がりを望む次第である.

また,サービスは,利用者を含めたヒトをシステムの構成要素として価値提供がなされる.複雑な振る舞いを理解するためには,要素還元的な価値創出から,規則還元的(非線形的)な価値創出へのパラダイムへのシフトも必要であろう.このような原理的な理論基盤の探究から,大規模社会システムへの応用展開まで,統一的な体系化を目指していくことが重要である.

また第3に,社会への貢献シナリオの明確化である.製造業の高付加価値化,サービス業のグローバル化は喫緊の課題であり,評価に関する活動を充実させ,PDCAサイクルを循環させていく必要がある.さらには,おもてなしなどの理念をグローバルに浸透できれば,国際紛争の解決や予防にも役立つはずである.

学際的な本サービス学会の設立は,これらの課題を共有し,課題解決に向けての行動をとるために,まさに時宜を得た喜ばしい出来事である.種々の専門性,異分野の実務経験をもつメンバーとの交流を期待すると共に,多様な人材育成に向けて精進していきたい.

著者紹介

  • 原 良憲

1983年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了.京都大学博士(情報学).日本電気(株)入社後,日米の研究開発拠点にてメディア情報管理の研究・事業開発に従事.2006年京都大学経営管理大学院教授(現職).サービス価値創造プログラム長,経営研究センター長を経て,2014年4月より副院長.本学会第1回国内大会共同実行委員長等を務める.

参考文献
  • (1)  Richard Florida, “The Rise of the Creative Class”, The Washington Monthly, pp.15-25, May, 2002.
  • (2)  原 良憲,前川佳一,神田智子,“文理融合の知識を活用した「サービス価値創造プログラム」の開発”,人工知能学会誌,25(3), pp.444-451, 2010.
  • (3)  原 良憲,岡 宏樹,“日本型クリエイティブ・サービスの価値共創モデル -暗黙的情報活用に基づく価値共創モデルの発展的整理-”,研究 技術 計画,28(3/4), pp.254-261, 2013.
 
© 2017 Society for Serviceology
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