サービソロジー
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特集:JST・RISTEX・サービス科学のプログラムを終えて 〜サービス科学の学術基盤の構築への貢献〜
サービスにおける人のふるまいに関する研究
原 良憲
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2018 年 4 巻 4 号 p. 10-17

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1. はじめに

本稿では,2011年10月~2014年9月の期間,JST・RISTEX S3FIRE研究プロジェクトの採択プログラムとして活動を実施した「日本型クリエイティブ・サービスの理論分析とグローバル展開に向けた適用研究」を中心に,いままでの経緯,研究内容,教育研究としての展開,今後の展望等につき言及する.加えて,本プロジェクトの終了以降の研究活動として,人のふるまいに焦点をあてた心理・行動特性,サービス組織能力,ホスピタリティを核とした産業展開について説明する.

また,得られた成果を本大学院における関連カリキュラムに反映,拡充している点も合わせて紹介する.今後は,海外大学連携などを含め,サービス,ホスピタリティ領域での拠点ネットワーク形成を目指す.

2. 日本型クリエイティブ・サービス研究

我々がJST・RISTEX S3FIREのプロジェクトとして,日本型クリエイティブ・サービスの研究を進めたきっかけは,成熟社会ゆえのボーダレス化やモノ余りの中で,日本の経済がコモディティ化という価値の棄損に翻弄されている状況を目の当たりにしたことである.技術の優位性のみでは,継続的な製品・サービスの優位性を保てず,ビジネスエコシステム,プラットフォーム,ブランディングといった広義のビジネスデザインや価値の創出・伝搬・発展の仕組みが要請されてきている状況にある.

そこで,我々は,価値が棄損しにくい顧客接点の高度な価値共創プロセスに着目した.江戸前鮨,老舗旅館,華道といった文化というコンテクストから影響を受ける日本型クリエイティブ・サービスの価値共創プロセスの一般化の試行である.このようなサービスの特徴は,仮に,明示的な要求や価値・価格の提示がなくても,サービス提供者とサービス利用者との対峙の中から,適切な価値を創出し,認識・活用するものである.類型化すれば,高コンテクスト・コミュニケーションに基づくサービスである.このようなプロセスに基づく価値共創では,当事者間が適切な価値を創出,認識できるためのリテラシーが要求されるが,結果として,得られた当事者間の関係性や価値は持続されやすい (原,岡 2013, Hara et al. 2016).

我々は,このような持続的な価値創出の仕組みを科学的に明確化するために,JST・RISTEX S3FIREのプロジェクトとして研究活動を行い,その研究成果を製造業の高付加価値化やサービス業のグローバル展開への適用として事例検証を行った.また,抽出した知見を積み上げていくことで,「サービス科学」の概念・理論・方法論の創出に貢献し,将来的に様々な分野のサービスで応用可能な学術・研究基盤を構築することを目指すものである.

以下,得られたサービス価値共創モデル,サービス研究を遂行するための方法論,サービスにおける人のふるまいに関する知見をまとめる.

2.1 切磋琢磨の価値共創

切磋琢磨の価値共創とは,日本型クリエイティブ・サービスにおける価値創出のプロセスを整理し,慮り,見立て,擦り合わせなどの個別価値共創プロセスを明確化した概念的なモデルと位置づけられる(原 2014, Hara 2016).また,一般的な明示型の価値共創プロセスも合わせて調査・分析を行った.

この価値共創モデルの特徴は,暗黙的なコンテクスト情報を活用することによるサービス品質の維持・向上と,その結果としてのサービス価値の持続性である.従来型のサービスを含め,サービス提供者の価値提供形態が明示的か暗黙的か,並びに,顧客のニーズが明示的か暗黙的かという 2つの観点から,顧客と提供者との価値共創の類型化を図るアプローチをとった.ここで,暗黙的とは,コミュニティの共通の知識や慣習をもとに,言語に頼らず, 動作・しぐさや行間から相手の意図を推量したり,自身の意図を間接的に伝達したりする形態である.また,コンテクストとは,背景知識,文脈,あるいは,それにかかわる解釈や意味づけのための情報である.

価値共創とは,顧客と提供者による価値を生み出すためのコミュニケーションプロセスである.暗黙知情報の程度が高い高コンテクスト・コミュニケーションの文化では,お互いに相手の意図を察しあうことで,通じ合おうとするコミュニケーションの傾向が見られる.とりわけ日本では,女将のふるまいなど,言語だけでなく共有時間や共有体験に基づきコンテクストが形成される傾向が強い (姜 2013)

サービス提供者の価値提供形態が明示的か暗黙的 か,並びに,顧客のニーズが明示的か暗黙的かという 2つの観点から,顧客と提供者との相互作用を以下の4つに分類することができる(図1).切磋琢磨の価値共創とは,顧客と提供者のいずれか一方が暗黙的な情報を発信するものである.分類の中では,「慮り」,「見立て」,「擦り合わせ」の3つのタイプが該当する.慮り型の価値共創

慮り型の価値共創とは,提供者がサービスしていることを意識的に強調せずに,顧客の暗黙的な思いを汲み取りつつ,それとなく適切なサービスを提供する形態である.サービスの継続意向の向上や,顧客との関係性・生涯価値の増大などに効果がある価値創出プロセスである.また,提供者が客の心理状態や体験といった暗黙的な情報まで汲み取ることで,結果的に,顧客のサービスに対する受容感度を高めている.

事例としては,料亭における仲居と客のコミュニケーションや,コンビニエンスストアにおけるプライベート・ブランド開発などが該当する.プライベート・ブランドについては,日々の POS (Point Of Sales)情報などから,生活者の暗黙的なニーズの仮説構築を行い,製造メーカーだけでなく原材料メーカーとも共同することで,新商品開発を行っているためである.さらに,プライベート・ブランド製品の販売状況を POSで仮説検証することにより,間接的にではあるが,提供者側と顧客側との価値共創のサイクルを実現している.

図1 切磋琢磨の価値共創

2.1.1 見立て型の価値共創

見立て型の価値共創とは,提供者側の価値提供形態に暗黙的な要素があるプロセスである.見立てとは,モノの色や形を通じて,提供者の暗黙的な意図を顧客に想起させるコミュニケーション手法である.

具体例としては,茶の場における和菓子の活用や,コンテンツ企業のサンリオ社のハローキティなどのキャラクターライセンスによる事業開発などがあげられる.菓子の色や形から季節のうつろいが理解されたり,ブランドイメージの付加が想起されたりしている.このように,提供者側にとってみれば,コンテンツの暗黙的な良さを,「見立て」て,顧客が創造性を働かせサービスを楽しむことができている.

2.1.2 擦り合わせ型の価値共創

擦り合わせ型の価値共創とは,提供者と顧客との暗黙的な情報のやり取りを通じ,サービスの価値を高め合うものである.身近な事例としては,鮨屋における主人と客のコミュニケーションがあげられる.ここでは,料理そのものだけでなく,主人と客との会話のやり取りや,しぐさ,表情の変化などを通じて,一種の緊張感が醸し出され,結果として,その場のサービス価値が高まっていく.いわば,サービス提供者と顧客とが,自分の自己を呈示し,相互行為を通して交渉する過程としての価値共創がみてとれる.このような切磋琢磨の価値共創は,日本型クリエイティブ・サービスの事例として散見されるものである.また,擦り合わせ型の価値共創においては,顧客の寄与が一層重要となるが,すべての顧客が擦り合わせ型の価値共創に合致できるわけではない.高コンテクスト性のあるサービスでは,「接近志向」の高い客を結果として選別し,サービス提供者と相互作用の中で価値共創を行っているという報告もなされている.ここで,接近志向とは,リスク・テイクを行って,望ましい状態に近づこうとする志向性のことである.

このような擦り合わせ型価値共創を意識したサービス応用展開としては,たとえば,日本料亭の海外展開があげられる.伝統料理としての不変的な技法を継承しつつ,現地の食文化に応じた展開の取り組みもなされている.サービスのグローバル化には,低コンテクスト化ないしはコンテクストフリー型サービスが必要という従来のアプローチとは一線を画したものである.

2.2 実践科学的サービス方法論

上述の切磋琢磨の価値共創モデルを導出するに際し,サービスの特性を考慮した観察,仮説構築・検証,活用,表現・評価というプロセスを,サービス学固有の方法論として明示することが肝要である.以下にサービス特性を考慮した方法論を説明する.

2.2.1 実証的アプローチと実践的アプローチ

サービスの価値は,ものの価値とは異なり,当事者間の価値共創により生み出されるため,普遍的,論理的,客観的な側面だけでなく,個々の場所や時間の中で,当事者や対象の多様性を考慮に入れながら,当該要素間の相互作用の考慮(Grönroos 2000)が必要となる.すなわち,普遍性に対して個別性,論理性に対してシンボル性,また,客観性に対して能動性という側面を考慮しなければならない.従来の普遍的,論理的,客観的な側面に基づく分析方法論を実証的アプローチと位置づけるならば,個別的,シンボル的,能動的要素に基づく分析方法論は実践的アプローチと規定される (小林 2010)

実践的アプローチにおいては,時間・空間が指定された個別フィールドが存在すること,対象が個々の要素に分解するだけでは説明できない全体的(ホリスティック)意味が存在すること,並びに,対象に分析者自身が影響を与えてしまうという意味での「主観」と「客観」とが分離できないことが特徴としてあげられる.

実践的アプローチでは,対象が当該時点とその存在空間に拘束されるため,対象がおかれている個別的な文脈から切り離して認識することができない.このような本質的な制約の中で,再現的性質をもつ共通要素の認識と,個別・例外的な要素とを峻別させる科学的方法論が必要となる.

したがって,このような実践的アプローチが科学的方法論たりえるためには,実践の形式化操作としての「客観化」に加えて,実践の形式化操作の形式化である「客観化の客観化」が必要となる(小林 2010).特に,後者はサービス価値創出のメタモデル化(モデルのモデル化)という意味で重要である.

2.2.2 サービス分野における実践科学的方法論

日本型クリエイティブ・サービスの概念整理やその実証分析においては,従来の実証的アプローチのみでは,大事な情報が捨て去られてしまう可能性があった.しかし,一方で,再現性のある方法論を構築することにおいては,このような実証的手法は欠くことができない.このような研究分析上の難しさを克服するため,実証的アプローチを包含した実践科学的サービス方法論を提案,構築した.

具体的には,図2に記載のように,サービスの「現場」と「現場」での固有性を低減する抽象的な空間(場)という軸,並びに,現在の状態の理解(”is”)と新しい状態の創造(”ought”)という2軸でサービス研究のプロセスを整理し,各研究項目の深耕を行った.第2象限から反時計回りに観察⇒仮説構築・検証⇒活用⇒表現・評価というプロセスである.各々のプロセスにおける研究手法として,我々は,エスノメソドロジー,定量心理学調査,サービスメタモデリング,サービスデザインについて提案,精緻化,有用性検証の活動を行った.詳細は,(小林他2014)を参照されたい.

図2 実践科学的サービス方法論

このような実践科学的サービス方法論においては,「現場」での固有性を低減するフェーズが実証科学に準拠しており,科学的合理性(普遍性,論理性,客観性)を追究することを念頭においた研究活動となっている.一方,「現場」に直接的に関与するフェーズにおいては,実践的なアプローチであり,再帰的(常識的)合理性(個別性,シンボリズム,能動性)を追究することを念頭においた研究活動である.

通常,一連のプロセスは,一巡することで終了ではない.評価結果を次の観察情報に組み入れて精緻化し,スパイラル的な循環により,サービス価値創造プロセスを高度化していく.これは,一般化・体系化した「サービス科学」の基盤的方法論として,今後のサービス科学の有用な研究フレームワークと位置づけられる.

2.3 小括

JST・RISTEX S3FIREにおける日本型クリエイティブ・サービス研究活動として得られた成果は,まず第1に,大学院・大学におけるサービス価値創造に関する人材育成支援の有効なトリガーとなったことである.サービスの価値創造プロセスは,提供者側の創造的な設計や,イノベーションに依存するだけでなく,受容者側のサービスを受ける感度にも依存する.したがって,価値の創出(クリエイティブ・デザイン)と価値の良さの理解(サービス・リテラシー)ができる能力を有する人材育成教育が,今後の問題解決にとって有効,有用である.この点は,日本再興戦略改訂2014(平成26年6月閣議決定)において,「サービス産業の革新的な経営人材の育成を目指した大学院・大学における,サービス産業に特化した実践的経営プログラムの開発・普及方針」においての言及や,経済産業省「サービス産業の高付加価値化に関する研究会」(平成26年6月報告書)において,「大学院レベルにおいて産学が連携し,サービス産業に特化した実践的経営修士プログラムを開発・普及することで,サービス産業の革新を担う経営人材の育成が必要である」との問題意識とも整合性をもつものである.

本大学院においても,高コンテクスト・コミュニケーションサービスの特性を規定し,「おもてなし」への科学的接近を図った研究成果等をもとに,「おもてなし経営論」などサービス価値創造プログラムのカリキュラムの拡充を図り,人材育成を進めている.

また第2に,産業界においても,日本型クリエイティブ・サービスの理論的研究成果は,今後のサービス産業のグローバル化や,製造業の高付加価値化に関する問題解決に寄与するものである.サービス・エクセレンス・コンソーシアム,インテグレイティド・ホスピタリティ・コンソーシアムなどの産官学連携組織の構築・運営などを通じて,研究成果の活用を進めている状況である.

3. サービス研究活動としての展開

本節では,JST・RISTEX S3FIREプロジェクト活動後の関連の研究活動の展開について紹介する.サービス学研究領域は多岐にわたるが,本稿では,人のふるまいに焦点をあてた人間の心理・行動特性,サービス価値を生む組織能力,ホスピタリティを核とした産業展開について説明する.

3.1 人間の心理・行動特性に関する研究

我々が対象とした日本型クリエイティブ・サービスは,顧客接点のある対人サービスの一種である.対人サービスのマネジメントとしては,期待形成と知覚価値,サービス・リカバリー,顧客ロイヤリティなどの分野において多くの研究がなされている.

このような対人サービスの研究においては,人間の心理・行動特性を分析するものも多く,心理学との学際領域である.一例として,サービス・リカバリー(サービス提供の失敗に対し,顧客満足や信頼を回復させる行為)については,鈴木らは,日本人消費者は,結果を重視したサービス・リカバリーよりもプロセスを重視したサービス・リカバリーの方を高く評価する傾向にあることを確認した(鈴木他 2017).またこの傾向に対しては,サービス・リカバリーのプロセスまたは結果への注視が,心理学で議論されてきた行為同定理論で説明できることを確認している.

また,このようなサービスプロセスを観察し,固有のサービス価値を明示する取り組みもなされている.山内らは,相互主観性(自我だけでなく他我をも前提にして成り立つ共同化された主観性)や,文化などのコンテクストを考慮したサービス価値の創出と伝搬に関するエスノメソドロジー方法論の精緻化を進めた (Yamauchi and Hiramoto 2016, Yamauchi 2017).さらに,増田らは,このような高コンテクスト・コミュニケーション型のサービスを対象に,ITを活用したサービスプロセスの記録・解釈・蓄積手法の構築を行った(Masuda and Hara 2017)

一方,サービスやホスピタリティの価値に対する受容感度(サービスリテラシー)に関する活動も進められている.近年,情報センシングデバイスを含むIoT技術の発展により,サービス提供者や利用者の心理状況を直接,簡便かつリアルタイムに定量分析できる環境になってきた.従来のレベニュー・マネジメント(Kimes and Wirtz 2015)のような収益,コスト削減など定量評価できる生産性向上指標と共に,サービスに対する事前期待,顧客満足,従業員満足,リピート率(再訪率)などの特性を,定量的かつ動的に把握し,これらの関係性を明確化させていく動向もCornell Hospitality Research Summit等で議論されている.

今後は,心理学,情報学,応用脳科学,行動経済学等の関連領域とサービス学との間で,人間の心理・行動特性に関する一層の研究進展が期待される.

3.2 組織能力(サービス・ケイパビリティ)に関する研究

次に,人のふるまいに関する組織能力に関する研究活動を紹介する.サービスにおける価値創出は,ものづくりの場合と比較して,より資源(人的,時間,空間等)や環境の制約に影響を受ける.これはサービスにおける同時性,消滅性等の特性があるためである.我々は,このような特性を念頭においた組織能力をサービス・ケイパビリティとして,事例研究,課題の定式化,解決手法等に関する研究を進めている.

サービス・ケイパビリティ研究は,サービス学会のグランドチャレンジ(今後重点的に研究すべき領域討議)において議論された提案をもとに着想を得たものであり,サービスにおける利害関係者や資源の制約を解決し,うまく結びつけ活用する組織能力に関して研究活動を行っている(原他 2015)

サービスやホスピタリティを生み出す組織能力としてのケイパビリティという概念は,1980年代から研究が積み重ねられてきた資源アプローチ (RBV: Resource-Based View) の考え方に起源がある.RBVはPenroseなどの先駆的な業績を受けて1980年代半ばに本格的に台頭し,(Barney1991)などのようにまとめられた形で企業の競争優位の源泉を説明する枠組みとなった.ヒト,モノ,カネ,情報といった企業における経営資源をどのように活用するかという組織能力がケイパビリティである.その後,環境変化への組織の自己変革能力としてダイナミックケイパビリティへ展開され,多くの研究者によって研究がなされている.

このようなケイパビリティによる資源の活用は無限に行えるというわけではない.一種の制約問題としてとらえた解決アプローチが必要である.メカニズムデザインは,その1つであり,種々の要素から適切な要素をマッチングさせる手法である.これは,社会制度等の仕組みを,広く抽象的にメカニズムという形式でとらえ,それらをどのように設計するかが中心的課題である.メカニズムデザインの最初の理論的形式を与えたのは,(Hurwicz 1973)であり,その後,様々な研究者によって理論の拡張や応用などが広く展開され,現在も盛んに研究が行われている.

第5回サービス学会国内大会では,サービス・ケイパビリティのセッションも設定された.当該セッションでは,全体コンセプトの議論に加え,ヘルスケア,教育等に関する事例研究,3方よし・4方よしなどマルチステークホルダーを対象とした問題のモデル化や,両面市場に基づくマッチング理論などの課題解決手法等が発表された(サービス学会 2017)

3.3 インテグレイティド・ホスピタリティに関する調査研究

冒頭でも説明したように,日本型クリエイティブ・サービスの研究の発端は,コモディティ化という価値の棄損に翻弄されている状況を目の当たりにしたことである.技術の優位性だけでなく,広義のビジネスデザインや持続的な価値の創出・伝搬・発展の仕組みが要請されてきている.インテグレイティド・ホスピタリティとは,この考え方の延長上にあり,ホスピタリティ・サービスの統合的視点から,価値の創出・伝搬・持続をはかる概念である(原,窪山 2016)

たとえば,宿泊産業としてのホテルにおいては,宿泊,レストラン,厨房,イベント部門などにおいて個別のキャリアパスやマネジメントの要素が強く,企業としての生産性向上につながっていない事例も散見される.また,第3次産業としてのサービス産業に目を向けると,宿泊,飲食,不動産,医療などの業種間での相互交流や生産性向上の取り組みも,まだこれからの状況であり,製造業におけるサプライチェーンと比較しても,まだ改善の余地は大きい.

そこで,インテグレイティド・ホスピタリティにおける価値創出の第1の特徴は,サプライチェーン全体での価値の創造と伝搬にある.これは,垂直統合型の価値の形成であり,原材料から製品提供までの一貫したクオリティとコンセプトとにより,価値を創出伝播するものである.1つの企業や組織内の生産性向上方策に留まらず,サプライチェーン全体での価値の創出や生産性向上を目指すものである.また,このような考え方は,製品・サービスのサプライチェーンという繋がりの視点のみならず,1つの企業・組織が,地域における関連の企業・組織を活性化させるという面的生産性向上にも寄与する.

図3 インテグレイティド・ホスピタリティの概念

また,第2の特徴は,ホスピタリティ・サービスの価値の多角的転用である.水平的な価値の転用として,たとえば,ホテルにおけるホスピタリティを,学校,病院,住居などの異なった業種にも転用させ,価値の創出・伝搬を図ろうとするものである.いわば,コアコンピタンスとしてのホスピタリティ・サービスの関連多角化である.

インテグレイティド・ホスピタリティは,このような縦糸(サプライチェーンでの垂直統合型価値創出)と横糸(ホスピタリティ・サービスの関連多角化)とを紡ぎあわせることにより,価値の創出・伝搬・持続をはかるものである.言い換えれば,垂直統合型の価値の形成(原材料から商品提供までクオリティとコンセプトの一貫性)と,水平的な価値の展開(顧客接点のホテル,住居,病院,学校などにおけるホスピタリティ浸透)を実現することである.

4. 京都大学経営管理大学院におけるサービス関連教育活動の展開

京都大学経営管理大学院では,JST・RISTEX S3FIREプロジェクトにおける研究成果をカリキュラムに反映して教育活動を進めているが,過去の開発経緯を含めて概要を紹介する.

本大学院におけるサービス関連の最初の活動は,2007年度から3年間プロジェクトを行った文部科学省「サービス・イノベーション人材育成推進プログラム」である(原他2010).サービス創出方法論,サービスモデル活用論などサービス・イノベーションの基本となる科目の開発を行い,2年間のMBA教育として,2010年4月より,本大学院内に「サービス価値創造プログラム」(履修プログラム)を新設した.本プログラムは,ビジネス知識,IT知識,人間系知識等の分野融合的な知識を兼ね備え,サービスに関して高いレベルの知識と専門性を有するとともに,サービスにおいて生産性の向上やイノベーション創出に寄与しうる資質をもった人材を育成するための教育プログラムである.

その後,2009年度から2年間の経済産業省「産業技術人材育成支援事業(サービス工学人材分野)」(京都と大阪の老舗企業調査分析等),2011年度から3年間の概算要求予算「日本型高品質サービスのグローバル展開を担う人材育成」などのプロジェクトを経て,カリキュラムやワークショップの拡充を進めてきた.具体的に,2010年度からの経済産業省のプロジェクトでは,サービス産業における「科学的・工学的手法」に親和性のある人材育成をする仕組みを構築することを目的とし,京都や大阪をはじめ,関西の各地域固有と考えられがちな商業分野での先端的あるいは伝統的事例を分析した.この成果を,他地域への応用展開可能なサービス産業人材の育成を行う活動として位置づけ,また,本大学院ワークショップの活動としての展開を行った.

また,2016年度からは,経済産業省「産学連携サービス経営人材育成事業」において,上述のインテグレイティド・ホスピタリティの教育研究の開発に従事している状況である.科目開発の特徴としては,ホスピタリティを中核価値とした垂直,水平展開を目指すものである.カリキュラム開発の基本方針としては,サービス経営人材育成に資する理論・フレームワーク(専門科目)と実践(実践科目)とをバランス良く提供すること,並びに,産業のミクロ,メゾ,マクロレベルにおける対象を発展的に扱うことを骨子としている.

図4 京都大学経営管理大学院におけるサービス関連教育活動の展開

具体的には,ミクロレベルでは,個々の顧客・地域接点レベル,メゾレベルでは,組織・サプライチェーンレベル,マクロレベルでは,文化・グローバルレベルでの問題を対象としたカリキュラムを念頭においた開発,開講を行い,受講生からのフィードバックを得て,精緻化を図っている.このような種々の文理融合側面からの教育を行い,バランスのとれた俯瞰人材能力(実践力,理論理解力,経営・運営力,財務・金融力)の向上を目指している.

2018年度からは,DMO (Destination Management Organization)など観光経営分野の人材育成に注力する観光経営科学コースを新設するとともに,サービス価値創造プログラムのカリキュラム体系を更新し,「サービス&ホスピタリティプログラム」に拡充予定である.また,コーネル大学ホテルスクール等との海外大学連携を進め,サービス,ホスピタリティ領域における拠点ネットワーク形成を目指す.

5. おわりに

本稿では,JST・RISTEX S3FIREの研究プロジェクト「日本型クリエイティブ・サービスの理論分析とグローバル展開に向けた適用研究」における研究活動のまとめとその後の関連研究活動について説明を行った.サービス学の研究フレームワークとしての実践科学的サービス方法論,高コンテクスト・コミュニケーションに基づく切磋琢磨の価値共創モデルなどが主な活動成果である.

今後,第4次産業革命としてのIoT,AI,ビッグデータ,ロボットなどの技術革新が進展していく中で,人間のふるまい・特性を考慮した人の役割を再考,再認識していく必要がある.その中でも,高度なサービス価値の創造や,行動・意思決定のための価値観の規定などは,ITを活用しつつも,当面,人間が担務すべき重要な役割といえる.教育研究機関としての大学の役割も,このような観点からの俯瞰的な人材育成がより一層高まっていくと想定される.

謝辞 

本活動を進めるにあたり,ご支援いただきましたJST・RISTEX 問題解決型サービス科学研究開発プログラム(S3FIRE)の土居範久プログラム総括をはじめ,関係各位に感謝いたします.また,プロジェクト終了後は,科研費基盤研究(A) 「経験・信頼に基づく知識活用型サービスバリューチェーンの実証研究」(課題番号:25240050)を含む研究であり,謝意を表します.

著者紹介

  • 原 良憲

京都大学経営管理大学院教授.1983年東大(院)・工・修士課程修了.京都大学博士(情報学).サービス・イノベーションに関する教育研究に従事.本学会理事.『日本型クリエイティブ・サービスの時代-「おもてなし」への科学的接近』(共著),日本評論社,2014年など.

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