抄録
目的 : Matrix trioxide aggregate (MTA) は高い被蓋硬組織形成能を有することから, 穿孔部の閉鎖や直接覆髄材として用いられている. 破折や術中の露髄を歯髄組織の物理的損傷と捉えれば, 損傷組織への周囲残存組織からの歯髄細胞の遊走, 遊走細胞の基質への接着, 増殖や分化などの細胞機能の発現からなる一連の経過が歯髄保存的処置の成否に重要である. そのような背景から, 直接覆髄材が歯髄細胞に対して接着・増殖誘導能をもつかは, 露髄後組織修復の予後を左右すると考えられる. 臨床では, 歯髄に近接する深い窩洞や軽度露髄に対してはコンポジットレジン (CR) 充塡も選択される. そこで, 本研究ではMTAの歯髄細胞に対する接着や接着後の増殖, アポトーシス誘導能を, CRおよび間接覆髄剤であるグラスアイオノマーセメント (GIC) を対照群として検討した.
材料および方法 : 96ウェルプレートをMTA, CR, GICまたはfibronectinでコートし, 血清非存在下でヒト歯髄細胞をコートずみウェルに播種し, 1.5時間後の接着細胞数を定量した. MTA, CR, GIC上での細胞増殖能の検討は, 播種1.5時間後に血清培地に交換し72時間後まで検討した. アポトーシス誘導能はカスパーゼ3/7活性を指標に検討した.
結果 : MTAは血清非存在下でヒト歯髄細胞の接着を誘導したが, CRおよびGICは誘導しなかった. 一方, ヒト歯髄細胞のMTAへの細胞接着数をfibronectinと比較すると, MTAのヒト歯髄細胞接着誘導能は有意に低かった. MTAへのヒト歯髄細胞の接着は播種72時間後においても認められたが, その細胞数は播種後と比較して減少していた. CRやGICに播種したヒト歯髄細胞ではカスパーゼ3/7活性の著しい上昇が認められたが, MTA上に播種したヒト歯髄細胞では活性の上昇はみられなかった.
結論 : MTAはCRやGICと比較して有意に高いヒト歯髄細胞の接着誘導能を示した. これはCRやGICと異なり, MTA上ではヒト歯髄細胞のアポトーシスが誘導されないためと示唆される. 一方, MTAの増殖誘導能は低く, 接着誘導能はfibronectinと比較すると非常に弱かったことから, 今後, 遊走・接着能をもつ有機質接着因子とMTAの混合利用により, さらに良好な創面被覆, 歯髄組織再生が行える可能性がある.