技術経営分野の国際会議として世界最大級のPICMET(Portland International Coference on Manegment of Engineering and Technology)が石川県金沢市のANAクラウンプラザホテル金沢で2014年7月27日~31日に開催された.
PICMETは,1989年,米国オレゴン州ポートランド市にあるPortland State University(PSU)のDepartment of Engineering and Technology Managementを母体として設立された非営利団体が運営している.1991年に第1回の会議を開催し,西暦奇数年は米国,偶数年は米国外で行われる.これまでの米国外開催は04年韓国・ソウル,06年トルコ・イスタンブール,08年南アフリカ・ケープタウン,10年タイ・プーケット,12年カナダ・バンクーバーであった.
筆者は現地の大会準備委員会の一員としてこの会議に携わってきたが,日本開催の案が出たのは東日本大震災のあった2011年のPICMETにさかのぼる.日本という国を改めて知ってもらうことを含め,日本にて開催することの意義を見いだした参加者らが中心となり,丹羽清・東大名誉教授と井川康夫・北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)教授を共同代表として日本側準備委員会を組織した.そして PICMET日本支部と地元のJAISTがホスト役を務める形で準備を進めた.
欧州,アジア,南米の諸国が招致に手を上げていると言われる中,米国本部が持つ厳しい開催条件をクリアした日本チームが開催の権利を勝ち取った.幸い石川県,金沢市からの助成や全国区大企業および地元有力企業から合計40を超える協賛・後援を得ることができた.サービス学会も後援している.このことが開催の実現性を引き上げたことは言うまでもない.
参加者数は約530名(内,海外からは34カ国約330名),発表論文数は約380件と,過去最大の規模となった.更に石川県内の有力企業12社の技術経営実践報告を日本語で行う日本語特別セッションを設定.国内参加者の関心だけでなく,日本語の理解できる外国人の関心も集めた.工場見学にも多くの見学者が集まり,準備委員会としては,会を通じて日本企業の技術的先進性を世界に印象付けることが出来たと考えている.図1および2は大会の雰囲気を示す写真である.
技術経営は、イノベーション実現を中心に,企業競争力を向上させるために技術を有効に活用する企業経営の事で,高度技術社会における新しい経営学として発展している.近年では,サービスというキーワードも研究論文に多く見られるようになり,いわゆるProduct-Service(s)-Systemの研究だけでなく,新技術の創造における顧客との協同や,スマートシティをはじめサービスシステムとして社会を捉え,それが生み出す価値を高めるために技術をどう活用すべきかなどの論考も出てきた.
このような背景もあり,サービスの重要性を認識した上で,本大会ではコンファレンステーマを,新興国の効果的発展と先進国の持続的な発展にとって重要で,日本が競争力を持つ「インフラストラクチャーとサービスの統合」とした.ここには例えば,効果的なスマートシティのコンセプト,新サービス内容をもつエネルギーインフラの構想,交通インフラの新サービス形態,東日本大震災地の再生・飛躍のための統合アプローチ,知識・情報インフラのサービスとは何か,モノとサービスの統合商品,モノのサービス化,サービスのモノ化,コンテンツ産業の新サービス方式,1次産業のサービス化のためのインフラ構想,インフラとサービス統合の基本理論とマネジメント方法,などのサブテーマが含まれている.
会期中は8件の基調講演が行われた.紙幅の都合により,氏名(敬称略)と講演タイトルのみの記述となるが,特に前半の3名の日本を代表する企業のトップによる講演からは,実際に現場に赴き顧客とともに知識を生み出しダントツ商品を提供してきた企業風土(コマツ),鉄道を様々な社会的価値を生み出す社会インフラと捉えることによる顧客便益の提供(JR東),技術や人材の活用を通じて経済成長と社会問題の解決を両立させるイノベーションを目指す理念(日立)などの,サービス研究においても重要な観点の提供があった.図3に当時の様子を示す.
氏名 | 講演題目 |
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大橋徹二(小松製作所 社長) | Promoting GEMBA (workplace) Innovation |
小縣方樹(JR東日本 副会長) | Management and Technical Innovation of Railway as Social Infrastructure Can Make Higher Quality of Life |
岩田眞二郎(日立製作所 副社長) | The Hitachi Group’s Social Innovation |
OLIVER YU(米The STRAS Grp. CEO) | Total-System Innovation Management: An Overview with Applications to Creative Idea Generation |
安永裕幸(METI大臣官房審議官) | Restructuring Japan’s Governmental R&D Policy toward a More Innovation-oriented Economy |
THOMAS MAGNANTI(シンガポール技術デザイン大学 学長) | Educating Technology Leaders for Design-Driven Innovation |
HANS BULLINGER(独フラウンホーファー研究所 理事) | Safeguarding Growth and Prosperity: What Successful Innovators Have in Common |
BULENT ATALAY(米メアリーワシントン大学 教授) | Lessons from History: How the West Surged Ahead, and How the East Finally Caught Up |
一般講演では,30を超える国から807の論文投稿があり,そのうち査読プロセスを通過した約380の論文が,最大13の同時並行セッションにてそれぞれ報告された.発表者は大学や研究機関の研究者から,企業や公共セクターにおける実務者まで,多岐にわたった.サービス,技術経営に関する,理論から実践までを幅広く網羅する発表があり活発な議論が行われた.図4および図5にその様子を示す.
日本語特別セッションでは,地元企業における技術経営実践事例の日本語による紹介が行われた.JAISTが展開する「いしかわMOTスクール」参加企業(過去10年間に30社,約200名が参加)の中から12社の発表が行われた.3日間にわたり開催されたセッションでは,各日とも会場の収容人数を上回る聴衆の参加を得て非常に充実したものとなり,地元企業の一層の技術経営の進展,そして今後のグローバル化を目指した取組みを進めるのに有意義な機会となった.Dr. Kocaoglu会長をはじめ,海外のキーマンも会場を訪れ,いしかわMOTスクールの継続的なアクティビティに関心を示した.図6に発表の様子を示す.
会期中は3件の工場見学ツアーが開催された.訪問先は,(1)1908年の創業以来,伝統的な陶磁器製造の技術を発展させ,現在ではバスルーム等の住宅設備や,エレクトロニクス機器に不可欠な機能性セラミックスの開発なども手がけているニッコー.(2)スーパーコンピュータ「京」の製造でも話題となった富士通ITプロダクツとイメージスキャナ生産で世界トップのシェアを誇るPFU.(3)コマツの主要生産拠点である粟津工場,である.これらはいずれも石川県内にある特色ある企業ないしその工場で,それぞれのモノ作りプロセスについて,実際に現場を見学する貴重な機会を得た.各回とも,定員(20名程度)に対してすぐに満席となり,また大半は国外からの参加者であった.図7はこのうちの小松製作所での集合写真を示している.
大会準備委員として本国際会議を振り返ると,約3年にわたる米国本部とのやりとりや現地の調整活動は必ずしも容易なものではなかったが,他の委員や産・官からの支援で無事に開催できたことに,まずはほっとしている(図8はメンバーの一部である).今回の活動がきっかけとなり新たな産業界とのつながりもでき,改めて日本の技術経営の誇れる先進性を見出すことができた.またなによりも,サービス起点でのイノベーションが技術系企業の現場で期待されていることを感じた.より一層のサービス学の知見が重要になり,今後も技術経営研究者とサービス学研究者の継続的な知的交流が必要となろう.
なお,本稿作成にあたり,JAIST井川康夫教授,佐々木康朗助教に情報提供を戴いた.ここに謝意を表する.
〔白肌邦生(北陸先端科学技術大学院大学)〕