サービソロジー
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Print ISSN : 2188-5362
特集:「Society 5.0 の時代の教育展望 教育というサービスの正しいあり方」
特集のこころ:教育はサービスである
中島 秀之
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2017 年 4 巻 2 号 p. 4-5

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1. はじめに

サービスを最も広く捉えると,ほとんどの社会的アクティビティをサービスとして捉えることができると私は考えている.我々は論文で「Xサービス」とは「Xの提供と利用のことである」と定義した(Nakashima et al. 2014). この定義において,X=教育としたのがこの特集の趣旨となる.実際には教育を提供している側の方々だけに執筆していただいた.実際問題として利用者,すなわち学生や生徒に書いてもらうのは至難であろう.そのため,利用者側の視点は,大学教育などでは学生の視点を考慮してはいる(例えば本特集の椿本氏記事,第3章参照)ものの,全体としては少し希薄になっているかもしれない.

従来の教育観は教える側からの一方的なものであり,特に狭い意味のサービス(つまり,旅館業などにおけるサービスのように利用者の利便性や満足を最重点項目とするもの)として捉えることなどとんでもないと思う人は多いことと思う.教育とは被教育者の認識システムを再構築して高みに導く行為なので,シラバスすら書くことは無駄である(シラバスの内容は,その中身を教わる前には理解できるはずがない)という主張すらある(内田2008)(ちなみにこの議論は正しいと思っている).

そのような状況で敢えて「教育はサービスである」と主張する意図は,むしろ「サービス」の概念を拡張することにある.旅館業などを中心とするサービスの概念を捨て,サービスとは提供と利用にあると考えた時に,教育における「価値共創」(Vargo et al. 2008)の姿が見えてくる.

2. 短期的/長期的価値共創

個人的経験を振り返ってみても,他人に教えるという行為は自身の概念整理にも有効である.時には講義を通じて新しい概念に到達することもある(残念ながらそう頻繁にはないが).こういう観点で考えると教わる側のスキルというものもある気がする.良い生徒,良い学生というのは,もの覚えが良いだけではなく,良い質問をするなどの働きかけを教える側にできるもののことである.

「教えることは学ぶことである」というのはある意味で短期的教育観である.つまり教育の各セッション単位の現象を捉えたものである.

一方で,より長期的な教育観も忘れてはならない.「教育とは次世代の担い手を育てることである」という視点が重要だと考えている.この視点は近年の教育行政では忘れられているような気がする.「教育の受益者負担」とか「教育のステークホルダー」とかいうビジネス的視点からの議論ばかりが多い.私は,教育はビジネスではないと考えているし,そのような意味で「サービス」と言っているわけではない.

実は,人工知能の研究をしていると,自然知能の発生や発展にも興味が行く.そこで見えてきたことは,進化というのは遺伝子(つまり体の物理的構造の設計図)だけで起こるものではないということである.それと並行して教育がある.一部の種の鳥では歌が親から子への教育で伝えられることが分かっている.遺伝子には書かれていない.動物園などでは,何らかの理由で子供を親から離して人間が飼育する例も多いが,そのような場合には,これまで本能的(つまり遺伝子に書き込まれた)行為と思われていた様々なことが,そうではないと分かるそうである.チンパンジーの性行為やキリンの子育ては親の行為から学んでいるそうである(中島2015).

そのような長期的な視点でも教育を捉える必要がある.次世代を教育するということは,その世代が作る社会の恩恵を受けるということである.

3. 特集の構成

本特集の著者たちはいずれも新しい教育観を持ち,それを実践している人たちである.

教育実践法はテクノロジーにも依存する.近年のITの発達により双方向の情報流通が容易になり,価値共創にも寄与している.アクティブラーニングなど様々な新形態の授業形式が生まれつつある.武蔵野学院大学 上松氏の「最新のテクノロジーを活用した教育方法の現状」ではそのような,世界の最前線を紹介いただく.

プロジェクト学習(Project-based learning)というのもそういった新しい形態の1つで,様々な大学で取り入れられつつあるが,私の見る限り上部をなぞっただけのものが多いように思える(一部ではアクティブラーニングとの混同も見られる).公立はこだて未来大学 美馬氏の「プロジェクト学習による三方よしの社会的価値の共創」では日本におけるプロジェクト学習の草分けである公立はこだて未来大学の事例を中心に紹介いただく.この授業形態は教える側のfaculty developmentにもなっていると大学認証評価でも認められている.

公立はこだて未来大学 椿本氏の「ピア・チュータリング:教えることによって学ぶ」は学生同士のピア教育の組織的取り組みの紹介である.*1 また首都大学東京の木見田氏,下村氏による「コンテキスト共有による価値共創型の教育」は教師と生徒の価値共創を陽に扱ったものである.

昨今,起業家育成教育も重要視されるようになってきた.個人的には起業というのは大学で教えるべきことではないと思っているが,ITだけは別との議論に納得している.ITはこれまでになかった様々な新しいサービス創出の可能性を秘めており,そのようなサービスは既存の企業形態では実施が困難である.新しく起業する必要があるというものである.そのような考え方の元に行われた「IT 起業家育成の MOOC 型教材の開発」を京都情報大学院大学の大西氏,江見氏に紹介いただく.

ITに関してはもう1つ,若い頃からのITリテラシー教育が重要である.ただ,現在の日本における情報教育はお粗末に過ぎ,形だけのものになっている.世界的には計算論的思考(computational thinking)(中島2015)の教育活動が盛んであり先生たちの学会もあるが,日本は完全に出遅れている.現在,小学校からのプログラミング教育が計画されているが,情報技術を深く理解した教師の大々的不足が懸念される.上部だけの教育は逆効果である.そうではない例としてビスケットという子供でも扱えるビジュアルプログラミング言語(ただし,機能は通常のプログラミング言語と同等のものを持っている)を利用した「プログラミングの社会への浸透」の活動について合同会社デジタルポケットの原田氏に紹介いただく.

著者紹介

  • 中島秀之

東京大学 大学院情報理工学研究科 知能機械情報学専攻 先端人工知能学教育寄付講座 特任教授

1983年,東大情報工学専門課程修了(工学博士).同年,電総研入所.2001年産総研サイバーアシスト研究センター長.2004年より2016年まで公立はこだて未来大学学長.NEDO技術戦略研究センター フェロー,理研「健康脆弱化予知予防コンソーシアム」会長.公立はこだて未来大学発ベンチャー「(株)未来シェア」取締役会長.

*1  公立はこだて未来大学の著者が重なるのは避けたかったのだが,公立はこだて未来大学がピアチュータ育成(これも教育である)に関してアメリカの認証を取得していることもあり,他大学に依頼するのは適切でないと判断した.

参考文献
 
© 2017 Society for Serviceology
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