サービソロジー
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特集:サービスを測る
特集解説:サービスを測る
丹野 愼太郎
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2020 年 6 巻 4 号 p. 2-3

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「生産性向上」.この言葉を聞かない日はないのではないだろうか.テレビやネットではもちろんのこと, さまざまな雑誌や記事で, 生産性を向上させるための方法論やツールなどが紹介されている.それらの多くは作業効率が向上し,作業時間が短縮されるものである.だが,ちょっと考えてみていただきたい.一体何の生産性が向上したのだろうか.

我が国では,日本再興戦略改訂2015*1において, イノベーションの促進や生産性向上の施策が提言された.同2016*2では,ニッポン1億総活躍プランと題して生産性向上と働き方改革が提言された.さらには2018年6月29日に働き方改革関連法*3が可決され,本年4月に施行されている.このような流れの中,産業界ではロボットやAIへの積極的な投資,時間外労働の上限規制の導入や有給休暇取得の義務化への対応が活発となっている.その結果,ロボットやAIによる人手不足問題の解消,労働者の就労時間の削減につながっている.

つまり,効率性の向上である.一方で生み出す価値は増加しているだろうか.早く家に帰り,家族と一緒に時間を過ごすことであなたの感じる価値は増加するかもしれないが,今の生産性指標にはその価値は含まれない.物質的な豊かさから精神的な豊かさへ重視点が移行する中,このようなことに違和感を抱く人が多くなっているのではないか? 既存の生産性指標をこのまま使い続けることで,社会がとんでもない方向に導かれるのではないか? こんな不安が本特集を企画したきっかけである.

生産性は投入資源とその成果の比というシンプルな数値で表現される.生産性の数値を向上させるには,投入資源(インプット)を小さくするか価値量(アウトプット)を大きくすれば良い.同じインプット量でもアウトプットが増加すれば生産性の値は向上し,アウトプットが変わらなくてもインプットを小さくすれば同じように生産性は向上する.同じ数値でもアウトプットが増加したのか,インプットの減少によって効率が上がったのかによって意味が全く異なる.あわせて,生産性議論の階層の違いについても気をつけなければならない.国家レベルではGDPが議論の対象となり,企業レベルでは収益や生産量が主な対象になる.個人の場合は主観的な感情が対象となりやすい.これらを十把一絡げにして議論することはできないし,すべきではない.個人が生産性を向上させていると思っていても企業マネジメント層との間には齟齬が生じている可能性がある.この齟齬を解決するのは簡単ではない.

先進国をはじめ多くの国がサービス社会へ変わる中で,非財務的価値の重要性が増していることに加え,ビジネスにおいても非財務的価値の議論が増加している.そこで本号では,生産性についての議論を活性化することを目的として,多面的な問題提起とこれからの社会において求められる新たな生産性指標の提案を行いたい.

巻頭言では,経済戦略研究所代表の村上輝康氏がこれまでの実務経験を踏まえて,生産性における付加価値額の算定方法の問題点,算定の標準化の必要性を指摘している.国家や企業,個人という粒度の違いだけでなく,企業それぞれの思いで付加価値額の算定方法が異なることへの問題提起である.

滝澤美帆氏(学習院大学)は,経済学の観点から生産性計測の問題点,サービスの質を考慮した生産性の国際比較について論じている.GDP計測の限界を指摘したうえで,それでもGDPを用いるメリットや,消費者余剰を生産性分析に用いることでのサービスの質を含めた生産性分析についてわかりやすく説明している.世間でよく耳にする“今の生産性は,日本のサービス品質が評価されていない”という疑問に対して明確な答えを出している.このことはサービス産業にとって大きな財産になるのではないか.

村上由美子氏と高橋しのぶ氏(OECD東京センター)は,国の生産性の中核となるGDPについて,その定義と問題点,そしてOECDによる幸福度測定の取り組みについて論じている.GDPは本来,軍事調達の可能性を把握する目的のためにつくられた指標であり,社会の幸福や豊かさの度合いを測る目的でつくられていないにもかかわらず,これに勝る代替指標がなかったことを問題視している.この問題意識から,新たな幸福度指標である「Better Life Index」がつくられた経緯と,この指標の持つ意味についてわかりやすく解説している.

松永千晶氏と馬奈木俊介氏(九州大学)は,新国富というサービサイジングの視点からの,政策に対する新たな評価手法,その指標である新国富指標の解説と活用事例について論じている.社会環境が大きく変わる中,導入後20年を過ぎた政策・事業評価手法の見直しの必要性を指摘し,持続可能性を考慮した新たな評価手法を提案している.従来,金銭的な観点での効果測定が主だった政策の評価について,「将来世代が享受する福祉までをも含めた」社会の豊かさを公共政策の評価に含めようとしている.

丹治幹雄氏(アライアンスフォーラム財団)からは,これまでの株主重視による企業経営の弊害から,社中(ステークホルダー)重視の企業経営の必要性に注目が集まっていることが指摘され,そのための新たな指標の提案がなされている.頭では理解していても行動に移すことが難しい“社中への公平な分配”という大きな課題に対するひとつの解としてROCという新たな指標を提案している.

戸谷圭子氏(明治大学)は,サービス社会における既存の生産性の課題と新たに提案されている指標についての整理,サービス社会に求められる新たな生産性のかたちについて論じている.社会が重視する価値が交換価値から使用価値へ移行する中,既存の生産性指標では外部経済と見做され,計測されない価値が増加していることや,生産性そのものに対する誤解について述べている.既存指標と現実のギャップに対する新たな指標と,産業界の動向について非財務的価値の観点から整理したうえで,サービス社会に求められる顧客資源を考慮した生産性指標の必要性を指摘している.この指摘は,シェアリングサービスなど,すでに顧客資源を活用したビジネスの拡大する経済圏の生産性を計測するうえで欠かすことのできないものであり,困難な道のりであってもいずれチャレンジしなければならない取り組みであろう.

今回は,立場や分野の異なる執筆者に生産性を軸として,社会の変化による財務的価値のみによる評価指標の限界,豊かさや幸福といった非財務的価値の生産性指標への組み込みの必要性を述べていただいた.異分野の専門家が共通した課題認識を持ち,解決に向けたさまざまな提案がなされたことに驚きを隠せない.社会がより良い方向へ動くのではないかと期待が大きく膨らんでいる.

先述のとおり,本特集はこれからのサービス社会における生産性について議論を活性化させるためのものであり,何らかの答えを出すものではない.まずは,当たり前と見做されていることへの疑問をしっかりと発信し,議論を活発に行うことで,生産性議論を単なる流行に終わらせるのではなく真に意味のある活動につなげていきたい.そのためにも,是非とも読者の方にも議論に参加していただけることを切に願っている.

著者紹介

  • 丹野 愼太郎

㈱マーケティング・エクセレンス コンサルタント.1978年7月1日生まれ.2001年同志社大学工学部物質化学工学科卒業,2013年同志社ビジネススクール修了(経営学修士).産業ガスメーカー勤務,関連会社役員,産業技術総合研究所を経て現職.製造業のサービス化における研究等に従事.

 
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