サービソロジー
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Print ISSN : 2188-5362
特集:「サービス学の幕開け」
イノベーションの科学としてのサービス科学
日高 一義
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2014 年 1 巻 1 号 p. 4-5

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1. はじめに

2005年に公開された米国競争力評議会の報告(1)中で,サービスイノベーションの重要性が指摘されて以来,サービスイノベーション,あるいはそれを実現するために必要なサービスサイエンス(サービス科学)という言葉に日本国内に於いても関心がはらわれてきた.サービスイノベーションは,1980年代の後半から欧米に於いて研究はされてきたが(2),サービス産業の経済全体におけるシェアの増大,製造業のサービス化,KIBS(Knowledge Intensive Business Service)と呼ばれるコンサルタント業務や複雑なビジネス課題に特化したプロフェッショナルサービスの重要性の増加に加え,インターネット,携帯電話,スマートフォンなどをはじめとしたICTによるサービスインフラの普及を背景として,国際競争力の観点から,新たに注目が注がれるようになったと思われる.

2. 日本におけるサービスイノベーションの現状

日本に於いては,経済産業省の報告(3)にもあるとおり,サービス産業における生産性の低さが指摘されており,これを解決することがサービスイノベーションの中心的な役割と考えられてきた.

参考文献(3, 4)によれば,サービス業の労働生産性の1995年~2003年における増加率を国際比較すると,アメリカ:2.3%,イギリス:1.3%,ドイツ:0.9%, 日本: 0.8% となり,日本が一番悪くなっている.これに対し,製造業の労働生産性の増加率の国際比較では(同じく1995年~2003年),アメリカ:3.3%,イギリス:2.0%,ドイツ:1.7% 日本:4.1% と,日本が最も高い数値を示している.よって,製造業の様々なノウハウをサービス業にも適応してイノベーションを起こし,サービス産業の生産性の向上を試みることが国としての一つの施策として位置づけられてきた.

また,同じく参考文献(3, 4)によれば,1980年から2003年の間に,同じサービス業の中も,通信業,金融・保険業の生産性は5倍ほど増加しているのにも関わらず,運輸・卸・小売などの業種の生産性は2%以下の伸び率で,全産業の平均を下回っている.このことから,最新のICTなどの導入により,国民とじかに接点をもつサービス産業にイノベーションを起こすことも国の施策の一つとされてきた.

この観点から,サービス産業におけるイノベーションを実現し促進するためにサービス産業生産性協議会が設置され,顧客サービスのベストプラクティスの調査を通してサービスイノベーションの普及が試みられた.また産業技術総合研究所・サービス工学研究センターも研究活動を開始し,科学的・工学的手法の導入によるサービス産業のイノベーション研究が行われるようになった.

サービスイノベーションの教育に関わるものとしは,文部科学省が大学における教育プログラムの開発を目的として行ったサービスイノベーション人材育成プログラムがある.

サービスイノベーションの研究に関するものとしては,科学技術振興機構・社会技術研究開発センターの実施している「問題解決型サービス科学研究開発プログラム」がある.

3. 日本におけるサービスイノベーションの課題

前節にまとめた日本におけるサービスイノベーションの現状を分析すると,課題は以下のようになると思われる.

3.1 新規サービス創出への取り組み

日本におけるサービスイノベーションにおける取組は,既存のサービスの改善に関するものが多い.これは出発点がサービス産業の生産性の向上であったからであると思われる.しかしながら,GoogleやAmazonに代表されるようなインターネットを使った世界規模の新規サービス,アップルのiPodを用いた音楽配信に代表されるテクノロジーに基づいたサービスインフラの浸透による新規サービスモデルの構築,など社会・経済への強いインパクトを持つ新規サービスの創造に関するイノベーションを加速する体系的な取り組みは少ない.

3.2 製造業におけるサービスイノベーション

「サービスイノベーション」はサービス産業のイノベーションのみにとどまらず,製造業のサービス・ファンクションにおいても考慮する必要がある.ここでは,2つの点が指摘できる.

第一に,製造業の企業と言っても,その企業活動を構成する機能は,研究・開発から始まり,部品の調達,購買,ファイナンス,物流,メンテナンス,ユーザーサポートなど,「ものづくり」以外の「サービスビジネス」に関するものが大半をしめる.製造業の企業プロセスのイノベーションはサービスイノベーションそのものに他ならない.

第二に,新たな製品開発に於いては,ユーザーのニーズを従来よりも格段と的確に取りくむ必要がある.これは,ユーザーニーズの多様化と個別化による.この為には個々のユーザーとの接点を刷新し,価値の共創が起こるようにしなければなないが,これはサービスイノベーションによってのみ実現する事ができる.これにはService Dominant Logic(5)の視点の導入などが大きな役割を果たすと思われる.

3.3 統合による社会的価値の最大化

様々な公的プログラムに基づき,あるいは各機関の個別な努力により,研究機関,企業に於いて様々なサービスイノベーションの取り組みがなされ始めている.ただし,これらのものは互いに関連せず,個別に進行しており,成果の交換や,統合して価値を最大化するような動きもないように思える.サービス産業に属する企業どうしのみならず,サービス産業と製造業にまたがるような企業連携におけるイノベーションを如何に実現していくのかは大きなチャレンジである.

4. イノベーションの科学としてのサービス科学

「サービスの科学」 は3章であげた課題を解決する場を提供する学問であるべきである.それは「イノベーションの科学」とも言える.さらに「サービスの科学」は,新規サービスの創出,ものづくり産業の新たな発展への貢献のみならず,東日本大震災の復興とその後の社会形成,エネルギーマネジメント,新社会インフラの創出,などの今後の社会・経済の設計に必要なサービス機能を理解し実現する上で基礎となるサービスの論理を体型的に整理する学問であるべきである.現在のサービスに関する様々な活動を有機的に結びつけるための学問のとしての役割が,サービスの科学には大きく期待されている.

著者紹介

  • 日高 一義

東京工業大学大学院イノベーションンマネジメント研究科教授.博士(理学).日本アイ・ビー・エム株式会社東京基礎研究所,北陸先端科学技術大学院大学教授を経て2010 年10 月より現職.文部科学省科学技術政策研究所客員研究官.科学技術振興機構社会技術研究開発センター問題解決型サービス科学研究開発プログラムプログラムアドバイザー.サービス学会理事.IEEE 会員.情報処理学会会員.日本オペレーションズ・リサーチ学会会員.

参考文献
  • (1)  Innovate Amecrica,Council on Competitiveness, USA, 2005
  • (2)  Ian Miles, “Service Innovation”, Handbook of Service Science, Springer, 2010
  • (3)  「サービス産業におけるイノベーションと生産性向上に向けて」,経済産業省,平成19年6月.
  • (4)  “Towards Innovation and Productivity Improvement in Service Industries”, Commerce and Information Bureau Service Unit, Ministry of Economy, Trade and Industry, April 2007
  • (5)  Stephen L. Vargo & Robert F. Lusch, “Evolving to a New Dominant Logic for Marketing”, Journal of Marketing, Vol. 68, 2004
 
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