2007 年 50 巻 6 号 p. 785-791
臨床では,器具操作を上手に行うには,歯の解剖を十分理解把握したうえで生来もった優れた技巧を必要とする.円形でほぼ直線的な上顎中切歯の歯根では,根管は歯の象牙質体の真ん中に存在するが,その根管壁の厚径は唇舌的,近遠心的にもほぼ同じである.しかし,2〜3根性の大臼歯の湾曲根管の根管壁の厚径は,不規則で変異に富んでいる.大臼歯根分岐部側歯根歯質の菲薄なdanger zoneの存在は,歯の解剖形態,歯内治療学の成書でもあまり記述されていなかった.本研究の目的は,下顎第一大臼歯近心根の根管口部の拡大形成時に役立つ,歯根形態の厚径を得ることであった.われわれは109歯のヒト抜去下顎第一大臼歯を用いて,2根性に分岐した歯根の基本形態(長さ,近・遠心根面観,根面溝の発達状況)をまず肉眼的に観察し,次に歯根の超硬質せっこうレプリカ模型の近・遠心根の歯軸に対して,根分岐部直下と歯根長1/2部を横断し幅径を求めた.レプリカ試料の外形を2倍に拡大トレースし,近遠心幅径,頬舌幅径を計測し調査した.その結果,以下の結論を得た.1.歯根の隣接面観からみた歯根形態では,近心根と遠心根において不完全2根性分岐のI型は22.9,4.6%,単根性のII型は22.0,12.8%,III型は39.4,41.3%およびIV型は15.6,41.3%にみられた.2.肉眼的には,特に近心根遠心面には根面溝の発達程度の強いものが84.4%,次に遠心根近心面では41.3%であった.3.レプリカ模型では,両根とも根分岐部側では,根分岐部直下から歯根長1/2に向かって根面真の発達傾向が認められた.根面溝部の近遠心幅径では,遠心根に比し近心根は有意に小さく,根分岐部直下2.68mm,歯根長1/2で2.01mm,その最小値はそれぞれ1.98,1.06mmを示し最も菲薄であった.