サービソロジー
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Print ISSN : 2188-5362
特集:「サービス学の幕開け」
サービス学をサービス実務にどう役立てるか?
戸谷 圭子
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2014 年 1 巻 1 号 p. 6-7

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1. サービス研究を体系化しよう

サービス学に特化した研究組織であるサービス学会の発足は,マーケティング・工学・デザインなど,多分野で発展してきたサービス研究者が一同に会し,各分野のサブ・ディシプリンであったサービスを独自に体系化し,より実務に資する研究へと発展させていくことを意図している.

実務出身のサービス・マーケティング研究者である筆者が本学会で行おうとしている活動は,一言でいえば他分野にサービス・マーケティングの知見を使ってもらい,実務的な成果を出すことである.

2. サービス研究のパラダイムシフト

サービス研究にパラダイムシフトをもたらした近年の理論にService Dominant Logic(以下、S-D Logicと呼ぶ)がある.その最大の貢献は,①サービスの定義を,無形のサービス財(サービシズと表現される)と有形なモノの財の両者を含む,としたこと,②顧客を企業同様,資源を提供して価値を共同生産する主体としたことの二点であろう.

①によって,研究者はサービシズをモノの財と分離する形で進展してしまったサービス研究の過去の過ちの修正を始めることが可能になった.②によって,企業の役割は,モノやサービシズの中に価値を埋め込むことから,自身と顧客,その他のステークホルダーがダイナミックに価値を共創するための「仕組みを作る」ことへと変化した.

実務視点からみれば,モノの財の要素を一切持たないサービスビジネスは現実にはほとんど存在しない.にもかかわらず,欧米で1950年代にスタートしたサービス研究が長い間,サービス財とモノの財の差異にこだわってきたのには理由がある.学術界では,その差異こそがサービス研究が新分野として認められる(研究者が身を立てられる)鍵だったからである.新分野に果敢に挑んだ先人達の努力でこの分野が発展したことは紛れもない事実であるが,分離アプローチはサービスがGDPの7割を超える先進国のサービス経済の元では既に限界がきていた.S-D Logicはまさに絶好のタイミングで登場したのである.

3. サービス・マーケティングの範囲は広い

一般的には経営戦略は企業内部を向き,マーケティングは外部(顧客)を向いて立てる経営戦略であるとされるが,実はサービス・マーケティングは一般的な意味でのマーケティングの範疇には収まらない広さと深さで進展してきている.

サービスには,①事前の設計・準備の段階,②サービス・エンカウンターでの提供(生産・消費)段階,③その後の顧客の使用段階がある(業態によっては各段階が明確に分化しない).通常のマーケティングで扱う諸問題に加えて,非常に広い範疇の課題が加わる.例えば,①では,サービス提供プロセスの設計・管理(そこにはサービスに必要なモノの財の製造も含まれる)が問題となる.製造業ならこれは生産管理の問題であろう.②では,従業員・顧客双方の人的資源管理が範疇に入る.従業員教育やモチベーション管理といった人的資源管理分野の課題が加わることは言うまでもない.ところが,さらに,その人的資源には顧客が含まれる.例えば,顧客がサービスを利用するための知識向上やエンカウンターでの適切な振る舞いの教育などである.なぜなら,顧客は外部従業員であり,価値生産のための重要なリソース(S-D Logicでいう能動的なオペラント資源)だからである.③では,サービス継続使用する中,刻々と使用状況(環境や自身の能力)を変化させる顧客といかに長期的に関係を継続していくかが課題となる.

いうまでもなく,各段階も各要素も相互に深く関連して切り離せない.サービスが全体としてターゲット市場に適合すればシナジーが起こり効果は何倍にもなろうが,逆に,個々の要素毎のクオリティが高くても相反する方向を向いていれば効果を打ち消し合って負の効果さえ生まれる可能性がある.各段階,各要素のつながりを立体的に同時に捉えたサービス設計が必要になるのだ.

4. 日本のサービス研究の過ち

一方で,先進諸国のサービス研究の活発化に危機感を感じて気運が高まった2000年前後の日本のサービス研究の焦点は生産性向上であった.欧米,または,製造業比較で低いとされたサービス生産性,すなわち効率性を高める必要があるとされたのである.その意味で,製造業の生産性向上に長けた工学がサービス研究に関与し始めたのはある意味自然な流れといえよう.しかしながら,生産性は測定方法によっていかようにも変わる.その後,製造業と比べてサービスの生産性が低いとはいえないという研究結果も出ており,この課題設定が妥当であったかは大いに疑問である.

そもそも,設計や製造段階と,販売や顧客の使用段階が切り離され,使用段階における顧客価値を顧みなかったことが日本の製造業の不振の大きな原因のひとつではなかったか.この反省に立って,使用段階を考慮するということは,すなわち,短期的な財務成果で生産性を議論してはいけないということだ.プッシュセールスで今期の収益を増やしても,従業員がモチベーションを下げてしまえば,サービス品質は低下する.品質が低下すれば顧客はやがていなくなる.サービスには常に長期視点が必要なのである.

5. サービス学会はどんな価値を創るのか

こういった現状の問題点を踏まえた上で,サービス学会は文理融合,産学融合を謳って設立された.

実務家でもある筆者にとって,サービス学は,多くの学術分野で行ってきたアプローチ,問題を細かく分解して非常に限定された一部分を取り上げ,その部分のみで先人の到達点から一歩先に進めるというアプローチでは不十分である.ある部分を深化させながらも,その結果全体として何が起こるかを視野にいれなければ,研究のための研究で終わってしまう.

真に実務に資するサービス研究に必要とされるのは,経営意思決定,人的資源管理,組織論といった企業全体の戦略を見据えた経営科学,エンカウンターにいる人々の心理・行動を対象とする心理学・社会学,施策を具体化する工学研究の知見の融合である.

サービスが,モノの財とサービス財,両者の融合で価値を実現できるのと同様に,サービス研究もまた,工学系の技術と経営系の知見を融合することで,真に実務や社会に貢献できるものとなる.幸いなことに,筆者はサービス工学研究の中心的拠点のひとつである産業技術総合研究所に思いを共にする共同研究者を得ることができ,今年から文理融合の研究がスタートする.実社会に貢献するサービス研究を指向する工学分野の優れた研究者達と協力しながら,サービス研究の新たなかたちを作り上げていきたい.そして,サービス学会がそういった学際的な研究,実務と寄り添う研究にチャレンジする研究者・実務家の活動の拠点となることを願っている.

著者紹介

  • 戸谷 圭子

明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科 教授.株式会社マーケティング・エクセレンス マネージング・ディレクター.財団法人 産業技術総合研究所 デジタルヒューマン工学研究センター特別研究員.サービス学会理事 出版委員会担当.2013年 経済産業省 技術戦略マップ サービス工学分野策定委員.

 
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