抄録
フタル酸ジ(2一エチルヘキシル)(DEHP)は可塑剤として大量に使用され,DEHPを含む軟質塩ビ製品は我々の身の周りで広範囲に使用されている。また全国的なモニタリング調査において様々な環境中の媒体や食品から検出されている。経済産業省の化学物質審議会では,有害性評価や暴露評価を踏まえてリスクを評価し,適切なリスク管理のあり方について検討すべき物質としている。また,諸外国でもDEHPの有害性やリスクが評価されている。しかしながら,わが国一般住民のDEHPによるヒトの健康リスクについては十分に評価されたといえる状況ではない。 既報のDEHPに関するモニタリングデータ等を用いて,わが国住民の屋内外空気,食事,母乳,人工乳(粉ミルク)および離乳食経由の年齢群別DEHP摂取量分布をモンテカルロ・シミュレーションで推定した。推計されたDEHP摂取量を1歳以上の年齢群別にみると,幼児期のDEHP摂取量が高く,摂取量には食事が大きく寄与し,屋内外空気はほとんど寄与しないと考えられた。また,1歳未満の乳児の母乳,粉ミルクおよび離乳食経由のDEHP摂取量は1歳児の1/2以下であった。さらに,既報の有害性情報からヒト健康リスクを評価する際のエンドポイントを精巣毒性と生殖毒性とした。これらのエンドポイントの無毒1生量を3.7mg/kg/日(精巣毒1生)と14mg/kg/日(生殖毒性)とし,リスク判定時の基準マージンは,精巣毒性には30,生殖毒性には100が妥当と判断した。選択したエンドポイントに対するリスクは,DEHP摂取量が各エンドポイントの無毒性量を基準マージンで除した値を超える確率として求めた。DEHP摂取量が最も多い1歳男児でも,リスクは1%未満であり,生殖毒性に対しても16歳以上60歳未満の男女におけるリスクは0.01%以下であった。 よって,精巣毒性および生殖毒性のリスクは懸念されるレベルにはないと判断された。