史学雑誌
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共和政中期ローマにおける外国使節への贈物
伊藤 雅之
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2018 年 127 巻 2 号 p. 42-70

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抄録

本稿は、紀元前三世紀から同二世紀にかけてのローマにおける外国使節への贈与を取り上げ、こうした行為が同国の地中海世界全域における覇権の獲得に及ぼした影響と、またそこからうかがえる前三世紀末頃からのローマ人たちの外交手法の変容を論じる。第一節ではまず、前一七〇年頃、ローマを訪れた数か国の使節たち個々人に対して行われた、元老院による公式交渉の中での金銭贈与を一つのモデル・ケースとして取り上げる。そしてこの検討から、ローマ側が巧みにそれぞれの国のエリートたる使節たちに贈物を受領させ、地中海世界各地で広く見られる互酬の通念を活かし、彼らをローマに対し恩義があり、それ故、以後、親ローマ的に振舞わざるを得ず、またそう振舞うであろうと周囲からも認識されるという状況を作り出したということを示す。第二節では、多数の類似の事例を取り上げ、こうした外国使節個人への贈与が、史料の示す限り、ローマにおいては前二〇五年に始まり、かつ少なくとも同国のギリシア世界への急速な進出の時期に継続的・意識的に行われたことを明らかにする。そして第三節では、今度は、前三世紀前半に確認されている、外部勢力の側がローマ人たちに金銭贈与を試みた事例に注目する。この中で、同世紀末からの相手側に贈物を受け取らせる中で見せるようになっていく巧妙さとは対照的に、ローマの人々がそれ以前にはこうした行為への対応に不慣れであったことを示し、そこから、ローマが前二〇〇年代より以前には外交の文脈での贈物のメカニズムを理解しておらず、また当然これを対外関係の中で利用もしていなかったということを論じる。そしてこれらの結果から本稿は、ローマは前三世紀末にこうした正規のものとは異なるチャンネルからの外部へのアプローチの有用性を認識・活用し始め、それがこの時期から始まる同国の急速な対外進出を実現させた重要な要素の一つになっていったという結論を導く。

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