Serviceology
Online ISSN : 2423-916X
Print ISSN : 2188-5362
GEKOKUJOU Project
GEKOKUJOU Project
Koji Kimita
Author information
JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2015 Volume 2 Issue 1 Pages 50-53

Details

1. はじめに

下剋上プロジェクトとは,著名な研究者やビジネスマンとサービス学に係わる若手研究者との交流を促すことでサービス学全体を盛り上げることを目的としたプロジェクトです.本記事では,下剋上プロジェクトの一環として,サービス学における重要なテーマについて若手研究者が識者にインタビューした内容をご紹介します.これまでに,「製造業のサービス化」について,学術界と産業界からそれぞれ1名の識者にご協力頂きインタビューを行いました.本テーマは,この2回分で終了する予定でしたが,好評につき第3弾をお送りします.今回は,ワクコンサルティング株式会社・諏訪良武氏に,製造業のサービス化について,ご自身の実務経験を踏まえ幅広くお話頂きました.

写真1 インタビューの様子

2. 諏訪氏へのインタビュー

2.1 製造業のサービス化事例について

木見田 ご自身がこれまでに係わってきた製造業のサービス化事例についてお聞かせ下さい.

  • •   アフターサービスを収益化する

諏訪氏(以下敬称略) 製造業のサービス化というといろいろあると思うんですけど,私が直接関与して劇的に成功した例は,アフターサービスの見える化と収益化です.これを徹底的にやりました.オムロンも20年ぐらい前だと,製品をつくって市場にリリースして,そこで利益を出すビジネスモデルだけしか眼中になく,経営者はサービスなんか全く興味がありませんでした.アフターサービスというのは負債的業務で,本当は売り切りでいきたいけれど壊れたときは修理しないとまずいよねということで作業していたのが正直なところです.以前の製造業は殆どそうだったと思います.

ところが私が調べたところ,20年前ぐらいにオムロンで一番アフターサービスの仕事のボリュームが多かったのはATMでした.そして,ATMの利益を調べてみたら,売ったときに入る利益とアフターサービスの利益がなんと同じくらいだったんですよ.それを本社の経営層はほとんど気付いていなかったんですよね.そっちで利益を出そうなんて思っていなかったと.でも,その頃からだんだん製品の値段が低下し始めて,これはアフターサービスに力を入れないと駄目だと思い始めた経営者が出てきました.

製品を買ってもらうというのはフロービジネスで,今年買ってもらったからといって来年も買ってくれる保証は何にもない.ところが,アフターサービスというのはストックビジネスで,いったん高い機械を買ってもらったら,短くても7年とか使い続けるわけです.年間保守契約の形態を取っていたので,使い続ける間はメンテナンスで利益を挙げられるというストックビジネスになります.世の中がリーマンショックなど極めて不安定な状況になってきていたときに,全ての売り上げをフロービジネスに頼るのは,よほど強い製品を持っていないと経営として危なくてしょうがないですよね.だから,なるべくストックビジネスの比重を増やすために,アフターサービスを収益源にするのは極めて重要だということに賢い経営者は気づき始めました.

  • •   Voice Of Customerを製品やサービスに反映する

大きなマーケットほど製品のコモディティー化が進みます.例えば,パソコンは極めて大事な製品ですが,利益が出てる会社はほとんどありません.コモディティー化が進むと結果的に競争の土俵が全て価格になります.どの商品もあまり変わらないわけですから,価格だけの勝負になり,結局どこの会社も儲からない状況に陥っていくわけです.その時に,少しでもそれに抵抗するために,価格勝負をやめてサービスで勝負しようとする人が現れました.アフターサービスの強化もそうですが,お客さまの声(Voice Of Customer)をできるだけ早く製品やサービスに反映することによって満足度を上げていくなど,こういう取り組みが本気で行われ始めてきました.

  • •   利用料金を取るビジネスモデルに切り替える

さらに進むと,もう製品を売るのはやめて全てサービスにして,利用料金を取るビジネスモデルに切り替えようとする会社が現れ始めました.製造業らしい会社だと,GEのジェットエンジンが例として挙げられます.以前は航空製造業にエンジンを売っていましたが,今は運輸業にエンジンを使ってもらい利用料金を頂くビジネスモデルに変わっています.ソフトウェアの世界でもSaaSやクラウドなど,利用料金を取るスタイルに変わってきています.

  • •   サービス機能による製品そのもののサービス化

図1 自動車におけるサービス機能の例

自動車は機能が集約されて製品ができています.機能を構造化して,構造が集まって自動車ができるわけです.ところが,その一つ一つの機能を分解してみると,サービスと呼べる機能とユーザがサービスだとは思わない機能があるわけですよ.具体的にいうと,タイヤが外れないようにロックするという機能はものすごく重要です.これがないと大事故になるわけですが,ユーザの立場からするとタイヤがきちんとロックされて外れないというのは当たり前機能で,特に期待はしていません.ところが,高級な車のドアを閉めたとき,その音にユーザが高級車は違うなと満足感を得るわけです.他には,シートポジションを設定できる機能が挙げられます.他の人が乗った後に自分が乗っても,ボタンを押すだけで自分のポジションに変わる.こういうのは皆すごく良いなと思うわけですよ.このような機能を私はサービス機能と呼んでいます.

いつか誰かと一緒に議論できたらいいなと思っていますが,例えば,自動車の機能を分解して,それをサービス機能と基本機能とに分けてみます.もちろん,基本機能も大切ですが,これから先の競争を考えたときには,サービス機能側に改善すべきポイントがたくさんあると思います.現在,自動車はものすごい岐路に入ってきて自動運転が夢物語ではなくなってきています.緊急ブレーキなどは大抵の車に付くようになってきていますよね.そういう意味で,製品そのものがサービス化の方に向かってるというのが今の状況だと思います.

2.2 製造業のサービス化を推進する要因と障壁

木見田 多くの企業がサービス化の重要性を認識し始めている一方で,敷居が高いと感じている企業も数多く見受けられます.製造業のサービス化を推進する要因と障壁とは何でしょうか.

  • •   サービスを売り込むためのポリシーを持つ

諏訪 私がオムロンに入って3年ぐらい経ったときにIBMのメインフレームマシンが入ってきて,業務のコンピューター化を一生懸命やっていました.あの頃は,ハードウエアには何億というお金を払っていましたが,アフターサービスはほとんどおまけでした.ところがあるタイミングから,コンピューターというのはアフターサービスにきちんとお金を払わないと使えない製品だということに皆思うようになりました.それは,アメリカのトップコンピューター企業が日本人をしつけたためだと思うんですよね.そうすることによって,アフターサービスにお金を払わないでコンピューターを使い続けることは,企業にとって極めてリスキーな利用方法になるということを皆わかるようになりました.そのおかげで,国内のメーカもアフターサービスできちんとお金が取れるようになったわけです.そういうふうにしていくべきだと思うんですよね.欧米の会社はポリシーがしっかりしてるから,そういうことをする会社が出てくるわけですよ.

例えば,オムロンは一時期ですけど小型のデジタル交換機を作ってビジネスを行っていました.ところが,技術の進歩に合わせて安くて競争力のある交換機をオムロンがつくることは難しいため撤退したわけですよ.だけど,交換機は何十年と使われたりするので,アフターサービスだけ残りました.私がオムロンフィールドエンジニアリングに着任したときは,そのビジネスが残っていましたが,本社が撤退した製品のアフターサービスなので全然力が入っていませんでした.当然その事業単体で見ると赤字事業になっていました.調べてみたら,年間保守契約をほとんど取っていないんですよね.営業が真面目に契約を取りにいかないわけですよ.収束していくビジネスだから.これに対して私は,年間保守契約を結ばなければ修理はできないということを,ユーザに対して貫き通せということをやりました.そしたら,やはり1年ちょっとぐらいで全てのユーザが年間保守契約を結んでくれましたね.

  • •   サービス会社と本社との人材交流

諏訪 本社がやってる事業にサービス要素がすごく深く入ってくるような時代になりました.最近のオムロンの例でいうと,環境ビジネスにかなり力を入れています.省エネなどのビジネスはサービスそのものなんですよね.そこにオムロンがつくれるセンサーやシステムをうまく入れることによって,環境ビジネスを展開します.しかし,本社でハードウエアだけをずっと扱ってきた人たちだけではこのようなビジネスを実現することは難しいため,アフターサービスを行っている会社から優秀な人材を本社に引っ張ってくる必要があります.実際に,私がオムロンフィールドエンジニアリングのサービス改革を行ったときの中心的な部下が,本社の環境ビジネスのサービス事業を手伝うために本社の執行役員になりました.サービスの重要性が時代背景とともに高まっており,このようなことが起こり始めています.

  • •   製造業をものづくりができるサービス業として再定義する

諏訪 製造業をものづくりができるサービス業として再定義できるかというところに,すごく重要なポイントがあります.例えば,オムロンはありとあらゆるセンサーをつくってきました.そういうものをつくる製造業としての能力を生かしたサービス業になっていくことが重要です.現在オムロンは,環境ビジネスで私が想像したよりすごい勢いで事業を伸ばしています.これは,ものづくりができる力を活かしてサービスを強化した結果だと思います.

わかりやすい例でいうと,10年ぐらい前から自動車のカーナビに対してコールセンターから情報を提供するという発想がありました.当時,エンジンやブレーキにはセンサーが付いていてリモートで状況がわかりましたが,助手席や後席に人が座ってるかどうかを把握するためのセンサーはありませんでした.サービスエリアのイベントなどカーナビに流すべき情報は,ドライバーが1人で黙々と運転してるのと,家族を連れて乗っているのとでは全く異なります.ところがそのような判断をするためのセンサーはなかったわけです.人が椅子に座ってるかどうかをセンシングするセンサー自体は安価だと思いますが,後から格好悪くないようにそういうセンサーを付けようと思ったら,すごく大変です.一方,自動車会社は自動車の構造を自分で変えられる強みを持ってることから,深いサービスにどんどん入っていくことができます.今はもう変わってきましたけど,当時の自動車会社は全然そこに気付いていませんでした.

2.3 サービス人材の育成

木見田 一方で自動車会社に就職した多くのエンジニアは,エンジンなどのものづくりに携わりたいという想いがあると思います.サービス化を推し進めていく人材を育成するために必要なことは何でしょうか.

  • •   早いタイミングでサービスの重要性を教育する

諏訪 早いタイミングでサービスの重要性を教育すべきです.例えば中学生や高校生ぐらい.中学校や高校で,サービスの本質を理解させることが,すごく大事ではないかと思います.例えば,これは私が使ってるサービスの定義ですが,人や構造物が発揮する機能でユーザの事前期待に適合するものをサービスという.つまり,サービスの本質は機能の発揮です.ただし,全ての機能の発揮がサービスではなく,お客さまがそんな機能は発揮して欲しくないと思うようなものは,迷惑行為や余計なお世話になります.そういう定義であることをきちんと分かってると,お客さまの事前期待をつかまないとサービスはできないことを理解するわけです.それを中学校か高校ぐらいで習った上で普段のサービスを見ることで,良いサービスを提供するお店は自分が思ってることをきちんとやってくれる.一方,駄目なサービスは,そんなこといらないと思うようなことをやっていくれるとわかるようになる.そうすると大人になってから,企業の中で顧客のニーズをつかまないと良い製品やサービスをつくれないことをたたき込む必要がなくなるわけです.顧客中心というのは,サービスでは一番大事なキーワードだと思います.お客さまのニーズや期待に合わせたサービスを提供することが一番大事であるということが当たり前の感覚として身に付いてたら,いろんなことが変わってくると思います.

  • •   顧客にサービス原価を見せる

諏訪 それからもう一つ,私が行って効果があったことは,サービスの原価を顧客に見せる.例えば,保守会社でいうと,日本全国に150ぐらい拠点があって,その拠点から現地修理に行く.都会だったら60分から90分,地方拠点でも90分から180分ぐらいで現地に行って修理するということを24時間やるわけです.そうすると,相当な冗長なインフラをつくらないとできないわけですよ.この状況下で修理するのに対して,コストに厳しいお客さんは,換えた部品の値段や来るのにかかった時間とガソリン代,作業費のみを想定して費用を計算する.この計算方法では,法外な費用を請求されていると感じてしまいます.だけど,実はインフラを整えて24時間出動できるような体制を組むために,年間何十億というお金がかかっているわけですよね.それを故障した人たち,または年間保守契約を結んでいるユーザ数で割り算して,Win-Winの関係になるような価格設定をしてるわけです.保守会社はそういう費用を顧客に全然見せてこなかったのですが,私は見せることが大事だと思います.

何らかの理由で法外な利益を挙げてるところは見せたくないでしょうけど,大半のサービス会社はぎりぎりの状況下で事業を行っています.そういう場合には,原価構造をある程度,構成要素はこうなっていて,だからこの値段で,実は厳しい値段でやってんですよということを,お客さまに上手にわかってもらう.そういうことによって,Win-Winの関係を作っていくことはすごく大事だと思います.

2.4 サービス学に期待すること

木見田 サービス学に期待することは何でしょうか.

  • •   役立つ知見を整理する

諏訪 サービス学というのは,役立つことがすごく重要だと思います.役立つロジックをたくさんつくっていく中で,最終的に実証科学的な知見を見つけていく必要がある.最初から計るだとかいろんな調査をしてロジカルに正しいことを実証しながら見せていくような知見には,何の役にも立たないタイプのものがあると思います.それは意味がないとは言わないけれども,役立つ知識をため込むことも必要.学問と企業活動との違いはありますが,そこは我慢して,しばらくはサービス学が役立つということに重きを置かないと,立ち行かなくなると思います.

それからもう一つ,私がかなり強く感じていることは,企業なり個人なりでサービスに本気で取り組んでる人が世の中に山のようにいるわけですよ.そういう人たちは,何十年もサービス事業を一生懸命なりわいとして行っている.当人たちは論理的に自身が行っていることを説明することはできないけれど,頭の中にはすごい知見が入っています.そのベテランの人たちの頭の中にある知見を上手に引っ張り出して,それを整理するということがすごく大事だと思います.

識者紹介

  • 諏訪 良武

ワクコンサルティング株式会社常務執行役員.71年オムロン入社.85年通産省のΣプロジェクトに参加.95年オムロン情報化推進センター長.97年オムロンフィールドエンジニアリングの常務取締役として保守サービス会社の改革を指揮.04年OA協会のIT総合賞,第1回コンタクトセンタアワードのマネジメント部門金賞を受賞.06年~ワクコンサルティング常務執行役員,国際大学グローバルコミュニケーションセンターの上席客員研究員.多摩大学大学院客員教授.サービスや顧客満足を科学的に分析し,サービス企業の改革を支援するサービスサイエンスを提唱している.また,問題解決のコンサルティングを主たるビジネスにしている.

著者紹介

  • 木見田 康治

首都大学東京大学院システムデザイン研究科システムデザイン学域助教.博士(工学).2011年首都大学東京大学院システムデザイン研究科博士課程修了.東京理科大学工学部第二部経営工学科・助教を経て,2013年より現職.主としてサービス工学,Product-Service Systems,設計工学の研究に従事.11年日本機械学会設計工学・システム部門奨励業績表彰受賞.

 
© 2018 Society for Serviceology
feedback
Top