2017 年 30 巻 6 号 p. 357-364
本研究では,中長期的な津波災害廃棄物の低減策として,防災集団移転事業を取り上げ,その実現可能性を住民意向の観点から分析するものである。具体的には,南海トラフ沖地震における8県にまたがる津波浸水想定区域内の住民2,000人を対象に,各種移転条件に応じた移転意向に関するアンケート調査を実施することで,移転費用や移転距離など移転条件の違いや,居住属性の違いによる住宅移転意向の感度を詳細に分析し,防災集団移転事業の実現可能性について知見を得る。分析の結果,一般的価値観としては,多くの住民が堤防をはじめとしたハード整備を重視し事前移転事業を積極的に捉えられない一方で,潜在的には4割程度の住民が,移転できれば望ましいと考えている可能性があることがわかった。ただし,移転費用の負担が大きく,現実的な選択肢としてあまり捉えられないことが明らかとなった。また,移転条件や個人属性に応じた移転意向の分析においては,費用面での解消や戸建住宅の確保が移転検討に前向きな要因となることや,若年層や子育て世帯の移転意向が比較的大きく,海との関わりの違いも移転意向に影響を与える可能性があることがわかった。一方,高齢者にとっては,災害リスクを回避することを目的とした防災集団移転事業では,移転を前向きに検討する動機づけが充分に働かない可能性があることが示唆された。