サービソロジー
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会議報告
第28回人工物工学コロキウム-人工物とヒトを結ぶ学習・スキル-
緒方 大樹原 辰徳太田 順
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2016 年 3 巻 2 号 p. 58-59

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1. はじめに

2016年2月23日(火)に東京大学柏キャンパスにおいて,第28回人工物工学コロキウム-人工物とヒトを結ぶ学習・スキル-が開催された.主催は東京大学人工物工学研究センターであり,サービス学会による後援と資源素材学会による協賛のもと催された.

東京大学人工物工学研究センターは,サービスをはじめとする人工物の設計に関するシンポジウムを定期的に開催しており,第28回となる本コロキウムにおいては,サービス提供者のスキルとその学習を中心とし,人間のスキルとその人工物による支援について議論がなされた.講演者,および,参加者の専門分野はサービス工学,サービス科学をはじめ,ロボティクス,認知心理学,看護教育学など多岐にわたった.聴講者は約70名であった.

2. コロキウム概要

本コロキウムでは5件の講演が行われた.人工物工学研究センター外部から3名の講師が招待され,全日本空輸株式会社の矢澤氏からは客室乗務員の人材育成について,東京有明医療大学の前田教授からは看護教育における教育と学習について,そして,首都大学東京の下村教授からは新たなサービス能力概念の提案についてそれぞれ講演がなされた.またセンター内部からは2名が登壇し,栗山教授から塑性グラフ記述を用いた技術の形式知化に関する試みについて,緒方助教から看護教育におけるロボティクスの技術を用いた支援について発表がなされた.

以下では,各講演内容について簡単に紹介する.

  • ●   グラフ記述を用いた塑性加工工程設計の技術伝承,栗山 幸久 教授(東京大学 人工物工学研究センター)

素材の塑性変形により成型する塑性加工は,製品図面から加工工程が一意に決定できないため,その工程設計が非常に重要である.しかしながら,工程設計は技術者の経験,ノウハウに頼って行われており,知識の蓄積が進んでいない.

この問題に対して,グラフ記述を用いて工程設計を形式知化する試みが紹介された.知識の形式知化が困難な点は,熟練技術者に対するインタビューにおいて,インタビュワーが何を聞いていいか分からないし,また熟練者も何を説明するべきかよく分からない点にある.本講演ではグラフ記述を用いて疑問点を明らかにし,記述とインタビューを繰り返すことにより,より深くスキルを理解してゆくことが可能であると示された.

  • ●   ANAにおける客室乗務員の人材育成について,矢澤 潤子 部長(全日本空輸株式会社 客室センター客室訓練部)

高品質なサービス提供のために,いかにして全日本空輸が客室乗務員の教育に取り組んでいるかについて紹介がなされた.航空機の客室乗務員に求められる第一は安全と保安のための知識とスキルであり,新人客室乗務員教育の多くの時間がそれに割かれるが,その中でどのように優れたサービス提供のスキルを教育するかが課題であることが説明された.

また,乗客が求める以上のサービスを提供するためには,客室乗務員だけではなく他部署との協調を含めて全社的に高品質のサービス提供を行うための土壌を整える必要があると説かれた.加えて,従業員がそのようなサービス提供を行うスキル習得のために,人工物工学研究センターと共同で始められた「気づき」の研究について紹介された.

  • ●   患者ロボットを用いた看護学生のスキル学習,緒方 大樹 助教(東京大学 人工物工学研究センター)

看護大学における身体的なスキル学習に対して,ロボティクスの技術を応用し,その学習効率を上げる試みについて講演がなされた.患者をベッドから車椅子に移乗させる車椅子移乗スキルのように,患者の身体を扱い,かつ,看護師の身体負荷が高いスキルは,倫理上実際の患者を扱えない看護学生にとってスキルを習得することは非常に難しい.

この問題に対して,力の弱った高齢者や麻痺患者を再現する人型ロボットを開発し,学生がより実際の現場に近い状況で身体的スキルを学習できるようにする研究が紹介された.また,人間の模擬患者によって学習するよりも,ロボットを用いて学習をした方が効果が高いことが示された.

  • ●   「経験」を学習できる教材は開発可能か-看護の現場と教育の観点から-,前田 樹海 教授(東京有明医療大学 看護学研究科)

看護大学を卒業した新人看護師が,現場で求められるスキルを十分に習得できていないという看護現場と教育の乖離が紹介され,そのために,より現場に近い「経験」を学生が行える教材開発の必要性が説かれた.

また,学生が自己学習を行うためのフィードバックシステムの提案が行われた.車椅子移乗などの身体的スキルに対して,チェック項目に沿って学生の習熟度を判定し,その結果をフィードバックすることで効率的に自己学習が行われる可能性が示された.加えて,学習のプロセスには個人差があり,徐々に上手くなる学生もいれば,ある時一気に技術が改善される学生がいることが紹介された.これは,スキル認知の仕方に個人差があり,部分部分を考える学生もいれば,全体を一つとしてスキルを認識している学生もおり,特に後者の学生に対する支援のあり方について議論が投げかけられた.

  • ●   文脈価値の共創メカニズム-サービス能力概念の提案と適用-,下村 芳樹 教授(首都大学東京 システムデザイン研究科)

前半では,同氏が2002年に本センターで開始したサービス工学研究の理念と展開が紹介された.この中で,自社サービスに適した製品を古くより開発している警備保障会社の例などが挙げられ,高品質なサービス提供のための製品開発の重要性が改めて説かれたことは意義深い.こうした文脈の下,欧州の製品サービスシステム(Product Service Systems: PSS)の動向,同氏らが開発したサービスCAD(Computer-Aided Design),および教育・啓発用のPSSボードゲームであるEDIPSの紹介がなされた.

後半では,価値共創へと話題が移り,JST RISTEXでのプロジェクト活動について紹介がなされた.教育サービスにおける供給者(教え手)のコンピテンシーと受給者(学び手)のリテラシーという二つの概念から始まった同プロジェクトも佳境を迎えている.高等教育サービスを事例に,学習状態マップ,学習状態マトリクスなど具体的なツールを意識しながら研究が進められている様子が示された.

写真1 外部からの招待講演者.矢澤潤子氏(左上),前田樹海教授(右上),下村芳樹教授(下)
写真2 講演会における質疑応答の様子

3. おわりに

講演会を通じて,異なる分野の複数のスキルとその学習について紹介されたが,一貫してスキル学習における「経験」が重要であることが説かれ,それを擬似的に体験する方法を構築すること,もしくは,暗黙的なスキルを形式知化することでスキルに対する理解を促進することの必要性が議論された.今後は,効率的な経験の支援方法やその評価方法についてより一層の研究がなされることが期待される.特に,いかにして学習者の「気づき」の能力を向上させるか,その方法論と支援方法の構築は急務であると感じられたシンポジウムであった.

〔緒方 大樹,原 辰徳,太田 順 (東京大学)〕

 
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