Serviceology
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Special Issue: "Servitization - Proposal from Academia towards the Future of Japan's Manufacturing industry - "
Cutting-edge European PSS Research and its Meaning to Japanese Manufacturers
Tomohiko Sakao
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2016 Volume 3 Issue 3 Pages 12-17

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1. はじめに

Product/Service System (PSS) は,欧州で製造業の生き残りの手段としてトップマネジメントの戦略的重点の1つとして位置付けている企業もあるほど,製造業にとって決定的に重要なコンセプトである.製造業企業にとってのPSSは便益が多面的であり(坂尾 2013),またその実践は従業員の価値観にも基づくものであり,それらを含めてPSSの本質の理解に努めることが重要である.しかしながら,その戦略的重要性から核心にある機密情報は公にはなり難い.そこで本稿は,欧州製造業の企業トップマネジメントや政策立案者とのPSS研究・イノベーションの最前線における協業経験に基づき,PSSの実践事例と研究事例を紹介し,さらにそれらを基にして日本の製造業企業への意味(おおよそ日本企業以外にも適用可能である)を示すことを試みる.PSSは,「有形である製品と無形であるサービスの混合物であり,特定の顧客ニーズを満たすべく設計され組み合わされたもの」(Tischner et al. 2002)と定義される(下線は著者による)ことからも,PSSにおける設計の重要性は明らかであり,本稿でもPSSの設計に重点を置く.

まず第2章で欧州のPSS研究背景に触れ,第3章で欧州製造業企業によるPSS実践事例を記す.第4章で筆者の現在のPSS研究事例を幾つか述べ,第5章で日本企業への意味を簡潔に記し,第6章でまとめる.

なおPSSは,Integrated Product Service Offering (IPSO)(Lindahl et al. 2014),特に経営やマーケティング分野でHybrid Offering(Ulaga and Reinartz 2011)やIntegrated Solution(Windahl and Lakemond 2011),生産分野でIndustrial Product-Service System (IPS2) (Meier et al. 2010)などと呼ばれることもある.しかし,製品とサービスを統合して付加価値を高めるという目的は共有され,それらの意味に大差は無いので,本稿では一貫してPSSを用いる.また関連研究では,このサービス化の動きを称したServitization(Vandermerwe and Rada 1988) という用語も良く用いられている.

2. 欧州におけるPSS研究の背景

本章では欧州におけるPSS研究の背景に触れるが,包括的ではないことに注意されたい.PSS研究は複数の分野に渡って行われてきたが,工学,経営等と並び,PSS研究の歴史的な流れの1つは環境分野にある(例えば(Tischner et al. 2002)).これは特に欧州において顕著と言える.PSSは環境問題の有効な解決手段として予言され(Tukker 2015),現在も大きな期待を集めてきている.ただし,一般に企業のPSS実践は環境が最大の動機である訳ではない.

近年の欧州におけるCircular Economy(European Commission 2014)の実現へ向けた期待の高まりは,PSS研究に1つの大きなドライバーとなっている.Circular Economyは,日本が世界に先駆けて実践を始めた循環型社会やインバースマニュファクチャリング(吉川 1999)の概念,Cradle to cradle(McDonough and Braungart 2002)の概念と多くの共通点がある.それらはおよそ,メンテナンス,リマニュファクチャリング*1,リサイクルなど種々の手段(サービス)を通じて資源の循環を促進することを目指している.設計の観点からは,設計がライフサイクルの各フェーズに影響を与え,なおかつそれらのフェーズからの情報の入力によって設計が改善される可能性があるという点に注目すべきである(図1).日本では,学術会議が製品・サービスのライフサイクルを考慮した設計の重要性を指摘し,学界には更なる資源循環型ものづくり科学の確立を要望している(日本学術会議 2011).一方,Circular Economyの前面に出されているのは,企業の経済的利点と雇用創出という社会的利点と考える.よって,Circular Economyのための設計研究は,製品の環境負荷を低減することに焦点を当てた研究に比べると,より多様なインパクトが求められている.

図1 資源循環に与えるサービスや設計の影響(REES Consortium 2014

スウェーデンの研究背景に少し触れる.スウェーデンの工学研究分野においても,サービスは重要なテーマの1つである.同国内の産官学共同のイニシアティブにProduction 2030*2があるが,6つの重点テーマの内の1つがProduct- and Production-based Services である(なお,Environmentally Sustainable Production が他の1つ).スウェーデンは先進国中,GDPにおける製造業の割合を過去20年間保持している唯一の国であり(McKinsey Global Institute 2012),一般的に同国の製造業やその国策には他国が参考にできる点があると考えられる.

3. 欧州企業によるPSSの実践

欧州企業によるPSSの実践事例の1つとして,Rolls-Royce社のPower by the Hour(Smith 2013)が良く知られている.これは航空機エンジンの売切りにサービス(メンテナンスやオーバーホール等)を別途追加提供するというスタイルではなく,エンジンとサービスを一体化させたofferingを顧客に提供し,エンジンの稼働時間に応じてRolls-Royce社が対価を受け取るスタイルである.対価の決定方法が類似の「パフォーマンスベース」のofferingであるコンプレッサーを製造するAtlas Copco社も,圧縮された空気の体積に応じて課金するofferingを揃えている(Van Ostaeyen 2014).

PSSを実践するための方法としてリマニュファクチャリングを組み入れたものとして,フォークリフトを製造するToyota Material Handling 社の事例がある(Toyota Material Handling Sweden 2016).これは,例えばリース契約で契約期間満了後に戻ってきたフォークリフトをリマニュファクチャリングして(図2),新たな顧客に新たな契約で提供する.

図2 Toyota Material Handling社(リンショーピング近郊のミョールビー)のフォークリフトのリマニュファクチャリングプロセス(Toyota Material Handling社より許可を得て掲載)

製品の中の採用技術をencapsulation(カプセル化)し,中国の顧客にresult oriented のPSSを提供したスウェーデンのジョイントベンチャーの事例もある(Sakao et al. 2013).このPSSは,顧客からある産業プロセスにおける定常的に発生するスラッジ(沈殿物)を受け取り,そのスラッジから特定の化学物質(硫酸アルミニウム)を取り出して顧客に提供し(インハウスのリサイクルに相当),顧客に実際に提供される硫酸アルミニウムの量に応じて課金するものである.result orientedのため,硫酸アルミニウムの供給源はどこでも構わない.当PSSの主な設計意図の1つは,製品に利用された技術の機密情報を顧客のアクセスから防ぐことにある.当技術は小規模企業によって開発・提供されたものであり,技術情報の維持の方法として興味深い.

小規模企業のPSSとしてリンショーピングにあるQlean Scandinavia社の事例(Lindahl et al. 2014)を述べる.同社は独自に開発した純水化技術を有する.この純水は,物(建物の外壁等)の表面をいわゆる化学的な洗剤無しでクリーニングする用途に利用される.同社は本技術を実装する製品を製造し,クリーニングサービスと統合したPSSを提供している.同社のPSSは,従来技術のクリーニングに比べて,ライフサイクルコストで約3分の1に,ライフサイクルCO2排出量で約4分の1に各々低減することに成功している(Lindahl et al. 2014).低減の要因は,化学的な洗剤を使わないことだけでなく,同社がサービスを包括的にプランニング・実践できることが挙げられる.

4. 欧州PSS研究の最前線

4.1 PSS設計の企業への導入

PSS設計研究のレビュー(Vasantha et al. 2012)によると,PSS設計手法自体は学術論文に幾つか記載されているものの,企業現場への実装に関する研究は多くはない.筆者はPSS設計の導入を目指す複数の大規模製造業企業と協業を行ってきた.その結果として,一般にPSS設計は企業内の異部門の保有情報や意思決定を必要とすることが実際に確認された(Sakao et al. 2009).しかしながら,多くの典型的な大企業では,図3に示すように製品部門とサービス部門の間に情報流通の壁が(少なくともリスクとして)存在する.このような状況にあれば,企業全体としてリードタイムの短縮やコストの低減に障害となるため,解決すべき重大な問題である.

図3 典型的な大企業の部門間障壁

また,この状況はPSS設計手法の実装にも当然大きな影響を与えるため,手法開発の研究では充分に留意する必要がある.筆者らの事例研究(Matschewsky et al. 2015)によると,PSS設計手法の実装を考慮した関連手法特性としては,利用に要する時間,フォーマット等の形態,既存の業務プロセスとの親和性,必要情報の入手可能性が重要であると考えられる.また,異部門間の必要な協業レベルについては,実務者個人間で意見の隔たりが大きいようである.これらから,PSS設計手法の実装には異部門間の協業だけでなく,実務者個人のマインドセットも重要な鍵であることが示唆される.

一歩進めて考えると,PSSの導入には企業トップマネジメントの意思決定が必要不可欠である.このために,PSSは当該企業トップから見てどんなメリットがあるのかを一層明らかにする研究が有効と考える.情報通信業界の企業と行った筆者らの事例研究(Matschewsky et al. 2016)によると,情報の入手,製品のコントロール,他者(顧客を含む)との関係維持,マーケット機会,環境側面などにメリットがあるとされている.

4.2 PSS設計のdescriptive study

PSS設計手法の提案は従来prescriptive study*3が比較的多く,その元になるはずの,PSS設計が実際どのように行われるのかの知見が実は不足していることを筆者は指摘した(Sakao et al. 2011).当該手法は,製品やサービス等他分野の設計研究の知見に論理的な推論を適用することで実施したものがほとんどである.

descriptive studyとして,プロトコル分析(Ericsson and Simon 1993)を用いた事例研究に基づく知見が幾つか報告されている.例えば,PSS設計はライフサイクル活動を中心とした問題解決プロセスに沿う(Sakao and Mizuyama 2014),価値に関する情報を扱う設計支援ツールがより構造化された設計プロセスを生成する(Bertoni 2013),より多くの時間を価値の提案に費やすことが設計解の質にポジティブに働く(Shimomura et al. 2015)等の知見である.PSS設計の実際の知見を深めるために,descriptive studyの更なる実践が必要と考える.中でも,企業内での設計プロセスや経験豊富な実務者の設計プロセスの分析が特に期待される.

4.3 高資源効率ソリューションのためのPSS設計

第2章で述べた通り,Circular Economy実現へ向けた期待が社会から高まっている.Mistra (The Swedish Foundation for Strategic Environmental Research)はそのために設計が1つの鍵となると報告し(Ijomah et al. 2014),資源効率向上のための製品・サービスの分野でMistra REES (resource efficient and effective solutions) という4年間プログラムを2015年より開始している.

筆者は同プログラムの設計関連のプロジェクトをリードしている.このプログラムは,企業ではしばしば再設計に多くの時間が費やされているという問題を踏まえて,リードタイムを短縮しつつ高付加価値を持つ設計解を導くための設計初期段階の手法を構築することを目指している(図4).現時点では高資源効率ソリューションの設計のdescriptive study (Widgren and Sakao 2016)やinterdisciplinaryな知見の創出(Brambila-Macia et al. 2016)を開始したところである.

図4 Mistra REESで開発する設計手法の期待される効果

4.4 PSSのコンテクスト

PSSに関する事例は第3章で述べた通り,幾つもの産業セクターで報告されている.しかしPSSに適したセクターの特性は,体系的,科学的には解明されていない.より一般的に言うと,PSSが成立し易いコンテクストは明らかではない.4.1で述べた通り,提供者内部の部門間の障壁は否定的に働くコンテクスト要因の1つである.

筆者はPSSのコンテクストに関する汎用的な知識を増強することを最終目的として,従来ほとんど行われてこなかったBase of Pyramid (BoP)市場へのPSS提供について研究している(Marzal López et al. 2017).BoP市場で成立しているPSSを分析することによって,PSS成立にポジティブに働くコンテクストの要因を明らかにし,従来の先進国市場におけるPSS研究では明示的に見えなかった要因が見出されることが期待される.

4.5 PSSの社会レベルの振舞い

PSSが利用されるか否かは,関連する製品・サービス以外の影響を少なからず受ける.そこで先に述べたMistra REESプログラムは,企業の製品・サービス,ビジネスモデル,関連法規制という異なる3つの要素の関連性(図5)を踏まえた新たな知見を作り出すところにも新規性がある(REES Consortium 2014).例えばあるPSSが社会で利用されるために,越えることの困難な障壁が設計にある場合にも,関連規制を一部変更することで一気に利用が広まる可能性がある.筆者は, 2016年に開始されたEUプロジェクト (Circular European Economy Innovative Training Network: CircEuit)でもこの視点に沿った分析を実施する予定である.

図5 設計,ビジネス,政策間の相互影響(REES Consortium 2014

5. 日本企業へ意味するところ

5.1 包括的なソリューションの設計・製造・維持

4.1でも触れたとおり,アカデミックに言えばPSSはmulti-disciplinaryな領域であり(Boehm and Thomas 2013),社内の複数部門が協業する必要がある.クロスファンクショナルなチームによる開発,顧客指向設計は日本企業の得意とするところであり,日本企業ではそれをベースとして活かした展開も期待される.製品売り切りのビジネスと違い,PSSはライフサイクルの複数のフェーズにまたがった活動も要求され,いわゆる時間軸での統合も要求される点に留意すべきである.この点で,トップマネジメントの意思決定が重要になることは言うまでもない.

5.2 情報通信技術の活用と設計手法の統合

4.1の通り,企業内の異なる部門に分散されがちな情報を有効活用することはPSSの実現に向けた大きな鍵である.ここで留意すべきは情報通信技術の開発・導入だけでなく,それを利用するためのプロセス(設計手法含む)の開発も併せて重要である(図6).

図6 情報通信技術ツールと設計手法の統合

5.3 国際協業

5.1で述べた通り,PSSの提供には時間軸の広がりを管理することが有効であるが,空間的な広がりも重要である.例えば,製品設計は日本で行われるが,製品が海外で使用されるためにサービスは海外で提供される場合や,日本でPSSのコア技術を開発し,海外のユーザにPSSを提供する場合である.このような場合に国際協業を効率良く実施することが求められる.

6. おわりに

本稿は欧州のPSS研究の最前線と題したが,筆者の関わる現在進行中の研究を中心に述べた.また,第5章は日本企業以外にも概ね当てはまる内容である.既に数年前のものであるが,より広範なPSS研究のレビューは他文献(Tukker 2015)(Boehm and Thomas 2013)(Sakao 2013)を参考されたい.その他の文献にも,知見が多々報告され,筆者がPSS設計に特化した書籍(Sakao and Lindahl 2009)を編修出版した7年前とは隔世の感がある.しかしながら,企業または社会のニーズは大きく,それに応えるためには更なる知見の蓄積が不可欠である.PSSに限らずServitizationや「純粋な」サービスなど関連する分野の研究がお互いから学べることは多い.より一層の交流を通じて新しい知見の交換を行い,サービス学の発展が加速されることを期待する.

著者紹介

  • 坂尾 知彦

1998年東京大学大学院工学系研究課精密機械工学専攻より課程博士取得.(株)三菱総合研究所勤務後2007年よりリンショーピング大学教授.2005年より2年間ドイツ・ダルムシュタット工科大学に滞在.Journal of Cleaner ProductionのSubject Editor (Ecodesign and Product Service System).CIRPのAssociate Member.

*1  リマニュファクチャリングとは使用済製品を回収し,寿命の切れた部品の交換や製品全体のコンディションを再調整し,新品と同様の品質を確保して,再度使用できるようにするエンジニアリング活動である.再利用する部品を作るための資源・エネルギーが不要のため,その分の環境負荷を削減できる.

*2  Production 2030 URL: www.produktion2030.se

*3  本稿では,prescriptive studyによる PSS設計手法の提案は,PSS設計はこうあるべきだという知見を手法として提案することを意味する.これに対してPSS設計のdescriptive studyは,PSS設計はこう実施されるという知見を作り出す研究である(Blessing and Chakrabarti 2010).

参考文献
 
© 2019 Society for Serviceology
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