サービソロジー
Online ISSN : 2423-916X
Print ISSN : 2188-5362
巻頭言
戦後最大の教育改革が進行中
安西 祐一郎
著者情報
ジャーナル オープンアクセス HTML

2017 年 4 巻 2 号 p. 1-2

詳細

長期にわたって深く関与してきた日本の教育改革,とりわけ「高大接続改革」について書く.この改革とサービソロジーがどう関係しているのかについては,読者それぞれに考えていただければ幸いである.

戦後最大,あるいは明治以来と言われる大きな教育改革が進んでいる.

具体的には,2019年度に高等学校に導入される「高校生のための学びの基礎診断(仮称)」を皮切りに,現行のセンター入試が廃止されて新しく2020年度に始まる「大学入学共通テスト(仮称)」,高等学校調査書の改訂,2020年度から2024年度にかけて小中高に導入される次期学習指導要領,すべての大学にすでに課されている統合3ポリシー(アドミッション,カリキュラム,ディプロマ;新しい入試におけるいわゆる入学者選抜の方法を含む)公表,その他,多くの教育政策や入試の転換が連動して,システムとして実施される予定で,全体として「高大接続改革」ないし「高大接続システム改革」と呼ばれる.

教育改革としての具体的な目標をひとことで言えば,「受け身の教育から能動的学習へ」(From passive education to active learning)である.高校生の基礎診断には知識・技能だけでなく思考力・判断力・表現力などを問う問題が導入される.新入試のほうにも,論旨明確な文章や式を記述することで思考力・判断力・表現力などを評価する記述式問題(2016年12月19日日本経済新聞朝刊拙論)が導入される.あらゆる教科科目のどんな問題も正解が唯一つだけ必ずある現行のマークシート式問題についても,変わる可能性がある.

次期学習指導要領の理念は「主体的な学び,対話的な学び,そして深い学び」で,言い換えればアクティブラーニングということだ.また,従来の指導要領にはほとんどなかったこととして,学ぶ内容だけでなく学びの方法が指導要領に明記される.そのうえで科目もかなり変わっていく.例えば高校では,歴史総合,地理総合,公共,数理探究などの新科目が設置されるとともに総合的な学習の時間が総合的な探究の時間になり,英語,情報などの科目も内容が大幅に変更される予定で議論が進んでいる.小学校1~6年への次期要領の導入は2020年度,中学1~3年が2021年度,高校1~3年は順次2022~24年度の予定で,準備の日程はかなりタイトである.

高大接続改革の背景には,2000年代当初の約205万人から現在は約120万人に落ち込み,将来は100万人を切るといわれる18歳人口の急減,また生産人口の急減,その一方で国内では財政の逼迫と緊急を要する経済再生,世界の多極化と不安定化など,多くの要因がある.年功序列,終身雇用の仕組みが戦後ピークに達した米ソ冷戦下での高度経済成長時代は遠い昔(ソビエト連邦を知らない世代がすでに25歳に達している)のことで,国内トップレベルの大学に入学し知名度の高い大企業に就職すれば一生が保証される時代はすでに終わっている.保護者の所得や地域の違い,障がいの有無などに関わらず,自分でチャレンジし自分の人生を切り拓いていく人たちが報われる,そういう国にしなければ,若い人たちの幸せも日本の未来もない.アクティブラーニングを新しい教育の基本に据え,国の入試もそれに連動して思考力などを問うようにする,それを通して,特に1990年代の初めから日本の社会に深く浸透していった偏差値一直線の出世観を再チャレンジの可能な複数路線に転換する,この社会改革が高大接続改革の目標であり,戦後初めて,あるいは明治以来の大きな教育改革と呼ばれる所以である.

高大接続改革が公の議論に初めて浮上したのは,2012年8月,文部科学省中央教育審議会への高大接続の在り方の諮問,さらに2013年10月,政府の教育再生実行会議による「高等学校教育と大学教育との接続・大学入学者選抜の在り方について」という(第四次)提言であった.これを受けて議論を進めた中教審が「高等学校教育・大学入学者選抜・大学教育の一体的改革」に関する答申(通称「高大接続改革答申」)を提出したのは2014年12月のことであり,この中にはセンター入試の廃止と新しい入試の導入が明記されている.その後2015年初頭から高大接続システム改革会議が始まり,2016年3月に報告書が公表された.平行して中教審でたいへん多くの方々によって議論されていた次期学習指導要領の素案が発表されたのは同年8月,小中学校についての指導要領が告示されたのは今年2月(高校については今年度中に告示予定)で,入試改革などの検討と密接な連携をもって議論が行われてきた.

高大接続改革には膨大な内容が含まれており,現在その一つひとつについて準備が進められている.ほとんどすべてが誰にとっても未体験の改革だから,準備といってもさまざまな課題がある.例えば高等学校の先生方の多くにとっては,アクティブラーニングといってもどう教えてよいか経験がない,また生徒の成績評価をどうすればよいのか,明確な評価基準があるのか,といったことも課題だ.さらに,学校の先生方はきわめて多忙で,その中で新しい教育方法,新しい入試にどう対応すればよいのか,これも教育現場では大きな課題になる.新しい入試については,例えば英語の4技能入試をどう実施するのか,論旨明確な文章を書く記述式問題の考え方自体はよいとしても採点(現行のセンター入試は国語が約57万人受験)をどうするのか,実施日程や場所,受検料の問題などなど,高校生の基礎診断についても課題は多々ある.

こうした諸々の課題を乗り越えずに改革とは名ばかりの対応をしてお茶を濁してしまうと,日本は時代の大きな曲がり角(大袈裟でなく幕末から明治への転換期に匹敵すると考えている;2016年6月28日日本経済新聞朝刊「私見卓見」拙論)を曲がり切れなくなる.江戸時代の高い民度や識字率を背景に近代教育を迅速に普及させて欧米列強に比肩する国づくりを進めた明治初期を思い起こすまでもなく,教育は国の根幹だからである.

現実には,新入試への記述式問題の導入など,関係者の間ではかなり議論がなされた部分もある.最初の新入試にちょうどぶつかる現在中3の生徒の保護者の方々などには早くから注目されている.しかし,高大接続改革全体としては,世間の関心が徐々に上向いてきた段階にある.教育改革への理解が早く進んだとは言えなかった原因の一つは,日本の国自体がきわめて大きな曲がり角にあるという事実を国民の多くが実感として感じてこなかったことにある.日本の生命線は教育の転換にある,ということに心のスイッチが入らないかぎり,広範な内容を含む高大接続改革をシステムとして理解しようとする動機は生まれてきにくいのである.

高大接続改革についてまだあまりご存じない方々には,改革の背景・内容,準備の状況などに関心を持っていただき,日本の将来を決する教育改革への心のスイッチをぜひ入れていただきたいと願う.今般の教育改革は,一部の教育関係者や政策担当者だけのものではなく,多くの人々が関心を持つべき社会改革だからである.

なお,教育改革と新しい入試の考え方については,日本経済新聞2017年6月5日朝刊拙論も参照されたい.また,「2045年の学力」と題して,毎月2回,読売教育ネットワークに記事を連載中である(http://kyoiku.yomiuri.co.jp/torikumi/gakuryoku/).主に保育園,幼稚園,小学校などの保護者の方々を念頭に置いて書いているが,本質的な内容は前述のことに通じている.読者諸兄姉の参考になれば幸いである.

著者紹介

  • 安西 祐一郎

独立行政法人日本学術振興会 理事長

 
© 2017 Society for Serviceology
feedback
Top